ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】 作:George Gregory
花月荘最奥、宴会用の大座敷部屋『風花の間』に急遽設けられた【緊急対策本部】には緊張した空気が満ちていた。
照明を落とした薄暗い室内にはぼうっと大型の空中投影機で巨大な世界地図が映し出されており、その地図の太平洋のど真ん中を横断するように、点滅する光点が緩やかに移動している。それを見る千冬姉や山田先生、部屋に集まっている教師陣が揃いも揃って深刻な表情をしていることから、この光点が
ほんの30分くらい前。突然、模擬仕合の中止を宣言した千冬姉は何やら剣呑とした雰囲気で山田先生と、一切言葉には出さず手話のみでのやりとりを始めた。昔、まだ千冬姉が国家代表だった頃に何度か似たようなことをしていたような記憶が残っていた。それ故に何かしらの『異常事態が発生した』と推察するのは難しくなかった。
「そ、それでは、私は他の先生たちに連絡してきます」
「了解した。――――全員注目ッ!!」
そう言って急いで走り去っていく山田先生を見送って2度、大きくはっきりと手を叩いた千冬姉が、凛とした声で続ける。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。本日の予定は全て中止。生徒諸君は訓練用IS全機を返却の後、迅速に移動。旅館の各部屋で連絡があるまで待機するように。以後、許可なく室外へ出た者は我々直々に身柄を拘束する。
注意や勧告でなく、明らかな命令。それも今までに見ない、無機質なまでの冷たさを帯びていたものだから、誰もが首を縦に振る他になかった。返事もそこそこに皆が慌てて支度を始める中。
「専用機持ちは全員ついてこい。織斑、凰、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識。それと篠ノ之、お前もだ」
そんな千冬姉の命令で、俺たちはここに連れてこられたのだ。"黒豹"との模擬仕合が出来なかったのは残念でならなかったけれど、事情が事情だから仕方がないとどうにかこうにか飲み込んだ。
いつの間に、どこから用意したのか、部屋中にずらりと並んだ計器の数々に、先生方が『何一つとして見逃すまい』と真剣な眼差しで向き合っている。普段の学園とは種類の違う居心地の悪さにあちらこちらに視線をさまよわせてしまう俺や箒と違って、代表候補生として
「では、現状を説明する」
と、そんなことを周囲を観察しながら考えていると、千冬姉が皆の前に立って淡々と説明を始めた。
「今より2時間前。ハワイ沖にて試験稼働にあったアメリカ・イスラエル両国による共同開発の第3世代型軍用IS"
(―――は?)
あまりに
「衛星による追跡の結果、"福音"がここから2キロ南東の空域を通過することが判明した。予定時刻は今より約50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった。教員部隊は訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦における強襲部隊は、お前たち専用機持ちで編成する」
ここで声を上げなかっただけでも褒めてもらいたい。飲み込めない状況を飲み込もうとするのに必死だっただけ、と言われればそれまでであるが。
「それでは今より作戦会議を始める。質問のある者は挙手するように」
「はい」
「オルコット」
「目標機のスペックデータの開示を要求致します」
「うむ。但し、これらは2ヶ国の最重要軍事機密に該当する。決して口外はするな。情報が漏洩した場合、査問委員会による裁判と、最低でも2年の監視がつけられる」
「了解しました」
セシリアの質問によって、立体映像に次々と新しいウインドウが増えていく。いつもカデンソンさんが整備管理棟の管理人室で見せてくれるようなヤツだから、なんとなくどういう機体なのかくらいは、俺でも解った。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型。
「攻撃と機動、両方の特化型か。スペックデータの時点でアタシの"
「この特殊武装、ってのが気になるね。本国から今日の試験用に"RRCⅡ"用の防御パッケージを送ってもらってあるけど、それでも連続しての防御は難しそう、かな。曲者って感じ」
「このデータだけでは格闘性能も未知数だな。持っているスキルも解らん。教官、偵察は行えないのですか」
「無理だな。"福音"は今も超音速飛行中だ。アプローチは、出来て1回が限界だろう」
「そうなると、その1回で確実に仕留められる攻撃力が必要になりますね。この中でそれが可能な機体、となると……」
と、そこで全員がゆっくりと視線を俺に向けてきた。それが意味するのがどういうことなのかくらいは、今の俺にも流石に理解できた。
「俺、か?」
「そう、"
「となると次は、どうやって一夏を目的の空域まで運ぶか、だね。全エネルギーを攻撃に使ってもらう、くらいの積りでいないと」
「運搬役には超音速飛行の目標に追いつけるだけの速度と、それを捉えられるだけの高い感度を持つセンサーも必要だな。誰がやる?」
「でしたら、
「お、おい、ちょっと」
当たり前のように作戦の最大の要である『攻撃役』に自分が据えられている事実を未だに認識できず、背筋がうすら寒くなってくるほど淡々と進んでいく作戦会議に、ほんの微か、勇気を振り絞って割り込もうとした、その時だった。
――――ううん。それじゃあ無理。全然足りない。
全員が、その声の主に視線を向けた。声の主、
「オルコット、さん。"
「え、えぇ、よく御存知で」
「そのパッケージ、超音速下での訓練時間はどれくらい?」
「20時間、ですわ」
「"
「……残念ですが、そこまでではありませんわね」
セシリアは伏し目がちに、本当に悔しそうにそう溢して。
「今ここに"Spyro"の最新バージョンがあるならそれに付け替えて、そこに更に高軌道型のパッケージの追加があってようやく追いつけるスペックだよ、コレ。しかも相手はこの2時間ぶっ続けで超音速飛行が出来てるし、広域殲滅目的の軍用ってことは 、コイツは絨毯爆撃レベルの真似は出来るものと思っていい。この速度で逃げに徹されて、且つ『面』の攻撃を躱すか防ぐかしながら接敵しなきゃいけなくなる」
「「「「…………」」」」
先ほどまで流暢に作戦会議を進めていた4人が、完全に黙り込んでしまった。それだけ簪さんの分析が
「それと、織斑先生。肝心なことをまだ教えていただいていないのですが」
「なんだ、更識」
そして、簪さんの次の言葉で。
「"
俺自身も、頭が真っ白になった。
「名前は
「バイタルチェックのデータは」
「通信が途絶する前までのものしかない。故に現在の彼女がどのような状態にあるのかは、一切不明だ」
「……彼女の扱いに関する指示内容は」
「
「そう、ですか」
変わらず淡々と告げる千冬姉に苦い顔で返す簪さん。その2人の会話を聞いて、否が応にでも理解する。おい。待てよ。それはつまり、場合によっては。俺にこれから、そのナターシャって人を。
その想像をしただけでどっと冷たい汗が噴き出してきて、一気に体温を奪っていった。クラス代表戦の時、あの"
けれど、これは。
「織斑」
「ち、ふゆね」
「これは、訓練ではない。実戦だ。無理強いはしない」
短い言葉が重く圧し掛かる。呼吸が自然と浅くなり、喉が一気に乾いてひりついてきた。心臓のあたりに手をやると、驚くほど脈拍が早くなっているのが解った。
「お前がやらないのなら、それはそれでいい。他の手段でどうにかする。だからな……必要な覚悟は今、決めろ」
「そ、んな」
けれど、だって、さっきの話を聞いている限りじゃあ、"
足りないものを無理やり埋めようと思ったら、選択肢はそう多くない。
そして、この場合、削ったり、差し出されたり、使い捨てられるのは、今、目の前にいる―――
「織斑先生、もう1つ」
「なんだ、更識」
「カデンソン先生は今、どこに?」
その名前を聞いた途端に、グンと身体が軽くなった。そうだ、カデンソンさんなら、"黒豹"ならきっと。
「まさか、この非常事態で『監視対象だから』などとは言わないですよね?」
縋るような思いで千冬姉を見上げる。少なからず同じような想いがあるんだろう、皆も同じように返答を求めて視線を向けた。けれど。
「…………」
そこで初めて、千冬姉がほんの少し、表情を歪めた。それがどんな理由からなのかは判らないが、少なくともそれに対して千冬姉が大いに
それが意味するのは、つまり―――
「―――行けないんだよ、オイラは」
「カデンソンさんッ!!」
背後からの声に一斉に皆が振り向いた先で、待ち望んでいた人が本当に申し訳なさそうな笑顔を浮かべていた。
「行けないって、どういう」
「説明はワタシからするッス。コチラを」
理由を尋ねようとすると、その足元の陰から現れたクランクさんが、懐からいつものように宙に浮く大型モニターを取り出した。映し出されたのは見慣れたニュース番組で、キャスターが神妙な面持ちで原稿を読み上げている。
「『ニューヨークで原因不明の大規模停電』?」
「衛星写真から見て解るレベルの
「で、現地の人が停電する直前、たまたま撮っててSNSに上げたっていう映像がコチラ」
そう言ってカデンソンさんが差し出してきたタブレットで流れている映像には、見るも眩しいアメリカはニューヨークの深夜の街並みが映っていて。
「何だ、コレ」
その街並みから、次々に光が消えていく。まるで真っ白の画用紙に黒いインクを垂らしていくように、映像の奥の方から街のありとあらゆる灯りが消えていく。そして、その光と闇の境界線がとうとう映像の主へと迫ってきた、その刹那。
カメラの前を巨大な影が、一瞬で通り過ぎて行った。
それは、明らかに車だとか、大型のトラックだとかではなく、何万歩譲ったって電車や戦車だとかにも見ることはできなかった。そのシルエットには明らかに骨格があったからだ。けれど、そのシルエットは自分が知っているどんな生き物とも違う形をしていた。高さは軽く10mくらいはあって、それでいて
そして、その10分後。ニューヨーク
「『眠らない街』が眠った。向こうは
そしてそれを、
「そういうワケで、オイラはまずこっちを解決してくる。終わり次第直ぐに応援に駆け付けるから、キミたちには"
「で、でも、どうして」
「それは、どういう意味の質問だい? ニューヨークを優先する理由? それとも代理にキミたちを指名している理由?」
両方です、と答えると、時間がないんで手短に、という前置きから、カデンソンさんは続ける。
「ニューヨークを優先するのは、
その説明に全員が一気に視線を向けると、千冬姉は苦虫を嚙み潰したように
「で、キミたちを選んだ理由については」
そして、カデンソンさんはそんな俺の傍らにしゃがみこんで。
「キミたちならできると思ったからだ」
その言葉に、背筋が震えた。
「さっさと片付けて、出来るだけ早く戻ってくる。それまでの間、足止めしてくれるだけでもいい。それに、
俺の両肩に、その手が置かれる。皮膚が固く角ばっていて、太くて傷だらけの指に強く掴まれる。それだけで、さっきまでの冷たさだとか震えだとかが、呆気なくどこかへと消えてしまっていた。
そして。
「
これで燃えなきゃ、男じゃないと思った。
サブタイトルの元ネタ
“クランク&ラチェット(PSP)”のスキルポイント
“ライクザウインド(Like The Wind)”
アジャアナカ屋上の摩天楼ステージをノーダメでクリアすると獲得できる。遮蔽物が多く敵キャラの背後も取りやすいので比較的簡単なスキルポイント。
どうも、キンハーはガンガンのコミカライズから入った作者のGeorge Gregoryです。『2』始めたばかりの時は「は? ロクサスって誰だよ。ソラはどうしたソラは」なんて言ってたクセに終わる頃には「ロクサスぁあああああああああああああああああああああああ」とボロカスに泣いていたのを思い出しながら参戦ムービーを見てました。……そしてやはりラチェクラは無理だったか、と。
推しのビューティフル・ジョーかクラッシュ・バンディクーあたりをずっと願ってたんですが、これをされちゃあ文句なんてあるハズもなく。まぁ長年『来てくれ』と願っていたバンカズが本当に来てくれた時点で発狂ものだったんですが。
心情描写を徹底的に考えるようになった作品の1つにキンハーがあります。『心』を徹底的に掘り下げたこの作品に受けた影響はとても大きかった。改めて再走したいな、と思ってたらSwitchで全作遊べるようになるという。『ドラクエ』『テイルズ』『軌跡』……なんやかんや機会がなく触れてこなかった遊んでみたい作品も山ほどあるというに。じかんがたりない。
"銀の福音"戦、ようやくスタートです。ここからが長いんだ俺ァ……書きたいことが山ほどあるんス。楽しみを半減させてしまうので多くは語りませんが、これだけ宣言しときます。ラチェクラのキャラが新たに出ます。誰が、何人、どんな形でかは、ご想像にお任せします。あれやこれや予想しながら、引き続きお待ちいただけたらと思います。
では、また近い内にお会い出来ることを願って。
いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。