ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】 作:George Gregory
ふくよかなお腹をさすりながら、匂いからして甘ったるいと解るコーヒーを飲んでいる白衣で眼鏡な熊の獣人のような男は自らのことを"
『ありきたりのドッキリ番組はモチロン
随分と贅肉を蓄えた魚人のような男、画面には"
そして、その番組の看板的存在が、さっきまで自分たちが戦わされていたあの4体のバケモノたちで、自分たちは圧倒的戦力差に為す術もなく敗北し、1人残らず殺されてしまった、というのが全員に共通する最後の記憶だった。そして。
「キミたちがここから脱出するには、あのターミネイト4を倒す以外にないんだ」
アルとやらの言葉に、だろうなぁ、と思った。さっきのはきっと、自分たちに目標を手っ取り早く認識させる為の『負けイベント』ってヤツだったんだろう。そう考えれば、このとんでも極まりない状況にもある程度辻褄の合う推測が出来てくる。
「集合」
で、どうやらここは自分たちに割り当てられた『待機部屋』の類らしく、バトルドームや各ミッションステージへ向かう為の移動シップの発着場の他に、機材開発・調整の為の工房、ミッション中の仲間へ指示を出すためのオペレーションルームなんかの設備が整っているらしい。その工房の片隅で、誰に聞かれるわけでもないのに自然と5人全員が密集し、顔をつき合わせ声のトーンを落としていた。
「これさ、多分
「にわかには信じられんが、他に説明がつかん」
「僕、この設定見覚えがあるよ。具体的にはつい先月のゲームのイベントのライブ配信で」
「つまり、
「そんな、バカな」
箒が愕然とするのも無理はない。あれだけ自分のトラウマを刺激した爆炎の山が『偽物』だったというのだから。自分だって正直信じがたいが、状況判断に関しては人一倍信頼できるラウラがはっきりとそう断言するのだから、信じる他にない。そして、シャルロットの言うライブ配信の内容について聞いていく内に、どんどん外堀が埋められていく。
極めつけは全員のISに搭載されている衛星電波時計が示す現在時刻だ。さっきの戦闘時間は、どんなに少なく見積もったって3分はあったハズ。なのに、呼び出した時計が示す時間は1分も進んでいないどころか、コンマ秒以下の数値が見たこともないほど遅く動いている。ざっと計測してみたところ、この時計が1秒進むのに体感5分かかっていた。つまり、大体になるが、ここでの1日がこの時計における5分ということになる。とんだ逆ウラシマ現象だ。ご丁寧に山ほど
あぁ、そうだ。何もかも
「――――ゆ、めぇ?」
「はい。正確には幻覚の一種なのですが、皆さん眠っていますから、広義的には夢で問題ないかと」
織斑くんの病室として割り当てられた花月荘の離れと、その前の廊下とを忙しなく行き来しながら、私はクロエさんの言葉に素っ頓狂な声を上げた。
"
「私の専用機"
「じゃ、じゃあ、何人もの記者がクロエさんを尾行したけど、いつも見失っちゃって成功したことがない、っていう噂は」
「よく御存知ですね。はい、この能力によるものです。この離れまでの廊下も、そうやって通って来ました」
"
「今、皆様には夢の中で私が知っている中でも
「なんでそんな手の込んだことを……というか、そんなので強くなれるものなの? 結局は夢、なんでしょ?」
「はい。ですが、ISの
「え?」
「更識様は」
「あ、えっと、出来れば名前で呼んでもらえると」
「では改めて。簪様は、ISはどうやって動かしているものとお考えですか?」
「え、えっと、お考えも何も―――」
そこで彼女が言わんとしていることに思い至り、口を噤んだ。そうか、言われてみれば。
「はい。イメージインターフェース、つまり脳です。ISは、
「―――イマジネイションッ!!!! ってことなんだヨッ!!!!」
「んなァッ!?!?」
聞き入ってしまっていたところに背後から大声がして、再び素っ頓狂な声を上げながらそっちを見てみれば、車掌姿をした青いサルのパペットを右手に填めた篠ノ之博士がいつの間にか立っていた。
「"白式"の修理終わった~ッ!! く~ちゃ~ん、疲れたママをねぎらっていたわっておもんばかって~ッ!!」
「お疲れさまでした、お母様.......これで、良いでしょうか」
「あぁ~ちぃこい手でナデナデされるのキモチイイよぉ~……かゆ……うま……」
「それは正確には『かゆい』と『うま』だったと記憶しておりますが」
「ンモ~、ネタに細かいことは言いっこなしだよォ。そーゆーとこらっちゃんに似たよねぇくーちゃんは」
「ありがとうございます。最高の褒め言葉です」
「皮肉が通じねぇ、だと……ッ!?」
そのパペットを明後日の方向へと放り投げ、クロエさんのお腹に顔を埋めてぐりぐりしながら慰労をねだったかと思えば、劇画のような顔でショックを受けている篠ノ之博士。元から賑やかな人なのはアルバイトを始めた頃から知ってはいたけれど、未だにこのテンションには馴染めないあたり、自分は生粋の陰キャなんだなぁと強く思う。
と、間抜けにも一歩退いたような立ち位置にいる積りで、そんなことを考えていたところを。
「で? バイトくんはどーするのカナ? カナ?」
「……え?」
ぐるりと勢いよくこちらを向いた2つの目が、一瞬にして私の
「どうする、とは」
「行かないの? 戦わないの? 友だちがこんなに傷つけられてるのに、指くわえて見てるだけ?」
「それは、だって」
私の"
だから今も、そう言い返そうとして。
「ううん、そんなワケないよ。"
今度こそ、私は何も言えなくなった。
「前々から気にはなってたけど、あっくんに止められてたから訊かなかったんだ。けどもうそんな呑気してる場合じゃないし、そろそろ我慢してるのも限界だから言っちゃうね。
バイトくんさァ、最初から100点満点の『完璧』作ろうとしてない? してるよね? それじゃあいつまで経ったって完成しないよ? だって『完璧』って永遠に辿り着けないものなんだから。だから世の中に『〆切』ってものがあるんだよ。放っておいたらいつまでだって直せるし直したくなっちゃうんだもの。
それとも何? キミのISに『成長』は要らないってコト? 最初から完璧なモノ作っちゃってハイ満足? そんなのチョーツマんなくない? それ以上がないってことダヨ? 今まで存在した何物よりも素晴らしくあれ、だが、決して完璧であるなかれ。私たちはその二律背反の狭間で苦しみ続けることに快楽を見出して
「あ、え、あ」
「例えばさ、折り紙のカエルってあるよね。割と簡単に折れる四角いヤツと、手順は多いけど膨らませて丸くなるちょっと難しめのヤツ。バイトくんはさ、『折り紙でカエルを折って欲しい』って言われたら、まず後者を選ぶタイプだよね。自分にそれを折る知識や技術がなくてもその為に勉強すればいいって、相手がそれを待っていられるかどうかも考えないでそうするタイプだよね」
「あ、う」
機関銃のような言葉の弾雨が
あぁ、これはダメだ。今度こそもうダメだ。
過呼吸寸前の肺はまともに働いてくれず、顔は既にこぼれた涙でぐしゃぐしゃで、力なく床にへたり込んだまま、どことも知れぬ水面を必死に探し求めている。酸素が足りない。
伸ばされる手が見える。余りに大きくて、大きくて、矮小な自分なんて簡単に圧し潰せてしまいそうなその手は。
「お母様」
「あぅ」
ぽこりと、ツンと唇を尖らせたクロエさんの手刀で、ピタリと動きを止めた。
「いつもお父様に言われているではありませんか。お母様は直言が過ぎるのです。どんなに正しくとも、的を得ていようとも、土足でずかずかと踏み込まれては誰だって良い顔はしません。お母様にも同様の経験がおありのハズです」
「う。で、でも、間違ったことは言ってな」
「そんなお母様、嫌いになっちゃいますよ?」
「ゴメンナサイでしたァッ!!!!」
ばつが悪そうな顔で目を逸らす篠ノ之博士にたった一言で土下座までさせてしまうと、クロエさんがゆっくりと歩み寄ってくる。「落ち着いて、深呼吸をして下さい」という優しい囁きが、ほんの少しずつ私の意識を正常に戻していく。空気がようやく、肺の中に流れ込んで来る。そして。
「簪様、お母様はこう言いたいのです。『いつまでそうしているんだ?』と」
「……え?」
その言葉に恐る恐る視線を向けると、篠ノ之博士は胡坐をかき、『仕方がないな』と言わんばかりに大きな溜め息を1つして、こう言った。
「私はね、期待なんていうインチキじみた曖昧で不確定な真似はしないんだ。出来ないヤツに出来るかどうか訊くなんて無駄なんだ。無駄だから嫌いなんだ。無駄無駄……」
「お母様」
「むぅ……あのさァ、キミいつまでそーやって引き篭もってる積り? いっくんも、寝てる皆も、起きてくる頃には一皮どころか十二単くらいは剥けて帰ってくるよ? 知識も技術も感性も、素人にしては十分なほど持ってるのに、どーしていつも肝心なとこで退け腰なのさ?」
「え、で、でも、わたしは、まだ」
「いーや。出来る。それだけのものをキミは持ってるし、足りてなかったものは全部見せたし、教えた。後は本人のやる気次第なんだよ。だからもっかいだけ聞くけど、バイトくんサァ――――」
その両手が胡坐をかいた両膝を叩いて派手な音を鳴らす。その音にびくりとしてしまいながらも、さっきまでの恐怖や苦しさはまるでなかった。
伸ばされる手が見える。余りに大きくて、大きくて、矮小な自分なんて簡単に圧し潰せてしまいそうに見えた、その手は。
「――――変わりたいの? 変わりたくないの?」
酷く不器用ながらも、私を掬い上げる為に伸ばしてくれていたのだと、今、解ってしまった。
「ムカつくんだよね。ようやく話の解るヤツが見つかったと思ったのに、ず~っとくだらないことでうじうじうじうじしててさ。あの"
その顔には、今にして見ればどこか、ただ膨れているだけのような、そんな幼さがあって。
「その気があるなら、手ェ貸してやるって言ってんの。後進の育成だって先達者の立派な仕事ッショ? いい加減1人であれこれこねくり回すのにも飽きてきてんだよね。早いとこ
「お母様」
「あー、うー.......もーッ、また怒られちゃったジャンッ!! いいから早く
「篠ノ之博士」
「あ? 何?」
「手伝って下さい。私は、"打鉄弐式"を完成させたい」
「その言葉が聞きたかった」
私はようやく、自分の意思で呼吸ができたような、そんな気がした。
補足説明
・『ふとっちょアル(Big Al)』/初出『1』
「ねぇッ!! オタクに入ってるOSバージョンいくつなのッ!?」
彼も今まで何度か説明しましたが改めて。歴代シリーズ作品でも実は割と少ない技術職キャラ。惑星ケルバンでロボ工房を営んでいるメカオタクの青年。言動こそオタクそのものであるものの、実力は確かなもので以降のシリーズ作品でもちょくちょくそういった活躍を見せる。声優は高戸靖広さん。
・『グリーマン・ヴォックス(Gleeman Vox)』/出典『4』
「ヒーロー諸君よッ、『ドレッドゾーン』へウェ~~~ルカムッ!! 諸君はこれから、ノーフューチャーね? 助けはノン、ボヤキもノン、脱出などはノンノンノンッ!! サァ、戦うんだヒーロー諸君ッ!! 楽しませてくれよ? HAHAHAHAHAHAHAHA!!」
『4』におけるラスボスにしてラチェットたちを巻き込んだ張本人。英語混じりな言葉遣いが特徴的な『ドレッドゾーン』主催者にして、全銀河のメディア支配を目論む金と視聴率の亡者。エースの後釜としてラチェットに目をつけていたものの、当然ながらラチェット側が全否定。後にコントロールレベルに侵入してきたラチェットを真正面から迎え撃ち、彼に負かされても尚、ステーション諸共爆破で道連れにしようとしたが、クランクの機転によってラチェットたちは脱出。結局独り、自ら築き上げた舞台と共に最期を遂げた。声優は楠見直己さん。
・『ダラス(Dallas Wanamaker)』と『ファニータ(Juanita Alvaro)』/出典『4』
「今シーズンも多くの参加者たちの無残な犠牲が出るでしょうッ!!」
「なんで毎年参加者が集まってくるのか不思議♪」
「HAHAHAHAHAHAHA!! ……知ってるクセに」
『ドレッドゾーン』専属アナウンサーコンビ。
ダラスは優秀ながら弱気な性格で、ファニータに虐められるのが好きなマゾヒスト気質。『3』の『全滅バトルショー』にも給料目当てで応募したが落選したこと、嘗てはお笑い芸人志望だったことが作中で判明する。ファニータはサディスト気質で非常に口の悪い女性型ロボット。事ある毎にダラスを虐めて楽しんでいるのが作中でよく見受けられる。
2人揃って上からの命令とはいえ、さんざっぱらラチェットたちに関するでたらめな悪評を番組内で放送していたものの、最後には訂正、一転してラチェットたちの応援に回り、クランクの宇宙船で無事に脱出。後に別のホロビデオ番組に出演した際には結婚宣言までしている。声優はそれぞれ楠大典さん(ダラス)と雨蘭咲木子さん(ファニータ)。
どうも、作者のGeorge Gregoryです。
今回はネタ満載でしたが、皆さんどれだけ気付けたかしら。
さて、本エピソードで『Like The Wind』は終わりです。次回から数話ほどで昏睡状態の一夏の『内側』とNY側の視点を挟んだら、ようやく"福音"リベンジマッチ。今しばらくお付き合い下され。
ではまた、近い内にお会い出来ることを願って。
いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。