「お前は、私たちを怒らせた」
初撃を当てたからといって、決して気を緩めたりはしない。"AIC"が動きを止めていられる時間は決して長くないし、相手は学習能力の権化。何度も好機が訪れるなんて楽観はできない。ここで一気に決着をつける。その積りで畳みかける。
即座にリボルバー機構を回転させ次弾装填。第2射を放ちながらも第3射、第4射の準備を。リボルバーに装填されている8発全弾叩き込んでやるくらいの勢いで。
5射目を放とうとした時、とうとう"福音"を拘束する"AIC"が緩んだ。射線上から避難していた"紅椿"と"甲龍"が左右からの挟撃を狙っているのが見える。2人を避けるように"福音"は即座に直上へ。そうだろうな。自分を含め3機の包囲網。横に逃げられないなら残されているのは上下。下に行くには方向転換の為の挙動を幾つか挟まなければならない。一刻も早く脱出する為の最適解は上。そうするだろうと、思っていた。
夜空を真っ二つに切り裂く鋭く研ぎ澄まされた流星が"福音"を正確に捉えた。真っ直ぐに上へと逃れようとしていた"福音"がぐらりとその軌道を曲げ、『何事だ』という語気の荒い声が聞こえてきそうな勢いで顔を向けた先には、瞬きも呼吸も忘れ、生気すら薄らいで闇夜に溶け込んでしまいそうなまで己を殺し、今この瞬間を待ち構えていた狙撃手。双方の距離、目算800。流石である。
「あっ、オルコットさんそれは」
まずい、と続くハズだったのだろう更識簪の言葉が発せられる前に"Star Light Mk-Ⅲ"より2射目が放たれる。"福音"はその軌道上からほんの僅かに位置をずらした。
「そうでなくては。そうだろうとも」
知っている。知っているぞ。見ていたからな。ビーム兵器を無効化し吸収する特殊なシールドエネルギー"銀の杯"。確かに脅威的だ。だが、肝心の使い方が教科書通りすぎるし、何よりも。
「今だッ、合わせろ凰ッ!!」
「合点ッ!!」
それを使っている間の貴様は、酷く無防備に見えるぞ。
"S.Ragen"のレールカノンを、"甲龍"の"龍咆"と同時に放つ。
「む」
「あっ」
だが、弾が届く前に"銀の秤"の片方が、その軌道上に何かをばら撒いた。先刻『収納』した"打鉄弐式"のミサイルだと気づいた時には、その爆炎が"福音"の姿を完全に覆い隠し、その直後、"B.Tears"の方へと急速に接近していく初動を見逃した。
"銀の杯"はビーム兵器のエネルギーを吸収するシールドエネルギー。"銀の秤"は実弾兵器の弾丸を収納し好きなタイミングで再利用することもできる武装。であれば、ビーム兵器と実弾兵器の攻撃を同時に受けた時どうするのか。それを避けた、ということは。
(やはり、"銀の杯"と"銀の秤"の同時使用は不可能と仮定して良い)
そして、先に"B.Tears"を叩きに行ったということは、"福音"にとってはそちらの方が厄介であるということの、何よりの証左。
"銀の杯"で吸収を図っても、必ず我々の誰かがそれを阻むのは明白。であれば即応可能な距離におらず頭数も少ない邪魔者から排除する。
「そうするだろうと、思っていたッ」
機体反転。背後にレールカノンの砲塔を向け風向・風速に合わせて角度を微調整。実戦では初使用。しかし想像の中では何百回、ともすれば何千回と繰り返した準備。しくじる未来など、これっぽっちも見えない。
「もてよッ、私の肉体ッ!!」
"反動加速"。全身の骨が軋みへし折れてしまいそうな衝撃に歯を食いしばって堪えながら、更に多段加速。それでようやく"福音"を追い越したのを確認し、ワイヤーブレードを側面に射出。適切な長さまで伸長したのを確認して先端を"AIC"で固定。強烈な遠心力に持っていかれそうな意識を必死に保ちつつ、大きく弧を描きながら"福音"と"B.Tears"を結ぶ直線上に割って入る。
"福音"はそれを見た瞬間に急停止し、即"銀の鐘"の全砲塔をこちらへと向けた。36の光星からなる爆撃。未だ十分に距離のある"B.Tears"の位置ならばまだしも、これほどの近距離であれば最早『壁』も同然の密度。回避は不可能。光線兵器故に"AIC"も無効。どうしようもない。
「――――昨日までのッ、私であればッ!!」
『いい、ラウラ。本当に不適合だったんなら、そもそもその瞳は発動すらしないハズなんだよ』
僕、父さんの会社ではずっと試作品のテスターとかばっかりしてたから、そういう細かいとこ気になって仕方がないんだ、と。そのように言っていた、仮想空間でのルームメイトの言葉を思い出す。
『なのにその瞳は発動して、しかも手術台の照明程度の光量を、ラウラの左目を潰すばかりか、感覚を狂わせる後遺症を残してしまうくらいまで強烈に感じさせたんでしょ? それって、さ。不適合って言うより、むしろ――――』
両腕のプラズマ手刀を展開。機体を一切減速させないままに光の壁―――否、壁のような点の群れへと突撃。そして。
『――――ラウラって、その『瞳』に適合しすぎてるんじゃないの?』
「ッ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
左目の眼帯を外した瞬間に、世界が一変する。
超音速下用のハイパーセンサーを使用した時とはまた違う、時間の流れが緩慢になったような感覚。見える。見える。圧倒的によく見える。光弾の群れの僅かな隙間。比較的密度の低い箇所。
両腕のプラズマ手刀を前に突き出し、最低限の装甲を残して全ての武装、装甲、スラスターまでもを解除。水面へ飛び込む時そうするように、全身を真っ直ぐに伸ばして被弾面積を最小限に。
接触と同時、両腕で無理やりこじ開け、身体をねじ込むようにして奇跡的にほぼ無傷で弾幕を通過。
目の前には発射後の硬直で身動きの取れなくなっている"福音"。その、がら空きの翼に向かって。
「Yippee-ki-yay, Motherfucker」
思い切り、一撃を叩き込んでやった。中指を立ててやれないのを、ほんの少し、残念だと思った。
よくよく考えてみれば、それは自明の理であったワケで。
ラウラ・ボーデヴィッヒは遺伝子レベルから最高・最善となるよう設計し組み上げられた生物兵器、その唯一の成功例である。身体機能は勿論のこと、ただでさえ常人離れした代謝機能が更にナノマシンによって強化されており、例えば完治するのに数ヶ月を要するような重傷であろうと数日、下手をすれば一晩眠るだけで快復してしまうこともあるワケだ。それこそ以前、部屋で「日光皮膚炎になど放っておいてもなったことがない」と言っていたくらいに。
であれば、そんな彼女の肉体が、それほど強烈に痛めつけられた左目と視神経をそのまま元通りに治すだけで済ませるハズがない。常人の肉体でさえ、傷ついた筋繊維や折れた骨はそれ以前よりも強く、固く、逞しくなっていくというのに。
ターミネイト4相手に初めて『瞳』を解禁した時、誰よりも困惑していたのはラウラ本人だった。あの時の表情はちょっと貴重すぎて、そうそう忘れられそうにない。
無理もない。当然だと思う。自分の存在価値を根底から覆してしまった欠陥だと思っていたものが、相当な覚悟をもって封印を解いた爆弾だと思っていたものが、いつの間にか、その気になれば手中に収められてしまいそうな程度のものになっていたという肩透かし感は、どんな人生を送っていようとそうそう味わえるものじゃあないだろう。
それでも、ラウラが"越界の瞳"を完全に自分のものにするにはかなりの時間を必要とした。
十全に発動させられる限界時間の見極め。同時に他の武装や機能を使っていたり、高速戦闘中に使用しても影響や弊害はないかどうか。他の隊員たちと違って、一切訓練をしてこれなかったラウラは、その独特の感覚と自分の感性をすり合わせるのに随分と苦戦していた。『左右で全く度数の違うレンズの入った眼鏡をかけているような感覚だ』と本人は言っていた。けれど、その表情はどこか、嬉しくて嬉しくて仕方がないって風でもあった。
それにしつこく付き合わされていたあの巨大カマキリは、表情こそ全く変わっていなかったけれど、段々ラウラの方が『瞳』に慣れて接近戦でも圧倒するようになっていた頃には纏う雰囲気が「もう勘弁してくれ」と物語っているように、僕には見えた。
そうしてようやく勝ち取ったのは、僅か0.5秒。けれど、その0.5秒を確信した時にラウラが思わず溢していた歓喜の涙を、とても大袈裟だなんて思えなかった。
さて。そうなってくると『負けてられない』と奮起するのが代表候補生だ。勿論箒だって、負けん気の強さは引けを取っていない。それはもう触発されまくっちゃって、お互いに色々と試したり、意見交換なんかも盛んにやった。特に僕とセシリアは2人とも伸ばしたいことがはっきり決まっていたのもあって、あの葉巻咥えたオジサンロボットにはあれやこれやの実験台になってもらった。自分たちが飛ばしたミサイルを着弾前に撃ち抜いて相手を爆発に巻き込んだり目くらましにする、っていうのもその1つだ。どの角度で、どのくらいの位置でやるのが最も効果的か。その時、相手はどのような反応をして、どのように動くのか。正直、途中から楽しくなっちゃってたのは否めない。今更ではあるけれど、ちょっと申し訳ないことしちゃったかな。……実のところ、全然悪いなんて思ってないんだけど。夢とはいえ何度も殺されてるワケだし。
そう。僕らは割と順調に手応えを感じられてたんだ。大変だったのは残る2人。箒と鈴は、傍から見てても解るくらい、物凄く難儀しててさ――――
「ラウラッ!!」
「箒ッ、フォロー行ってッ!! カバーはアタシがッ!!」
「あぁッ!!」
見事。御見事。このような場でなければ拍手と共に賛辞の言葉を贈りたいとすら思わせる、実に見事な一撃だった。
ラウラの決死の特攻は"福音"の"銀の鐘"、その右側を綺麗に捉えた。その証明であるかのように一撃が炸裂した箇所から火花が散り、その様にほんの一瞬見惚れてしまった私を叱咤するように鈴が声を張り上げ、それに気を引き締め直した私は攻撃直後で酷く無防備になってしまっているラウラを庇う為、再度"福音"へと突撃する。
大きく体勢を崩しながらも"銀の秤"で隙だらけのラウラを狙っていた一撃を受け止め、押し返す。背後で鈴がラウラをカバーリングできる位置についたことを確認し、ここぞとばかりに攻勢に移る。ラウラの一撃は"銀の鐘"のスラスターとしての推進部にもダメージを与えていたようで、"福音"の機動力はグンと落ちていた。改めて、値千金の大金星であると心中で賞賛を贈る。
鉛筆を削るような纏わりつく攻撃と軌道で"福音"の動きに指向性を持たせ、"反動加速"と全開の"瞳"の反動で暫くはまともに動けないだろうラウラから少しずつ遠ざける。今の自分にはよく見えていた。何がって、"福音"が攻められるのを嫌がるだろう場所が、である。片翼を失ったことで機動力・攻撃力共に半減しただけでなく、それを庇うように動かざるを得ないことで、"福音"の挙動は先ほどまでのものよりもずっとぎこちなくなっていた。
以前までの私であれば、そのような手負いの相手を果敢に攻め立てることに対して「卑怯者」だの「鼻持ちならない」だのと、くどくどと綺麗事を並べ立てて盛大にヘソを曲げたことだろう。何を言うか。格下が格上に挑むのに卑怯も何もあるものか。……いや、まぁ、今でも思わないこともないのだが、それはそれとはっきり割り切れている。この境地に至れるまで、数えきれないほどの葛藤、煩悶、自問自答と、我ながら本当に紆余曲折あったものだと思う。文字通り、『バカは死ななきゃ治らない』。いや、『死んでも治らない』か。今もこうして根治はしていないのだし。
「スイッチッ!!」
背後からの鋭い声に即座、"福音"の真上へ。機動力の落ちた"福音"は完全について来れず、"紅椿"につられるように顔だけを持ち上げた。
"紅椿"を見ていていいのか? それとも、気付いていないのか? それは重畳。とてもとても重畳。
轟々と大気が唸る音が聞こえる。あっという間に近づいて来る。私にとっては頼もしい音。敵にとっては恐ろしい音。
《―――ッ》
ようやく"福音"が顔を前方に戻す。もう遅い。見えるだろう、目の前に。食らって吹き飛べ。
「――――崩ッ、天ッ、星ッ!!」
私の相棒の、全身全霊の突撃で。