ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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今月の休みがシフト変更で吹き飛びました(ºωº)


Dress For Success Ⅹ

 私自身も、戯れに鈴の訓練に付き合った時に初めて知ったのだが、舞踊(ダンス)というものは見た目以上にエネルギーを消耗する。日頃使わない部分までを含めた全身の筋肉を酷使するし、平常時とは呼吸の仕方もタイミングも全く異なってくるからだ。まだまだ世俗の文化に疎く、知らないものばかりであったことを鑑みても、当時の私のダンスは、それはそれは酷いものだったよ。皆にはよく『カカシが踊っているみたいだ』と揶揄されたものさ。

 

 これはあくまで体感からの私見になるのだが、舞踊において重要なのはリズム感とバランス感覚だと思っている。いかに音に合わせ、体勢を崩さず、それでいて『魅せる』ことができるか。モデル業の仕事が増えてからは私も美しく『見せる』技法はいくつか学んだが、『魅せる』方法はやはり人それぞれ違うのだな、と身をもって思い知ったよ。私たちの中で特にそれが上手かったのはやはり、肉体を操る感性(センス)に秀でていた凰鈴音と、幼少期からバレエを習っていたセシリア・オルコット。

 

 そして、篠ノ之箒。彼女が頭一つ抜けて上手かったと、そう記憶している。それが何故かと訊かれれば、そうさな―――

 

―――要するに、『磨いて光らないものなどない』し、『弘法筆を選ばず』なんてのは真っ赤なウソだ、ということさ。

 

 

 

 

 箒さんは最初からずっと、あまり自分自身のことを話したがらなかった。(わたくし)にはその理由の大体の想像がついていたので、何度もお茶の席をご一緒したけれど、こちらから言及したことは一度もなかった。

 

 それ故に彼女の過去について(わたくし)が知っていることといえば、精々が学園に来る前のプロファイリング資料程度のもので、それほど多くはない。けれど、至極僅かだけれど、彼女が頬を綻ばせながら話してくれることがいくつかあって、その中でも特に印象的だったのが彼女の御実家、篠ノ之神社のお祭りのことだった。

 

「毎年、私が巫女の衣装を着て、祭りの舞台で舞を奉納していたんだ。本当なら長女である姉さんの役目なんだが、ホラ、な……? 私が生まれてからは『箒ちゃんの方が似合うに決まっている』とまで言い出して、頑なに拒否し続けていたらしくて。まぁ、小さい頃の私もそう言ってもらえるのが満更でもなくて、気付いた頃には毎年恒例になってしまっていたんだが」

 

 篠ノ之神社の信仰は神道よりも土地神伝承寄りで、毎年お盆と元旦にお祭りが開催されているという。そこでの目玉の一つが、『剣の巫女』による神楽舞。現世に帰った霊魂と、それを送る神様とに捧げられるもので、元来古武術であった『篠ノ之流』が剣術へと変遷した理由でもあるのだとか。

 

 確かにその時、『いつか見せて下さいまし』と話してはいたけれど。

 

「――――」

 

 戦場に身を置いていながら、不覚ながらほんの僅か、見惚れた。その、あまりに突き詰められた、極めて合理的な一挙手一投足に。遠く離れた位置から、その全体を視野に収めていられたからこそ理解でき、そしてそれが真正面の(エース)にはどう見えていただろうかと想像して寒気を覚え、一筋の冷や汗が流れ落ちる。

 

 だらりと垂れ下がった両腕。その右腕が下段の構えより半月を描くような軌道で、首元目がけて向けたままの剣先を急激に跳ね上げながら放たれた片手突き。相当に間合いが離れていたにも関わらず、踏み込む位置と加減、突き出す腕の高さと角度、そしてそれらを実行する速さとタイミング、何もかもが戦慄してしまうほどに『完璧』だった。恐らく(エース)には届く筈のない剣が一瞬止まったような錯覚の直後、いつの間にか首を貫かんばかりの至近距離に現れたように感じられたことだろう。

 

 声を発する余裕もなくなるほど面食らったのだろう、がらりと表情を変えた(エース)が咄嗟に距離を取ろうと背後へ飛び退ったのに追い縋るよう、初撃の勢いのままに箒さんが踏み込む。振るわれるのは左腕の横薙ぎ。その位置では僅かに届かない、そのように見えた一撃が、何故か()()()と伸びたのを目の当たりにして我が目を疑い、(エース)は「おっとォッ!?」と喘ぐような声を上げ、寸でのところで痛めそうなくらいの勢いで首を傾けて躱した。その様子を見ていてようやく気付く。箒さんは左手の剣の柄の握りをほんの少し弱め、遠心力に任せて握る位置を下げたのだ、と。

 

 箒さんには悪癖がある。尤も『悪癖』の一言で済ませられるようなものではないのだが、殆どの場合においてはそれがマイナスに働いていたように思う。彼女は度を超えた『完璧主義者』なのだ。目標は常に満点で一番。なのに、例えるなら、試験で解けない問題があったとして、それを後回しにすることがどうしても出来ず、解けるまで延々とその問題に没頭してしまうような直情径行(クソマジメ)。それは彼女と日々を過ごしている内に、きっちりかっちりレシピ通りに作られる料理や、一度始まってしまうとあらゆる隙間や裏側まで徹底的にやらなければ気が済まない掃除などに如実に見受けられていた。

 

 ほんの少しでも躓いたり違和感を覚えてしまうと、満足いくまで、納得できるまで、とことん追求しようとする。現在(いま)至れるであろう最高到達点に至って尚、それが理想から程遠いものであるといつも見るからに不承不承って顔をする。私たちは皆、そんな彼女の顔を可笑しくだとか微笑ましくだとか思う反面で、酷く危うく、そして恐ろしく感じてもいた。

 

 けれど、今はどうだろうか。

 

 アラム・ハチャトリアン作曲のバレエ『ガイーヌ』の最終幕に、誰もが一度は聴いたことがあるだろう『剣の舞』という楽曲がある。これにおける『剣』とは『湾刀(サーベル)』を指し、僅か2分弱の間に詰め込まれた野性的かつ精力的な律動(リズム)は正しく『戦いの舞』。昂る心のままに勇猛果敢に攻め立てる戦士たち。日中の"黒豹(せんせい)"との試合に、私はそのようなイメージと共に臨んでいた。『BITを手足のように操る』が今の私の最優先事項の一つで、その為には『BITを手足の延長線上の存在であると認識する』のが最も手っ取り早いだろう、ならば幼少期から親しんでいるバレエがイメージするにあたって最適なのでは、という結論に至った為である。

 

 けれど、そんな私の荒々しいイメージに対して、篠ノ之箒(かのじょ)は。

 

「なんて、静か」

 

 軽やかなれど、決して軽くはなく。緩やかなれど、決して緩くはなく。踏み込む一歩一歩に足裏から根を生やしているような力強さがあり、振るう一撃一撃に骨とはまた別の芯が通っているような強靭さがある。派手さはなく、華もなく、けれどこの心を高鳴らせ、惹きつけてやまない何か。幾代もの子々孫々を経て受け継がれた(生き残った)歴史(いのち)だけが持つ重み。それはまるで深閑の樹海、その最奥に聳える大樹が如く。

 

(本来であれば両手には神楽鈴(かぐらすず)と呼ばれる沢山の(すず)がついたものと、御幣(ごへい)と呼ばれる特徴的な折り方をした2つの紙束を挟み込んだ竹串を使うとは聞いていましたけれど)

 

 右手に(すず)。左手に(ぬさ)。薄く軽い紙束がしかしまったく千切れたりすることなく翼を広げた燕のように虚空を舞い、そちらにばかり見惚れているとどこからともなく伸びてきた神楽鈴(かぐらすず)がしゃんと鳴る。それは大変に小気味よく見応えがあって、毎年の楽しみだったのだと、一夏さんが誇らしそうに言っていた。

 

「一撃の右と、速度の左。正に“Float Like A Butterfly, Sting Like A Bee(蝶のように舞い 蜂のように刺す)”」

 

 いつかの箒さん曰く、二刀流とは元来極めて防御に特化した流派なのだそうだ。嘗ての日本の剣道界では、団体戦において二刀流の選手を防御一辺倒の()()()()()()として組み込む風潮すらあったほどだという。主に利き腕でない方で受けや流しを行い、崩れた相手を利き腕で仕留めるのだそうだ。「単純に手数を倍にできるのだから攻撃的になるのではないのですか?」と尋ねると「得物が何かにもよるが、その為には片腕で十全に振り回せるだけの膂力と、左右共に等しく、そして極めて高い練度を必要とする為、()()()()()()()()()()()()()()()()」との回答を貰い、『左右対称』に関してはバレエにも通じるものがあったので成程と膝を打ったものである。

 

 そして、それを踏まえた上で見る篠ノ之箒(かのじょ)の舞の、なんと美しいことか。

 

 勿論、利き腕はあるのだろう。主に左を受けや流しに、右を攻めに使っているのは、幼少期からの習慣でもあるのだろう。けれど、その差は微々たるもので、左右の一撃の鋭さには殆ど遜色がない。あぁ、確かに()()()()()()()()()()()()など、正気の沙汰(げんじつてき)ではない。

 

 彼女はいつも言っていた。自分には突出した長所(とりえ)というものがない。当然だ。だって貴女は、私たちがそれぞれの尖った武器をより鋭く研ぎ澄ましている間もずっと、ほんの僅かな短所(へこみ)にも妥協することなく、挫けず、曲がらず、歪まず、美しい円をした大きな大きな器を拵えていたのだから。

 

 そして、その器が今日、"紅椿"という最高の(いろどり)を得て、とうとう成ったのだ。

 

 "紅椿"が急激な輝きを放ち始め、箒さんの動きのキレが格段に上昇した。あの機敏さは、超音速下仕様のハイパーセンサーを使用している時の動きだ。ただでさえ"紅椿"は"展開装甲"の可変出力によって燃費が悪い機体。あぁも苛烈に攻め立ててはあっという間にエネルギーが尽きる、ハズ、なのに。

 

「お、おいおいッ、ジョーダンじゃねぇぞッ!?」

 

 相対する(エース)が更に顔色を悪くした。先程までならとっくにエンストを起こしていて当然の動きをしている相手が、全くそのような様子を見せないのだから無理もない。コア・ネットワークを通じて"紅椿"の現状を共有している私たちでさえも、そのあまりに特異な現象に少なからずの驚きを覚えていた。

 

―――One-off Ability《絢爛舞踏(ケンランブトウ)》Activate

 

 そのように表示されている"紅椿"のSEが、先程から全く減っていない。正確には、減ったそばから回復しているので、一向に尽きる気配がない。高出力の機体に無尽蔵のエネルギー。シンプルイズベスト。なんて『ぼくのかんがえたさいきょうのあいえす』だろうか、なんて幼稚な感想を、つい抱いてしまう。

 

 しかし、けれど、本当にこの脅威的な攻めを可能にしているのは。

 

「貴女に足りていなかった最後のピースは、身を任せてしまえるほどに強烈で、混じりっけのない純粋な情動(おもい)

 

 怒りの感情が齎すものは、どちらかといえばデメリットの方が遥かに多い。視野を狭め、聴覚(きくみみ)を奪い、体力を過剰に消耗させる。だが、何もデメリットばかりというワケでもない。それは時に『邪魔な枷を取り払ってしまう』ことで普段以上の実力を発揮させることもあるし、狭められた感覚は逆に『無駄な情報を排し自ずと必要最低限に絞り込む』に等しい集中の効果を齎すことだってある。

 

 元より彼女はその愚直なまでの基礎鍛錬の繰り返しで、同世代間とはいえ剣道(一対一)において国内チャンプにまで上り詰めた実力者。実戦経験という点では素人同然であるが、潜在能力(ポテンシャル)は十二分に秘めていた。それが憤怒によって動きを妨げる雑念を取り除かれ、しかし『完全に呑まれてはならない』と理解し本当にギリギリの瀬戸際で踏みとどまれている克己心(ブレーキ)は恐らく、自分への自信の無さの裏返し。奇跡のようなバランスで成り立っているこの状態がきっと、現時点での篠ノ之箒(かのじょ)の『最善(ベスト)』。

 

(いけない)

 

 気を昂らせるな。努めて冷静に。でなければ『狙撃手』ではない。息を殺し、目を見開き、常に考え先を読め。

 

 けれど。あぁ、けれど。今、この一瞬(とき)だけは、ようやく開き始めた蕾の美しさを愛おしく思うことを、どうか許して欲しい。

 

 そんな、小躍りしてしまいそうな胸の中の小鳥を必死に抑え込みながらも。

 

「それに引き換え、()()()()()()は何ですの、鈴さん?」

 

 いよいよ見ていられなくなってきたもう一人のお茶会仲間に対して、溜め息と共に引き金を絞った。

 

 




 どうも、作者のGeorge Gregoryです。

 冒頭にもちょろっと書きましたが、何故か他所の現場のしわ寄せとか同僚の家族に自宅待機要請が出たとかで今月の休日が殆どなくなりましたので、次の更新多分月末なんじゃねーかな……ちょろちょろ書き進めてはいるので、速めにできれば放り込みます。申し訳ない。

 あ、そうそう。今回の更新でとうとう100万文字超えたみたいです。単行本10冊分かァ、そろそろご新規さんに気軽に『読んでよ』とは言いづらい長さになってきたなぁ。……まだ原作だと3巻くらいのエピソードなのになァ。

 ではまた、近い内にお会い出来ることを願って。

 いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。
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