ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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大変長らくお待たせしました。


Turn The Tables Ⅰ

 初撃にすんなり対応することができたのは偶然に近かった。仕事柄、一対一の対人戦闘における経験と知識を豊富に持ち合わせている、というのも勿論であるが、()()()()()()()()()()()()()()()()と備えていたことが最大の要因であると思う。

 

 鳩尾に向かっての下からの鋭い突きを、半身を引きつつ側面から右の払いを当てて逸らす。そのまま左の拳で、顎は肩に守られている為にこめかみを捉えにかかるが、勢いが乗る前に頭突きによって止められる。咄嗟に位置をずらす判断ができるのもそうだが、その手段が回避や防御でなく迎撃なのが忌々しいくらいに()()()()、当たっていなければいいなァという希望的観測がものの見事に砕け散ったのを痛感する。

 

 彼女はほぅ、と興味深そうに微かな驚嘆の表情を見せると、ならばこれはどうする、とでも言わんばかりに笑みを深め、突き出した腕を引き戻しながら私の肝臓目がけて肘鉄を撃ってきた。尋常ならざる膂力でもって石斧が如く振るわれるそれに。

 

「お」

 

 先刻の()()()()をするように、勢いが乗る前に掌を当てて()()とし、そこにちょっとした歩法(テク)を加えての棒高跳びの要領で瞬時に彼女の頭上を跳び越え、そのまま両腕で胸倉をしっかりと掴んで。

 

「おぉッ!?」

 

 全体重を使っての巴投げ。更識流体術『鵯越(ひよどりごえ)』によって、彼女の瘦躯が宙を舞う、が。

 

「ッ」

 

 彼女は身体を猫のように翻らせ、難なく着地を決めていた。結構いい手応えだっただけに、あぁもすんなり対応されると流石に複雑で、思わず舌打ちが漏れてしまう。

 

()んなっちゃうわねぇホント)

 

 表情には出さないよう努めて心中でのみ嘆いていると。

 

「良い。中々良いぞ貴様。まともに技を食らった経験は実に久しいぞ」

「それはどうも」

 

 まるで新しい玩具(オモチャ)を見つけた幼子のよう。いや、推察が当たっているのなら()()()じゃあないのか。けれど、発する殺気はそんな可愛らしいものなんかじゃあない。酷く刺々しく、血生臭く、あまりにも粗削りで剥き出しであった。

 

 素っ気なく応えながら観察を続ける。先程の拳も肘も、ともすれば手榴弾級の破壊力を持った一撃であった。でなければ相手の力を利用する技である『鵯越』があんなにキレイに決まるハズがない。けれど、とてもじゃあないけれど、如何に力の使い方・伝え方を知っていたとしいても、あんなしなやかな体格の人間があんな()()()()()()に振るって出せる威力ではない。更識家はどこまでも『対人』に特化してきた組織であるが故に、『人体(ヒト)の限界』についてもよく精通していた。

 

(義肢の駆動音や感触はなし。スーツは防刃・防弾仕様ではあるものの至って普通の衣服の範疇)

 

 つまり、この少女、素で身体的な性能(スペック)が高いのだ。それこそ、顔がそっくりな()()()()()()()()のように。1人までなら突然変異(ぐうぜん)で済ませられた。だが、これはもう駄目だ。これはもう無理だ。

 

(臨海学校から帰ってきたらイロイロと聞かせて貰いますからね―――)

「―――呆けている余裕があるのか?」

 

 ほんのちょっぴり思考に天秤が傾いただけで()()か。正に野性の嗅覚(それ)だ。本当にやってられない。薪割りだかスイカ割りだかってくらいに一切の躊躇なく振り下ろされる手刀を寸前で回避しながら(あたま)をフル回転させる。

 

(腕を極める? いや、力づくで振り払われる。顎を揺さぶる? いや、防がれた時が不味い)

 

 なら、やっぱり。

 

「お」

 

 支点は肘。力点は手首。後は作用点(からだ)を崩してしまえば。

 

「おぉッ」

「動かないで」

 

 人体(ヒト)と同じ構造をしている限り、この結果が覆ることはない。何せ四肢の関節というものは決して逆には曲がらず、その周囲の筋肉はそれを()()()、即ち()()ことに特化している為、()()()()()()()()()()()()()()。故にこそ、合気柔術という物理学が成立するし、明らかに出力(パワー)で劣っている私がこうして彼女を床に組み伏せるくらいは可能なのだ。……いや、ぶっちゃけかなりの冷や汗ものだったけれども。馬鹿正直に攻めてきてくれてて本当に良かった。

 

「順番に答えて頂戴。アナタ誰? 目的は何?」

「素直に答えるとでも?」

「あら、ひょっとして私、まだ舐められてる?」

 

 ここからほんのちょっぴり体重をかけてやるだけで骨の数本は簡単に折れてしまうし、何なら喋れる状態であればいいのだから、開放骨折くらいしてやったって構わないのだけれど。というかそれくらいの有利(ハンデ)貰わないとこんなバーリトゥード(なんでもあり)やってられるか―――

 

「いいや。お前の技術は大したものだ。素直に賞賛に値する」

 

―――などと、懲りずにまたほんのちょっぴりだけでも気を緩めてしまったのが本当にいけなかった。

 

「ただ、それでも私の方が強かったというだけだ」

「は」

 

 い? などと呑気に語尾を持ち上げることは叶わず、全身を襲った衝撃に掻き消された。咄嗟に受け身を取り、即座に体勢を整える。彼女の前では刹那でさえ命取りだと解っていたハズなのに、どうやらまだ認識が甘かったらしい自分に嫌気を覚えながら見上げた先で。

 

「実のある下見になった。感謝する」

 

 ごきり、と。直前まで私が極めていたのを力任せに振りほどいたからだろう、完全に脱臼してしまっている腕を嫌な音を立てて強引に戻しながら、あれでは相当な痛みがあるだろうに彼女は不敵な笑みを浮かべたまま、そんなことを言う。下見。今、下見と言ったか。それが意味するのは、つまり。

 

「お前、名は?」

「……更識楯無」

「ほぅ。(まもり)は無し、か。いい名だ、覚えておこう」

 

 業界ではとっくに知れた顔と名だ。隠したところでどうせ直ぐに(バレ)るだろうと正直に告げれば、素直に感心したような、けれど大前提(デフォルト)として生粋の居丈高と解るような物言い。ますますもって『敵に回したくない人物TOP3』から外れたことのないあの人物の面影が重なって見えて仕方がない。

 

「このまま素直に帰すとでも?」

「私を止められるとでも?」

 

 質問を質問で返すな忌々しい。そりゃあ完全に極まっていたハズの拘束をあんな簡単に振り解かれたのだから、性能(スペック)の差なんてものは嫌と言う程理解しているとも。けれど、()()()()()()()()()()()。この業界で舐められっぱなしは()()()()()()()なのだから。けれども同時に、これで引き下がってくれるのなら有難いという判断をしている自分がいるのも確かだ。

 

「安心しろ、今夜は本当にここまでにしておいてやる。元々奪うのも可能であれば、という指示だったからな。あまり刺激してくれるな。お前は十分に強い。故に()()()()()()()()()。そうなっては困るのはお前たちの方だろう」

保管庫(ここ)まで来られた時点で、無償(タダ)で済ませていい段階はとっくに過ぎちゃってるんだけどね?」

「露骨に表情(かお)を隠すな。底が知れて冷める」

 

『慇懃無礼』の扇子を広げ、文字を見せつけながらこっそり呼吸を整えていたのだけれど、腹立たしくもこちらの思惑をお見通しらしい。心中で二度目の舌打ちをかます。

 

「それとも、何か?」

 

 すると、彼女の視線は真っ直ぐに私、否、私の口元を隠している扇子から垂れ下がっている水晶色の根付(専用機の待機形態)へと向けられていて。

 

「今、ここで、専用機(ソレ)で相手をしてくれるというのなら、願ってもないが」

「……止めとくわ。明日も早いのに、お風呂もなしってのは、ちょっとね」

 

 パチンと扇子を閉じ、今度こそ臨戦態勢を解く。正直、専用機(レイディ)込みで全開で戦えたなら、先程までよりもずっと善戦できるという自負はある。が、もしそうなった場合、どうあがいても『保管庫(ここ)まで来られた』という事実が明るみに出てしまう。それはいただけない。今これ以上のトラブルを抱え込んでしまうような事態は可能な限り避けておきたかった。

 

「まぁいい。無償(タダ)では帰らん。今は気分が良いのでな、多少のことなら教えてやらんでもない」

「あら嬉しい。それじゃあもう一回聞くけれど、アナタ誰? 目的は何?」

「フム。まず目的の方だが、組織の頭は確か、『宇宙征服』などと叫んでいたな。妙に耳につく甲高い声だったので、よく覚えている」

「は、はァ」

 

 望外の申し出にこれ幸い、と先程と同じ質問をすると、あまりに突拍子のないことを言い出したので思わず呆然としてしまう。そして。

 

「で、私の名前だが―――織斑マドカだ。特別にお前には呼ぶことを許してやろう」

 

 過去最大級の厄ネタに私は必死に平静を装いながら、心中では天に向かって思い切り『聖なる排泄物』と吐き捨てていた。

 

 

 

 

『強くなりたい』と、いつも思っていた。

 

 いつからだったろう。漫画やテレビの中のヒーローに憧れた時か。初めていじめの現場に遭遇した時か。6年前の()()()だろうか。確かにどれも、より強く思うようになった出来事ではあったかもしれないけれど、果たして始まりだったかと考えると、どうにもしっくりこない。

 

 どうすればいいんだろう。肉体(からだ)を鍛える。技術を磨く。知識や経験を積む。どれも『正解』ではあるかもしれないけど、『満点』ではない気もする。

 

 そもそも、『強い』って言葉がメチャクチャ便利だと思う。箒も、鈴も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、クラスの皆、会長さんに千冬姉、勿論カデンソンさんも、皆まるで違うけれど、皆『強い』って一言で言い表せる。俺にはない強さの形が、この世界には沢山ある。そういうのを踏まえた上で。

 

《――――イチカ。キミハ、()()()()()ガ欲シイノ?》

 

 考えた。そりゃあもう本当に頭が茹って、へそで茶が沸かせるんじゃあないかってくらい、考えた。だって、俺には足りないものばっかりだ。これなら任せろ、自信がある、誰にも負けないなんて言えるようなものが、俺にはない。だから勉強も鍛錬もして当然のことだと思っているし、最近はその成果も少しずつだけれど実感できるようになってきているお陰で、あまり苦に感じてもいないし、少し足取りが軽くなったような感覚もしている。

 

 けれど、今回の一件で改めて痛感させられた。ヒトってやつは、そう簡単に変われるものじゃあないんだ、と。

 

 そして、やっぱり、俺は――――

 

 

 

 

 目覚めてまず最初に覚えたのは全身の引き攣るような痛み。喧嘩で殴られた所だったり筋肉痛なんかもそうだけど、この意識が覚めた途端に痛みが強烈に襲い掛かってくるのは何故なんだろうか。割と不思議でならない。

 

「おはようございます、織斑さん。といっても、今は真夜中ですが」

「クロエ、さん?」

「こちら、母様特製の塗り薬です。幾分かはマシになるかと」

 

 差し出された『ウサギさん印のキズ薬 Vol,21.610152…』と書かれた容器の中身は暗室にあって尚ギンギラギンの蛍光に輝く虹色(ゲーミング)軟膏なんて代物で、正直効能は半信半疑だったものの実際に使ってみると驚くほど効くものだから流石というべきか。手の届かない場所はクロエさんに手伝ってもらい、現状を訊ねるついでに「これ一体どんな着色料使ったんですかね」とか訊いてみようか、なんて思いながら隣の部屋へ繋がる障子を開け放つと、そこには。

 

「ウェヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ」

「うわぁ……」

 

 いつものエプロンドレスが()()()()になりそうな勢いで口元からダラダラと()()が零れ落ちているのも一切気にも留めずに、目の前の機器やら空中投影のウインドウやらに夢中になっている束さん。「あ、これダメだ。何言っても届きやしねぇ」と呆然としていると、見かねたクロエさんが端的に現状を教えてくれた。

 

「じゃあ今、皆だけで"福音"と」

「簪様が交戦状態にあり、先刻、一足先にお目覚めになられた皆様が出立されました。間もなく合流されるかと思われます」

「それじゃあ、俺も」

 

 直ぐにでも行かないと。そう続けようとしたとき、勢いよく障子が開かれ、そこにいたのは。

 

「千冬、姉」

 

 俺を見つけるや否や真っ直ぐにこっちへ突き進んで来るその目が6年前のあの日の記憶と重なって見えて、今度こそ何をされても仕方がないな、と飛んでくるだろう怒号やら拳骨やらを覚悟して強く目を閉じて。

 

「……ッ」

「え」

 

 想定していたどれとも違う、きつくはあれど苦しくはない抱擁に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

 

「ち、ふゆね」

「黙れ」

 

 その鋭い一声は、けれど弟である俺でようやく判るくらいにほんの微かに震えと湿り気を帯びていて、俺の方に顔を埋めているので表情は見えないけれど、唇を真一文字に固く引き結んでいるのだけは判って、()()()()()()()()()()()()

 

「行くんだな」

「……うん」

「怖くないのか」

「正直、めちゃくちゃ怖い」

「それでもか」

「うん。それでも」

 

 そっと背中に手を回して抱き締め返しながら、思う。こんなに重い覚悟を、ずっと前からしてたのか。昔に比べて随分と身長も伸びてすっかり見下ろせるようになってしまったけれど、身も心もまだまだまるで敵う気がしない。

 

「大馬鹿者め」

「ごめん」

「許さん。許してなどやるものか」

「えぇ……じゃあ俺どうすればいいのさ」

「……餃子だ」

「は?」

「皮から作れ。白菜とニラたっぷりで、ショウガとニンニクもがっつり効かせろ。それを肴に思う存分ビールをやるまで絶対に許さん」

「解った。次の休みにな。包むのは、手伝ってくれよ?」

「……私があまり上手くないのは知っているだろう」

「いいんだよ。久し振りに、ゆっくり話そう」

「ギョーザッ!! いっくんのギョーザ、私も食べたいッ!!」

「流石に空気を読みましょう母様。私がレシピを聞いて再現する、ということでここはひとつ」

 

 両肩に小さな、けれど力強い両手が乗せられ、ゆっくりと熱が離れていく。さっきは暗くて気付かなかったけれど、両目はよく見ると微かに赤く腫れていて。

 

「行ってこい」

「行ってきます」

 

 それでも力強くそう言ってくれる千冬姉に、俺は精一杯の虚勢を張って、そう返した。

 




 サブタイトルの元ネタ
【マイターン・オレターン(Turn the Tables)】:出典【C&R】
 最終決戦でクロンクからの攻撃を一切食らわない。要するに彼との戦闘中に表示されるコマンドをミスすんな、ということである。直訳すると『盤面をひっくり返せ』。将棋やオセロみたいなボードゲームのアレをイメージして下されば解り易いかと。


 どうも、作者のGeorge Gregoryです。

 こちらでは本当にお久し振りです。ずっと別作品の方に熱を上げていましたが、ようやく落ち着いて来たので、いい加減そろそろこちらの更新を再開します。……と、言いつつ、今月からアマプラで見放題になるので、また再開するかもしれません。早く臨海学校編を終わらせたくもあるのですが(そろそろ書き始めて2年になるし)、リアルの多忙化もありますし、最近ブレワイ含め積みゲーも物凄い数になってきたし、いよいよポケモン新作も来るし、時間がいくらあっても足りません。身体2つ、いや3つは欲しい。

 御存知ない方に向けて説明しますと、この数か月間、実はこんなの(↓)を主に書いておりました。未読の方がいらっしゃいましたら是非、こちらにもご感想下さると幸いです。

『シン・メフィラスの食卓(https://syosetu.org/novel/289902/)』

 ではまた、近い内にお会い出来ることを願って。

 いつも感想ありがとうございます。あなたのその一言が俺の何よりの動力源です。

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