その、突如上空より襲来した白い不明機について、母国の持つ表裏不問の最新のデータをインストールされているハズの"福音"は該当する機体を見つけられず、それ故に攻めあぐねてリソースの大部分を解析へと回していた。
《暫定:新型機 搭乗者情報:一致 類似性:87%-最高値 推測:二次移行》
であれば、最優先の警戒対象は必然、一撃必殺の"零落白夜"。ウイングスラスターが2基から4基に増設されている為、前回の戦闘データより機動力及び最高速度の想定値を上方修正―――
「――――」
《ッ》
―――していたのだが、尚不足していたことを今に至って理解する。二段階瞬時加速。それも、1段階・2段階の遅延が限りなく皆無に近い実に理想的な加速でもって、敵機はいとも容易くその刃渡りの内にまで接近してみせたばかりか、既に居合い抜きのような姿勢、即ち必殺の一撃を放てる状態にある。だが、既に整っているが故に、ここから放たれる一撃の軌道は明白。回避を可能にするだけの性能・機構も当機には十分に備わっている。そういった判断から"福音"は即座に距離を取ることをせず、その一撃が振るわれるのを虎視眈々と待ち構えていた。
「疾ャァッ!!」
裂帛の気合と共に白刃が煌めく。搭乗者の丁度右腹部へと吸い込まれんとする一振りを、"福音"は嘲笑うように寸でのところで回避することに成功し。
「だよな、躱してくれると思った」
それ故に、自らが一瞬とはいえ恰好の的と化していることに、遅れて気付いた。
"雪片弐型"は大太刀、即ち規格上の分類は両手剣である。必然、十全な威力を発揮するには両腕の膂力が必要であるし、それはISにおいても例外ではない。通常であれば。
"雪羅"が突き出す左手、その掌の不明の輝きに硬直してしまった"福音"の誤算は3つ。1つは、"白式"から進化を遂げた"雪羅"という機体がより接近戦に順応するべく純粋に性能を向上させていた為に、片腕だけでも"雪片弐型"を十分に振るえる馬力を備えていたこと。もう1つは、敵機の搭乗者が本来『相手の虚をつく』戦術を得意とし、且つ無人機制御を相手取る場合の心得を持ち合わせていたこと。
そして、何よりも、最後の1つ。
《判明 左腕装備:砲撃―――》
そういった弱者の狡知を相手取るには、彼はあまりに馬鹿正直で、経験不足過ぎた。
機体そのものと同じ名を冠する左腕部装甲兼多機能武装"雪羅"。一見する限りでは少々大振り且つ無骨なれどよくある範疇の意匠をした、何の変哲もない腕部装甲であるが、『多機能』が示す通りに複数の形態を併せ持った、極めて即応性の高い装備である。
「む。今のはもしや、射撃兵装か?」
「荷電粒子砲っぽいね。掌に仕込んであるから呼出の必要もなしか。こうなると流石に距離を取りたい、だろうけど」
「ただでさえ速かった"白式"の"二次移行"、ですものね。ぴったりくっついて離れませんわ」
(となれば次の手は――――だよね、強引に"銀の鐘"で引き剥がそうとする。けど、うわぁ、なんてもの引っ提げて戻って来たんだろう、織斑くんってば)
近接格闘における基本形態の『爪』。手刀による斬撃特化の『刀』。拳打による打撃特化の『拳』。これらの形態には全て"零落白夜"を付与することが可能であり、掌の中央部には即座に放てる高出力の荷電粒子砲『砲』を搭載している。これだけでも十分に破格であるのだが、更に目を見張るべきはその"零落白夜"の性質を防御に転用、バリアシールドとして展開することでビーム兵器の一切を無力化する形態『甲』。これにより代名詞の1つである"銀の鐘"を完全に封じられたことを理解するや否や、"福音"は"雪羅"から距離をとることだけを最優先事項としていたのだが、先の戦闘経験をフィードバックした上での二次移行を経た"雪羅"がそれを易々と許すハズもない。
「機体性能も純粋に強化されているな。より速く、より鋭く、より強く。それが故に以前よりも更に消耗が激しいのも間違いない、が」
「そう解決してきたかァ。成程ね、採用してくれて嬉しいような、洒落にならないくらい強化されてて怖いような」
「リボルバー機構により装填されるSEのカートリッジ。"S,Ragen"のレールカノンや"RRCⅡ"の"Gray Scale"を参考にされたのか……あるいは、もしや」
(持久戦に持ち込んでしまえば燃費の悪い"白式"はあっという間に自滅してしまう。だったらいつでも使えるバッテリーを予め用意しておけばいい。単純だけど、うん、凄く効果的な手だ。わ、あのカートリッジ、"雪片弐型"にも使えるんだ。柄のお尻のところに挿し込むの、プ〇ズムビッカーとかバリズ〇ンソードみたいでカッコいいなぁ)
左腕部の回転機構から取り出したカートリッジを"雪片弐型"の柄に新たに出来たスロットへ装填しながら、『甲』形態の"雪羅"を盾にして一夏は積極的に"福音"へ距離を詰めていく。このカートリッジは本体とは別にSEを備蓄しておくことが可能。全6本あり、リボルバー機構によってそのまま"雪羅"に装填するだけでなく、"雪片弐型"に装填することのできる予備バッテリーとしての役割も果たす。初撃の奇襲、そして先刻の回避直後の追撃で『砲』を2発使用しており、纏わりついての連撃にも幾度も"零落白夜"を織り交ぜている為、現時点で消費したSEの充填に既にその6本の内の2本目を消費していた。
「あらゆる一撃が必殺級。それをあの機動力で、か。いよいよ手が付けられなくなりそうだな」
「とか言いつつ嬉しそうにニヤニヤしちゃってもォ~……ねぇ、気のせいじゃあなければ、まだ速くなってない?」
「段々"雪羅"に慣れて来たのでしょう。私との時もそうでしたもの」
(純粋な速度でなら多分"雪羅"が勝ってる。イマイチ捉え切れてないのは、緩急のつけ方や旋回時の機動力では"福音"の方にまだ分があるからだ。けど、その差もあの4連スラスターの多段加速で強引に埋めつつある。後もう一押し、何か決め手があれば)
流麗に舞い踊る"福音"。鋭利に追い縋る"雪羅"。銀の曲線と白の直線が描く軌道は夜半においてあまりに鮮烈で、今この場が戦場であることを一時忘れさせる程であった。無論、この場にいる誰もが油断だとか呆然だとかをしているワケではないのだが、それでもその緊張をほんのちょっぴりでも弛緩させるだけの眩さが、そこにはあった。
それでも尚、一切気を緩めることなく戦局を見守っていたのは、2人だけ。
「―――ん、おっけ。箒は?」
「うむ。大体解った」
「それじゃあ、そろそろ」
「あぁ、行こうか」
"紅椿"と"甲龍"は不敵な笑みと共に、今再び戦場へと舞い戻る。