───ここからはもう、圧巻の一言でした。
あの時の"弐式"は弾薬もSEも心もとなくてほとんど戦線に加われなかったものが悔しくもあり、けれど、だからこそあの一戦を唯一俯瞰的な視点で最後まで見届けられたのが嬉しくもあり……うん、でも、やっぱり参加したかったなっていう方が強いですね。それくらいの"チカラ"があの数分間にはあったし、今にして思えばあの日、あの夜が、結果的に私の将来を決めたような気がします。
私たちって皆、それぞれの専門というか、得手不得手がキレイにバラけているじゃあないですか。だから当然、できることだけじゃあなくて、物事の見え方も考え方もまるで違っていて、そんな皆が足並みを揃えるなんて簡単なことじゃあないし、一度揃ったからといってそれが毎回勝手に成功するようになるものでもない。お互いがお互いを本当によく理解して、尊重したり、衝突したり、譲歩したり、妥協したり、そういうのを何度も何度も何度も繰り返してようやくまともに形になるようなものなんです。何かひとつでも、ほんのちょっぴりのズレがあるだけでも途端にパフォーマンスの質はガタ落ちするんです。
だからこそ、あの時の私の頭を真っ先によぎったのは、"雪羅"が加わることで"紅椿"と"甲龍"の連携が崩れるんじゃあないか、っていうところだったんですけど、はい、結局そんな心配は全然いらなかったし、むしろ途中からはすっかり忘れて見入っちゃって。で、そうなっちゃうと私ってば単純なんですよね。一旦熱を上げたものは、満足いくまでとことん分析しなきゃあ気が済まないんですよ。こればっかりはもう、生まれついての性分というか、そういう魂の形とでもいうか。だから師匠とも上手くやれてたのかも。
……けどまぁ珍しく、あの時の熱はふた晩ともたなかったんですけどね。だって、あんなの聞いちゃったら、なァ。憧れるだけでいるのはもうやめようって、覚悟決めるしかなくなっちゃうじゃあないですか。
だから、そうですね。更識簪にとって織斑一夏がどんな人かっていうのなら───
───誰よりも"自分"っていうものと向き合っていて、誰よりも理想が高くて、誰よりも目が離せない、バカ真面目な究極のお人好しクン、かな?
乱れた呼吸を整えるために敵前で2分も無防備を晒すなど、軍属になって以来、否、生まれてこの方初めての経験だな、などと呑気に考えている自分がいる。元隊長には「たるんどる」などと一刀の下に切り捨てられそうだ。祖国の部下たちに知られようものなら、さぞやかましいことになるに違いない。特にネーナやファルケは本人の自覚こそ薄いが、どうにも私に対して過保護なきらいがある。まぁ、クラリッサに比べれば遥かにマシではあるのだが。
(これは、緘口令を厳重に敷いておかねばな)
そう心で決めながらも、この数時間で見違えるほど頼もしくなった背中へ順に視線を向けていく。
シャルロット・デュノア。元より遊撃手としての素養を強く見せていた彼女は、機体の各機能の更なる省力化・省略化に成功し、換装の所要時間に至ってはおよそ2割も削減してみせたばかりか、重く堅牢な防御用パッケージを装備して尚、非装備時とほとんど遜色がないほどの機動性を確保するに至る。それでいて本人は「もっといける気がするんだよねェ」とのことである。
第2世代機は多彩な装備による万能性や扱いやすさに焦点を当てられがちであるが、私個人として最も買っているのは未だ第3世代機でも上回れるものは片手で数えられるほどだというそのきわめて優秀な耐久性である。そんな"Rafale Revive"をベースに専用機として個人に特化させ、搭載する装備も全て実弾式で統一し、運用コストを極限まで抑えることでどこまでも丈夫に仕上げられた"Rafale Revive CustomⅡ"という機体を、今や彼女は完全に掌握しつつある。何せあのオオカマキリの間合いから一切出ることなく、それでいて一撃すらまともにもらうこともなく、射程の変化や相手の挙動に合わせた最適な銃火器に切り替えながら弾幕を絶やさない、などという曲芸じみた真似までしてみせたのだ。
惜しい。実に口惜しい。これで国のしがらみさえなければ、一も二もなくスカウトに走れるというものを。 そんな、私の前でどっしりと巨大なシールドを突き出している彼女の傍ら、ほんの数歩ほど後ろに引いた位置で愛用のライフルを構えたまま全く微動だにしない狙撃手の背中へを見上げる。
セシリア・オルコット。手前味噌になりかねないが、こと長距離射撃という一点においては、最早同世代に彼女に並ぶ者はそうは現れるまいと、私は思う。その射撃精度は今やアリーナの対面に突き立てた針孔すら正確に捉え、撃ち上げた空缶でお手玉すらやってのけることだろう。恐ろしさすら覚えるのは、その射撃精度を高機動状況下においてもさほど落とさなくなったという点だ。
「そもそも外さないのが大前提ですし、的中率が落ちているようではまだまだですわ」
本人はそう謙遜してやまないが、私は既に彼女を『戦場で遭遇したくない相手』として認めつつある。それだけ射程というものは、時に数以上の暴力たりうるのだ。どれほどの戦力を整えようが、まるで届かない、視認すら許されないような彼方から一方的に封殺される可能性は決して皆無ではなく、彼女であればそう遠くはない未来にそういった領域まで至るだろう想像が、それほど難くはないのだ。何せついには乱射魔砲台が放とうとした大量のミサイル群をBITの射撃のみで処理して見せたばかりか、両肩の砲塔2門それぞれを正確に撃ち抜き盛大に花を咲かせてやったのである。それは友人として誇らしくもあり、同時に軍人としてもどかしくもあり。
そんな2人による鉄壁の守護の向こう、ひときわ強い輝きを放つ銀星に執拗にまとわりついて離れない3つの衛星たちの現状を、順に確かめていく。
凰鈴音。学園に来てから一等手を焼かされていた野生児が、長所であり短所でもあったその獣性を技術と経験で更に磨き、研ぎ澄ませ、手懐けつつある。攻めに転じた際の爆発力は言うに及ばず、明らかに感覚任せの直情的な動きがなりを潜め、時折、狡知を思わせるような薄ら暗い気配が顔を覗かせるようになったのだ。
正直に言おう、堪ったものではない。あれほど真っ向から突撃を繰り返しては跳ね除けられていた黄色いデカブツを、蛇が獲物へ忍び寄るかのようなしなやかな軌道で翻弄し間接という関節を破壊、文字通りに喋るだけの原子炉としてしまった時なぞは、思わずヤツに僅かながら憐憫の情を抱いたほどである。
そして、そんな鈴の変化に最も感化され、我々の中でも最も目覚ましい成長を見せたのが他でもない、篠ノ之箒である。
競技試合における勝敗であれば、決して難敵ではない。決められたルールに基づいた上で勝利条件を満たせ、というのであればいくらでもやりようはある。そして、そうでなくなった途端に我々5人でランク付けを行ったとして、現時点での1位は間違いなく彼女になるだろう。これは本人を除いた全員共通の認識であるはずだ。鈴などは、そう簡単には首を縦には振らないだろうが。
それは、"紅椿"が篠ノ之博士手製の第4世代機だからだとか、"絢爛舞踏"の性能がえげつないからだとか、そういった点も理由として挙げられるのは確かなのだが、ここまでであれば多少の面倒こそあれ、そこまで悩ましい話ではないのだ。無自覚・無意識なままに、けれど愚直なまでに続けてきた研鑽が今回の事件を転機として望外の実を結んだ───と本人は考えているようだが、どうにも私は博士かカデンソン氏、あるいはその双方が共謀の上でひいた絵図の可能性を感じ取っているし、それは程度の差こそあれ、他の皆も同じであるハズだ。ただ唯一、極めて短期間でこの業界を駆け上がってきた鈴だけは「そういうこともあるだろうし、ショージキどうでもいい」と一笑に付しながらも、より一層の対抗心を燃やしていたが。
どちらにせよ、箒が先祖代々の神楽舞の動きの数々に光明を見出し、それらを反映させた『IS式篠ノ之流双剣術』とでも呼ぶべきだろうそれは、言い表すならば正に『忍耐』の一言に尽きるような代物で。ただひたすらに攻撃を見切り、かわし、防ぎ、受け流し、機先を制して潰し、挫き、阻み、摘み取り、とうとう相手の集中が途切れたり体勢を崩したりといった『隙』を晒した瞬間に確実に刈り取る、という、実直な彼女らしからぬとも、基礎に忠実な彼女らしいともとれるような、実に人間味あふれるものになっていた。これにはあの全身赤タイツもいよいよ必死の形相に変わり、搦め手まで全て潰されてしまった時には「参った!! 参った!! こりゃあもうどうにもなんねぇや!!」と匙を投げたほどである。
「うわぁ、アタシ今のアンタの相手したくないな~……なんで嬉しそうにしてんの? 誉め言葉じゃあないわよコレ。え?アタシにそう言われるのが何よりの誉め言葉? どゆことッ!?!?」
とは、それを見ていた鈴の言葉であり、概ね我々全員に一致する見解であり、同時に「お前が言うな」とも思っていたりしたのはここだけの話である。
そのようにして、あの"悪夢"と呼ぶに相応しい空間にて約30日が経過した頃。我々5人は死線を共にし、いちいち数えるのも馬鹿々々しくほどに遠慮なく意見や感想をぶつけ合ったり、時には盛大に火花を散らし合ったりなどを経て、現在、戦場にいる。だから解る。察することができる。短い言葉で。些細な合図で。互いが何を求め、何を考え、何をしようとしているかを。
それ故に、私は今、不思議でならない。
一夏。"福音"に撃墜されてからのお前が昏睡状態であったことは各バイタル値の計測結果からも間違いはない。そう、昏睡状態であったハズなのだ。我々のように、姉様の"黒鍵"なる専用機の能力で同じような"悪夢"の中にいただとか、そういったことは考え難いのだ。なのに、お前は今、こうして実際に箒と鈴の変化を当然のように受け入れているし、2人の方が合わせているように窺えるとはいえ連携がサマになっているし、何より"二次移行"を果たしたばかりの"雪羅"の性能を十全に引き出し、活かせているように見える。私は軍人だが、"調子"や"流れ"、"勢い"といったものの存在を軽々に否定はしない。だがどうにも、私の"瞳"は今のお前にそういった場合特有の拙さやぎこちなさの類を見出さない。まるで、"雪羅"にもう何年も乗り続け、微細なクセに至るまで何もかもが肌に馴染んでいるかのような自在感、というのが最も近しい気がしてならない。
なぁ一夏。今、お前には何が見えているんだ。何が聞こえていて、何をどのように感じているんだ。私は今、軍人として、上官・指揮官として真っ先に否定し、可能な限り排除してきたハズの───
「待たせたな。全員、そのまま聞いてくれ」
───"期待"などという不確かなものを、ほんのちょっぴりだけ、お前にしてしまいそうになっているぞ。
『主人公』ってヤツに、ずっと憧れている。
こういうことを言うと、大抵の場合は「何言ってんだ?」みたいな風に呆れられるか、そうじゃあなけりゃあ大体はこんな風に言われて励まされるんだ。「誰もが皆、それぞれの人生の主人公だ」って。 言わんとすることは解るけど、そういうことじゃあない。誰もが一度は経験があるハズだ。『運命の出会い』だとか、『白馬の王子様』だとか、そういう最高に都合のいい劇的な変化ってヤツが、いつか自分にも起こりやしないか、ってさ。
勿論、理解している。人生ってヤツはいつだって、誰に何がいつどのように起こるかなんて判りやしなくて、「そんなことは絶対にありえない」なんて言い切れるのは神様以外の誰にもできやしないってだけで、いつまでもそんな分が悪いにもほどがある宝くじなんかに懸けていられるほど、温くも、甘くも、長くもないって。 結局地道にコツコツ以外にないのだ。チャンスの神様には前髪しかないらしいし。……何も掴むのが髪じゃあなくてもいいんじゃあないかとは、思うけれど。
とはいえ、まだまだ子どもの俺にできることなんてそんなに多くはない。その時々で自分が本当に正しいと信じた道を選ぶってのと、後は精々試験の成績や内申点を積極的に稼いでおくくらいが関の山で。奨学金を充分に狙える成績ではあったけれど、自分なりに真剣に考えた結果として「高卒で働こう」と決めて、そうするにあたって有利な藍越高校を受験することにして。
それからだ。『物語』が始まったのは。
最初は流石にすんなり信じることはできなくて、正直かなり浮き足立っていたように思う。百科事典みたいな分厚さの教科書すら、ページを捲るごとにワクワクした。学園に来てからなんてもっとだ。こちらの想像を遥かに上回ってくる最先端の技術ばかりで綺麗な校舎。豪華で美味い学食に、下手なホテルなんかよりずっと充実している学生寮。それこそ正に第1巻、第1話の冒頭のようなものばかり。そして、何よりも、まだ心のどこかで半信半疑だった、男の身でありながら"黒豹"のようなIS乗りを目指すことを許されたという実感が、ふつふつとこみ上げてきたこと。
だからまぁ、今だからこそこっそり白状すると、だ。セシリアや鈴からの「IS教えてあげようか?」な提案を素直に受けなかったのは、勿論「勿体ない」ってのも本心ではあったのだけれども、「その方が主人公っぽいから」みたいな割と下らない理由の方が結構な比率を占めていたように思う。再会した幼馴染。個性豊かなクラスメイトたち。謎の無人機の時なんかはもう、アドレナリンが出ずっぱりで、その日の夜なんて布団に入っても目が冴えてまるで眠れなかったし、更に3人同時の転入生なんて刺激的なイベントまで起きたものだから、そんな期待はより高まって、きっとこんな風に自分には想像もつかないような『物語』が続いていくんだろうと、そう思っていた。
でもまぁ、この辺くらいまでだった。無邪気に『物語の主人公』気分でいられたのは。
五反田食堂での一件。初対面の蘭ちゃん相手に、カデンソンさんがいつにない真面目な雰囲気で話していた、あの言葉。
「今、この世界で、国家規模の非常事態が起きた時」
あれからずっと、魚の小骨のように喉奥に引っ掛かっていたもの。代表候補生の皆は当然、そんな覚悟はとうの昔に済ませているんだろう。今回の作戦のブリーフィングでも冷静に話を進めていたし、ラウラに至ってはそもそも軍人だ。肝心の俺はと言えば、正直いつかはそんな日が来るかも、くらいの認識でしかなかった。「まだまだ見通しが甘かったな」って自分と、「いやいや流石にこんなの想定するのは無理だって」って自分とで、半々くらい……いや、ごめん、見栄張ったな。ぶっちゃけ今でも三七とか二八くらいの割合でそう思ってる。
それくらい、俺にとって学園の居心地は良いものなんだ。そりゃあまぁ大変ちゃあ大変だ。勉強量や男女比からのあれやこれやは言うに及ばずだし、未だに一部からは千冬姉のことでのやっかみやいざこざも結構あったりする。でも、何というか、こう、『今まで』に比べれば遥かに真っ直ぐで清々しいというか、タカが知れているのでさして気にならないというか。何せ移動教室の旅に私物が汚されたりなくなったりしないし、学食なら混ぜられたり仕込まれるような心配もしなくていいし。まぁ、やりたくでもできない、っていう側面も強いんだろうけど。
早い話、"織斑千冬の弟"で"男性操縦者"な俺でも、学園でなら"ちょっと事情が特殊なだけの新入生"くらいの認識でいられた。これが思っていた以上に嬉しくて楽しかったものだから、つい忘れてしまっていたのだ。世の中には善意と同じくらい、あるいはきっとそれ以上に悪意の方がありふれている、ってことに。
───イチカ、すとっぷ
おっと、いけね。また頭に血が昇っちまうところだった。反省反省。
───ワタシ、ソノ黒クテざらざらシタノ、キライ
あぁ、そうだな。俺もこんなの嫌いだ。こんなの俺たちには邪魔なだけだ。
───ソンナノヨリモ、今ハ、ネ
おぅ。そんなのよりも、今は。
教えてくれ
俺たちは
どこまで
どれくらい
どうやって
どんな風に
飛べるんだ?