ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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一足遅い盆休みを利用して大学の先輩の結婚式出席ついでに大阪旅行してたんですが、戻った途端に大忙しなのに加え、資格勉強が本格化。
安西先生、休みが、欲しいです……



Keep On Moving

―――朗らかな笑顔をする人だ、というのが最初の印象だった。

 

「ほい、お茶どーぞ。で、どこまで行ったっけ?」

「有難う御座います。えぇと、ここなんですけど」

「あぁ、この辺か」

 

 IS学園整備主任、Alister Kadenson(アリスター カデンソン)管理人室(ここ)に来る途中、道を尋ねた整備課の諸先輩方曰く、厳しくも根気よく付き合ってくれ、しっかりと噛み砕いて教えてくれる、歳の離れた兄のような人、らしい。ソフト・ハードどちらに対しても造詣が深く、技術者としては間違いなく一流。国内でも有数の大企業、倉持技研からの推薦状を携えてやってきたというのだから、その腕前は疑うまでもない。

 そんな、凄い人物だというから、少なからずの緊張と共に管理人室の扉を開いてみれば、そこにいたのは先ほどの壇上での凛々しいスーツ姿ではなく、油汚れやら草臥れやらで随分と年季の入ったブルゾンを羽織り、椅子を回してこちらを振り向いている、見るからに気のいいと解るような山吹色の髪をした男性だった。

 

「“PIC”。コイツが働くことによってISは空を飛ぶことが出来る訳だが、どういう働きをしているかは解るかい?」

「実はその、さっぱり……背中のスラスターだけじゃないんですか?」

「スラスターだけで姿勢制御までやろうと思ったら、最低でも後2ヶ所は欲しいところかな。そうだな……水の上に浮かんでいる舟を動かそうと思ったら、水面を漕ぐなり、ファンで風や水流を作って推進力に変えたりするだろう?」

「はい」

「スラスターはその程度の役割しかしていないのさ。“PIC”は、ISという舟を空中に“浮かべる”役目を果たしているんだ」

「空中に、浮かべる、ですか?」

 

 授業についていけそうになくて、どうかご教授お願いします。そう頼み込むとカデンソンさんは二つ返事で引き受けてくれ、茶菓子まで用意してくれた。しかも、その内容がビックリするほど解り易くて、つい先刻まであれほど頭を悩ませていた難題が次々とブルドーザーか何かで撤去されていくような爽快感を覚えていた。

 

「“PIC”を略せずに言うと“Passive Inertial Canceller”になる訳だけど、これを直訳するとどうなるかな?」

「えぇと……受動的な、慣性を、消すもの?」

「そう。つまり機体に働いている慣性を相殺している訳だ。さて、慣性ってのはどういう力のことかな?」

「えっと、物質に力が働くと、その運動量がずっと保存されているってヤツ、ですよね」

「正解。つまり、重力も含まれるわけだ」

「――あ」

 

 何より、ただ解り易いだけじゃなく、教え方が上手い。学園の授業では決して不可能な、こっちのレベルに合わせてくれている個人授業。これを知っている整備課を中心とした在校生からは“是非とも本格的に教職に”との声も高いらしいが、本人が頑なに断っているという。何故だろう。

 

「重力含めて、機体に働く力が全部相殺されれば、必然的に機体は宙ぶらりん状態になる訳だ。そこにスラスターで推進力を与えてやれば」

「自然にその方向へと、機体は進む」

「そういうこと。明確にどういう原理かは、もっと先で習うと思うから、今はそういうものだと思っておけばいいよ」

 

 そう言って、湯呑からお茶を啜りながら煎餅を齧るアリスターさん。いや、もう個人的には“先生”と呼びたくて仕方がない。これは、思っていた以上の収穫だった。

 

「社会科の授業でも、“平和維持活動(Peace Keeping Operations)”とか“非政府組織(Non-Governmental Organizations)”とか、習うだろう? あれと同じさ。無作為にアルファベットが選ばれている訳じゃあないんだ。この手の単語はまず、分解してみればいい。……これで解らないところは全部かい?」

「はいッ、有難う御座いますッ!! すげぇ解り易かったですッ!!」

「なら良かった」

 

 付箋を付けていた最後のページを閉じ、感謝の言葉と同時に頭を下げる。山積していた疑問はすっかりと氷解し、今晩は心地よく眠れそうだ。

 どうぞ、と勧められたので、自分も煎餅を一枚貰う。パリパリの海苔が巻かれた醤油味の煎餅は小気味よい音を立てながら割れ、口内に芳醇な香りが広がる。

 

「うわ、美味いっすね」

「だろ? お気に入りなんだ。日本の食文化は素晴らしいね。すっかり虜になっちゃったよ」

 

 ちゃんと急須でお茶を淹れている辺り、本当にハマっているんだと解る。淹れ方も上手いもので、しっかりと茶葉の渋味と甘味が引き出されている。……あ、茶柱立ってた。

 

「仕事柄、日がな一日管理棟(ここ)にいるからねぇ。せめて、こういうことくらいは楽しみたいじゃない? ほら、一流アスリートは滅多に食べられないからこそ、偶の自由な食事には一切の妥協をしないっていうだろう」

 

 そう言って微笑みながら、また一口、煎餅を齧るカデンソンさん。経歴や前情報を知らずにこの表情だけを見ると、ただの気のいいお兄さんにしか見えない。能ある鷹は爪を隠す、とはよく言うけれど、この人が学園全体のISを管理・整備していると考えると、改めて凄い事だよな。

 

「キミもいきなり女所帯に1人放り込まれて大変だろう。解ることなら教えるし、君の機体も面倒みることになるだろうから、気兼ねなく遊びにおいでよ。気分転換になるし、世界初の男性操縦者の面倒を見ていた、と言えば面目も立つしね」

 

 あぁ、俺のオアシスはここにあったんだ……この肩の力を抜いたやりとりが、今日1日で擦り減りまくった精神をじんわりと癒してくれるようで、思わず涙腺が緩みそうだった。

 

「ここじゃ貴重な男同士だ、仲良くやろう」

「は、はいッ!!」

 

 差し出された右手を取り、握手を交わす。一朝一夕では到底なりえない皮膚が固く角ばった力強い掌は、それだけで安心感と信頼感を覚えさせてくれた。

 

「今日は、本当に有難う御座いました」

「はい、お疲れさん。またいつでもど~ぞ~」

 

 ひらひらと手を振っているアリスターを背に、一夏は管理人室を後にした。

 

「……あの時の少年が、あんなに大きくなったんだな」

『エェ。案外、気づかれないもんッスね。実際に顔を見られているのがワタシだけ、というのもあるかもしれないッスけど』

「少なからず苦労しただろうに、あれだけ真っ直ぐ育ってるなんてな。ドクターの盗撮記録で知ってはいたけど、実際に会ってみると、こう、クるものがあるなぁ」

『エェ。将来有望な、極々普通の好青年ッス』

「巻き込まなきゃ、ならないんだよな」

『ッスね。気は進まないッスけど、仕方がないッス』

「なら、せめて」

『頑張らなきゃッスね。ワレワレも』

「あぁ。取り敢えず、倉持技研に催促だな。届かないことには、どうしようもないし」

 

 去った後でそんな会話が繰り広げられているとは知らず、ようやくこの学園での生活に僅かながら展望を見出せた歓びから、寮へと進む足取りは一夏自身も驚くほどに軽くなっていた。

 それ故に油断してしまっていた。すっかりと忘れていたのだ。宛がわれた部屋は個室ではない、という余りにも単純且つ重要な事実を。

 

 

 

 

「一体、何をやっているんだ、私は……」

 

 学園寮、1025室の浴室内。熱めのシャワーが肌理細やかな肌で弾け、髪や身体を伝い落ちていくのを見下ろしながら、篠ノ之箒は自責の念に駆られていた。

 

 憂鬱以外の何物でもなかった、今回のIS学園への進学。知らされた時から脳裏を過ったのは“あぁ、またか”という、既に味のなくなったガムのような、無味無臭な諦観。呑み込めず、かといって吐き出すことも出来ないこの味を受け入れたのは、一体いつからだっただろうか。最早、思い返す気力も失せてしまい、これからも相変わらずの灰色であろう学園生活に幾度目かも忘れた溜息を吐いた、その時だった。“世界初の男性操縦者、発見”のニュースを見つけたのは。

 

 6年振りに再会した幼馴染は、あの頃の面影を残しつつも精悍な顔立ちへと変わり、背丈も肩幅も大きく逞しく成長していた。“もしや”と期待してみれば入学式当日の今日、視線を右にやるだけで、あれほど焦がれた横顔がそこにあった。

 

 言い方がアレだが、“生”は破壊力が違った。画面や書面越しのやりとりでは決して解らない数多の情報がそこにはあり、劇薬の如く五感を刺激する。あぁ、ようやく彩りを、潤いを得られる。そう思った矢先に、思い出した。思い出された。織斑一夏がどれほどの女子を無自覚に誑かし、そして袖にしてきたかを。

 

 セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生。私にはない社交性であっという間に距離を詰め、幼馴染という私のアドバンテージを平然と飛び越えてきた。お陰で私の計画は出鼻を挫かれ、それでもどうにか教室外に連れ出すことには成功したが……なんだあの笑顔は。卑怯じゃないか。色々と考えていた言葉が全部吹き飛んだぞ。

 

 その後の休憩時間も話しかけるタイミングを見計らっていたのだが、直ぐに包囲網が出来上がっていたり、本人が予習復習に集中していて気づかれなかったり、やっと昼休みになって食事を理由に誘えるかと思えば近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのでどうしようかと迷っている内にまた既にオルコットが話しかけるし、一夏は一夏でその後、随分と嬉しそうな表情に変わっていることだし。

 

「思い出すと、段々とムカムカしてきたぞ」

 

 どうにもオルコットはこちらの反応を窺っているきらいがある。一夏と話す度にどこからともなく私を見つけ、何処か自慢げな視線で見返してくるのだ。もしや、私の心中がバレているのだろうか。まさか、そんなハズは。

 

「……はぁ」

 

 ともあれ、部屋で独り言ちたところで現状が進展する訳もなし。明日はどうしたものか。放課後のあの疲れ具合からしてISの勉学に苦労しているのは明らかだが、かく言う自分とてそこまで見識はない。何せ、一夏と同じで、私も自ら望んで学園に来たわけではない。“あの人の妹だから”。ただ、それだけなのだから。

 

 放課後、やはりグロッキーになっていた一夏は千冬さ、じゃなくて、織斑先生・山田先生と幾つか喋った後で早々に教室を後にしてしまったので、堪った鬱憤と雑念を払いに剣道場に籠り、日課の鍛錬に励んでいた。先日入寮した時から仮入部として使わせてもらっているが、流石に天下のIS学園か、設備のレベルも充実度も非常に高かった。それでも、どうしても汗を流す時だけは自室でなければ落ち着かず、こうして態々部屋に戻ってきてシャワーを浴びている。

 

「明日だ。明日こそは、必ず」

 

 あれを話そう、教えようと、自身を鼓舞するように反芻する。折角、再会できたのだ。この3年間を逃したら、もう2度とこんなチャンスは巡ってこない。それくらいは私にだって解る。どうにかして、仲を進展させなくては。このままでは、あの英国淑女の後塵を拝することに。

 そんな、思考回路がどこか仄暗くなり始めた、その時だった。

 

ピンポーン♪

「む?」

 

 鳴り響くインターホンに、俯いていた顔を上げる。一体誰だろうか、と考えたところで、そう言えば同室になるもう1人とまだ会ったことがなかったと思い出す。

 留守と思われたのか、時間をおいて再度鳴るインターホンに急かされながら、即座にコックを捻ってシャワーを止め、バスタオルで水気を適度に拭い、身体に巻いて浴室を出たと同時、ガチャリと鳴る部屋の扉の鍵。どうやら間に合わなかったらしい。

 

「済まない、シャワーを浴びていてな。今日から同室になる者だな、宜しく頼む。私は――」

「――ほう、き?」

 

 その声を聴いて、余りに聞き覚えのある、なんならつい先ほどまで最高音質で脳内再生までしていた声を聴いて、頭が真っ白になる。

 恐る恐る、視線を持ち上げる。半開きの扉の向こう、鳩が豆鉄砲を食ったように棒立ちでいるその制服姿は、紛れもなく男子のそれ。

 

「い、ちか、なんで、ここ、に」

「いや、俺は貰った鍵に書いてある番号の部屋に来ただけで」

 

 即座に扉向こうからの死角に移り、布1枚でしか覆われていない自分の身体を少しでも隠そうと屈みこんで膝を抱きながら訊ねる。一夏はおずおずと右手だけを差し出して、手に持つ鍵を見せてきた。確かに1025と書いてあった。

 

 何故、どうして、ひたすらに疑問符がリフレインしながらも、瞬時にして血流が上昇。火にくべた薬缶の如く沸騰した頭は理性と感情を彼方へと投げやり、ふと視界に入ったのは部活から戻った時のまま、壁に立て掛けていた鍛錬用の木刀。即座に手に取ると腰を低く落とし、床面を擦るように短く早い足取りで間合いを詰め、そのまま上段から勢いのままに叩きつけようとしてしまって。

 

(――また、やってしまった)

 

 そこで初めて自覚する。いつもこうだ。何度、他人を傷つければこの短慮は治るのか。本当に自分が嫌になる。

 スロー再生のように流れる視界。どう足掻いても、この段階まで進んでしまっては、自分では止められない。せめて、その瞬間は目の当たりにしたくないと、強く瞼を閉じた次の瞬間。

 

 

 

 

―――ドンッ!!

「カハッ!!」

 

 

 

 

 背中に奔る衝撃。次いで右腕が叩きつけられて、木刀を取り落とす。そこで初めて、取り押さえられたのだと解った。混乱の極みに陥る思考回路に鞭打って、ゆっくりと瞼を開くと。

 

「箒。それは、洒落になってねぇ」

 

 至近距離に恋愛感情を抱く相手の顔があって全く赤面しない女がいるだろうか。有り得ないと言って良い。切れ長に細められた瞳は狼を彷彿させ、自分を壁に押さえつけている両腕の力強さが否が応にも“男性”を意識させられる。

 

「ちゃんと確認せずに入った俺も確かに悪いけど、木刀(これ)は流石にやりすぎだ。下手すりゃ死人が出る。それくらい、お前なら解るだろう?」

 

 言葉が出せそうにないので、どうにか首肯する。それで解ってくれたようで、一夏は私の拘束を緩め、ふぅ、と肩の力を抜くと、踵を翻して扉の方へと向かい。

 

「暫く時間潰してくるから、ちゃんと着替えといてくれよ。頼むから」

 

 そう言って、一夏が仄かに頬を紅潮させながら部屋を後にしたのを見送ってからも暫くの間、私は放心状態で何も出来ずにいた。巻いていたバスタオルは完全にはだけ、肝心な部分を全く隠せていない。そそくさと出て行ったのはそのせいだろう。そんな風に、ようやく冷静な思考が戻ってきて、最初に考えたのは。

 

(今、下着を履いていなくて良かった……)

 

 そんな、普段の私にあるまじき、下品極まりない安心感だった。

 




サブタイトルの元ネタ
『ラチェット&クランク INTO THE NEXUS(PS3)』のスキルポイント
“ラチェットのきほん(Keep on Moving)”
 作中でラチェットが出来るアクションを全て行えば獲得できる、比較的簡単なスキルポイント。ただ、作中ではほぼほぼ使わなくて存在そのものを忘れてしまうアクションが幾つかあるので、そういう点では逆に難しいかもしれない。


 一夏への授業シーンは塾講師時代のテキストを久し振りに引っ張り出してきて書きました。なるだけ解り易く書いた積りですが、如何でしょうか。SF作品のこの手の単語は、端から聞くと難しいかもしれませんが、今回のように実際に調べてみると大したことは言っていません。理論の方はともかく、要するに皆さんが普段、自動車なんかを運転する際にシートベルトやバックミラーの角度を調整したり、ガソリンの残量やラジオの周波数を確認したり、キーを差し込んで回す動作を大人数で並行して進めているからこそ、ああも密に連絡を取り合うのです。より少人数で出来るならその方がいいんですよね、ああいうのは。事実、ラチェクラシリーズに出てくる超巨大戦艦も、その殆どが3~7名くらいで操縦されていますしね。

 冒頭にも少し書きましたが、仕事の多忙化と資格勉強の本格化が重なっており、少なくとも試験が終わるまで更新頻度を今以上にすることは難しいと思われます。勿論、なるだけ早く更新したいところですが、如何せん“ちゃんと勉強してれば取れて当然だよね?”と満面の笑みで上司からプレッシャーかけられてまして……いや、実際にさして難しい内容ではないんですけれども、範囲が広いんですよね。万全を期して試験に臨みたいので、面目ありませんが時間を下さい。

 では、近い内にまたお会いできることを願って。

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