ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】 作:George Gregory
中には“とっつぁん”だの“旦那”だのと呼ぶ人もちらほらといます。
年齢不相応に見られるのは大分慣れてきましたが、未だにむず痒さが抜けきりません。
……カッコいい歳の取り方をしたいものです。
――未完成な電子回路の上を、緩やかな速度で光点が移動している。
回路が途切れてしまっている部分には、パチンコ玉のような通電用の金属球を転がして行って固定、“橋渡し”をしていく。やがて、光点が回路の終点、赤いポイントまで辿り着くと、仄暗かった画面が一気に明るくなり、画面に現れたのは“Congratulation”の文字。
「っし、やっと1ステージクリアか……難しいなぁ、この新しいヤツ」
“
「うわっ。相変わらず凄いな、数馬のヤツ。もうトップランカーに入ってる」
クリア後、自分の得点とランキングが表示され、その一桁代、トップランカーの中に中学時代の級友のIDを見つける。ことパズルに関して彼に勝てたことは無く、ルービックキューブや知恵の輪なんかもあっという間に解いてしまうのだ。本人は「大したことはない」と言っているが、学業の成績に反映されていないだけで十分な才能じゃないか、というのは自分たちの間での共通認識だった。
「……さて、と。あれから1時間か。そろそろ戻ってもいいかな」
スマホをポケットにしまい、こっちの様子を窺っていた周囲の娘たちに手を振りながら、居座っていた食堂の席を立つ。とっくに夕食は済ませ、しかしまだ戻らない方がいいかもしれない、と思い至って、そのまま時間潰しをすることにしたのである。ちなみに生姜焼き定食にした。大変美味しゅうございました。
箒が食堂に現れることは結局なかったので、一応おばちゃんに軽食を包んでもらった。それを携え、食堂を後にする。
「あれっ、織斑君じゃない?」
「嘘、織斑君もこの寮なの? ラッキー、いいこと知っちゃった」
「やばっ、この格好は流石に女としてまずいっ」
道すがら、すれ違う女生徒たちが思い思いの反応を見せているのを苦笑いで見送りながら、1025号室へと戻る。
「箒? 入るぞ?」
ノックと共に声をかけ、一応耳も澄ましてみるが、無音。また湯上り卵肌に出くわすのは避けたいところである。……それにしても、当たり前のことなのだが。
(綺麗になってたなぁ、箒……)
人間、誰でも6年もの月日を経れば、大なり小なり見違えてもおかしくない。それも、昔、決して短くない時間を共に過ごした”女の子”が、如実に”女性”へと成長しているのを目の当たりにしたのだ。感じ入る、とは少し違うのだが、ふむ、なんと言えば良いのやら。
変わらず、艶やかに伸びた濡れ羽色の髪。すらっとしなやかに伸びた手足と、不器用なまでに規律正しい人柄を現している真っ直ぐな姿勢が、スタイルの良さをより際立たせている。そして、健全な男子としては他の何よりも目を惹かれる、
とまぁ、そんな思春期的なことを考えていると。
キィ
「ん?」
緩やかに開く扉の向こうから微かに、躊躇いがちな上目遣いでこちらを覗き込む箒は、俺だと解ると踵を返し、奥へと戻っていく。後を追うように部屋へと入ると、彼女は窓際側のベッドの上で正座をし、俯いたまま黙りこくっていた。
その姿は、まるで―――否。”まるで”ではなく。
「フフッ」
「……?」
思わず漏れた自分の笑い声が気になったのだろう、恐る恐るといった具合にゆっくりを視線を持ち上げる箒。その姿が、記憶の中にある“あの頃”のままで、ますますもって微笑ましい。
「ほれ」
「これ、は」
「晩メシ。どうせ、その様子じゃ食ってないんだろ?」
包みを差し出し、向かい合うようにベッドに腰かける。目をぱちりと瞬かせる箒の様子に苦笑しながら、右膝を使って頬杖をつく。
「取り敢えず、食えよ。話はそれから、な」
IS学園の食事はどれも一級品である。何せここは各国のゲストが一堂に集まる場所であり、そんな彼女たち全員の舌を満足させなければならない。生半なものを出せば、それ即ち、学園を運営する日本政府の評価へと直結する。『衣食足りて礼節を知る』と諺にあるように、人は日々の生活が潤ってこそ初めて心にゆとりを持てるのだ。なれば予め、持てる限りを尽くして満たしておくに越したことはない。
故に、用いられる食材は青果は勿論のこと、肉や魚、調味料の1粒までもを、料理に合わせて世界中から取り揃え、各界でも一流と認められた料理人ばかりを雇い入れているのである。……余談だが、どうにも年配の日本人女性が多いように思える。これは、偶然なのだろうか。
ともあれ、一夏が持ってきてくれた軽食はおにぎり(おかかと梅の2つ)と卵焼きに唐揚げという、某タンクトップ画家が喜びそうなシンプルな献立であるが、これを学園外で食べたいと思ったなら、一体諭吉を何人積み上げたらいいのだろうか、という代物なのである。
だというのに、正直、全く味が解らなかった。
早飯食らいという訳ではない。食前・食後を挨拶を欠かしたことはないし、一汁一菜バランスよく、ゆっくりと味わって食べるようにしている。消化に良いのは勿論のこと、どこかで聞いた覚えがあるが、満腹中枢を刺激するだとかで食事量を減らせるらしいからだ。
だが、おにぎりの程よく効いている塩気も、噛まずとも柔らかく解ける卵焼きの甘味も、冷めても脂が全くくどくならない唐揚げの旨味も、まるで感じられない。味蕾が麻痺している理由は、はっきりと解っているのだが。
味気のない食事には、慣れた積りだった。生まれ育った家を、街を、離れることを余儀なくされ、父も、母も、今はどこにいるかさえ解らない。主な原因たる姉の行方は、言わずもがな。そして、生まれて初めて恋をした少年とも別れる羽目になった。
二度とあの頃には戻れない。そう、心底痛感した時から、私の日々は色褪せた。私にとっての食事とは、ただ死にたくないから、空腹感が嫌だから行うだけの、ただの“補給”に過ぎなかった。
だが、この“無味”は、違う。味わおうとしているのに感じられないのではない。味わっているどころではないのだ。
「改めて、さっきは悪かったな。もっと気を付けとくべきだった」
「……いや、私こそ、色々と疎かだった。その、いくら何でも、勢いに任せて、木刀まで持ち出したのは、流石にやり過ぎた」
「そう言ってくれると助かる。で、さ。そろそろ、聞きたいこととか、決めたいことがあるんだけど、いいか?」
私が食べきるのを見届けると、その“理由”はあっけらかんとそんなことを言った。食事中もずっとそんな調子で至近距離から眺められれば、気が気でなくなるのも当然だろう。たとえ恋慕する相手でなかろうが、落ち着けるような状況ではない。
「聞きたいことと、決めたいこと?」
「そりゃそうだろ。いつまでかは知らないけど、暫くの間はここで同居しなきゃならないんだ。ルールとか、当番とか、さっきみたいな事態を今後起こさない為にも色々、さ」
そう言われて、改めて先ほどの一件は悪い夢でもなんでもないのだと実感させられる。思い返すだけで茹るような熱さが蘇り、頭から湯気でも出ているのではないかと錯覚してしまう。
「で、確認したいんだけど。ここって個室にトイレ、ないんだよな?」
「あ、あぁ。各階の両端に共用のトイレがあるだけだが」
「俺、どこでトイレすりゃいいの?」
「し、知らんッ!! 先生に確認すればいいだろッ!!」
「やっぱり知らないよなぁ。後でそうするよ。浴室を使う順番は? さっき、先生から大浴場は暫く女子専用って聞いてるんだけど」
「それ、は、出来れば、私に先に使わせて欲しい。部活が終わった直後、大体19~20時で」
「あれ、道場にシャワールームあるって聞いたけど?」
「その、落ち着かんのだ。出来れば、自分の部屋のを使いたい」
「ん。そういうことなら、いいぜ。じゃあ、俺はその後だな」
そんな感じで、起床や朝・夕食に行く時間、収納スペースの割り振り、共用部の掃除当番など、淡々と話を進めていく一夏。その様子は、先ほどのトラブルなどまるで気にしていないようで、未だに強烈に引き摺っている私は呆気にとられ、つい、唯々諾々と首肯してしまう。
(なんか、手慣れていないか……?)
「じゃあトイレは1階の管理人室前のを使えばいいんですね。解りました、有難う御座います―――ちょっと遠いなぁ。早めに行くようにしとかないと」
まるで、こういった異性との共同生活を経験したことがあるような落ち着きよう。電話を切りながら苦笑するその姿には、自分が見て来た同年代の男子のような、異性へ対する“照れ”の類が全く見受けられない。中学校は共学だったそうだが、それにしたって今日1日、一夏はカリキュラムの濃密さは兎も角、この圧倒的な男女比の環境に対しては、そこまで戸惑っていないように見えたのだ。逆の立場であったなら、私ならまず正気でいられるかどうかも解らないような、こんな悪辣な環境で。
「んじゃ、俺はもう寝るかな。……今日は疲れた。本当に疲れた。これで初日とか信じらんねぇ」
げんなりとした表情で荷物から携帯用の歯ブラシセットを取り出しつつ、台所でおもむろに歯磨きを始めるその表情こそ曇ってはいるが、その瞳の奥は凛と輝いていた。
嗚呼、解った。解ってしまった。私と“同じ”であるはずの一夏は、私とは全く“違う”のだと。
「箒はもうちょい起きてるのか?」
「い、いや、もう少ししたら、私も……」
「そか。じゃあ、この辺の電気、消しちゃうな」
浴室でジャージ姿に着替え、いそいそと布団に入る一夏。室内を照らすのは枕元の電灯のみ。同世代の平均からすれば随分と早い就寝時間なのだろうが、私は元々そこまで夜更かしをするタイプではないし、一夏もこの辺は昔と変わっていないらしい。
そう。もう、そういう部分にしか、“私の知っている一夏”を見出せない。
同じように、現状を嘆いていると思った。同じように、鬱憤を貯め込んでいると思った。あの頃のままに現れたのだと、勝手に思い込んでいた。
実際はどうだ。確かに面影はある。名残はある。だが、私が後ろばかりを見ていた間に、彼は“前”に進んでいたのだ。
一体、何がお前をそんなに変えたんだ? “何か”ではなくて、“誰か”なのか? それはもしかして、異性だったりするのか?
次々に湧き上がる疑問の奔流は、吐き出す勇気もないせいで、頭の中のボウルでぐちゃぐちゃに掻き回され、何ともとれない、しかし間違いなく大多数が嫌悪感を示すであろう代物へと化学変化を起こす。あぁ、これは傑作だ。とっとと蓋をしてしまおう。どこぞの割れ目からまた、悪臭が漏れ出るだろうけれど。
一夏に背を向けるように布団に籠り、身体を丸めて縮こまる。曲げた両膝に額を当て、もっと深く、狭く、小さく、外界から自分を遮断してまうように。これは下手すると、今夜は眠れないかもしれない。そんなことを、考えていると。
―――でも、良かったよ。同居人が箒でさ。
「――それ、は、どういう」
「だってさぁ、いきなり『顔も知らない他人と一緒に暮らせ』って言われたって、普通は嫌だろ? それが男女なら、尚更、さぁ」
瞬時にしてからからに乾いた喉で問う。一夏は半ば眠りに落ちつつあるのか、どこか気だるげな声で、続けた。
「ここ数ヶ月、全然落ち着かない毎日だったからさ。こうやって、見知った顔に出会えて、結構安心したんだぜ……?」
それは、つまり。少なくとも、私は。
「いつまでかは解んねぇけど、宜しくな、箒……」
ゆっくりと後ろを振り向くと、既に静かに寝息を立てている一夏の姿。あぁ、もう、なんて酷い“不意打ち”だ。これでは、先ほどまでとは違う意味で。
「今晩、眠れるのか、私は……」
サブタイトルの元ネタ
『ラチェット&クランク THE GAME(PS4)』のトロフィー
“しずんだ気分(That Sinking Feeling)”
惑星アリディアにて、ステージギミックである流砂の中にコンストラクトボットという敵キャラを落として倒すと獲得できる。火力の高い武器では落とす前に倒してしまうし、かといって火力の低い武器では落とすのにも一苦労。確か、作者はオムレンチで無理やり実行したような……どうだったっけ。
補足説明
・“デクリプター(Decryptor)”(初出『FUTURE』)
上記作中に登場するパズルガラメカ。どういう内容かは、概ね作中に書いた通り。
『FUTURE』以降の作品には、作中のスマホのように実際にコントローラーを傾けてラチェットたちを操作する面が幾つか存在する。
長かった1日目が終了。いやはや、自分でも予想はしていましたが、ここまで長引くとは。こんな調子では今年中にセカンド:チルドレンを登場させられるやら……一番書いていて楽しそうなんですがねぇ。箒も違う意味で愉しいですけどね?
久し振りに本腰を入れての心情描写だったので、加減が中々掴み切れず。余りに深く書き過ぎてもよくないし、かとって手を抜き過ぎてもよくない、難しいところです。後から少し編集するかもしれませんので、今ここで明記しておきます。ご了承下さい。
大分、一番物書きをしていた頃に近い文体になってきました。ここまで読んで下さっている皆さまならもうお解りかと思われますが、かなり独特でしょう。万人受けはしないだろうなぁ、という自覚もあります。大学時代の友人には『人を選ぶがハマるヤツはくっそハマる』との評価を頂いたこともありましたが……まぁ、こんな調子で今後も更新していきますので、気長にお付き合い下さいませ。
では、近い内にまたお会いできることを願って。
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