ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】 作:George Gregory
「システム破損、遮断シールドを何かが貫通してきたみたいですッ!!」
「試合中止ッ!! 織斑、凰、直ぐにピットへ退避しろッ!!」
警報が喧しく鳴り響くピット内。山田先生の逼迫した声に、千冬さんの表情が一層険しくなった。ついさっきまでアリーナ内をあらゆる角度から映していた沢山のモニターも今は乱れに乱れ、未だ晴れる気配のない煙雲も相まって全く中の様子が窺い知れない。無線通信だけは無事に使えるようで、客席の生徒たちを避難させるべく、スピーカーからは先生たちの状況報告がけたたましく届いていた。
『ダメですッ!!アリーナの避難隔壁が閉じたままこちらの操作を受け付けませんッ!!』
『我々の権限で申請しても無反応ですッ!! 外部から書き換えられているみたいでッ!!』
喧々諤々。先生たちの通信越しでも、アリーナ内にいた生徒たちの混乱が解る。いざという時に“おかしの法則”を遵守出来る者はそう多くないし、ただでさえ“注目の好カード”なので、満席に立ち見まで出るほどの大人数が詰めかけていたのだ。平静を保てている個人個人が遵守しようにも、1度生まれてしまった混乱の濁流には、どうしたって抗えきれないだろう。
「集団パニックだけは起こさせるなッ!! 各自、隔壁が開けるまで生徒たちをなるだけアリーナから離れさせ、耐ショック姿勢を取らせろッ!! 山田先生、教員部隊の準備は?」
「カデンソンさんから『既に準備を急がせてる』との連絡がッ!! ですが、どうしても後5分以上程度はかかるとッ!!」
十分に迅速と言える対応。だが、その5分すらも今は惜しいのだろう、千冬さんは腕を組んで悔しげにモニターを睨みつける。叶うなら今すぐにでもあの中へ突入して、一夏の安否を確かめたいのだろう。私も
「織斑くんッ!! 凰さんッ!! 聞こえますかッ!? 応答してくださいッ!!」
ずっと山田先生が呼びかけ続けているが、一向に返事は来ない。回線が麻痺しているのか、あるいは既に
やがて、何度呼びかけたかも判らなくなった頃。
『──だせんせ──ふゆn──!!』
「ッ、一夏ッ!? 一夏かッ!?」
ノイズ混じりながらも確かに聞こえたその声に、思わず叫んだ。
「2人ともッ!! 今すぐアリーナから脱出してくださいッ!!」
『―――けど先せ―――トが開かな―――』
通信回線が徐々に回復していくのを、真綿で首を絞められるような気持ちで聞き届ける。ずっと山田先生はコンソールと向き合ったままどうにか避難経路を開けようと四苦八苦しているし、千冬さんはギリッとひときわ嫌な音を立てて歯噛みした。
そして、そこでようやく黒煙が晴れ始めて。
「――――――」
モニターを見ていた全員が、言葉を失った。未だ勢い衰えぬまま燃え盛る炎の中心で立ち上がる、どこか歪な1つの影。従来のISのそれに比べ両腕が実に巨大で、直立しているのにその拳が地面に着いているほど。頭部と胴の装甲が一体化しているようで“首”がないのも実に不気味だ。そして、何よりも特異なのが、その“
通常、ISは部分的にしか装甲を成さない。何故か。必要がないからだ。攻撃はその殆どがSEによって防がれるため、防御の為の装甲は蛇足でしかない。より防御に特化させるために物理シールドを持つISも存在するが、それにしたって肌が1ミリも露出していない機体はたいへんに稀有な存在だ。最近世間を騒がせている
『所属不明の機体、"白式"へとロック』
「ッ!! 一夏ァッ!!」
無常にもコンソールからそのような声が聞こえたと同時、牡丹のように真っ赤な熱線が"白式"へと放たれた。
「あっぶねぇッ!?」
"白式"の警告に即座に従い飛び退ると、俺がさっきまでいた場所がこんがりと真っ黒に灼かれていた。間違いなく、まともに食らっていいものじゃない。
先ほどから何度も先生たちに回線で呼びかけているか、途切れ途切れにしか聞き取れない。それでも『早く避難しろ』と言っているのは解ったし、ならばさっさとピットへ戻ろうとゲートを開けるよう申請するが、まるで受け付けてくれやしない。多分、
そして、真っ先に狙いを定めてきたあたり、何故か知らないがアイツの目的は俺らしい。となれば。
「鈴ッ!!」
「何ッ!?」
「先生たちが来るまで、俺たちで時間を稼ぐぞッ!!」
「言われなくてもッ!!」
流石、勝気が服を着て歩いているような女傑。本人に言ったら絶対に殺されるから言わないけど。
「ビーム兵器。しかもセシリアのよりも遥かに高火力だったな、今の」
ハイパーセンサーの簡易解析を見て、背筋に寒気を覚える。"絶対防御"が発動しなかったとしても、
「アタシが囮になるから、アンタは隙見て切りかかりなさいッ!! いいッ!? "
そう言って、牽制に"龍咆"を出鱈目に撃ちながら突撃していく"
「くッ、不細工な割にやるじゃないッ!! でもねッ!!」
押し合いになる寸前、"双天牙月"を収納して一瞬、バランスを崩し前のめりになる巨体の懐へ潜り込む。
「アンタも食らって吹き飛びなさいッ!!」
爪先から拳までを1本の槍と化し一斉に回転、それをスラスターと"崩拳"で思い切り投げつけるイメージ。唸りを上げて放たれた“槍”はズドォン!! なんてとてつもなく重苦しい打撃音と共にその巨体を“くの字”に折り曲げて重力から解放し。
「おまけッ!! オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
そして、無防備になった
「おぉおおおおおおおらぁあああああああああああああああああああああああッ!!」
ヤツの直上で、再び鞘へと収めるように"雪片弐型"を腰で構えて、狙うはセシリア戦でもやって見せた
ブゥンッ!!
「―――何ッ!? グァッ!?」
羽虫でも払うかのように無造作に振るわれた巨拳が、俺の脇腹部分を捉えた。横面を叩かれて勢いを完全に殺され、直ぐに距離を離そうとする俺に向かって、両肩に搭載されていたガトリング砲が火を噴いた。辛くも逃げ切れたが、これでまた残存エネルギーを減らしてしまった。
「一夏ッ!! 無事なんでしょうねッ!!」
「おぅ、当たり前だッ!!」
あの野郎、全身に搭載しているだけあって、スラスターの出力が尋常じゃない。明らかなパワータイプである"
「悪い鈴ッ!! もっかい狙えるかッ!!」
「次こそ当てなさいよッ!!」
ヤツに勝つためには、俺たちのコンビネーションが必要ってことだ。
「
逸る気持ちを必死に抑え込みながら、私は織斑先生にそう切り出した。あの2人は決して弱くない。だが、教員部隊が来るまで持ち堪えられるかは正直に言って怪しい。そして、今すぐに駆けつけられるIS操縦者は、自分以外にいない。だが。
「そうしてやりたいところだが、な。見ろ」
そう言って、先生が顎で促した先、表示されているアラートは。
「遮断シールド、レベル4!? アリーナへ通じる扉もすべてロックですって!?」
「恐らくヤツの仕業だ。これでは避難も救援もままならん。整備管理課の精鋭にシステムクラックを実行させているが、この調子ではいつになるかも解らん。解除さえできれば、直ぐに教員部隊を突入させられるんだがな」
それに、と織斑先生はモニターを見守っていた視線を私へ向けて。
「どの道、お前は行かせられん。連携訓練の経験は? その時のお前の役割は? 敵の想定レベルは? 連続稼働時間は? ……ただ戦える人員を送り込めばいい訳ではない。それでは
「ッ」
悔しいが、否定できるものは、今の私にはなかった。そも、"
「私たちには、待つ以外にありませんのね……」
「解ればいい。その悔しさは“次”に活かせ」
そう会話を切ってモニターへと視線を戻す織斑先生を、呆けたように見上げる。
「どうした? まだ納得がいかないか?」
「いえ、そうではなく。“次”、ですか?」
「そうだ。お前の"
唖然とする。薄くではあったが、織斑先生が
「BIT兵器にはそれだけの可能性が眠っている。今は黙って腕を磨け」
「……ハイッ!!」
如何なる時も平静を崩さず、一刀のもとに切り捨てるその一騎当千ぶり。巴御前や鈴鹿権現の生まれ変わりと揶揄していたのはどこの誰だったか。この学園に来る前も、来てからも、この人が相好を崩したところなんて、第1回モンド・グロッソの表彰台くらいでしか見たことがなかった。
改めて思う。この人は世間で言われるほどクールな人間ではないのかもしれない、と。それは、弟君である一夏と親しくなったことも手伝っているだろうけれど。
兎に角、今は戦況を見守る以外に自分に出来ることはない。気持ちを切り替え、視線を戻そうとして、
「……篠ノ之さん?」
隣にいたはずのクラスメイトの姿が、いつの間にか室内から消えていた。
「なぁ、鈴」
「どうしたのッ!? 何か策でも思いついたッ!?」
あれから3度ほど、即席の連携攻撃で"零落白夜"を叩き込もうと試みた。だがこのIS、その巨体からは似つかわしくないほどの敏捷さでヒラリヒラリと躱しやがる。で、いい加減攻めあぐねて周囲を旋回しながら観察していて、何となくだが、気付いたことがある。
「アイツ、なんか、動きがぎこちなくないか?」
「はぁ? ぎこちないって、何が?」
「どことなく、受け身っていうか、機械的っていうか」
「そりゃ、ISは機械なんだか、ら……」
と、そこで鈴も思い当たる節があったのか、ふいに黙り込む。躱されるのならいっそ向こうから突っ込んできてもらってカウンターを狙おうと先ほどからずっと待ち受けている訳だが。
「……そういえば、最初の一発以降、アイツの方から撃ってきたことって、1回もないわね」
「な? それに、俺たちがこうやって話してる時、決まってアイツ、何もしてこないんだよ」
それはまるで幼い子どもが大人の会話に興味を持って耳をそばだてているかのように、じぃっと見つめるように頭部のレンズをこちらへ向けている。直立不動。攻撃をしかけてくる気配もない。ひょっとして、だが。
「あの機体、本当に人が乗ってるのか?」
「……ありえないわよ、それは」
即座に否定する鈴の気持ちも解る。教科書にだって載っていた。ISは人が乗って初めて動くものだ。もし、無人機なんて真似が出来るとしたら、それは。
「仮に、仮に無人機だとしたら、どうだ?」
危ない気がして、思いついた
「そう、ね。こっちの動きを学習してる、ってことなら、段々アタシたちの攻撃が当たりにくくなってるのも頷ける。それなら、ヤツに
そこで、俺が思いついた案を鈴に伝えた。アレに人が乗っていないのであれば、という前提条件があるからこそ出来る、俺の奥の手について。
「―――はぁッ!? アンタバカァッ!?」
まぁ、予想通りの返答だった。俺もバカみたいな考えだとは思うが、でも、だからこそ。
「単純な足し算だよ。さっき1度
「そりゃそうかもしんないけど、解ってるの? 次外したら、アンタもう"零落白夜"使えないんでしょう?」
そう、残存SEは既に風前の灯火。まともに"零落白夜"を使えばガス欠は間違いない。文字通りの最後の一撃になる。
「それでも、やるんだ」
どうせ後悔するのなら、やらずにするよりやってしたい。思い切り前のめりに倒れたい。ずっと、『あの時あぁしていれば』なんて重たい荷物を引きずり続けるくらいなら。そりゃあ、後でしこたま怒られることだろう。だが、ここに退路はなく、助けが来る保証も未だ立っていない。切り開かねば、道はない。
「―――あぁ、もう」
諦めたような嘆息。思えば同級生だった頃から、何度同じようなため息を彼女に吐かせただろう。
「悪いな」
「いいわよ。アンタがそういうヤツだってのは、よく知ってるから」
この女子らしからぬさっぱりした爽快さが、なんとも
「じゃあ、よろしく頼む」
「はいはい、任されました。しくじるんじゃないわよ?」
ふぅと肩を下ろして、俺の背後に位置取りする鈴。俺は"雪片弐型"を再度構え、姿勢を前屈みにゆっくりと息を吐いて肺の中身を抜いていく。そして、
《――――一夏ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!》
「はぁッ!?」
「何ッ!?」
突如、キィンというハウリング混じりにアリーナ内に響く大声。中継室の方を見上げると、よく見知ったポニーテール頭がそこにはあった。審判とナレーターを担当していた教員と生徒がそれぞれのびている。ドアを開けた拍子にガツンといったらしい。いや、今は、それよりも。
《男ならッ!! そのくらいの敵に勝てなくてなんとするッ!!》
「バカ野郎ッ!! 今そんな大声出したらッ!!」
はぁはぁと肩で息をしながら怒ったような焦ったような不思議な表情をしているが、怒りたいのは正直俺の方だった。急いで視線を戻してみれば。
【…………】
まずい。盛大にまずい。あのISが完全に箒の方へ興味を移してしまった。緩やかに右腕を持ち上げ、狙いを定め始めていて。
「鈴ッ!!」
「解ってるッ!! タイミング、合わせなさいッ!!」
直後、鈴が両脚をグッと前後に開き、あの強烈なパンチの構えを取る。右手を大きく引き、大地をしっかりと踏みしめ、同時にスラスターが徐々にチャージされていく音が聞こえる。そして。
「―――覇ァっ!!」
その強烈な一撃が再び、今度は
「いいかい? "
脳裏にカデンソンさんの課外授業の時の台詞が蘇る。醤油の香りが豊かな海苔煎餅を齧りながら、わざわざ解りやすいように詳細図まで用意してくれていたから、よく覚えていた。
「スラスター・バーニアから噴出されるエネルギーを、内部でギリギリまで溜め込んで思いっきり圧縮、それを一気に解き放つことで発生する慣性の力で、爆発的な加速力を生み出してる。言わば、ウイングの噴出孔の先で
そう。つまり、この時
背中に強烈な“衝撃”が加わるのを感じる。身体が軋みそうになるのを奥歯を噛みしめて我慢しながら、俺はその
「―――ォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
"雪片弐型"の刀身が中心を境に展開。現れるは煌めく白刃。真白な残像を残しながら、目標まで一直線。我が身を刃と化して、風を斬る。そう、
『"零落白夜"使用可能 エネルギー転換率90%超過』
その情報を聞くのではなく、体感していた。解る。刀身の先に至るまで俺の末端神経が伸び、俺自身と化しているような一体感。今なら、“針の穴を突け”と言われても容易にこなせてしまいそうな高揚感。五感全てが研ぎ澄まされ、今なら世界そのものすらクリアに把握してしまえそうだ。
(俺はッ!!『守る』ッ!! 絶対にッ!! 『守る』んだッ!!)
千冬姉を。箒を。鈴を。セシリアを。俺と関わった全てを人を。それらの想いを刃に乗せて振るった横一文字は。
【ッ!?!?!?!?】
まるで丸太に振り下ろした斧のように真っ二つにその胴を裂き。
ゴウッ!!
だがしかし、その右手からは、既に熱線が放たれてしまっていた。
「───箒ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
目を見開き、喉が潰れんばかりに叫んだ。ほんの一瞬間に合わず、中継室へと吸い込まれていく紅蓮を見送るしかない自分への悔悟を籠めて。
(クソッ!! 畜生ッ!! あともう少しだったのにッ!!)
今から
(誰かッ、誰か助けてくれよぉッ!!)
思わず沸き上がってきた弱音に微かに滲む視界の向こうで、幼馴染が迫り来る灼熱に息を呑んでいるのが見えて。
「…………へ?」
全てが焼かれたと思った。もう、跡形も残っているまい、と。だが、紅蓮が通り過ぎ、黒煙が晴れたそこには、いつの間にか微かに向こうが透けて見えるような“シールド”が張られていて。
【ッ!?】
次の瞬間、謎のISの頭部を、そのシールドの向こうから放たれたレーザーのような一撃が寸分の狂いもなく撃ち抜き、完全に沈黙させた。最早物言わぬガラクタと化した残骸から、緩やかに視線を戻したその先で。
「――――――」
完全に腰を抜かしてしまってへたりんでいる五体満足の箒の横に、立っていた。その右肩に、先端に花弁のような突起物が5つ付いたキャノンを担ぎ、左手には大仰なペンチのような形状をしたランチャーを引っ提げて。
よく知っている。見間違うはずがない。だって、俺はこれが
陽光すら呑み込まんとする漆黒の鎧。その随所で脈動するように明滅するオレンジの水晶のような装飾。ネコ科の耳を思わせるように逆三角形の側頭部はピンと尖っていて、その立ち姿は1枚の絵画のようにすら思えた。
世間を騒がす所属不明のIS。嵐のように現れて風のように去る謎の義賊。
"黒猫"の姿が、そこにはあった。
どうも。作者のGeorge Gregoryです。
取り合えず一言だけ。待たせたな(笑)
ここまで累計40話もかかったよ……(今回で本編累計40話になりました。俺ちゃん頑張った)
それでは、また近い内にお会いできることを願って。
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