ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】 作:George Gregory
――――……はい。そうです。その、じとっとした視線はその辺で勘弁してください。自分の中でも本当に黒歴史なんです。
その、あの時の私は、何を勘違いしていたのか『自分が行って発破をかけてやらねば』なんて思いあがってまして。えぇ、そりゃあもう盛大に怒られました。反省文、何百枚書かされたことか。腱鞘炎寸前までいった気がします。いえ、自業自得なんですけどね。
あの後、私は1週間の自室謹慎を下されました。よくもまぁこの程度で済んだものだなぁと思いますが、まぁ、“姉の報復”を恐れていたんでしょうね。どれだけあの人に守られていたかも知らずに、本当、幼かったというか、青かったというか。
学園はずっと大騒ぎだったみたいですね。私が教室に戻ってからも、暫くは話題一色でした。緘口令が敷かれていたので、公に情報は出回ってませんでしたけど、各国の上層部は既に在校生を経由して把握していたんだと思います。思えば、あの事件を境に一気に学園内外を問わず、各国の動きが活発になっていったような、そんな気がしますから。
当時の私にとって"黒豹"、いえ、あの頃はまだ"黒猫"ですか。彼は時々皆の話題に持ち上がっている謎のIS、程度の認識しかなくて。一夏にとってのヒーローだったとか、セシリアや
だから、驚きました。今だからこそ、『あぁ、きっと一夏もこんな風に救われたんだな』と。余すことなくはっきりと覚えています。迫り来る火焔に視界が覆われ、アドレナリンの過剰分泌で昂っていた思考が一気に冷め、四肢からも力が抜けて『あ、これ、死んだな』と自分でもびっくりするほどすんなりその事実を受け入れていた、次の瞬間です。
私の右隣を、拳大くらいの“何か”が通り過ぎて行きました。
ぶすぶすと焦げ臭い黒煙が立ち昇っていて視界は決してよくなかっただろうに、その光線は巨大ISの頭部の真ん中を綺麗に撃ち抜いていたんです。それが更に驚愕に追い打ちをかけて、何が何やら解らなくなって、完全に呆然自失としていた私を他所に、あの人は『やるべきことは終わった』とばかりに、どこかへと歩き去って行きました。
ただ、少なからず不安要素もあったんでしょうか。私と、そのまま一夏の方をちらりと見て、去り際に安堵したように小さく呟いていたのが聞こえたんです―――
―――どういう意図があったのだろう。
自室謹慎を命じられて、今日で何日目になっただろうか。ベッドの上で膝を抱えたままカレンダーに目をやると、今日で丁度3日目になることを示していた。一夏はいない。授業中だからとかではなく、ようやく部屋の都合がついたとのことで
「……"黒猫"、だったか、あの黒いISは」
あやつが去り、アリーナの隔壁を遮断していた全システムが回復したと同時、外に控えていた教員部隊の突入を呆然としたまま見届けていた私の元へ、這う這うの体で駆けつけてきた一夏に肩をがくがくと揺さぶられながら安否を問われた。呆けたまま「大丈夫だ」と返すと安心したのか、一夏はそのままフッと意識を失ってしまって、追ってきた織斑先生たちと保健室へと運び込むなんてひと悶着があったりもした。そしてその後、実に4時間以上に渡る正座しながらの説教の最中に、その名前を聞かされた。
そんな謎のIS"黒猫"はあの時、エネルギー切れで動けずに呆然とこちらを見上げていた一夏を見下ろしながら、ほんの微かに、確かにこう呟いたのだ。
『そうだ。それが―――』
最後の方は殊更に小声で聞き取れなかった。だが、あやつに関して解ったことが、いくつかある。事情聴取の際に織斑先生たちにも盛大に驚かれ、ともすれば世界中を仰天させかねない、その事実。
「確かに、“男の声”だった、と思う」
正当な評価を受けないながらも、世界各地で八面六臂の大活躍を見せ、昨今のISに対する風評にさえも多大な影響を及ぼしている"黒猫"の正体が、男性かもしれない。既にその姿が確認されてから5年もの月日が経過している今になってのこの事実は、これまでの常識を覆すばかりか、以前より噂程度でしかなかった
「姉さん……」
篠ノ之束。今は世間より行方を眩ませているISの開発者であり、私の実の姉。何でも、"黒猫"は人々を助ける義賊であると同時に“篠ノ之束の仲間”でもあり、彼女の怒りを買った者の元へ現れては不幸を齎していく、という噂があるらしい。
そして、もう1つ。個人的には、これがいちばん気がかりで、確かめたいが同時に怖くもあって、その勇気が沸かずにいる。
「あの、声は。あの時の、声は」
バイザー越しでくぐもっていたし、あの時はまともな精神状態とは言えなかったので、気のせいだと言われればそれまでではある。変声機の可能性だって捨て切れない。だが、私の耳に間違いがなかったのだとしたら。流石に馬鹿々々しいと思えて、未だ誰にも明かせていない。あの時頭上から聞こえた"黒猫"の声は。
「まさか」
問えど自分以外に無人の部屋から答えなど返ってくるはずもなく、私は再び抱えた膝に額を当てて、自分の世界に蓋をした。
「―――ん、もう大丈夫そうね。怪我ももう目立たないから、気になるなら包帯も取っていいわよ」
「ありがとうございます」
「気を付けてね? あまり、ここを利用するような事態は避けるように」
「はい」
養護教諭にそう太鼓判を貰って、保健室を後にした。元々外傷自体はそこまで酷くなかったが、それでもかなり身体を酷使していたらしく。いつの間にか運ばれていた保健室のベッドで起きた直後は全身が痛みでビキビキと嫌な音を立てていたし、四肢も引き攣ったようにまともに動かず、その悶絶の度合いは説教しに来たハズの千冬姉が「……大丈夫か?」と思わず素に戻ってしまうほどだった。
ひとまず鎮痛剤とグルグル巻きの包帯でここ数日は窮屈な学校生活を送る羽目になったが、『何もできなかったのですからこれくらいさせて下さいな』とセシリアが色々と手伝ってくれたし(特に板書を代理してくれたのは物凄く有難かった)、クラスメイトの皆も事あるごとに声をかけてくれたので、そこまで不自由はしなかった。
あの事件の翌日、登校した際に擦れ違った生徒たちから口々に「ありがとう」「かっこよかったよ」と告げられた時は“頑張った甲斐があった”と面映ゆく感じたが、それと同じ、否、それ以上に俺自身だけでは守り切れなかったという事実を突きつけられてもいるようで、居たたまれなくて心がチクチクと苛まれもした。そして。
「…………」
第1アリーナ、その中継席から、辺りをグルッと見回す。整備管理棟の人たちの迅速な仕事によって、あの激戦の痕跡は既に見る影もなく、今日も何人もの生徒たちが訓練機を使って思い思いの練習に打ち込んでいた。
これが、あの時、あの人の見ていた景色。この5年間、一時たりとも忘れたことはない。真っ黒で無骨な装甲からは想像もつかないほど柔らかく穏やかな声。今回は連れて来ていなかったようだけど、お喋りな銀色の相棒ロボットは今でも元気なのだろうか。
「また、助けられちゃったなぁ……」
情けないし悔しいが、まだまだ道のりは遠そうだ。当たり前だし、俺としてはそれが逆に嬉しくもあったりする。何故かって? “憧れのヒーロー”には、誰だって強くあって欲しいじゃないか。
「でも、会えた」
“会った”と言っていいのかは微妙だけども、それでも、あの人が今も変わらず“誰かを助ける為”に世界中を駆け回っているのだと解って、それが堪らなく嬉しかった。
「またいつか、きっと」
「何が、またいつか、なんだい?」
耳聡くその呟きを聞かれたのか、振り返った先にはいくつかのファイルやタブレットを片手に抱えたカデンソンさんが、いつの間にか立っていた。
「明日までは大事をとって訓練休むんだろう? ならさっさと帰って、栄養摂ってグッスリ寝た方が良いんじゃあないかい?」
「それは、まぁ、そうなんですけど」
「……未だ熱が冷めないのかな?」
上手く言えずに言葉を濁した俺を見て、カデンソンさんは合点がいったように微笑みながら、そう続けた。
「報告書、見たよ。あのISへ一撃を決めた瞬間、"白式"の稼働率が100%に限りなく近い数値を叩き出していた。多分、
「解り、ますか?」
「伊達に
「共通点?」
俺の傍らにあった椅子にドサッと腰を下ろして、ファイルをそこらに適当に置き、タブレットを操作し始めるカデンソンさん。その手元を覗き込みながら、俺も椅子を引き出して腰かける。目まぐるしく表示されていく数値やグラフの数々に目を回しそうになって、ちょっぴり眉を顰めた。
「喜怒哀楽こそバラバラだったが、その瞬間、全員がとても強い“想い”を抱いていたんだ」
「強い、想い」
言われて、当時のことを思い返す。確かにあの時、俺は。
「“守りたい”。そんなところかな?」
「ッ」
「解るよ、状況から鑑みれば。背後には戦友。周囲には逃げ遅れた大勢の観客。ピットには実の姉に副担任に、今の教官? で、狙われたのは無防備な幼馴染。君みたいに真っ直ぐで健全な好青年が何を考えるかなんて、ねぇ?」
「あ、えっと」
目を細めながら、唇の端を持ち上げつつそう言われて、流石に気恥ずかしくなって、後頭部に手をやって頭を掻きながら視線を逸らす。
「ハハッ。何、恥じることじゃないさ。むしろ、喜ぶべきだ」
「何が、ですか?」
「何って、"白式"を渡した時に、言ったじゃないか」
"白式"を渡された時に、カデンソンさんが言っていたこと? 思い出してみる。身を包む初めての感覚に戸惑いと高鳴りを覚えていた、あのピット内での一幕。
『なぁ、一夏君。君は
「あっ」
「なっ?」
弾かれたように顔を上げる俺を見て、ニカッと歯を剥き出しにして笑うその顔は、悪戯が成功した子どものようなあどけなさがあった。相変わらず、千冬姉と同年代(そうだと前に聞いた)だとは思えないほどストレートな感情表現に面食らうが。
「……はいッ!!」
見えた気がした。ずっと、ぼんやりとズレていたままでいたピントが定まった。なんとなくしか動かしていなかった舵を、これでようやくはっきりと自信を持って切れるような、そんな気がした。
「いい返事だ。じゃ、今日はもう帰んなさい。今日の日替わりは、A定食が回鍋肉らしいよ?」
「ちょ、いきなり腹が減るようなことをッ!!」
中華料理の香りは卑怯だとつくづく思う。実際に嗅いでいなくても、如実に想像させるほど強烈に空腹中枢を刺激する。ほら、こうしている間にも勝手に頭があの濃厚な味噌の香りを思い描いてよだれが溢れてきてしまったではないか。
「足りなけりゃ、凰さんに酢豚でもねだればいいんじゃないか? 約束したんだろう?」
「からかうのは止めてくださいよ、カデンソンさんッ!!」
「ハハハッ!!」
嗚呼。やっぱりというか、この人と話している時がいちばん気分が楽だ。この学園にはそもそも男性自体が少ない。俺が知っている限りじゃカデンソンさんと、偶に仕事中に見かけたら挨拶してくれる用務員さんくらいしかいない。勿論、クラスメイトの皆はいい娘たちばかりだけども、こういう“相手を解った上でのからかい”は、なかなか女の子相手だと出来ないし、してくれない。積極的にされたいものじゃあないけれど、俺が飢えてる
「オイラもそろそろ休憩時間だし、ご一緒させてもらおうかな。久し振りにあそこのホットドッグが食べたくなった。微塵切りのオニオンマシマシで、マスタードを多めにしてもらおう」
「あ~、もう、これ以上腹が減るようなこと言わないで下さいよッ!!」
立ち上がり、そう言いながら歩きだすカデンソンさんの後を追う。食堂までの道中もずっとこんな感じで美味しそうな話ばかりするものだから、つい普段よりも多めに頼んでしまって、食べきるのに少し苦労しているのを、いつの間にやら合流してきたセシリアや鈴、クラスメイトたちに見られて『何をしてらっしゃるんですか?』『バカじゃないのぉ?』と呆れ混じりにからかわれたのが照れ臭かったのは、ここだけの話である。
―――そう。それが
「織斑先生、解析結果が出ました」
「やはり、無人機だったか」
「はい」
「そうか」
学園の地下50mに、その空間はあった。レベル4以上の権限を持つ関係者のみが入ることを許されるそこには、所狭しと並べられたモニターに先日のIS、暫定呼称"
「どのような原理で動いていたかは不明です。織斑くんの"零落白夜"で完全に機能中枢が焼き切れてしまっていたので。カデンソンさんからも『修復は無理だね』と」
「コアはどうだ?」
「沈黙してしまってから一切の反応がありませんが、少なくとも起動時のデータを見る限り、未登録のものでした」
「そうか」
その確信染みた千冬の短い返答に、怪訝そうに山田先生は尋ねる。
「……何か、心当たりがあるんですか?」
「いや、ない。今はまだ、な」
そう言ってディスプレイへと視線を戻す千冬の目は、教師というよりも戦士のそれを帯びていて、山田先生はそれ以上何も問えなくなってしまう。長い沈黙。世界最強の玉座に座った過去を持つ伝説の操縦者は、今も尚“現役なのだ”と思わせんばかりの鋭い目つきでじぃっと映像を睨み続けている。その向こうに、一体誰を、何を見ているのかは、その本人のみぞ知ることだろう。
そして。
「行ってきます、父さん」
「もしもの時は、解っているな?」
「解ってるよ。上手くやってみせる」
「…………娘を頼むぞ、我が友よ」
「ふむ。これで準備は万端だな」
「忘れ物はありませんか、隊長?」
「あぁ。私が不在の間は任せたぞ、大尉」
「ハッ」
「あの時は確かにあそこにいたはず。なら、違う? それとも罠?」
「どうします? まだ続けますか、会長?」
「当然。何かあってからじゃ、遅いんだから」
「解りました。では、引き続き監視を」
「……先生。貴方は一体、何を隠してるんですか?」
「くーちゃん、支度出来たー?」
「はい、母様。ぬかりはありません」
「よすよす。そんじゃ“しまち~”に連絡しとくね~。らっちゃんは~?」
――――エェ、勿論。ロボットは、間違えないッス。
物語は、更に加速する。
補足説明
・"ホロンランチャー(Holo Shield Gun)"(出典『4』)
山なりに飛んでいき、地面に着弾するすると左右に広くフレームを展開、その間の空間に時間経過や一定ダメージで消えるホロンシールドを張るガラメカ。似たような武器に『3』の"ホロングラブ(Holo Shield Glove)"というガラメカもある。こちらは名前の通り、グローブ型。
・"α-ディスラプター(Alpha Disruptor)"(初出『FUTURE』)
装弾数が極めて少なく、撃つのに必ずチャージしなければならないという欠点こそあれど、その威力はナンバードシリーズを除けば文句なしのトップクラスを誇る、作中で唯一“ロンバックス製”だと明言されている武器ガラメカ。これを連発してるだけで倒せてしまう中ボスもいるほど。
どうも。作者のGeorge Gregoryです。
気まぐれにデモンズソウルなんてやり直すんじゃなかった。精神がゴリゴリ削れていく。初見プレイ時、大学時代の後輩が俺の阿鼻叫喚を横目に酒飲みながら大笑いしてたんですよね。さぞ旨かっただろうなぁ……俺も誰かの初見プレイを肴におビールやりたい(最近飲んでる薬のせいでお酒飲めてない)
ようやく原作1巻収録分のエピソードが終わりました。本当に長かった。気付けばこのSSも間もなく2周年。書き始めてから実に多くの方々に感想を頂きました。俺ァ今年でいよいよ30になるわけですが、周囲にラチェクラが解る人がおらず、SNSで偶に話題に出す程度だった一昨年までの日々が嘘のようです。『このSSで興味を持ってゲームを買いました』なんて声を頂けた時なんて"天にも昇る心地"ってのはこういうことなんだな、とまで思った次第。もっともっと広がれ、ラチェクラの輪。
これからも生暖かい目でお付き合い下さいませ。読者の皆様の反応が、真面目に生きる糧です。実際、反応貰えて嬉しくなっちゃってこうして最近はドンドン続き書いちゃってますしね。誰よりも俺がこの物語の続きを見てぇんだッ!!(ぁ
それでは、また近い内にお会いできることを願って。
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