ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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 自分から始めておいてなんですが、今回の執筆をして改めて前回のOffstageはちゃんとナンバリングにした方が良い気がしてきたのでそうします。というか近日中に編集し直して統合します。Offstageはもっと番外編らしい時に使おうかと。


Push Bash Rush Ⅴ

「あっ」

「ん?」

「あら」

 

 IS学園のシャワー室前、ロッカールームでのことだった。セシリアと汗を流しに来たら、篠ノ之箒とばったり出くわした。

 

「えっと、その」

「篠ノ之さん? 先に行ってるね?」

 

 藍色の道着を脱ぎ掛けていた彼女は、目が合った途端に気まずそうに顔を俯け、視線をあちらこちらへさ迷わせながらしどろもどろに言葉を探しているようだった。その後ろを、そんなことを言いながら既に脱ぎ終えてタオルや石鹸類なんかを携えた女生徒たちが、ぞろぞろとシャワー室へ入っていく。あちこちのロッカーに幾つも竹刀袋が立てかけられているのを見て、そういえばと思い出す。

 

「そっか、アンタ剣道部だったっけ。謹慎、解けたんだ」

「あ、あぁ。その、練習に、参加していた」

「……あの。アタシ、アンタに何かしたかな? 何でそんなにビビッてんの?」

「…………」

「鈴さん。篠ノ之さんは、ほら」

 

 尋ねると一層黙り込んでしまい、セシリアが目線で訴えかけてくる。そこでようやく、ピンと来た。

 

「ひょっとして、()()()()()()、まだ引きずってるの?」

「うっ」

 

 短く唸る。どうやら図星だったらしい。

 

「はぁ~……あのね。アタシは1発ぶん殴って『なんでか解る?』って聞いた。アンタはそれに『はい』って答えたし、先生方からお説教も受けてる。なら、この話はそれで()()()()なの。後は2度も3度も繰り返さないでくれればそれでいいの。OK?」

「あ、あぁ」

 

 溜息を1つ吐いて、ビシッと指差しそう言うと、ビクビクしながらも彼女は確かに頷いた。

 

「よし。ならそのもごもごした喋り方を止めてちょうだい。聞いててイライラするから」

「……わかった。気を付けよう」

 

 その返事を聞き届けて、ようやくアタシも運動着を脱ぎ始める。その後ろで『フフッ』と小さくこぼれる様な笑い声が聞こえたので視線をやると、セシリアがお上品に口元に手をやりながらニヤニヤしていた。

 

「あによ」

「いいえ、何も。篠ノ之さんも、汗を流しに来たのでしょう? 身体が冷える前に早く行きましょう」

「……そうだな。そうしよう」

 

 さっさと汗で張り付いたシャツや運動用の下着を脱ぎ、ロッカーへと放り込む。この後もどうせガンガン身体を動かすのだから、さっさと済ませたい。丁度3つ並んでシャワーが空いていたので、順番に入る。

 

「篠ノ之さん。宜しければ夕食後に、()()()()、しませんか?」

「あ、あぁ、私は構わない」

「フフッ。今日はルフナのセイロンをミルクティーにしようと思ってましたの。フルリーフの芳醇な香りがとても素敵ですのよ。篠ノ之さんもきっと気に入ると思いますわ」

「そうか」

「それって、前に言ってた“お茶会”ってヤツ?」

「えぇ。よろしければ鈴さんもいかがですか? (わたくし)、張り切ってとっておきの茶葉を振舞いますわ」

「ふぅん。興味はあるわね。いい?」

「えぇッ、是非ッ!!」

 

 ぬるめのシャワーを浴びながら返答すると、セシリアが『フンフンフ~ン♪』なんて上機嫌に鼻歌なんかを歌い始めた。余程嬉しかったようだ。

 

「アタシもいいかな、篠ノ之さん」

「主催者が良いと言っているなら、私に断る理由はない」

「な~んか引っかかる言い方するわねぇ? ……あ、シャンプー切れてる。貸してくれない?」

「石鹸タイプだが、構わないか?」

「え。大丈夫? それ、髪が軋んだりしない?」

「天然由来の成分だとかで、そういう心配は要らないヤツ、らしい」

「らしい、って。まぁ、使ってるアンタがそんだけ綺麗な髪してるんだから、大丈夫か」

 

 衝立越しに受け取ったその石鹸を使う。ほんのりとハーブの香りがした。

 

「……凰」

「何~?」

「1つ、聞いてもいいか」

「どうぞ~」

 

 頭の泡を流しながら答える。わ、これひょっとしてリンス要らないタイプ? 髪を梳いてる指がスルスル抜けてくんだけど。結構お高めなんじゃなかろうか。

 

「『私にISを教えてくれ』と言ったら、どうする?」

「……“篠ノ之博士の妹さん”が、一体どういう風の吹き回し?」

 

 シャワーのコックを捻って止め、敢えて強い言い方をした。凛と張りつめた声から、真剣な問いだと解ったから。

 

「今までずっと、私は()()に目を背けてきた。()()()()()に振り回されて、両親とも引き離されて、知り合いすら1人もいないような場所ばかりを、知り合いになる前にあっちこっちたらい回しにされて、『これは私のせいじゃない』『私は悪くないんだ』と自分に言い聞かせてきた」

 

 その辺は、部分的にだが聞いたことがある。“重要人物保護プログラム”だったかで、篠ノ之家は現在、事実上の一家離散状態。彼女は日本各地を転々とさせられ、特に篠ノ之束博士が世間から行方を眩ませてからは執拗な監視や聴取が繰り返されていたらしい、と。

 自分のスペースから顔を出して、衝立の奥を覗き見る。俯いたままシャワーを頭からかぶっている後ろ姿は、まるで懺悔室の罪人のような息苦しさがあった。

 

「でも、もう『やめたい』と思った」

「何を?」

「立ち止まったままでいるのを。知らないままでいるのを。もう、ただただ駄々をこねるだけの自分ではいたくないと、思ったんだ」

 

 緩やかにこちらを振り向く。普段はポニーテールで纏められている綺麗な黒髪は、水分を吸って肌に張り付き、片目を隠してしまっていて、怪談話の女幽霊みたいな不気味さを醸し出している。なのに、その瞳は何故か酷く怯えているように見えて、涙を流してもいないのに、泣いているのだとしか思えなかった。

 

「正直に言うと、まだ怖い。逃げたいという思いも変わってない。でも、それでも、『同じ景色を見たい』とも、思うんだ。これ以上、置いて行かれたくないんだ」

 

 “誰と”なのかは、“誰に”なのかは、言われずとも判った。判らいでか。アタシたちは()()()()なのだから。

 “幼い”と思った。“弱い”と思った。普段なら『そんなの知ったことか』『アタシには関係ない』と振り払うようなことでしかない。そもそも、塩を贈ってやるような義理も道理も、アタシにはない。

 

「……アタシ、正直他人に教えるの苦手だし、結構厳しいわよ? 途中でアンタが音を上げても間違いなく無視するけど、それでもいい?」

 

 でも、なんでかな。“放っておけない”って思っちゃった。ここで断ってしまったら、きっと魚の小骨みたいに、喉の奥にひっかかって()()()()()()()()()なんだろうなぁ、と。

 

「……いいのか?」

「まぁ、アタシはアンタのこと嫌いって訳じゃあないし?」

 

 そんな風に頬を掻きながら誤魔化しつつ、昏く濁っていた瞳に仄かに火が灯ったのを見て、思う。今こうして吐き出しているだけで、相当に勇気を振り絞っているはずだ。考えて、考えて、誰かに言えばいいようなことなのに、言ってはいけないことのように思えて、また考えての堂々巡り。あぁ、思い当たる節がある。そりゃあ放っておけない訳だ。

 

(そっか。“昔のアタシ”なんだ。何もかもを諦めてた、一夏に救われる前のアタシと、同じなんだ)

 

 ()()が終わってないんだ。今もずっと続いていて、そこから抜け出したいと()()()()()んだ。今までそれを選択肢に入れることさえ、諦めていただろうに。

 それは、“あの頃のアタシ”にはできなかったことだ。アタシは流されるままで逆らおうともせず、ずっと世界の方が変わってくれるのを待っていただけだった。助けを求めることすらしなかった。それをたまたま近くに来た一夏(アイツ)が見つけて、引っ張り上げてくれただけだ。

 でも、この子は今、()()()()()()()()。今にも溺れてしまいそうで、水を掻いているだけでも必死だろうに、それでも尚、微かに見えた“藁”に縋らんと、震えながらも()()()伸ばしている。そうだと解って、それを掴まないなんて選択は、アタシにはできなかった。

 

「取りあえず。アタシたち、この後アリーナで連携訓練とか模擬戦をなんかする積りだったから、見に来れば? 流石に今から訓練機は借りられないだろうし」

「…………」

 

 信じられない。そう顔に書いてあった。気持ちは解らなくもない。余りに呆気なさ過ぎて現実味がないんだろう。サァー、とシャワーの音が妙に大きく聞こえる沈黙の中、ゼンマイの切れた機械のように完全に硬直してしまっている様は、いっそ微笑ましくて苦笑してしまう。

 

「篠ノ之さん」

「オル、コット?」

(わたくし)も、お力にならせて下さいな」

 

 いつの間にか、セシリアが彼女に歩み寄り、その両手を取って微笑んでいた。

 

(わたくし)、未だ世間知らずではありますけれど、助けを求めるお友だちの手を取れないほど、無力な積りはありませんわ」

「とも、だち」

「はい。お友だち、です」

 

 聖母の微笑みってこんな感じなのかしら、なんて場違いな考えが浮かぶくらいには、その場に余裕が戻っていた。嘆息と共にバスタオルを取って身体の水気を拭い始める。ほんの微かに耳朶をくすぐるすすり泣きのような音なんて、アタシには聞こえてない。ないったらない。

 いやはや、生粋のお嬢様の包容力ってのは凄いわ。アタシには到底真似できそうにない。何がアタシと違うんだろうなぁ、なんて考えながら2人を横目に見て。

 

「……アタシ、やっぱりアンタたち嫌いかもしれない」

「ひぐッ」

「鈴さんッ!?」

 

 その胸にくっついてる“豊かな母性の象徴”と自分のそれが余りに『月とすっぽん』なせいだろうか、などと一瞬でも思ってしまった自分の思考回路に一気にイライラして、つい顔を顰めて刺々しくそう言ってしまったのは、仕方がなかったものだと思っていただきたい。所詮、“持つ者”に“持たざる者”の気持ちなぞ解るまいて。

 

「鈴」

「……え?」

「鈴。そう呼びなさい。アタシも“箒”って呼ぶから」

「鈴さん……」

「そこッ、セシリアッ!!『仕方のない人ですね』みたいな顔しないッ!! ほらッ、終わったんならさっさと身体拭いて服を着るッ!! 風邪引くし次の人の邪魔ッ!!」

「あぁっ、待ってくださいな。篠ノ之さん、(わたくし)も“箒さん”と呼ばせていただいても?」

「え、あ、えっと、じゃあ、私は」

「はい。“セシリア”、と。是非」

 

 声を張り上げて踵を返し、そんなやりとりを背にロッカールームへと向かう。やれやれ、この調子じゃあ予約したアリーナの時間には、ちょっぴり間に合わなさそうだ。

 まぁ、いいか。その分、今日の夕食はいつもより賑やかになりそうだ。向こうが3人(いや、5人か?)でバカ騒ぎしてるってんなら、アタシは新しくできた()()()と優雅に女子会を楽しんでやるだけだ。

 

「はぁ~あ。な~に盛大に“寄り道”しちゃってんのかなぁ~、アタシってば」

 

 その問いに答えなぞ返ってくるはずもなく、いつものリボンで髪を纏めたアタシは、さっさと“甲龍(シェンロン)”のISスーツに着替え始めるのだった。




 どうも。作者のGeorge Gregoryです。

 割と難産でした。頭の中身を上手く文字に起こせているか不安。昔から心情描写に走るとついつい止まらなくなってしまいがちですが、いかがでしたでしょうか。ちゃんと伝わっているといいなぁ。

 それでは、また近い内にお会いできることを願って。

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