ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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VITAの支給が終わり、PSPの修理も現存パーツで終了、というニュースを見て、『いよいよ1つの時代が終わるんだなぁ』、と。ゲームハードの流行り廃りは、いくつになっても感慨深いですね……そして何故かそれが最新機種でなくなった途端にそれでやりたいゲームって増えるんだよね。なんでかな。



Storm The Front Ⅴ

 この学園に来てからというもの、随分と積極的な女の子たちに気圧されっぱなしだなぁとは思っていた。同年代の女子はこういうものなのだろうか、それともこの学園の生徒たちが特別そうなだけなのだろうか。どちらにせよ、代表候補生になるまでずっと田舎暮らしだったし、なってからも『普通』とは言い難い生活しか送ってこなかった世間知らずな僕ではあるけれど、それでも()()()()が普通じゃあないことくらいは、簡単に解った。

 

 ここは学園の屋上で、今は昼休み。美麗に配置された花壇には季節の花々が咲き誇っており、どことなく欧州(じもと)を思わせる石畳を爪先で叩けばコツコツと小気味よい音が返ってくる。天気の良い今日は肌を撫ぜる乾いた風が、心地好い程度に若葉や青葉の香りを運んでくる。こういうのを『薫風』と言うのだっけ。俳句の季語にも使われるって、日本語の勉強に使った本に書いてあったような覚えがある。

 

 きっと、いつもなら居心地の良い場所を求めて集まった生徒たちで賑わっているのだろう。けれど、今は昼休みなのに自分たち以外の人影が見受けられない。『噂の転入生(じぶんたち)』を求めて皆学食に行っているだろうから、今日は逆に空いてるんじゃないかな、とは僕をここに誘った時の織斑くんの談である。

 

 そう。僕らはここにお昼を食べに来た。メンバーは織斑くん、篠ノ之さん、凰さん、オルコットさん、ボーデヴィッヒさん、そして僕の6人。織斑くんはカデンソンさんにも声をかけたけど、断られちゃったらしい。理由を聞いたら、僕も『なるほど』と納得するものだった。うん、それじゃあしょうがないね、って。

 

 転入初日、それも3人同時という話題性もあって、1年1組は休み時間の度に()()()だった。なのにボーデヴィッヒさんが一貫してそれらを無視、ずっと織斑くんと絡んでいたからか、そのしわ寄せが僕たちの方に来ていて、結構苦労した。カデンソンさんが律儀に一人一人受け答えしていたのを見て、感心させられたっけな。で、そんな僕たちを見かねてか、織斑くんが『昼くらいは落ち着いて食べたいだろ?』と提案してくれて、有難く誘いに乗った訳なんだけど。

 

「フンフンフ~ン♪」

「ラウラ、お前なぁ……」

「良いではないか。昔はよくこうして膝に乗せてくれただろう?」

「そりゃ昔はな? 最初の頃のお前、まともにメシも食おうとしなかったし」

「久し振りの一緒の食事なんだ、私はここで食べたいッ」

「……はぁ、解ったよ。降参」

 

 この2人、本当にどういう関係なんだろう。今朝のキス事件も相当ビックリしたけれど、()()()()も相当に衝撃的だ。屋上に到着し、織斑くんが空いていたベンチに腰かけるや否や、ボーデヴィッヒさんが身軽な動きでポンッとその膝の上に座ったのである。余りに自然にそうしたので、誰も止めようとすらできずに呆気に取られていた。特に凄い反応を示しているのが。

 

「あ……え……?」

「い、一夏、アンタ、そろそろちゃんと説明してくれないかしら……?」

 

 言葉もまともに紡げず目を白黒させている篠ノ之さんと、こめかみをひくつかせながら声を震わせている凰さんだった。そもそも最初に『屋上でお昼を食べよう』と織斑くんに提案したのは篠ノ之さんだったらしく、その手には可愛らしい包みのお弁当が()()提げられている。『その理由』が解らないほど僕は鈍感じゃないし、例えどんなに鈍くても僕たちが織斑くんに連れられて彼女と合流した時の会話を聞けば、普通は察せると思う。

 

『い、一夏? う、後ろの皆は?』

『あぁ、どうせなら皆で食った方がいいだろ? ただでさえ休み時間の度に凄いことになってたから、下手に学食なんて行ったらますます人が集まりそうだったしさ』

『そ、それはそうだが』

『それに、来たばっかりじゃ右も左も分からないだろうし、専用機持ち同士、仲良くなっておくに越したことはないかなって』

 

 あの時の()()()()()()()()()()()に俯いて拳を震わせていた彼女を見て、大体の事情を把握した時の気まずさったらなかった。すぐ隣で『そんなことだろうと思いました』とオルコットさんは悩ましげに額に手を当てていたし、凰さんに至っては盛大にため息を吐いた後に『ご愁傷様』なんて呟きながら篠ノ之さんの肩をポンポンと叩いていた。そして今、この()()()()である。彼女の心中を思うと、実に不憫でならない。

 

()()も含めて色々話しておこうと思って、セシリアや鈴にも声かけたんだ。時間も勿体ないし、まずは座って食べ始めようぜ? 箒、俺の分の弁当もあるんだろ?」

 

 そこで自分から言えるんだから、図太いんだか本気で分かってないんだか。わざわざ朝早く起きて頑張ったんだろうに。あぁ、また俯いてプルプル震えてるよ篠ノ之さん……あれは怒りなのやら悲しみなのやら。

 

 やがて吹っ切れたようにキッと顔を持ち上げると、篠ノ之さんはズンズンと大股で織斑くんの方へと歩きだし、勢いよく彼の隣に腰かけて包みの片方を突き付けた。『サンキュー』なんて気軽に受け取れる彼が一周回って凄く見えてくる。

 

「はぁ……はい、一夏。アンタの分」

「お? 鈴も用意してくれてたのか?」

「まぁ、ね。まだまだ()()()じゃあないけど、ポイント稼ぎの機会をみすみす逃すのも、なんかアレだし」

「ポイント? っとと、食べ物投げるなよ」

 

 そう言って凰さんが放ったタッパー容器を、織斑くんが軽くお手玉しながら受け取る。中身を見ると、揚げたお肉や色とりどりの野菜をトロッとした餡みたいなもので包んでいるようで。

 

「おぉ、酢豚じゃねぇかッ」

「そ。今朝余して今晩食べようと思ってたヤツだけどね。おかずは多いに越したことないでしょ?」

「……朝から酢豚作って食ったのか?」

「悪い? アタシが朝からガッツリ食べないともたないタイプなのはアンタも知ってるでしょ?」

 

 ちょっとお肉の衣がへたってるのは我慢しなさい、出来たては今度ね、なんて付け足しつつ、ちゃっかり篠ノ之さんと反対側の席を確保する辺り、凰さんもなかなか強かである。ちなみに彼女、自分の昼食はオルコットさんと一緒に食堂で確保してきたらしい。

 

「あの~……これ、僕、本当に同席して良かったのかな?」

「いいに決まってるだろ。特にデュノアさんとは同じ男同士、仲良くしたいんだ。色々協力し合っていこうぜ? ……まぁ、ISに関しては俺が頼り切りになると思うけど」

「アンタまだまだ瞬時加速(Ignition Boost)の制御もままならない時あるもんね~」

「うっせ。近い内に必ずマスターしてやる」

「アインなら大丈夫だ。何せ私がついているからなッ!!」

()()()()、ついてるからね?」

 

 浮いた両足をパタパタとさせながら織斑くんを見上げ、胸にトンと拳を当てて言うボーデヴィッヒさんに、自分を強調するようにして張り合う凰さんが見えない火花を散らす。流石にISに関しては一般生徒である篠ノ之さんは分が悪いようで『ぐぬぬ』って感じに歯を食いしばっていた。

 

「んじゃ、そろそろ。いただきます」

「いただきます」

 

 そんな2人を他所に、両手を合わせて食前の挨拶を始める織斑くんと、その真似をして同じように挨拶するボーデヴィッヒさん。そんな2人につられて、渋々ながらも食べ始める皆。うん、僕は一体何を見せられてるんだろうね。

 

「それで、一夏さん。聞かせて頂けますの? ボーデヴィッヒさんとの関係について」

「ん、あぁ。と言っても別に複雑なものじゃあなくて、単に一時期ドイツで暮らしてたことがあって、その時に知り合ったってだけなんだけどさ」

「む。だけ、とはなんだ。だけ、とは。私にとっては、何物にも替えがたい大切な思い出なのだぞ?」

「はいはい。いいからお前は静かにしてような~」

「むぅ……むふ~……」

 

 物言いたげなのを遮られて不満げに唇を尖らせるものの、頭を撫でられただけで直ぐ様機嫌を直して満足げに微笑んでいる。これが休み時間の度に見物しに来た大勢の生徒たちをバッサバッサと袖にしていたのと同一人物だとは、とても思えなかった。

 2人の様子は、身長差も相まって仲睦まじい兄妹か、ともすれば親子のようだ。明らかに『友だち』をスキップしているやりとりに篠ノ之さんと凰さんの視線が一層鋭くなる。オルコットさんもちょっと不機嫌気味……いや、羨ましそうにしてる? え、これって、()()()()()()()なんだろうか。

 

「丁度、箒と別れた直後くらいだったかな。()()()()()千冬姉がドイツ軍に教官として出張してた時期があったんだよ」

「千冬さんが、軍の教官?」

「あぁ。当時はまだISがドイツ軍に配備され始めて間もない頃で、どうせなら『第一人者』に教わるべきだろう、みたいな話になったらしいんだ。……お、この唐揚げ、ほんのりニンニク効いてて美味いな箒」

「そ、そうか。それなら良かった」

 

 君もさっきまでのしかめっ面はどこ行ったの篠ノ之さん。たった一言で機嫌直るとか、なんて()()()()なんだ。

 

「ってか、ずっと気になってたんだけど、アンタなんで一夏のこと『アイン』って呼んでんの?」

「む。知り合った当時の私は日本語の発音が上手くできなくてな。そこで『一夏』という字が数字の『1』と季節の『夏』という意味なのだと教わって、その時につい「(Eins)」と呼んで以来、染み付いてしまっているのだ」

 

 ボーデヴィッヒさんの、購買で買ってきたコロッケパンをもぐもぐ頬張りながらの説明に、ふむ、と納得する。子どもが付けたあだ名としては妥当なところである。

 

「あだ名、ねぇ。そういうの、アタシはあんまりいい思い出ないなぁ」

「お前、パンダみてぇなあだ名で呼ばれてたもんな」

「うっさい」

 

 ……あぁ、『リンリン』か、と少し遅れて気づく。人によるだろうけれど、確かに凰さんはそういうの嫌がりそうだ。

 

「ん、話の腰折ったわね。ゴメン、続けて?」

「おぅ。でな、流石に俺1人日本に置いてくのもアレだなってことで、俺もドイツで1年くらい過ごすことになってさ。基本的にドイツ軍の寮みたいなところで一緒に寝泊まりしてたんだよ」

「うむ。よく訓練場に来ては皆に混じって身体を動かしていたな」

「───もしや、以前道場で言っていた『ドイツ軍で軍格闘技(マーシャルアーツ)を仕込まれた』というのは」

「そ。ちなみに関節技とかの師匠はラウラ(コイツ)な」

「アインは筋が良かったからな、教えていて私も楽しかったぞッ」

「へぇ、アンタがねぇ……」

 

 ポンポンと頭に手を置かれて、えっへんとばかりに得意げに胸を張るボーデヴィッヒさん。そんな彼女を見て、凰さんは何故か複雑そうな視線を向けている。

 

「当たり前だけど、あそこで同年代はラウラしかいなくてさ。俺も何とか友だち作ろうと必死だったんだよ……」

「何、じゃあアンタも最初は素っ気なくされてた訳?」

「素っ気なくとかそんなレベルじゃなかったんだけど……ラウラ、()()、言っていいのか?」

「うむ、構わないぞ。私にとってはもう()()()()()()だからな」

「……そか。なら、いいか」

「うむ」

 

 ふと、感慨深そうにボーデヴィッヒさんの頭を撫でる織斑くんの様子に、()()()()()()()のを察する。他の3人もそれは同様で、お昼を食べ進めていた手をピタッと止めた。そして、織斑くんは語り出す。

 

「実は、あの頃のラウラはな───」

 

 お昼のおかずにするにはあまりに重い、彼女の過去を。

 

 

 

 

 同刻。整備管理棟、管理人室。

 

「どういうことなのか、説明してくれますよね、先生?」

「だから、オイラは先生じゃないって何回言ったら分かるのかな」

 

 IS学園生徒会長、更識楯無はご立腹であった。理由は単純。知らぬ間に『自分のお仕事』を山ほど増やしてくれやがった目の前のこの男である。

 

 アリスター・カデンソン。2年前に倉持技研よりIS学園へやってきて、今や整備管理課の主任でもあるこの男。とにかくプライベートを明かさないことで有名であった。ただそれだけならば問題は無いのだが、我が友人にして学園内に限らず絶大な情報網を持つ新聞部部長、黛薫子の熱心な取材ばかりか、日本政府と()()()()()()()()()を持つ『我が家の伝手』を総動員しても尚、彼自身が倉持技研より持参した履歴書以上の情報を得ることが出来ないとなれば、話は違ってくる。しかも、特に『とある時期』を境にこの男の過去の一切が()()()()()()()()()()すら浮上しているのだから、これを怪しむなという方が無理だった。それが自分とこの男、引いては愛しい愛しい我が妹(マイラブリィエンジェル)を巻き込んだ『不思議な関係』の始まりである訳だが、それはいつか語るとして。

 

「娘さんがいるとか聞いてません。しかもあの“Great Clock Company”開発の生体同期型のテストパイロット? 社長のTed Price(テッド プライス)氏からは『在学中の管理は全てアリスター氏に任せる』なんて直々の電話まで来るし、いい加減そろそろ少しは教えてくれませんかねぇ?」

 

『一切合切』の文字が書かれた愛用の扇子を広げつつ、ズイッと距離を詰める。しかし『何処吹く風』とばかりに手元のコンソールやら資料やらを見てばかりで、それらしい情報の1つも寄越さない。色仕掛けは過去に何度も試したがこの男、日頃から隅々までしっかりと磨いている自信が揺らいでしまうほどピクリとも食指を動かさないのである。加えて学園の職員、それもかなりの要職に就いているばかりか、生徒たち(特に整備課)からの信頼も厚いので、下手な手段に出て思わぬところから反感を買う可能性もなるだけ避けたかった。なので致し方なく、こうして真っ向から頼み込んでいる訳だが。

 

「契約を交わした以上、オイラには守秘義務がある。例え学園の生徒会長と言えど、それは例外じゃない」

 

 これだ。この一辺倒である。事実、『IS学園の生徒会長』は学園内において絶大な権限を持つが、少なからず『例外』は存在しており、この『国家・企業からのISの管理委託』はその『例外』に該当するものであった。

 

「そもそも、『教えてくれ』って、何をだい? 娘のプロフィールならこうして戸籍まで含めたものが送られてきているし、別に『実は子どもがいました』なんて現代じゃ珍しい話でもないだろう」

「それは、そうですけどッ」

 

 正論は時として暴論以上の力を持つ。そこに『求める何か』があると分かっていても、『正しさ』が向こうにある限り、手を伸ばすことを『あらゆる要素(もの)』が許さない。いつもであれば、自分が相手に()()()()()立場だというのに、この男に限っては絶妙なバランスやタイミングでもって()()()()()()()()()のである。絶対に背後に『協力者』がいるのに、それが誰なのかが特定できない。絶対に『崩せるアリバイ』なのに、その()()()()()が掴めない。そしてそれは、今回やってきた彼の娘に関しても同様だった。

 

 彼女のカリフォルニア州での入院履歴はある。担当主治医のカルテも確かに存在する。その治療の一環で調べたIS適性の高さに新進気鋭の医療企業がテストパイロットとして目を付け、データ収集としてIS学園へ転入させる。起こり得るトラブルに関しては学園の技術者に管理を委託し、情報や技術の漏洩を防ぐ為に守秘義務を課す。しかもそのテストパイロットと学園の技術者が親子だった。『筋書き』として余りに()()()()()()()のだ。まるで出来のいい贋作を見ているようなもどかしさ。『これは違う』と判っているのに、その理由を説明できない。その証拠を示せない。

 

「うぅ~……」

 

 結果、こうして唸る以外に何もできないという、自分にあるまじき醜態にまで追い込まれている。つくづく『読めない』とは思っていたが、ここまで来ると不気味さすら覚える。ここまで自分を悶えさせるのは“先代”である両親、祖父母くらいのものだと思っていたのだけれど。

 と。

 

 コンコン

「はい、どうぞ~」

 

 突然室内に響く、控えめなノックの音。続いて、キィ、と蝶番の軋む音。そして、現れたのは。

 

「―――お久し振りです、お父様」

 

 渦中の人物、その人であった。

 




 補足説明

・“テッド・プライス(Ted Price)”
 ラチェクラの開発元でありますInsomniac Gamesの創設者兼CEO兼統括ディレクター。即ちラチェクラの生みの親。作者が足を向けて寝れない『生き神様』の1人。

 どうも。作者のGeorge Gregoryです。

 徐々に、しかし本格的に原作からの乖離を始めました。さぁ~、こっからだ……大変になるぞぉ。

 それでは、また近い内にお会いできることを願って。

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