ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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サービス業務から現場常駐になってびっくりするくらい環境がホワイトになって躊躇いを隠せません。



To Be or Not To Be Ⅴ

――――最初に気が付いたのは、実技の授業中のことだった。

 

 いつもの教室で、いつものように先生が何気なく表示した、銃火器パッケージの立体映像。360度どこからでも眺められるよう、自在に回転させられるようになっているそれの銃口が一瞬こっちを向いた時、背筋にゾワッとした不快感を覚えた。

 

 その次はテレビだった。“サマーシーズンに向けてチェックしたい日本全国人気の花火大会ランキング”などという煽り文句と共に、画面の中で次々に打ち上がる花火の映像を見て思わず顔が強張り、ルームメイトの鷹月に「大丈夫?」と心配される程度には顔色も悪くなっていたらしい。

 

 心当たりはあった。間違いなく“無人機騒動”の時の()()だ。確かに、私は"黒猫"のお蔭で今もこうして五体満足に生きている。日常生活にも大きな支障はないし、少々心配していたが調理に火を使う分には特に問題もなかった(それでも以前より少し扱うのを躊躇うようになったが)。

 

 それでもやはり、“視界全てを埋め尽くす紅蓮の炎”という非日常の破壊力は凄まじく、今でも時折、脳裏を過っては私の背筋を震わせるのだ。

 

 だから、どうしても聞きたかった。

 

「"前"に立つのが、怖くはないのですか?」

 

 凶弾の前に身を晒し、誰かの前で身を挺す。『正気の沙汰じゃない』と、そう思った。その強さの秘密を、知りたいと思った。けれど。

 

「怖いよ? 当たり前じゃないか。誰だって、痛いのは嫌だよ」

 

 あっけらかんと、目の前の彼はそう言った。

 

「……なら、何故?」

 殊更に解らない。大した見返りもないのに、ともすれば命を失うような鉄火場へ、自ら身を投じるような真似を、どうして"黒猫(あなた)"はできるのか。まさか噂などではなく、本当に"姉"を味方につけているから? 成程、確かにそれは頼もしいだろう。この世に生きる者の殆どが、舞い上がったり調子に乗るかもしれない。

 

 だが、()()()()()()。この人は、そんな矮小な人間じゃあないと、何の根拠もない癖に確信を覚えていた。

 

「何故、ね。そんなの、簡単な話さ――――」

 

 固唾を飲み、両の拳を握りしめ、待つ。未だ仄かに湯気の昇る湯呑をちびりと傾け喉を潤して。

 

 そして、その後に続いた言葉を、私はきっと、一生忘れることはないだろうと、そう、思った。

 

 

 

 

――――初めて海で泳いだ時のことが、ふと頭を過った。

 

 確か、小学校のレクリエーションか何かだったと思う。買ったばかりの新しい水着に身を包み、いざ飛び込んでみて、プールとのあまりの違いに驚いた。不規則に揺れる波は狙った瞬間の息継ぎを阻み、力一杯に水をかく足先が冷たい海流に触れた瞬間なぞ、海底の怪物にでも触れられたかのような悪寒がして一目散に岸へ避難し、遠慮せずに浮き輪を借りるべきだったと後悔した。そして、砂浜や磯辺で小動物を観察したりつついたりしながら、恐怖など微塵も感じていないのだろう満面の笑顔で波間に戯れる一夏を見て、子どもながらに臍を噛んだのだっけ。

 

 父は何度も私に言った。「剣を振るう時は心を落ち着かせよ」と。心胆の揺らぎは即ち切っ先の揺らぎ。ほんの少しでも()()が入れば、そこから瓦解するのは驚くほどあっという間だ、と。初めこそ疑ってかかったその知識は、長年の経験を以て確かな知恵となった。それでもままならないことが多々あるのは、私の未熟さ故、なのだろう。

 

 そして、今。私は陸で、溺れそうになっていた。

 

 一夏の"白式"が近接戦闘及び機動力特化なのは最早周知の事実。今回の試合にあたってデュノアとの連携訓練の様子や、過去のセシリアや鈴との戦闘記録も入念に確認した。VRルームにてそのデータを反映させた仮想敵との戦闘訓練も何度もやった。勿論、トーナメントまでの準備期間でも道場での訓練は続けていたから、一夏の体裁きや剣のクセも解っている積りだった。

 

 認める。あぁ、認めるとも。私は"Infinite Stratos"というものを甘く見積もっていたのだと。

 

「どうした箒ッ!! 反撃して来ないのかッ!?」

 

 連撃が止まない。唐竹・袈裟・逆胴・逆風・刺突。軌道だけじゃなく、時に呼吸や緩急のフェイントまで織り交ぜてくるから一切気が抜けない。このままダメだ。冒頭から完全に()()を持っていかれてしまっている。

 

 キィイインッ!!

「くッ!! 捌くッ、だけでッ!!」

 

 実際に相手して初めて解る、"零落白夜"というもののこの上ない厄介さ。まともに当たれば文字通りの『一撃必殺』。まともに当たらずとも、掠るなりその余波だけでもごっそりと()()()()()()()()。代償として膨大な量のシールドエネルギーを食う訳だが、これも()()()の入れ知恵なのだろう、一夏は『"零落白夜(きりふだ)"をも囮として使っている』。

 

 通常の攻撃に織り交ぜて()()()()()()()ことで、こちらは()()()()()()()()()()()()()ために()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれ故に、守勢から脱するための()()()()に全く移れない。私にそうさせているのは、それだけではなく。

 

「せぇッ!!」

 ブゥンッ!!

(大振りの横薙ぎッ!! 距離を取るなら今ッ!!)

 

 あれだけの連撃、息つく暇がないのは一夏とて同じなのだろう。時折このように大振りな一撃が入るため、それをいなした瞬間をついて彼我の距離を放そうとするが。

 

 タンタァンッ!!

「ぬぁッ、くぅッ」

 

 小気味良く続く銃声が、息を継ごうと首を擡げた私を、再び海中へ引きずり込む。解っている。この“息継ぎの時間”は間違いなく()()()だ。これをじわじわと繰り返すことで私を()()()()()のが目的なのだろう。2人は最初から短期決戦で私を戦闘不能にし、2対1でボーデヴィッヒと戦う積りであるに違いない。ここにデュノアの射撃が来ないのは、ボーデヴィッヒが上手く食い止めてくれているからだろう。ここのデュノアの射撃まで加わっていたなら、間違いなく私の"打鉄"のエネルギーはとうに尽きている。

 

「流石にやるな、箒。でも、落ち着く暇はやらねぇぞッ!!」

「なんの、まだまだぁッ!!」

 

 言うまでもなく、空元気の大声である。この数分間でとっくに喉は乾き、息は荒れ、崩れ落ちそうな四肢に必死に鞭を打っているに過ぎない。モンド・グロッソの公式試合時間最長記録は1時間59分と12秒だというが、ここまで来るとあらゆるものを通り越して尊敬の念さえ抱けない。

 

 辛い。苦しい。しかし、それ以上に、怖い。"雪片弐型(かたな)"が。"吹雪(じゅう)"が。道場で竹刀を振っている間はなんともなかったのに、道場からアリーナへ場所を移し、防具からISへと装いを変えただけで、私はこんなにも弱くなるのかと打ちひしがれそうになる。

 

「――――せぇッ!!」

 

 迫る刃が袈裟気味に私の左肩へ。それで足が縺れ片膝をついてしまった瞬間、勢いよく繰り出された前蹴りが腹部へと突き刺さる。吹き飛ばされた私がアリーナの壁に叩きつけられたと同時、身体をじわじわと締め付けていた疲労が一気に牙を向いた。鈍重な四肢は力なく重力に従ってだらりと下がり、"葵"を握り直そうにも指先に力が籠もらない。

 

「ハァッ、ハァッ」

 

 荒れた呼吸は思うように酸素を肺腑へ送ってくれず、息をすればするほど乾いた喉がひりつくようで、水分が堪らなく恋しかった。キィンと耳鳴りのような甲高い音が鼓膜の奥で鳴り、朧気な視界の中で『役目は終わった』とばかりに機体を翻してデュノアの加勢に向かっていく真っ白な背中が小さくなっていくのが見えて。

 

「ま、て、いち、か」

 

 思うように言葉を紡ぐことすらままならない。とうに手遅れと知りながら手を伸ばしたいけれど、腕が微塵も持ち上がらない。まるで糸の切れた人形だ。胸の中で去来するのは、悔しさと、悲しさと。

 

「す、ま、ない」

 

 今日まで随分と熱心に色々教えてくれたボーデヴィッヒへの、『一夏の足止め』という役目を果たせなかった、という申し訳なさ。勝てないまでも相手を引き受け時間を稼げ、と言われていた。一夏の相手に集中していたからはっきりと覚えていないが、デュノアの戦闘不能コールが未だされていないのだから、私は結局、彼女から任せられた役目を、果たせなかったのだろう。

 

 ボーデヴィッヒは誰より早く私の()()に気付き、「気にするな。お前はただ『当たり前』を知っただけだ」と私の背を軽く叩いて笑った。その表情は年齢不相応に大人びていて、彼女が軍人、それも上官なのだと、強く思い知らされた。セシリアや鈴もそれとなく気づいてはいたようで、私と合同で訓練を行う時は訓練内容から対人戦闘や射撃に関するものをこっそり除外していたらしい。2人にますます頭が上がらなくなった。

 

 そして「そういう時にこそ頼れる人が学園(ここ)には大勢いるじゃない」という鈴の言葉に真っ先に思い浮かんだのは、何故かあの日の“真っ黒な背中”で、気が付くと私は()()()、導かれるように整備管理棟の管理人室の前に立っていたのを、何故か今、思い出して。

 

 ふと、私の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 ――――ノンノンノンノン。おねむの時間にゃま~だ早いぞ? マイラァヴリィスゥイストゥワ~ちゃん☆

 

 

 

 

 

 

 

「せぇええええええッ!!!!」

 

 意気軒高な叫びと共にアリーナを所狭しと吹きすさぶ橙黄色の"(Rafale)"が、『空飛ぶ武器庫』の異名に恥じない『弾丸の雨』を降り注がせていた。並大抵の傘などものの役にも立たず、無防備な姿を晒したならば、即座に『穴明きチーズ』の出来上がり、となることだろう。尤も。

 

「どうした? ご自慢の弾幕攻撃はその程度か?」

 

 それが本当に()()()()()であれば、だが。

 

 眼下、それだけの()()に見舞われている筈のラウラの表情には一切の焦りや不安が見えず、そして観客席からは驚嘆のどよめきが所々から湧き上がっていた。それもそうだろう。ラウラの乗る機体"黒い雨(Schwarzer Regen)"には未だ傷一つついていないばかりか、降り注ぐ弾丸が()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「成程。それが噂の第三世代型兵器かい?」

「そうだ。"Active Inertial Canceller"。認識した対象の慣性を全て殺す停止結界。私の前では、あらゆる物理攻撃が無効化される」

「そうかい。それならッ!!」

 

 即座、シャルルは展開していた武装を収納、新たに両手に別の銃火器を展開し、急降下しながら連射し始めた。銃口から放たれるのは実弾ではなく、青白色が眩しい光の束。

 

「ビームガンに切り替えればいいだけの話さッ!!」

「うむ。流石に"AIC"で光線兵器は防げない。だがッ!!」

 

 その連撃をラウラはアリーナの地表を、緩やかな弧を描きながら滑るように移動することで回避しつつ右肩に搭載された、ともすれば"黒い雨(Schwarzer Regen)"の本体よりもサイズで勝るかもしれない大口径のレールカノンの砲塔をゆっくりと上空へ持ち上げる。そして。

 

「うっわッ!?」

 

 嫌な予感を覚え咄嗟に回避行動をとった次の瞬間、自分の使っている銃器など目じゃないほどの極太の光条が、先ほどまで自分がいた場所を轟音と共に通り過ぎていった。

 

電磁砲(レールカノン)だけあって弾速が半端じゃない。一夏の"零落白夜(とっておき)"ほどじゃあないけど、あれはあれで掠るだけでもマズい―――でもッ!!)

 

 スラスターを目一杯に使って、大きく上下左右に動きながら少しずつ距離を詰めていく。あれだけの大型兵器だ。取り回しもよくなければ、連射性も高くないはず。地表から離れないのも反動があるからだ。空中で撃てば間違いなくバランスを崩して大きな隙になる自覚があるんだ。即ち、"黒い雨(Schwarzer Regen)"は斥候や前衛戦力を前提とした大火力による制圧を目的とする『戦車』タイプ。ならば、戦車は如何に攻略するべきか。

 

「砲身の内側に潜り込んで、"足"を潰すッ!!」

「うむ。その判断は懸命だ。だがな」

 

 両手の武器をショットガンに切替、地を舐めるように一気に接近を試みる。再装填が間に合わないと判断したのか、ラウラは砲塔を下げ、両手首のプラズマ手刀を展開し。

 

「うわッ!?」

()()を試したのが、お前だけだとでも?」

 

 その巨体からは想像も出来ないほどの速さで距離を詰められ、次いで腹部に強烈な衝撃を感じる。足元を弾かれ、視界がぐるりと回転。自分でも驚くほど優しく地べたに()()()()()()。目の前には、まるで悪戯が成功した子どものような、渾身の()()()。なんだか、それが無性にイラッと来て。

 

「――――そうかもね。それじゃあ、()()は初めて?」

「何? ……ッ!?」

 

 仕返しにワザと、カツリと小さく鈍い音を鳴らす。釣られて彼女が視線を下げた先には、"RRCⅡ"の右腕部シールドからゴツく鋭い穂先が覗く、僕の()()()()()

 

「パイルバンカー"灰色の鱗殻(Gray Scale)"。この距離なら、"AIC"は張れないよね?」

「貴さm――――」

 

 引き金を引き、ズドォンという丹田に轟くような音が鳴る。うん、相変わらず良い音だ。吹き飛ばされていく寸前の驚いた表情を見て、ちょっともやもやもスカッとした。

 

 緩やかな放物線を描いた後、ズゥンと大きな音を立てて"黒い雨(Schwarzer Regen)"がアリーナの中央に落ちた。もうもうと砂煙が昇り、アリーナの客席は歓声とざわめきが入り混じって大騒ぎだった。

 

「シャルル、大丈夫か? 残存エネルギーは?」

「うん、まだ十分残ってる。それより一夏こそ。篠ノ之さんとはどうなったの?」

「大分エネルギーは削ったはずだ。暫く動けないだろうから、加勢に来たんだけど……ひょっとして、必要なかった?」

 

 僕の隣に降り立った一夏の手を借りて立ち上がる。一夏はボーデヴィッヒさんの方を見ながら、どこか申し訳なさそうにそう続けた。

 

「ううん。今のは強引に打ち込んだラッキーパンチ、みたいなものだから」

「……だな」

 

 砂煙の中、ゆらりと立ち上がる影1つ。無理やりにでも一撃ねじ込めただけ、万々歳ってやつ。でも、これで“オーバスさんからの注文”は達成できたはずだ。

 

『彼女の"黒い雨(Schwarzer Regen)"の絶対防御を発動させるッス』

『…………え?』

『ワタシたちの予想通りなら、それで万事上手くいくッスよ』

 

 何がどう上手くいくのかは解らない。けれど、あの人が今更になって僕に嘘を言うとも思えない――――いや、嘘だ。正直、この為に今まで泳がせてたんじゃないかってちょっぴり疑ってる自分もいる。けれど、それよりかは。

 

「一夏、油断しないで。ここからが本番だよ」

「あぁ。箒もいつ戻ってくるか解らないしな」

 

 改めて連携訓練通り、一夏が前衛に出て"雪片弐型"を構え、僕が"Galm(アサルトカノン)"の中距離支援射撃の体勢を整える。再び彼我の距離が離れてしまった以上、またどうにかして接近戦に持ち込まないといけない。でも今は、一夏がいる分だけ狙いが別れる。さっきまでよりはまだマシなはずだ。

 

 そんなことを考えていた、その瞬間だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「そう、この瞬間をずっと、ずっと待っていたんだよ/スよ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――僕の、僕たちの物語が、本当に始まるためのプロローグが、始まったのは。

 

 

 

 




 どうも、作者のGeorge Gregoryです。

 作中に出てきた『1時間59分12秒』は、調べて出てきた『1』のRTA記録を使ってみました。

 そろそろフラグ管理が難しくなってきました。最低限のメモしか残さず、基本的に脳内で組み立てるタイプなので、変な描写になってる部分があるかもしれません。……それならもっと緻密にプロット練ればいいんでしょうが、趣味の範疇でそんなにハードにエネルギー使いたくないしなぁっていう(書きながらアポロチョコ食ってた)。

 冒頭にちらっと書きましたら、配属が変わって仕事のサイクルがかなりホワイトになり、割かし余裕も生まれてきました。最近じゃ安定剤飲むのも忘れてしまうくらい回復してきてて(飲まなくても平気)、久し振りに全盛期とまではいかないまでも身体鍛え直そうかなぁとも思えてきた次第。相変わらずマイペース更新しますので、今後ともよろしくお願いします。

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

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