ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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相変わらずマイペースなので更新頻度がめちゃくちゃですねホントすみません。
でも書ける時に書かないと次いつ波が来るか解らないんでねッ!!
ホント気分屋なんですッ!!


Nowhere To Hide Ⅰ

――――あの事件から、3日が過ぎた。

 

 

 学年別トーナメントは当然の如く中止。学園側は原状復帰及び調査のため、現場である第1アリーナの完全閉鎖だけでなく、暫くの間、平時の授業までも一時的にストップすると宣言。降って湧いた休日を、しかし誰もが諸手を上げて歓迎している訳ではなかった。当たり前だろう。それだけ衝撃の出来事が、あの日にはあったのだから。

 

 長年謎に包まれていた"黒猫"改め"黒豹"の操縦者の発覚。それはひょっとすると自分の時以上の早さで、あっという間に全世界へと広まった。今や“Alister Kadenson”の名を知らぬ者は存在しないと言っていいだろう。世俗の話題に疎い弾でさえ、当日の夕方には血相を変えたような声で「い、一夏、おま、か、カデンソンさんが、"黒猫"って、ニュースでッ!!」なんて電話をかけてきたくらいだし。

 

 かく言う俺とて、未だに完全に呑み込めてはいない。何せ俺、織斑一夏にとって"黒豹"は極めて特別な存在だ。忘れもしない、第2回モンド・グロッソのあの日。窮地に颯爽と現れ、囚われの我が身を華麗に救い出してくれたヒーロー。"Infinite Stratos"というものに強く興味と関心を持つようになった、何よりも成長するにつれて自分の中で燻るだけと化していた“あまりに幼い願望(ゆめ)”を再び強く燃え上がらせた()()()()。あの日、俺は文字通り、心身共に救われたのである。

 

 そして、それからの世界各国での"黒豹"の活躍は多くの、実に多くの人々を、俺と同じように()()()()()()から救ったことだろう。どこからともなく現れては、大規模な事故や災害の被害を最小限に食い止め、非合法な組織や研究施設を破壊して回る。まるで物語の主人公のような一騎当千の八面六臂。各国政府の報道規制(と噂されている)によって決して地上波にその名や姿が報じられることはなく、ネット上でも画像や動画が次々に消去されたが、それでも尚、その場に居合わせ、その手によって救われた人々が高々と叫ぶ声が途切れることは決してなかった。

 

 そんな"黒豹"の正体が、まさか。

 

「なんだ、アイン。先ほどから全く箸が進んでいないぞ。食欲がないのか?」

 

 昼食時の食堂、その一角。普段なら零れ落ちそうな涎をグッと我慢して白米と共に思い切りかぶりつくであろう、本日の日替わりB定食の主役たる肉厚な照り焼きチキン。目の前に堂々と鎮座するその艶やかな飴色の照りに、しかし今の自分は一切食指が動かない。いや、腹は間違いなく減っているし、券売機の前で『美味そうだな』と言いながらこれを選んだのも自分だ。向かいの席に座るラウラが小首を傾げながらそう尋ねてくるのも無理はない。

 

 その理由は、極めて単純で。

 

「いや、さ。そういや、初めてカデンソンさんと食堂に来た時も()()だったなぁ、とか思い出しちゃってさ」

「むぅ。気持ちは解らなくもないが、食事はしっかりととっておけ。いつ何時、不測の事態が起こらんとも限らんのだからな」

「だな。うん。いただきます」

 

 気を取り直して、最初の一切れに箸を伸ばす。一緒に添え物の千切りキャベツを、皿の縁に持ったマヨネーズに軽くつけて、白米に乗せてかきこむ。うん、相変わらず美味い。ここのおばちゃん、本当に何を作らせても一級品である。

 

 教員部隊に連行された後のカデンソンさんについては、未だ不明のままだ。連絡を取ろうとしても一切通じず、重要参考人として娘であるクロエさんも身柄を拘束されているらしいので、情報源が全くない。間違いなく取り調べに参加しているであろう千冬姉も、当たり前だが「お前たちに話せるはずがなかろう」と取り付く島もなかった。

 

 ここ最近はタッグマッチの作戦考案もあって、シャルルと一緒にずっとあの管理人室に入り浸っていた。それでなくとも、知り合ってからはずっと授業の質問や学園生活の相談でしょっちゅう訪れていた。今ではすっかり“もう1つの自室”のようで、いつだって自分たちを暖かく迎え入れてくれたあの部屋がすっかりと()()()()()になっているのは、酷く寂しく思えてならなかった。未だ、3日しか経っていないというのに。

 

 そして、あの日の事件が与えた影響が大きいのは、他の皆も例外ではないようで。

 

「…………」

「あの~、鈴さん? 早く食べないとのびてしまいますわよ?」

「……………………」

「……あぁ、これはダメですわね。またすっかり()()()ですわ」

 

 ラウラの隣、いつものようにラーメンを頼んでいた鈴は、普段なら一気に麺を啜り上げてスープまで豪快に飲み干すところを、しかし惚けたような表情で箸を全く微動だにさせないまま虚空を見つめていた。セシリアが声をかけながら目の前で手を振って見せるものの、やはりこれにも無反応。

 

 鈴はあの日からずっと()()()調()()である。最低限の日常生活こそ送っているものの常にどこか上の空で、元気印で知られるコイツには本当に珍しいことだった。少なくとも出会ってからこっち、こんな状態の鈴を俺は見たことがない。偶にか細い声で「男……そんな……アタシは……何を……」みたいな呟きを途切れ途切れに漏らしているが、一体何を考えているのやら。

 

 対して、そんな鈴の向かいの席でミックスサンドとグリーンサラダをトレイに乗せているセシリアは。

 

「はぁ~……それにしてもカデンソンさん、早く戻ってきてくださらないかしら」

「オルコットさんは、ずっと()()だねぇ」

「勿論ですわッ!! (わたくし)、何を隠そう"黒豹(あのおかた)"に憧れて“ISに乗りたい”と志すようになったんですものッ!!」

「あぁ、うん。それ、何度も聞いたよ」

 

 以前から“大ファンだ”と言って憚らなかった彼女はもう大興奮しっぱなしで、兎に角「教えを乞いたい」「間近で見たい」そして「()()を言いたい」と繰り返している。彼女曰く、ファンサイトの盛り上がりも凄まじいそうで、とある国ではサーバーがパンク寸前になるほどだったそうな。

 

 この学園内にも"黒豹"のファンだという生徒は多い。セシリアと同じようにISに関わるようになった理由として挙げる者も大勢いるという。それだけに、セシリアのように好意的な意見もあれば『男だとは思っていなかった』と落胆、中には絶望じみた声を夜な夜な上げている者もいるとか、どうとか。

 

「それにしても、まさかデュノアさんも『(わたくし)と同じ』だったなんてッ!! あぁッ、あれほど焦がれて止まなかった同好の士がこんなところにもッ!!」

「あ、あはは……このやりとり、これで何回目かなぁ」

 

 苦笑しながら茄子とトマトのアラビアータスパゲティをフォークで巻き上げているシャルルの横顔を見て、あの日の夜に彼がぽつぽつと部屋で語ってくれたことを思い出す。

 

 5年ほど前だったか。フランスはブルゴーニュ地方、セーヌ川流域にて、歴史的豪雨による洪水災害が発生した。今世紀初頭の観測開始以来、歴代最高記録の降水量を叩き出したこの洪水は“1910年の悪夢”の再来とまで謳われ、本来であればフランス史上に深く大きな傷跡を刻み込んだことだろう、とまで言われていた。そう、()()()()()()

 

「でも、やっぱり忘れられないよ。バケツをひっくり返したような土砂降りの中、真っ暗な空を西から東へ裂くように飛んで行った、あの黄赤色の流星は。水源の方へ落ちて行ったと思ったら、東の空が一気に晴れ渡って、冬でもないのに雪が積もったように、地平線に見える山々が真っ白に凍り付いていて」

 

 訥々と語るその内容は、俺たちファンの間では実に有名なエピソードだった。当時の衛星カメラの映像の中に、土石流を堰き止め流れをコントロールするように凍り付かせていく“黒い影”が確認されたのだ。“黄赤色の流星”の目撃談はシャルルだけでなく、当時のフランス中で確認されており、その“黒い影”の情報と統合して、()()はまず間違いなく"黒豹"の活躍譚の1つである、とされていたのである。

 

「綺麗だったよ、凄く。あれが本当に"黒豹"、カデンソンさんだったんだとしたら、僕は返しても返しきれない恩がある」

「えぇッ!! えぇッ!! そうでしょうともッ!!」

 

 当時の記憶に思いを馳せるように目を細めるシャルルに、うっとりしたような表情で瞳を輝かせるセシリア。この2人はこの数日で一気に距離を縮めたように思う。互いに銃火器を得意とする者同士、通じるものもあるんだろう。また2人とも同じ綺麗な金髪だし、そもそも『王子様』と『お嬢様』で絵にならない訳がないんだよなぁ。今も周囲から「目の保養になるわ~」みたいな溜め息混じりの黄色い声が漏れ聞こえてくるし。

 

「ふむ。確かに彼の者の戦闘力は目を見張るものがある。我が国でも過去に何度か、違法研究摘発の立役者になっていたと聞いたことがあるしな」

「そうなのか?」

「うむ。何なら、当時最先端の防衛設備にIS3体を擁する籠城戦に対して、僅か30分足らずで制圧してしまった、というデータもあるくらいだ」

「……それ、素人の俺でもヤバいって判るぞ」

「だろう? しかもコピーの偽物とはいえ、教官の操る"暮桜"を圧倒して見せるほどの実力だ。今回の件で我が国がそのような立場にないことは解っているが、叶うなら是非とも我が祖国へ迎え入れたい人材であることは確かだ」

 

 そう言って、ラウラは左の太腿に巻き付いている黒いレッグバンドを撫でる。それは、彼女の専用機である"黒い雨(Schwarzer Regen)"の待機形態である。

 

「そうだ。ラウラ、訊きそびれてたことがあるんだけどさ」

「む? 何だ、アイン」

「お前のその、"黒い雨(Schwarzer Regen)"、なんで無事だったんだ? てっきりあの時、()()()と一緒に、その、消えちまったもんだと」

 

 そう。あの日、あの時、ラウラこそ無事に助け出されたものの、彼女の搭乗する"黒い雨(Schwarzer Regen)"は、文字通り消し飛ばされてしまったものだと、誰もが思っていた。やがて保健室に運ばれ、意識を取り戻したラウラが真っ先に確認すると、まるで何事もなかったかのようにいつも通りの"黒い雨(Schwarzer Regen)"が左腿にあったのだという。

 

「本国からの報告曰く、完全に"VTシステム"から"黒い雨(Schwarzer Regen)"ごと私をサルベージしたとしか思えない、んだそうだ。丁度、この茹で卵の白身を割って、黄身の部分だけを綺麗に引っこ抜いたように。これは完全に未知の技術だ」

「……マジか。そんな技術まで持ってるのか、あの人」

「彼ほどの技術者ならむしろ納得だ。引き込むことが出来ずとも、1度本気で戦ってみたいものだな」

 

 考え込むように目を閉じて、塩を振った茹で卵を口に放り込むラウラ。彼女の目の前には他にも滑らかになるまで丁寧にマッシュされたポテトと酢キャベツ(ザワークラウト)にボイルされたソーセージが、縦に切れ目の入れられたパンと並んでいる。さっと手軽に食べられることからラウラが好んで食べている組み合わせだ。切れ目にポテト、ザワークラウト、ソーセージの順に挟んで即席のホットドッグにするのである。

 

「…………」

「……箒、どうした?」

「ん、いや、なんでもない」

 

 ふと横に視線をやれば、箒もまたどこかぼんやりとしているようだった。広げたお手製の弁当の中身は先ほどから一向に減っておらず、問うてようやく次のおかずに箸を伸ばす。

 

 箒もまた鈴と同じように、あの日から時折こうして何かを考え込むような素振りが増えていた。最初は後遺症か何かがあるのではないか(それくらいあの時は具合が悪そうに見えた)と疑ったが、健康面に何の問題もないことは養護教諭から太鼓判を押されたくらいである。ここ数日は暇さえあれば剣道場に籠ってずっと素振りをしているようだが、以前よりずっと目が凛々しくなったような気もするし。

 

「……早く、また乗れないものだろうか」

 

 今も、何かの感触を確かめるように、自分の掌に視線を落としている。ひょっとすると俺がそうだったように、箒もあの時の戦いで何か『手応え』を感じたのかもしれない。それなら解る。少しでも早く、少しでも多く乗って、あの時の感覚を確かめたくなるよなぁ、と。

 

 とまぁ、最近の俺たちと言えば専らこんな調子で、あれだけのことがあった直後にも関わらず、ごくごく普通の学生生活を送っていた。アリーナが閉鎖されているため、まともにISに乗ることも出来ず、授業もないので昼間やることも然程ない。であれば、と授業の予習復習やトレーニングに勤しもうとしてみるものの、どうにも身が入らずにいる。

 

 このままでは良くないのは解っているけれど、進展がないことには、とどこか座りが悪いような()()()()()がずっと続いている。一先ずはこの一連の事件が何かしらの着地点を見つけて落ち着かないことには、などと考えていた、その時だった。

 

「――――ちょっとッ!! テレビッ!! テレビ点けなよッ!!」

「何~? 何か大ニュースでもあった~?」

「いいからッ!! いいから早くッ!! どのチャンネルでもいいからッ!!」

 

 突然、そんな大声を上げながら1人の女生徒が息を切らせて食堂に駆け込んでくる。何事か、と食堂内の皆が視線をやる中、彼女はキッチンのおばちゃんからリモコンを受け取り、備え付けの大画面モニターの電源を入れた。本来は校内放送などで使われるものだが、チャンネルを変えれば地上波の番組も映せるのである。

 

 映し出されたのは、どうやら誰かの記者会見の会場のようだった。肝心の主役はまだ登壇していないようで、所狭しと会場内で犇めいている記者たちはざわざわと声を上げており、壁際にはぎちぎちに詰め込まれたカメラ、カメラ、カメラ。適当にチャンネルがころころ変わるけれど、映る景色に殆ど差はなく、強いて言えばその角度くらいだった……あ、一瞬カートゥーンみたいなアニメ映ったな。今のどこの局だ?

 

 そんな間の抜けたことを考えていると。

 

『え~。只今の時間ですが、『サルゴン ~試練の道を往く者~』の放送予定を急遽変更致しまして、謎のIS"黒豹"の搭乗者として判明致しましたアメリカ人男性、アリスター・カデンソン氏の緊急記者会見の模様を中継でお届け致します』

 

「は?」

「え?」

「はい?」

「んぇ?」

「へ?」

「何?」

 

 

「「「「「「―――――――えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?」」」」」」

 

 

 そりゃあもう喧しいくらいの絶叫が、世界中で木霊したであろう瞬間であった。

 

 




サブタイトルの元ネタ
『ラチェット&クランクFUTURE(PS3)』のスキルポイント
"ノーウェアマン(Nowhere to hide)"
 惑星ファストゥーン(2度目以降)のステージ中にある、身を隠すための瓦礫を全て壊すと獲得できる。普通にドンパチやってるだけでは当たりにくいほど小さい上にレンチで殴ってもなかなか壊れないので若干面倒くさかった記憶が。
 尚、何故か日本語ROMだと『カバー』としか表記されていないので作者は最初(何のことだ……?)と混乱した。

 補足説明

・"サルゴン"(出典『3』)
 惑星フロラーナのジャングルに生息する謎の生物の名前。その存在は定かではないが、同惑星のキャンプ場利用者の目撃証言によれば、ヤツはどうやら裸のオスで、叫んでて、バナナを持っているらしい……え、バナナじゃない? ブーメr(ry

 どうも、作者のGeorge Gregoryです。

 いよいよ、新章突入です。『IS』本編の流れからまだ大きく外れはしませんが、オリジナル要素を上手く組み込みつつフラグ管理していきたいところ……不安だなぁ(笑)


 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

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