ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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うぅむ、1週間以内に更新できなかった。
短期出張があると執筆する暇が全く取れないのが悩みどころです。
尚、今週も来週もある模様……また遅れるかもしれない。


That's Impossible

「――フム、やはり断続的に外部から干渉を受けてるようッスね」

 

 暴走状態に陥った列車と並ぶように高速飛行しながら、しかしその姿は光学迷彩によって完全に風景へと溶け込んでいるアフィリオンの艇内。コンソールに羅列されていく文字の濁流を解析しながら、クランクはやはり推測が的中していたことを確信する。

 システム内の再帰的チェックサムに、明らかに外部からの干渉による異常が確認されている。既に車体下方のモーター及びベアリング部の温度が過剰に上昇しており、とっくの昔に制動装置が作動していなければおかしい数値を叩き出しているにも関わらず、尚も車体は加速の一途を辿っている。

 実にシンプルながら、しかしそれだけに厄介なバグ。発生させているプログラムスクリプトは秒単位で目まぐるしく変化しており、デバックどころではない。その上。

 

「6重のプロテクト、ッスか。これはなかなか」

 

 実に面白い。興味をそそられる。未だ稚拙な部分こそあるが、この惑星の技術レベルでここまで緻密に練り上げられるとは。

 

「まぁ、ワタシにかかれば朝飯前ッスけどね」

 

 まずは攻勢プログラムをデリートし(外皮を引っ剥がし)デクリプト(下処理)する。系列の変わらない(鮮度の落ちない)内に大胆に捌き、繊細にハックする(火を通す)。仕上げに自家製の分解システム(ソース)を振りかけて。

 

「『召し上がれ(Bon Appetit)。』――ウヒャヒャ」

 

 地球の言語は実に面白い。同じ意味を指し示す為だけに、これだけ多くの言葉を用いる惑星はそうそうない。誰に聞かせる訳でもないが、気障な決め台詞を1つ。

 

「ラチェット。バグを発生させていたプログラムは解除したッス。続きは、任せたッスよ」

 

 回線を開き、車内にて奮闘中であろう相棒へ、第1段階を無事に終えたことを伝える。これで自分は、後はもしもの際の”合図”を待つばかり。列車から離れぬよう、操縦桿を握りしめて。

 

「ム、これは」

 

 はたと、気づく。アフィリオンの通信回線、そのメッセージ受信アイコンが点滅している。ここ数日の間、シグマンドとの通信を何度試みても、うんともすんとも反応を示さなかった、この回線に。

 

(フゥム。何らかの要因で一時的に回線が回復している、と考えられなくもないッスけど)

 

 それは余りに都合が良すぎる。こういう時の好都合は、大抵の場合において好都合ではない。今までに幾度となく経験してきたことだ。

 再度、操縦をアフィリオン本人に任せ、警戒しながら回線を開く。引き続き、自分の推測が的中しているならば、恐らくこのメッセージの主は。

 

「――ホォ? やはり、アナタだったッスか」

 

 あぁ、やはり、この惑星は興味深いものに溢れている。

 

 

 

 

『恥の多い生涯を送ってきました』

 日本(Japan)には、このような一文で始まる文学作品がある。発音・文法共に難解な日本語は学ぶのに大変苦労したが、他人の前では面白おかしくおどけてみせるばかりで、本当の自分を誰にもさらけ出すことの出来ない男の人生が綴られたこの作品は、初めて目を通した学生時代から決して色褪せることなく、今でも尚、鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

 可もなく、不可もなく、やりたいこともなく、なりたいものもなく、唯々諾々と生きてきた。いい成績を修めるための努力は欠かさなかった。声を荒げた記憶も、殆ど思い当たらない。教育方針に苦痛だとか退屈だとかを感じたこともなかった。『両親が喜ぶのなら』と、ただただ研鑽を重ね続けた。

 

 決して珍しいことじゃあない。生まれ落ちた時点で跡継ぎとなることを義務付けられるなんてのは、この世界では日常茶飯事だ。ましてや息子、それも長男ともなれば。

 いつ役に立つとも知れない、実に多くを学ばされてきた。幼い頃の自分にとって、それまでの不可解が理解に代わる悦びは、それまでの不可能が可能に変わる歓びは、何よりも自分を満たし、そして潤してくれた。

 だが、月日を重ねるにつれて、それを以て『人の上に立つ者』となる姿をまるで想像することが出来ない自分がいるということに、気が付いた。解らなくなってしまったのだ。自分が一体、何の為に今まで研鑽を重ねてきたのか。

 

 思い返せば、自分はいつだってそうだった。誰かが喜ぶなら。誰かが助かるなら。判断基準は常にそれだけだった。その時その時は確かにそう思っていたし、今でもそれを決して悔いてはいない。ただ、時折ふと思うのだ。『これは一体、誰の為の人生なのだろう』と。

 家督を継げたことは誇りに思っている。だが、それを自分は心から望んでいただろうか。学業で好成績を修められたのは嬉しい。だが、それを以て自分は何を成すのか。あるいは、成したいのか。

『お前は頭は良いバカだよなぁ』『哲学者にでもなる気かい?』『日本にこういう諺がある。“下手の考え休むに似たり”』

 学生時代の知人友人には、幾度となく苦笑され、揶揄された。あぁ、解っている。解っているのだ。こんなことを言い出してしまえば、やること成すこと全てに意味や意義を見出そうとしてしまえば、やがてそこに待ち受けるのは思考の袋小路だと。欲していただけなのだ。自分自身が心の底から望む、自分の人生を費やすに値する理由を。

 

 そして、それは突然、目の前に現れた。

 

 艶やかなプラチナブロンドに、サファイアのような蒼い瞳。心を奪われた。あぁ、やはり文学は決して嘘をつかないのだと、痛感させられた。出会ったその日、その瞬間に、君は僕の生きる理由になった。

 

 優柔不断なのは、今でも治りそうにない。何せもう20年以上、こんな下らないことで悩み続けている。自覚がないだけで、理想がえらく高いのかもしれない。あるいは、酷く要領が悪いのか、その両方か。いつまで経っても、自分に自信が持てずにいる。

 それでも、君に出会えた。生涯を懸けて共にありたいと、そう思える君に。可愛い娘にも恵まれた。『情けない顔を見せないで下さいまし』なんて、よく怒られてしまうけれど、健やかに育ってくれている君を前にしてしまうとつい穏やかな気持ちになってしまうから、少しだけは許して欲しい。

 それに、いざその時になって認められるかどうかは判らないけれど、将来を共にする相手には自分のような情けない男は、選ばないで欲しいとも思う。どうせなら、真っ直ぐで誠実な……いや、やっぱり許せる自信がないな。

 

 これでも、英国紳士の端くれだ。愛する家族の1人や2人、守れなくてどうするというのか。こんな拳銃如きではISの装甲に届きすらしないだろうが、発火炎(マズルフラッシュ)で目くらましくらいにはなるはずだ。

 怖くないといえば、当然嘘になる。が、家族の命を、笑顔を奪われる方が、よっぽど怖い。そう思えば、身体が恐怖に震え、足が竦むなんてこともなかった。自分の命で済むのならば、喜んで差し出そう。妻や娘には恨まれるかもしれないが、死ぬよりは、ずっと。

 そう、思っていたのだが。

 

(まさか、とは思うが)

 

 暴走列車、その車掌室。どこからともなくやってきた黒いISは、拳銃を突き付ける自分を気にしないばかりか、あろうことか自分の武器のグリップをこちらに差し出してきた。

 躊躇いながらも自分が受け取ると、黒いISはゆっくりと背中を向け、徐に自動運行システムのコンソールを操作し始めた。まるでこちらを気にせずに。

 

(『撃ちたければ、撃て』と?)

 

 右手に感じる、とてもダミーとは思えない重量。黄金色をした無骨な銃身は、しかし随分と年季が入っている。細かい傷すら殆ど確認できない辺り、丁寧に整備しているのだろう。そんな銃を初対面の、誰とも知らないような相手に平然と渡すだろうか。

 

『老若男女を問わず、誰もがただ引鉄を引くだけで、容易に命を奪えてしまう。だからこそ、銃を扱う者には大きな責任が伴う。決して、忘れてはならんぞ』

 

 射撃を趣味としていた父が、鹿撃ちに同行する度に自分に言って聞かせていた言葉。初めて銃を撃った時の衝撃を、撃った鹿を捌き食べた肉の味を、引鉄に指を添える度に思い出す。『銃を渡し背中を預ける』という行為が、どれほどの意味を有しているかなど、考えるまでもなかった。

 

(この黒いISは、僕たちを助けに来た、のか?)

 

 コンソールの上で、仄暗い指先が躍る。まるで講義のレポートでも認めているかのように軽快で、しかし整えられていくプログラムは素人目に見ても正確なのだと、なんとなく解った。

 そもそも、冷静に考えてみればおかしいのだ。この事態を引き起こした側の者が、放置しておけば目論見通りに脱線・落下事故となるはずの列車に乗り込んでくるだろうか。

 

 前方へと視線を移す。既に列車は山間地帯へと突入し、崩落が懸念されている石橋までは残り5分もかからないだろうという距離まで迫っていた。

 それでも、黒いISは未だに脱出の気配を見せず、コンソールとの睨み合いを続けている。流れる文字列の速度は未だ減衰する様子を見せず、むしろ先刻よりも遥かに増しているように伺える。そして、それに比例して、この黒いISの迫力も。少なからず、焦燥感に駆られているようだ。

 もう既に、疑念は殆どなかった。そして。

 

「ッ、終わった、のかい?」

 

 黒いISはタァン、とひと際大きな音を立ててキーを叩き、表記されているスクリプトを確認するように画面を凝視し始めた。そして、その全てを確認し終えたのか、手動のブレーキレバーに手を伸ばして。

 

『―――』

「ッ、皆直ぐに何かに掴まるんだッ!! 乗務員ッ、後部車両に連絡をッ!! 乗客たちに耐ショック姿勢をとるよう促してッ!! 急いでッ!!」

 

 そのまま、こちらを振り向いて何かを待つような様子を見て、確信した。この黒いISは、自分たちを助けに来てくれたのだ、と。

 

 僕の声に、こちらの様子を窺っていた妻や乗務員たちは一瞬の硬直の後、弾かれるように各々、近くの座席や柱、通信用端末へと向かっていく。

 既に車体の速度は時速300㎞まで迫りつつある。急激に速度を落とすとなれば、その慣性がもたらす力は計り知れない。だが、なんとしても石橋に差し掛かる前に車体を止めきらなければ。

 やっと微かに希望が見えてきた、その時だった。

 

 遥か前方から轟く爆音の後、問題の石橋が位置する辺りから、もうもうと黒煙が立ち昇っているのが見えたのは。

 

 

 

 

(おいおい。なんでいつもこう、次から次へと面倒な事態が起こるかなぁ)

 

 これはもう、疑うまでもない。狙いすましたかのようなタイミングで、見事なまでのトドメの一撃。恐らく、線路はあそこで途切れている。このままなら、谷底へ真っ逆さまだろう。

 

 後ろを振り向けば、誰もが黒煙の方を見て愕然としていた。中にはへたり込み、絶望しきった表情を見せている者もいる。

 無理もない。既に猶予はギリギリの段階。今からフルにブレーキをかけて、石橋の湾曲に差し掛かる前にどうにか、という状態だった。

最後の最後に垣間見えた希望の芽を、無残にも踏み潰されたのだ。遠方から接近しているIS部隊らしき反応は、その距離からして間に合いそうにもない。絶体絶命というやつだ。

――普通なら、の話だが。

 

「なん、だい?」

 

 Combuster(コンバスター)を渡した彼の肩を叩き、ブレーキレバーをトントンと指さす。それだけで察してくれたのだろう、絶望に染まりかけていた彼の双眸、その奥に微かに火種が灯ったのが見えた。

 

「何か、止める策があるのか?」

 

 首肯し、操縦席の前から退く。それだけでやはり意図を汲んでくれたのだろう、彼は自分に代わってブレーキレバーに手を伸ばし、これで良いのかとこちらを窺っている。それに対して首肯を返すと、レバーを握る彼の両手に右手を添え、空いている左手で通信用の端末をオンにし、彼の口元へ持っていく。

 

「ッ、乗客の皆さん、今から車体に急ブレーキをかけますッ!! 直ぐに耐ショック姿勢を取ってくださいッ!!」

 

 やはり、彼の頭の回転の早さは素晴らしい。ISと思われているであろう自分に恐怖を押し込め銃を突きつける度胸もある。こんな事態でなければ名前を聞きたいところだが、今はそれよりも。

 

「いきますッ!! 3ッ、2ッ、1ッ、止まれぇッ!!」

 

 カウントを終えると同時、甲高い音を立てながら車体が減速を始め、釣られるように乗客全員が慣性に引っ張られる。列車の後方からは大勢の悲鳴も聞こえた。恐らく、前の車体を即座に切り捨てられるように、との判断だったのだろう。大したものだ。

 

「どこへッ、行く気なんだいッ!?」

 

 彼の両手がしっかりとレバーを固定しているのを確認してその場を離れ、徐に列車側面の出入口を開け放つ。吹き込む風に負けないよう声を張り上げる彼に右手でのサムズアップを見せ、チャージブーツを全開にして列車の外へと躍り出た。

 鼻腔を擽る青々とした匂いを置き去りに列車を追い抜き、見えてきたのは件の石橋。未だ焦げ臭さが充満する陸橋は、まるで中央をもぎ取られたかのように欠落させられていた。

 

「クランク」

『ラチェット、やはりッスか』

「盛大にど真ん中で爆破されてる。このまま行けば、確実に下の川底へズドン、だ」

『では、手筈通りに』

「あぁ、手筈通りに」

 

 この程度、困難でもなんでもない。いつだって、2人揃えばやってやれないことはなかった。この事件の犯人に、目にもの見せてやろうじゃないか。

 

「『"逆転は、お手の物だぜ"』」

 

 ピンチの時こそ不敵に笑う。それこそが勝利の秘訣ってやつなのだから。

 

 

 

 

――その景色を、私は決して忘れることはないだろう。

 

 耳障りな音を立てながら、徐々に減速する車体。それでも、まず間に合わないだろうと、そう思っていた。挫けずに済んでいたのは、夫があの黒いISを信じて、最後まで諦めずにブレーキをかける手を緩めなかったからに他ならない。

 

 件の陸橋を視界に収めた時、まず最初に襲ったのは絶望だった。

 それはそうだろう。石橋は崩れ、線路は途切れていた。車体の速度は未だに時速200kmを切ったばかりで、間に合う気配は全くなかった。実際、あのままであったなら、私たちは今頃、こうしてあの時を振り返ることもなく、谷底で瓦礫の下敷きになっていたことだろう。

 

 次いで感じたのは、違和感。その陸橋の前、草原地帯にてホバリングしながら列車を待ち構えている黒いISの姿があった。一体、何をしているのか。よく見てみれば、手元に持っていたのは。

 

(紫色の、ジョウロ?)

 

 どう見ても、そうとしか見えなかった。

 黒いISはこちらを視界に入れた途端、高速で8の字の軌道を描きつつ、そのジョウロから何かの液体を地面に散布し始めた。そして、そこで初めて、違和感の正体に気が付いた。

 

(この辺りに、こんなに"赤い花"なんて咲いていたかしら?)

 

 命の危機だというのに、こんなことを気にしていた私も、少しは余裕というものがあったのかもしれない。あるいは、既に助からないと諦観の境地に至っていたか。

 兎も角、とくに利用する機会の多かった路線だったからこそ、その違和感は余りに強烈で。そしてそれが、あの黒いISの仕業だったと気づいたのは、その数秒後だった。

 

「何、あれ」

 

 あのジョウロの液体が"赤い花"に散布された瞬間、"赤い花"は風船のように膨張、肥大化し、淡く光を放ちながらその根元から"巨大な蔓"を津波のように列車へと伸ばしてきたのだ。

 まるで映画やコミックのような現象に唖然とする私たちを他所に、その蔓は車体へ次々と絡みついていき。

 

「――嘘」

 

 その本数が増えるにつれて少しずつ、しかし確実に列車はその速度を落としていた。鞭のようにしなり、幾重にも鈍い音を立てながら車体を雁字搦めにしていく植物たち。ブチブチと千切れそうな音を立てたかと思えば、その間にその数倍の蔓が更に上を覆いつくす。気付けば、新幹線など遥かに凌ぐ速さで暴走していたはずの列車は、石橋を目前にしながらも殆ど通常運行と変わらないような数値まで、その速度を落としていて。

 

「と、止まれッ!!」

「止まれぇッ!!」

「頼むッ、止まってくれッ!!」

 

 誰もが願った。誰もが祈った。最早死ぬ他にないと思っていた皆が、瞳に希望を宿していた。

 そして、絡みつく大量の蔓によって、列車の外見が糸巻き器もかくや、となった頃。

 

「――止まった?」

 

 ブレーキの不快な高音も、前へ前へと引っ張られるような慣性も、感じられない。恐る恐る立ち上がり、車体を覆いつくす植物の隙間から外を覗き見ると。

 

「止まってる」

 

 景色が、流れていない。ぴたりと静止している。こうなって初めて気づいたが、深紅に咲き誇るカーネーションと、まるで丸太のように太く強靭な蔓の向こうで、あの黒いISがホバリングしながらこちらを見下ろしていて。

 

「えっ?」

 

 パチン、とそのISが指を鳴らすような仕草をした途端、まるで最初から存在しなかったかのように、その"赤い花"と"巨大な蔓"は緑色の粒子となって霧散していった。

 何が起きたのか、解らなかった。”狐に化かされたよう”とは、正にこういう時に使うのだろうと、そう思った。

 

 ホバリングしていた黒いISが、こちらへ向かって降りてくる。それを見て咄嗟に立ち上がり、出入口へと歩いていく夫の後を追う。やがて、ISは私たちの目の前へ降り立って。

 

「――あ、あぁ、これか」

 

 徐に差し出してきた右手に、夫が思い出したようにあのビームガンを返却する。それを虚空、恐らく拡張領域(バススロット)へと収納すると、用は済んだとばかりに黒いISは背中を向け今にも飛び立とうとしていて。

 

「ま、待ってくれッ!!」

 

 それを、夫が呼び止めた。

 

「一切言葉を発さないのには、何か、理由があるんだろうと思う。だから、聞かない。でも、これだけは言わせて欲しい」

「そう、ね。私からも、言わせて頂戴」

 

 背中を向けたまま、肩越しに小さく振り向く黒いISに向かって、夫が何を言おうとしているかを察して、そこでようやく私は言葉を発することが出来た。

 誰もが日々、当たり前のように使う言葉。しかし、決して忘れてならない、大切な大切な言葉。

 

 

「「ありがとう」」

 

 

 乗客たちを救ってくれたこと。愛娘の下へ無事に帰れること。今、こうして生きて居られること。

 

 返事はなかった。やはり、最後まで一言たりとも言葉を発することはなかった。最後、足裏のバーニアを蒸かして飛んでいく直前、小さくこちらに向けてサムズアップを見せてくれたのを見て、届いたのだと確信した。

 

「なぁ、ディアナ」

「……何?」

「今、セシリアに会いたくてたまらないよ」

「奇遇ね。私もよ」

 

 いつも通りの情けない、堪らなく愛しい笑顔。あぁ、生きているのだと実感する。生きていけるのだと実感する。

 そっと、彼の隣に寄り添って、次の仕事の滞在期間は最低限に縮めてしまうことを、心に決める。

 

 歓声が沸き起こる。去っていく黒い背中へ、歓喜に震える人々が感謝の声を張り上げていた。

 家に、帰りたかった。

 

 

 

 

――――これが、両親から何度も聞かされた“彼”との出会い、ですわ。地球で公に姿を現した最初の事件、2番目の活躍譚にも、なるのかしら。

 

 憧れましたわ。あら、いけなくて? 私、当時12歳ですのよ? それも両親の命の恩人ともなれば、慕うなという方が難しいお話ですわ。

 父も母も、それはそれは楽しそうに話してくれるんですもの。父なんて、普段の覇気のなさはどこに行ったのかと。

 

 えぇ、酷く誤解していましたわ。情けないと思っていた父が、どれだけ凄い人物だったのか。そもそも、私の射撃の師匠は父ですの。あの人、自分では“大したことない”“趣味の範疇”なんて言って謙遜している癖に、いざ調べてみたら元“代表候補”だったんですのよ? 自分に自信が持てないとか言いながら、私よりも正確に的を撃ち抜いてくるんですから、厭味にしか聞こえませんわよ。

 

 当時はまだ、衛星カメラの低画質な映像と乗客たちの証言だけでしたから、“彼”の存在は世間でも、まことしやかに囁かれる程度でしたわ。でも、英国ではちょっとしたブームにもなったんですのよ? 颯爽と現れて名前も告げずに去っていく“黒いスーツ”に、束の間の奇跡を起こした“幻の深紅の花園”。まるでイアン・フレミングのスパイ小説から出てきたかのようなヒーロー。お膝元で流行らない理由がありませんもの。

 だからこそ、“初対面”の時はあんな事態に……あぁいえ、気にしないで下さいな。ちょっぴり、思い出したくないことが、ありまして。出来れば、私に訊ねるのはご遠慮下さいまし。どうせ黙っていても、他の方がお話しして下さるでしょうから。特に”一番弟子”さんあたりが。

 

 コホン。さて、と。本題に戻しましょうか。

 ご存時の通り、この事件を皮切りに“黒豹”の姿が世界各国にて目撃されるようになりました。それも決まって、各国が世間様に“胸を張れない”施設や、後ろめたい事情のある事件現場ばかりに。

 当時、様々な憶測が飛び交いましたわね。“急進的に変革するIS社会への警鐘だ”だとか、“世界を影から守る謎の組織のエージェントだ”だとか、面白おかしく想像を膨らませた荒唐無稽なものばかりが。……後から聞いた限りですと、幾つか本当にそういう経験をしたこともあったそうですけどね。つくづく規格外な方々だと思います。

 

 当時、“そういう”施設や事件などに関わっていた政治家・研究者の皆さまは、日々、戦々恐々としていたそうですわ。当たり前でしょうね。IS(地上最強の兵器)をいとも容易くあしらうような方々ですもの。のぼせ上っていた連中には、実にいい薬だったことでしょう。

 どこからともなく自分たちの存在を嗅ぎつけ不幸をもたらす。“黒猫”と揶揄されていた理由ですわね。(Cat)と呼ぶには少々、可愛げがないと思いますけれど。(Panther)は実に素敵なチョイスだと思いますわ。様々な環境に適応し、群れを形成せず単独で行動する孤高の狩人。キリスト教では、人々を教主へと導く”伝道者”の象徴ともされていたんですのよ。

 

 自業自得以外の感想はありませんが、流石に“お気の毒様”と、素直にそう思いますわ。正に“鬼に金棒”ですものね。正直、相手をすると想像するだけでも、生きた心地がしませんわ。我々が想像しうる最悪の組み合わせ、と言っても過言ではないのでは?

何を隠そう、この直後のお話ですの。

 

 

――“彼ら”と“彼女”が出会ったのは。

 

 

 

 

「――ふぅ。無事、状況終了。ただいま、クランク」

「お疲れ様ッス。怪我とかはないッスか?」

「問題ナシ。どうよ、即席のコンボにしては上出来だったろ?」

 

 手筈通り、人目につかないところまで離れてから、アフィリオン内にブックワープで帰還した相棒に、労いの言葉をかける。バトルスーツのヘルメットを解除しながら、ほんのちょっぴり自慢げに聞いてくる顔は、最近のこの惑星では“ドヤ顔”と言うのだったっけ。

 

「ワタシが上空よりばら撒いた"Tanglevine Carnation(バクリンフラワー)"に"Sprout-O-Matic(サイバイマチック)"を用いて成長を促進させる。お見事ッスね」

「流石に単品だと、幾ら重ねても足りない可能性もあったしね。でもなぁ、まったく喋れないのはちょっと考えものだよ。スーツのボイスチェンジャー機能、調整しておいた方がいいかも」

「フム、確かに。何か希望はあるッスか?」

「女の声じゃなければなんでもいいよ。あぁいや、男の声なのもまずいのか。ロボットっぽくって、出来る?」

「やってみるッスよ。……ところで、ちょっとイイッスか?」

「ん? 何かあったのかい?」

 

 キョトンとした表情で問いかけてくる相棒に、アフィリオンのコンソールを操作する。

表示させるのは、とあるビデオメッセージ。

 

「さっきの作戦中に、こんなメッセージが届いたッスよ」

「メッセージ? なに、回線が回復したの?」

「という訳では、ないッス。まぁ、見てみれば解るッスよ」

「……何で題名の最後にウサギのマーク?」

 

 怪訝な表情でメッセージの開封を待つ相棒。そして。

 

――――ヤホヤホ~ッ!! 初めましてッ、まっくろくろすけなヒーローさんと、その相棒のロボットくんッ!!

 

 この出会いが、この惑星での使命を知る第一歩になることを、自分たちは未だ知らない。

 




サブタイトルの元ネタ
『ラチェット&クランク2(PS2)』のスキルポイント
"ザッツ・インポッシブル!(That's Impossible!)"
 惑星ジョッバにあるバトルアリーナ”メガコープ・ゲーム”にて全60ラウンドある最難関”インポッシブルチャレンジ”をクリアすると入手できる。
 このアリーナで戦える2体の虫型ロボットのデザイン、作者はかなり気にっています。
尚、選んだ理由は某有名スパイ映画になぞらえて。

補足説明

・『"逆転は、お手の物だぜ"』
 作中のドラマ作品“マル秘エージェント”内でのクランクの決め台詞。
尚、ラチェットも出演していたりするのだが、何故かエージェントであるクランクのお抱え運転手役。しかも演技が下手でサルと交代させられるシーンもあったり……

・"Tanglevine Carnation(バクリンフラワー)"(初出『C&R』)
 真っ赤なカーネーションの花弁を地面に設置すると、近くの敵を自動で追尾するように蔓が伸び、ハエトリグサのような巨大な葉が生えて敵を飲み込むというガラ、メカ……? レベルアップすると更に毒まで付属される。
 上記作品中には高速で回転する足場やプロペラファンにこのガラメカを投げ入れ、生えた蔓で動きを固定して安全に渡る、というギミックのステージがあったりする。

・"Sprout-O-Matic(サイバイマチック)"(初出『R&C5』)
 植物の成長を促進する特性の肥料を含んだ液体を出すジョウロ型のガラメカ。出典作品の『5』では“ミミックの苗”というものが登場し、このガラメカの肥料を与えると急速に成長して梯子状になったり、爆弾となる実がなって壁を壊せたりと、ステージ攻略に必要な様々なギミックとなる。

 オリキャラ2人にメインスポットを当てましたので、本話の解説は大分控え目。ラチェットを喋らせなかったのは意図的に、です。文章媒体でキャラの1人を沈黙させると表記が難しいのなんのって。普段通りにサクサク執筆できませんでした。予想以上に長引いてしまった……プロットは1週間前にはほぼ出来ていたんですけどね。
 結局、最後まで表記できませんでしたが、父はウィリアム(William)です。故に相性がウィル(Will)。ネーミングの理由は、まぁ、解る人には、解るんではないかと。イメージとしては、環境に恵まれ努力することを覚えた性格“野比の〇太”みたいな感じです。っょぃ。

 では、近い内にまたお会いできることを願って。

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