ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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ゲボ吐きそう


Be A My Child Ⅸ

――――3日前。

 

「ん、んん……ふぅ」

 

 レースカーテン越しに柔らかな陽光が射し込むホテルの一室で、ネグリジェ姿のロゼンダ・デュノアはグッと身体を伸ばしながらベッドから起き上がった。比較的低血圧な彼女は寝起きは前後不覚になりがちで、脱力の後も暫くぼぅっと窓の外へ視線をやったまま動かずにいる。ここに彼女の夫がいたなら、実に慣れた手つきで、眠気覚ましとして口元にそっと砂糖もミルクもマシマシのコーヒーを差し出すことだろう。尤も、単身出張としてここ、アメリカはロサンゼルスを訪れていた彼女は1人でこの部屋に宿泊しているのだが。

 

 彼女は昨日、無事にロサンゼルスでの仕事を終え、今日は午前の内に余裕を持って空港でチェックインを済ませ、夕方の便で久し振りにフランスへ帰国する予定だった。未だ抜けきらない眠気に抗うようにベッドをふらふらと脱け出し、パサリとネグリジェを脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿でシャワールームへ。熱めの湯を浴びどうにか意識を覚醒させると、最低限の身だしなみを整えて化粧台の前へ。コットンでのパッティングを2~3回繰り返して肌の細胞を叩き起こし、仕上げに冷蔵庫で冷やしておいた化粧水のミストを噴射。これでようやく完全に目が覚める。彼女が1人で過ごす朝のルーティンだった。

 

 すると。

 

 ピンポーン

「あら? ちょっぴりお願いした時間より早いけど……まぁ、遅れるよりはいいかしら」

 

 部屋のインターホンが鳴る。昨夜、予め頼んでおいたルームサービスが届いたのだろう。普段はホテルのビュッフェなどで済ますことの多い彼女だが、今日は少し気分を変えてみることにした。昨日の夕方頃に愛する夫、アルベール・デュノアから貰った電話が理由だった。

 

『キミが今回泊っているホテルは……そうか、そこか。なら朝食にルームサービスでクロックムッシュを頼むと良い。アレは美味かった』

 

 一度、夫が日本に出張した際に1人でコンビニエンスストアのスイーツを愉しんでいたことについて()()して以来、互いの持つ美味しい食事の情報はなるだけ共有すること、というのが暗黙の了解になりつつあった。彼の舌は信頼できるし、少々()()()()()()()()とは言い難い自分では知らない料理も数多く知っているので、彼の勧めには素直に従うことにしていた。

 

「ありがとう。料理は向こうのテーブルにお願――――どうしたの?」

「…………」

「ちょっと、キミ?」

 

 化粧道具を愛用のポーチに仕舞い込み、ドアの覗き穴から確認。このホテルのボーイの制服姿が見えたので、鍵を開けて迎え入れる。すると彼は直ぐ様部屋の奥へと入っていく。ベッドの下を覗き込んだかと思えば、勢いよくクローゼットを開け放って中を確認。部屋を汚く使う積りもなければ、荷物は最低限で済ませるからそこにはスーツと会食用のドレスしか入っていないのだけれど。

 

 やがて部屋の隅々まで覗くとようやく満足したのか、ふぅと1つ溜息をついて制服の帽子を外すように自分の顔へと手をやって。

 

「――――良し、大丈夫そうだな」

 

 そこで、その従業員の姿が()()()。比喩でも何でもなく、まるで旧式のテレビが一瞬、受信不良を起こした時のようなノイズが彼の姿を包み、現れたのは予想だにしていなかった人物。

 

「ア、ル? あなた今、一体何、をッ!?」

「ロジー、無事か? 無事だな? あぁ、良かった」

「ちょっと、アル?……もぅ」

 

 見慣れない片眼鏡(モノクル)を着けた夫、アルベールが現れたではないか。彼は一気に距離を詰めてくると両肩を掴んで顔を覗き込み、次いで力強く抱きしめてきた。余りに急すぎる展開に物申したいことは既に幾つもあるが、表情からして相当に切羽詰まった様子が窺える。元々腹芸が得意な人間でもない。純然たる心配からの行動なのは簡単に察することが出来たので、一先ず安心させるようにこちらからも背中に腕を回し抱きしめ返す。久し振りの夫の体温や心臓の音も心地よいことだし。

 

 そのまま、2人の抱擁は『本当に依頼したルームサービス』が来るまで続き、インターホンの音で素に戻った2人は少々気まずそうに運ばれてきたクロックムッシュを半分ずつ食べるのだった。

 

 

 

 

「……それで? 説明してくれるのよね?」

「あぁ、勿論だ」

 

 少々物足りない朝食を終えて。私たちは備え付けの給湯器で淹れたインスタントコーヒー(勿論両方とも砂糖ミルクマシマシ)を飲みながら適当な場所に腰かけて、向かい合っていた。

 

「アル。どうして、貴方がここにいるの? ただでさえ今はシャルロットの件で何が起こるか判らないのだから、くれぐれも本社から離れないようにって決めたじゃない」

 

 全ての始まりは2年前。彼が当時の代表候補生たちの専用機に関するカンファレンスで、シャルロット・ミシェルを見つけた時まで遡る。

 

『ロジーッ!! 見つけたッ!! アニーの、俺の娘だッ!!』

 

 その日の夜、やはり単身出張中だった私の携帯にあの子の履歴書と顔写真が添付されたメールが届いた次の瞬間、かかってきた電話に出た第一声がこれである。

 

「確かに、顔や髪に彼女(アニー)の面影はあるけれど、“ミシェル”なんてありふれた苗字よ? 何をもって確信したのかしら?」

『瞳が俺と同じ色だし、何より名前だ。予め決めてたんだ。「子どもが生まれたら男ならシャルル、女ならシャルロットにしよう」と』

「……それを聞かされて私はどう反応すればいいのかしら?」

『ッ、その……すまない』

 

 子どもについて私が“複雑な気持ちを持っている”のは彼も知っているはずなのだけれど。そう言って釘を刺すと、彼も少し興奮を冷ませたようで、直ぐに謝罪してくれた。昔から変わらない、こういう素直なところを、本当に好ましく思う。

 

「いいわ。それで? それだけじゃあないんでしょう?」

『履歴書にある現住所、ディジョンは彼女の生まれ故郷だ。直ぐに調べさせたら、観光局の役員名簿に“アニー・ミシェル”の名前も確認した』

「相変わらず、スイッチが入ると早いわね……それで? どうするの?」

『我が社で雇い入れたい』

「どうして? まさか“罪滅ぼし”とか言いださないわよね?」

『……あの子の機体は、俺が作りたいんだ』

 

 その、絞り出したようなか細い吐露に(仕方ないなぁ)なんて苦笑してしまう私も、大分彼の()()()()に毒されてきてしまったのかもしれない、なんて思って。

 

「いいわよ。好きになさいな」

『……反対されると、思っていたが』

「そりゃあ、私だっていい気分じゃあないわよ。子どもが産めないって判って、私がどれだけ落ち込んだか、貴方は知っているでしょう?」

 

 結婚してから()()()()()()なんてものと無縁の生活が10年も経過して何の予兆もなく、これは流石に何か理由があるのでは、と夫婦揃って産婦人科で調べてもらい、発覚した私の不妊体質。社内では『仕事に生きるキャリアウーマン』なんて評価を受けているようだけれど、私だって愛する人との子どもに憧れはあったのだ。暫く精神が滅入ってしまい、先1週間ほどの仕事を急遽キャンセル。食事も満足に喉を通らない、化粧も風呂も忘れて自室に籠り切るという自堕落極まりない日々は、後にも先にもあれが最後だろう。

 

『よく、あんな短期間で済んだと思っているよ』

「あれ以上は社の信用に関わるもの。全然平気じゃなかったけど、昔から“騙す”のは得意だったし。……でも、貴方の気持ちは変わらないんでしょう?」

『あぁ。これだけは、譲れない』

 

 こうなると、この人は梃子でも動かない。元々、メンタルやモチベーションが如実に仕事に表れる()()()()な人だ。しかも実の娘の為の特注品(オートクチュール)。拘らない父親がいるはずもない。

 

「社長の貴方がそう決めたのなら、部下(わたし)は従うだけよ。それに、私の事情にあの子は無関係、でしょう?」

『……ありがとう』

「そ・の・代・わ・り」

『何だ?』

「近々、パーティ用のドレスを新調しようと思っていたの」

『解った。俺が出そう』

「選ぶところからお願いするわ。貴方が思う、私に似合う最高のドレスを、選んで頂戴」

『それは、責任重大だな』

 

 何を隠そう、この時のドレスが今も着続けている“ワインレッドのオフショルダー”である。あれからずっと私の()()()として幾つもの戦場を共に切り抜けてきた、最高の()()()()()だ。

 

 それからの彼は、まるで少年の頃に若返ったかのように精力的に、あの子の専用機の開発にあたっていた。自分の意図を120%読み取ってくれる工場時代からの顔馴染みを開発チームに揃え、社長としての業務の傍ら、進捗状況は事細かに届けさせた。完成後、あの子の試運転に関するレポートの()()()()に目を通していた時の彼の眼は、微かに潤んでいたように思う。

 

 それから2年間、彼はシャルロットを一切表舞台に露出させることなく、我が社専属のテスターであるかのように、仕事をさせた。「兎に角ISに乗っていたい」という本人たっての希望、と表向きにはしているが、その『本当の理由』を知るのは私と、開発チームと、仲良しの“彼”くらいのものだろう。そう言えば最近、“彼”とコソコソ何か企んでいるようだが、未だに報告がないのは企画段階から進んでいないのか、まだまだ完成には程遠いのか。2人揃って凝り性なのだ、どっちも有り得る。

 

 主立った事件は特に起こらず、強いて言うならアルがアニーの経済状況なんかをコソコソと調べさせていたので「そんなに気にするくらいなら仕送りしてあげなさいな。勿論、貴方のポケットからね?」と背中を叩いたくらいだろうか。私といえば、結局シャルロットとの距離を決めあぐねたまま、片手で数えるほどしかあの子と顔も合わせられていなかったりする。あの子もあの子で何となく察しているのか、私を見る時は複雑そうにしていたようだし、というのは、言い訳になってしまうだろうか。

 

 そして、いつか来るかもしれない、と懸念していた事態が起こったのは昨年の冬。エスコバル開発部長からの、()()()()()が私の個人携帯に届いた。

 

「とうとうバレちゃったわね。ちょっと贔屓にしすぎたんじゃないかしら」

「かも、しれん……しかし、よりにもよってエスコバルとは」

 

 これが信頼できる部下からの諫言であれば良かったものの、エスコバル開発部長だったのが特にまずかった。以前から自信過剰な気があり、数年前から隙を伺っては私のご機嫌を窺いに来るなんとも()()()()()幹部役員。

 

 アルと私の不仲説は、私の不妊体質が判った後に態と私たちが社内に流布させたものだった。というのも、以前から私たちの間に中々子どもが出来ないことを不思議に思う輩は大勢いて、中にはそこから『仮面夫婦』なのでは、なんて噂をちょくちょく耳にすることもあったくらいなのだ。

 

 加えて、アルは良くも悪くも職人気質で、両親の工場の環境を基準に物事を考えることから『社員=家族』と捉えがちな傾向があった。それを悪いこととは言わないが、それが肌に合わない者、中には嫌悪感すら覚える者も必ず現れるだろうと思っていた。そういった者たちの()()()に私がなり、社長との仲介役を引き受けることで社内で発生するであろう不満を多少なりとも分散させられるのでは、と考えた末の結論だった。

 

 事実、この噂を流してから私の元に届く声は多かった。なんということのない、微笑ましい些細な不満程度のものもあれば、『自分にはこれが耐えかねない』と断言されてしまうような部分もあり、改めて会社が大きくなったことへの弊害もあるのだと強く感じたものである。

 

 そして、その中でもダントツに目立っていたのか、開発部のエスコバルだった。

 

 初対面は、新たに増えた幹部役員たちとの顔合わせも兼ねた会食の場で。『オットー・エスコバル(かれ)ロゼンダ・デュノア(わたし)に恋愛感情を抱いている』のは直ぐに解った。まるで同じだったのだ。家柄やら容姿やらに惹かれて言い寄ってきた、今や顔も覚えていない有象無象の学生たちと。

 

 口説かれて悪い気はしない、女として自信が持てる、という女性は多くいるようだが、私は『何とも思っていない相手』にどう思われようとどうでもよいタイプだったので、昔から誉め言葉や贈り物は素直に受け取っていたけれど、告白については一切の希望を持たせないようはっきりと断っていたし、彼に関してもそれは同じだった。というか、『自分を選んで欲しい』くらいならまだしも、その為に愛する夫を貶され、貶められて腹立たしく感じない筈がない。見逃していたのは偏に彼が幹部役員として優秀だったからだ。私が多少我慢するくらいで社の利益になるのなら、といつも話半分に聞き流していたのである。そうとは見えないように気遣ってはいたし、堪え切れなくなった時は夫に夜通しで、()()()()()()()()愛してもらうことで振り切っていた。

 

 が、例のメール(これ)は流石に看過できなかった。直ぐにアルへ報告し、対策を練ってみるものの直ぐに妙案は思いつかない。しかも『何故彼が気付けたのか?』と調べてみれば、エスコバルが長年に渡り揉み消し続けた不正らしきものの痕跡がどんどん出て来るではないか。既に彼の手足が社内のあらゆる場所へ広く伸びていると知り、2人して『会社が大きくなり過ぎたのだ』と頭を抱えたものである。

 

 アルは社長でこそあれ気質は殆ど職人のそれだ。私は経営に関しては自負こそあるものの、ここまで話が膨らんでしまった後では今までのように()()しようにも難しい。そのまま打開策も見つからず、数日が経過した頃だった。全世界を巡った『織斑一夏』のニュースを見て、アルが咄嗟に思いついたのが『2人目の男性操縦者 シャルル・デュノア』だったのだ。

 

●今まで彼女/彼を表舞台に出さなかった言い分になる。

●正当な理由で治外法権であるIS学園に送り込むことで少なくとも在学中は安全が見込める。

●重要人物保護プログラムにより母 アニー・ミシェルの身柄の安全の確保も見込める。

 

 危険な賭けであることは承知の上で、彼の伝手を使ってフランス政府の役員に働きかけ、どうにか戸籍の偽造と学園への入学手続きを漕ぎ着けた。後は2人の身柄を守れている内に、これ以上大きくなる前に社内の()を取り除く、という何とも“見切り発車”感の否めない吊り橋を渡り始めた私たちは、より一層エスコバルの注意を引き付ける為に別々に行動、業務の傍らでエスコバルを追い詰めるための確たる証拠を集めることにした、のだが。

 

「そんな貴方がどうしてロサンゼルス(ここ)に? 今会社の方はどうなっているの? そもそもさっきの変装はどうやっていたのかしら?」

「待て、待ってくれ、今順を追って説明する」

 

 頭を活性化させる為に激甘コーヒーで糖分を摂取しながら、アルのたどたどしい説明を聞くと。

 

「―――成程ね。“彼”が。そういえば今、学園にいるんだったわね」

「あぁ。それで、シャルロットを通じてどうにか連絡を取った」

「それ、エスコバルには気付かれていないの?」

「私の私物のパソコンにまでヤツの手が伸びていたなら、バレているかもしれんな。だが、同時にこちらも掴めたことがある。()()を読み取れるものは、持ってきているか?」

「えぇ。私のタブレットがバッグの中にあるけど」

 

 そう言って彼は懐からメモリを取り出した。私のタブレットをオフライン状態にした上で接続、中身を開くと。

 

「……アル」

「ん?」

「話によると、“彼”に頼んだのは、つい昨日のことなのよね?」

「あぁ」

「たった一晩で、これだけ集めたっていうの?」

 

 スチュアート・ザーゴのIDカードの不正使用による“侵入者”のカメラ映像と、連中の入社後の足取り。開発部の使途不明金の最終的な行き先。そして。

 

「消去済みのメールフォルダの中に、君が出張先でよく利用するホテルのリストがあったんだ。もしかすると君にも想定外の危険が及んでいるかもしれないと思うと居ても立ってもいられなくなってしまって、昨夜の最終便でロサンゼルス(ここ)に。今回連れて来ている秘書は、今どこに?」

「……彼女なら、2つ隣の部屋に宿泊してる筈よ」

「そうか。解った」

 

 そう言って、アルは私を連れて彼女の部屋を訪れ、開口一番こう言った。

 

「その、私が急に会いたくなってしまってね。済まないが、彼女の帰る便を数日遅らせて貰えないだろうか」

 

 私たちの本当の関係を知っている彼女はなんとも微笑ましそうな顔で「解りました」と二つ返事でチェックアウト、一足先に空港へと向かっていった。あの笑みは()()()()()()を平然と素面で言ってのけるアルに向けてなのか、それとも横で顔を真っ赤にしてしまっていた私に向けてなのか。

 

 何にせよ、フロントに宿泊日数を伸ばす許可を貰い、今度は改めて偽名を使ってのツインルームへ移って。

 

「それで、これからどうするの?」

「エスコバルを呼び出す。君からの呼び出しなら何が何でも来るだろう」

 

 その時に、彼が使っている筈の“侵入者”も連れてくるはずだ。彼が関わっているのが()()"Reepor Weaving Industry(リイポラ機業)"の時点で、()()()()は覚悟せねばなるまい。

 

「私たちだけじゃ、無防備じゃない?」

「その辺も抜かりはない。“彼”が助っ人を呼んでくれている」

「助っ人?」

「あぁ。“彼”曰く、『性格はアレだが腕は確か』とのことだが」

「……それ、大丈夫なのかしら」

 

 一抹の不安を覚えつつも連絡を取ると、エスコバルからは秒で返信が来てちょっと引いてしまった。『前々から話したがっていたことについて聞かせてもらえるだろうか』と送っただけなのだけれど。

 

 日程は今より3日後。場所はここから然程遠くないビルの上層階にあるレストラン。ご丁寧に時間帯の指定までしてきた。

 

「……彼、ひょっとして私の出張毎に近くの雰囲気のいいレストランとか、確保してたりしないわよね?」

「……どうだろうな。ありえない、と言い切れないのが、なんとも」

 

 

 

 

「死ねやァ、筋肉ダルマァッ!!」

「ワオ!! ひょっとして過激なプレイがお好みかァい? キミまだ若いんだから、そんな年頃から性癖を拗らせると大変だよォ?」

「ホンット一々癇に障るヤツだなテメェはよォッ!!」

 

 と、言うのが私が知らされたここ最近の出来事で、それからアルが秘密裏に会っていた今回の助っ人が、まさか最近アメリカで徐々に人気を集めている肉体派俳優のスティーブンソン氏だとは思っていなかったし、そもそもエスコバルが同行させていた“侵入者”がこれほどの実力者だとは予想外だった。

 

 ナイフが空を切る音、拳が大気を唸らす音が鼓膜を揺さぶる度に互いのスーツやドレスの切れ端が宙を舞い、何かが壊れた破片が弾けて散らばる。

 

 素人目にも深紅のドレスの“彼女”の一撃はどれも急所を狙った極めて危険なものであるのは判った。1つでもまともに食らえば重要な血管や臓器目掛けて刃が食い込み、たちまち出血多量で倒れてしまうことだろう。織り交ぜて放たれる拳打や蹴りも女性のそれと侮ってはいけない威力を纏っているのは明らかだった。

 

 それをどうだ、このスティーブンソン氏。出演作の危険極まりない()()()()なスタントアクションは伊達ではない、と“彼女”の攻撃を逸らす、流す、受け止める。その無骨な外見に反して何ともテクニカルな動きを見せるではないか。

 

「いやぁ、まさかこんなところでアイキドーの通信教育が役に立つなんて、ねッ!!」

「通信、教育、だァ……?」

「先見のメーにも優れているなんて流石ボクッ!! 今度思い切って先物取引とか試してみちゃおっかな~ッ!!」

「テメェッ!! いい加減にそのウザッてぇ口を閉じやがれェッ!!」

 

 瞬間、鋭く放られたナイフがスティーブンソン氏の眉間目掛けて吸い込まれるように飛んでいく。

 

「おぉっと」

 

 それを何気ないように人差し指と中指で挟んで受け止めるスティーブンソン氏。しかし“彼女”が、正にクモのような俊敏さでその懐に飛び込むには十分すぎる隙だった。完全に意識が頭部に行っている今、腹部の強烈な打撃で内臓を直接痛めつける積りなのだろう。が、しかし。

 

「フンッ!!!!」

「がッ、い、ってェッ!?」

 

 その腹の底に轟くようなバリトンボイスと共に力んだと同時、拳を叩き込んだ“彼女”の方が苦悶に表情を歪ませ、大きく距離を取った。乱れ、ボタンが弾け飛んだスーツの隙間からはスティーブンソン氏の、まるで連なる山脈のように彫りの深い腹直筋(シックスパック)が覗いていた。

 

「ハッハッハッハッハッ!! 筋肉はッ、裏切らないッ!!」

「あぁ、クソッ!!」

 

 ムンッ、と両腕の力こぶを浮かび上がらせ、ボディビルでいう上腕二頭筋(ダブルバイセップス)のポーズをとるスティーブンソン氏。そんな彼を見て悔しそうに吐き捨てる“彼女”。このままならどうなるか、趨勢は見えつつあった。

 

 元々エスコバルがフロアを丸々貸し切っていたのか、巻き込まれるような位置に他の客はおらず、騒ぎを聞きつけたスタッフたちは既に避難、地元警察へ通報している筈だ。間もなくして大勢のパトカーがビルの真下に到着することだろう。尤も、ここは地上71階。直通エレベーターはなく、途中で乗り換える必要がある為、駆けつけるには更に時間がかかるだろうが、それは逃げる側にしても同じこと。

 

「チッ、こんなに手こずるとは思わなかったぜ……いつもなら喜ばしいことなんだが」

 

 ふと、彼女はチラッと店の壁に建てつけられた時計に目をやった。先ほどまでの剥き出しの殺意も急激になりを潜め、余りの落差にスティーブンソン氏だけでなく、私たちも『何事か』と勘ぐってしまう。

 

「アタシは『暴れる』のが好きだが、それ以上に『勝つ』のが好きでね。それに、()()()()()()()()()()()()って解ってんのに、ここで本気で暴れて取っ捕まるのもアホらしいしよ……っつーわけで、だ」

 

 そう言いながら、“彼女”が破れたドレスの中から取り出したのは。 

 

「それは?」

「見りゃ解んだろ。ケータイだよ、ケータイ。……あ~、聞こえっか~?」

 

 どこかへと電話し始める“彼女”。スティーブンソン氏は呆けているようで臨戦態勢を解かず、背後に私たちと店の入り口が来るような位置をキープし続けている。そして。

 

 

 

「――――アニー・ミシェル、やっちまっていいぞ」

 

 

 

 なんとも聞き捨てならないことを言い出した。

 

「貴様らッ、アニーの病院にもッ!!」

「ハッ、だから呑気だって言ったんだよ社長サン。幾ら嫁さんが心配だからっつってこんなアメリカくんだりまで来ちゃってさァ。大変だよなァ、守るもんが多いヤツは弱点も多くてよォ?」

 

 ニヤァ、と再び三日月のように唇の端を吊り上がらせて狡猾に笑う“彼女”。

 

「何、人質ィ? 随分萎えることするなァキミィ」

「黙ってろ。オラ、そこどけよ筋肉ダルマ。大人しくアタシを逃がすんなら、手ェ出さないでやるかもしんねぇぞ?」

 

 恐らく、“彼女”はこの辺りまでは()()()()()()だったのだろう。勝利を確信した実にイイ笑顔で、「そこどけ」と言わんばかりに手を払う。

 

 が、しかし。

 

「――――オイ。アタシは冗談で言ってねぇぞ?」

 

 スティーブンソン氏は全く動く気配を見せない。ニンマリ、と歯茎が見えるほどの、同じくらい実にイイ笑顔で、こう返し。

 

「ボクはね、ヒーローなんだよ」

「は?」

 

 何言ってんだお前、とポカンとした表情になる“彼女”に、更に続けた。

 

「ヒーローってのはね、屈しないのさ。苦境逆境なんのその!! ガンコなヨゴレもイチコロってねッ!!」

「……なぁ、お前、バカなのか?」

「まさかァ。ボクはアカデミーに8年間も通った秀才だよォ!?」

「ギリギリまで留年してんじゃねぇかッ!! 社長サンよォ、こりゃキャスティングしくじったんじゃねぇのォっ!?」

 

 彼には話が通じないと判断したのか、こちらに話を振ってくる“彼女”しかし、私たちの答えも決まっていた。

 

「「Mais Refuse.(だが断る)」」

「…………知らなかったよ。社長サンとこは揃いも揃ってアホなGeek(オタク)しかいねぇんだな」

 

 深いため息の後、『脅しではない』と見せつけるようにゆっくりと電話を耳元に持ってきて、その一言を告げて。

 

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

『―――――ヤァ。ドウモ、初めましてッス』

 

 

 

 

 

「……誰だテメェ?」

 

 

 

 

 

『通りすがりの、ヒーローッスよ』

 

 

 

 

 

 その余裕の表情を、途端に凍り付かせたのだった。

 

 

 

 

 




 どうも、作者のGeorge Gregoryです。

 本SSの執筆に伴って世界各国の文化を調べていて知ったのですが、欧州、特にイギリスとフランスは寝間着の下はノーパンが大多数なんだそうです。『寝間着=寝る時に着ける下着』という感覚なんだとか。


 ではここから、前回に引き続き没ネタ供養をば。今回は設定だけになりますが。


3、『やはり彼の青春ラブコメは間違っている』:やはり俺の青春ラブコメは間違っている二次創作

 主人公は比企谷家の近所に住む大学生。高校から上京し、現在はバイクで大学の教育学部へ通っている。比企谷兄一家とは高校の頃から顔馴染み。切欠は自炊の買出で行った近所のスーパーで同時にMAXコーヒーに手を伸ばしたこと(主人公も甘党)。その帰りに近所に住んでいることが発覚し、ひょんなことから2人の家庭教師をすることになる。

 所謂『原作既知の現代人が転生』ではなく、『こういうキャラがいたらこう変わっていたのでは』というタイプの二次創作。

『原作との相違点』

 八幡の学力:理系科目を補強されており成績だけなら学年でもトップの常連。但し目立つのが嫌いなのは代わってないので大体20~30位くらいをキープしている。取ろうと思えばもっと上を狙えるけどかったるさが勝っている。

 冒頭のやりとり:「俺にも友だちくらいいます」「ほぉ? では誰かね?」「俺ですよ、平塚先生」と教育実習で訪れている主人公が絡む(仮)

 ヒロインたちの八幡への評価:由比ヶ浜は大きく変化なし。雪ノ下は次第に八幡の学力に関して勘づいていき『手を抜いて勝ちを譲られている』と判断、だんだん食って掛かるようになる(かもしれない)

 雪ノ下陽乃:主人公と同期。かなりの因縁あり(根幹に関わるネタバレのため以下省略)


……いつかどこかで、書く気が出るといいなぁ。

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

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