ラチェット&クランク:インフィニット・ストラトス 【Ratchet & Clank:Infinity Sphere】   作:George Gregory

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『菊一文字』を『ガーベラストレート』って翻訳するセンス控えめに言って最高じゃね?(真顔)



Dancin' With The Stars Ⅷ

 アリスター・アジマス将軍(General Alister Azimuth)

 

 元、ロンバックス正規近衛軍司令官にして、先進技術開発センター上級顧問。そして、ラチェット(Ratchet)の父、ケイデン(Kaden)の親友だった男。ポララ銀河は"惑星トレンⅣ"の廃墟にてひっそりと隠居生活を送っていた、もう一人の"ロンバックス族最後の生き残り"にして"一族の裏切り者"。

 

 彼は己の過去を酷く悔いていた。つけこまれた面こそあったとはいえ、結果として己が選択が発端で、辛うじて逃げ延びた一部を除いてロンバックス族の大虐殺が引き起こされたのだから、無理も無い。そして、その大虐殺で当時まだ赤ん坊だった相棒は両親を喪い、ただ1人、あの砂塵吹き荒ぶ辺境惑星へ流れ着いた。

 

 そんな親友の忘れ形見と生きて再会し、そして"Great Clock"の存在を知ってしまったが故に、彼は激情に駆られて再び過ちを犯し、自ら償う為に自分たちの目の前でその命を擲った。『達者でな、ラチェット』と最期に微笑みを遺して。

 

 あれからもう何年の月日が経っただろうか。相棒の意向で、未だに『あの時』のレンチは()()()()にされている。時折、任務やらであの近くを通った時は必ず立ち寄り、その際相棒は決まってあの広間で夜を明かすのだ。歳を取ってようやく飲めるようになった酒をちびちびとやりつつ、一晩中滔々と日々の出来事だの取り留めのない話を喋り続け、限界が来ると同時にプツッと電池が切れた様に眠りに落ち、そんな彼を助手席に放り込んで自分がアフィリオンを運転して帰るのだ。『何歳(いくつ)になっても寝顔は変わんないね~』なんて彼女の率直な言葉に苦笑しながら。

 

 そんな相棒が、密かに彼の面影を未だ追いかけ続けていたことに何ら不自然な点はなく、むしろ大いに納得し、同時によくもまぁ1人でそこまで、とも思ってしまった。

 

「お父様。不具合等、出ていませんか?」

「エェ。大丈夫ッスよ」

 

 と、そんなことを考えていると頭上からこちらの顔を覗き込むようにして見下ろす影1つ。クロエ・カデンソン。自分との関係については、最早語るまでも無く。

 

 そして自分の身体に、まるで入院患者のそれの如く大量に繋がれたケーブルやら計測機器やらを見下ろしながら即答した。何の為のものかは言うまでも無く『"黒豹"の制御AI』ということになっている自分を介してより正確なデータを取る為である。実際には自分がリアルタイムで計測したあのバトルスーツの稼働データを、ISのそれと見えるようにリアルタイムで偽装し続けている訳だけれど。

 

「そうですか。……その、一つお聞かせ頂いても?」

「いいッスよ。どうしたッスか?」

 

 尋ね返しはするものの、おおよそ内容の検討はついていた。

 

「先程の"お師匠様"というのは、もしや以前お話しして下さった、あの?」

「エェ。Alister(アリスター)という名は、本来は彼のものッスね」

 

 嘗てこの惑星に来て間もない頃。相棒は博士と組んで世界各国の『世直し行脚』を繰り返していた。勿論、今までもそうしてきたように、毎回その背中に自分もくっついてサポートしていた訳だが、彼女、クロエ・カデンソンをとある実験施設から救い出して以降は、少々事情が異なった。

 

 何せ篠ノ之博士、私生活のだらしなさったらないのだ。放っておけば着替えもせず連日徹夜は()()な話で、睡眠時間も1週間で10時間あればまだ良い方。食べればそのまま、飲んでもそのまま、片付けた傍から博士の生活の痕跡がどんどん増えていくという魔の()()()()()()。これは流石に彼女の教育に宜しくないと判断した自分は、相棒が『現代の地球人』としての社会勉強を始めた時期から、以前から隙間を見つけつつ実行していた博士の世話係と並行して、彼女の教育係を買って出たのだ。とはいえ自分も地球の文化についてはまだまだ疎いので、インターネットの検索エンジンに随分と世話になったものである。

 

 そうなれば自然と『吾輩は猫である(篠ノ之博士の研究室)』で過ごす時間は増えていく訳で、話題にはやはり自分たちの嘗ての冒険譚をしょっちゅう希望されたので、"惑星ベルディン"墜落現場での出会いに始まり、宇宙マフィアの惑星移植による銀河系崩壊の危機、お隣の銀河の大企業社長から直々の『とある試験体を盗賊から奪還せよ』という依頼、全有機生命体(ナマゴミ)絶滅を目論む狂気の科学者との対決、等々、当時の記録映像を添え臨場感たっぷりのナレーションと共にお届けした。2人ともそれはもう、瞳をきらきらと輝かせながら見入り、聴き入ってくれたものである。

 

 そして、その過程でやはり語らずにはいられなかったのが、ポララ銀河を舞台に繰り広げた『時間』を巡る大冒険、その過程で知った自分たちの出生の秘密について。

 

 自分が彼と過ごした時間は極めて少ない。それでも、()()()こそあれど端から戦闘用ロボットとして開発された自分と、決して短くない時を孤独に過ごした相棒とでは、彼への感情は()()()であろうことは、想像に難くなかった。同行していた頃から、彼のその危うすぎる思想への相棒の葛藤は見てとれていたことだし。

 

 それが証拠に、相棒は地球人としての名前を考える時、真っ先に彼の名を挙げた。『もう1人の父だ』と言って。

 

「『内緒にしておいてビックリさせたかった』のと、『単純に言い出しにくかった』が半々、ってとこッスかね」

 

 そういうサプライズが好きなタイプではあるし、彼に関しては自分も心中穏やかでいられるかというと、正直自信は無い。何せ『なかったことにした』とはいえ、彼はラチェットを、相棒を、一度――――

 

「――――お父様?」

「フゥ。ワタシも結構、引き摺ってたみたいッスねぇ。クロエさん、ありがとッス」

「? よく解りませんが、お父様のお役に立てたなら何よりです」

 

 いけないいけない。肩を落とし溜め息を1つして、知らず知らずの内にしていた渋面を和らげようと彼女を見上げて微笑みかける。今、この場にいるのが自分1人じゃなくて良かった。あの時、あの瞬間の記憶は、出来る事なら反芻すらしたくもないのだ。あんな、メモリが過負荷でショート寸前になるまで熱暴走を起こし、淀みなく動いている筈の体内の歯車が一斉に錆ついたような軋みを上げる、そんな強い憤怒と哀惜、そして後悔に苛まれるあの感覚だけは、未だに一向に慣れはしない。

 

 感謝の言葉を告げると、我らが愛娘はちょこんと小首を傾げて微笑んでくれる。会って間もない、培養槽の中にいた頃からは想像も出来ないほど目覚ましい成長をしたと思う。子育てなぞ初めての経験で何もかもが手探りであったが、日に日に彼女が『人間味』を帯びていく過程を、どこかラチェットと出会ってからの自分に重ね合わせながら『あの頃の相棒もこんな気持ちだったんだろうか』などと考えつつ、微笑ましく見守ってきた。今ではすっかり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()になったと胸を張って言える。……どこかに出すような予定は一切ないのだけれど。そんな積りも欠片もないのだけれど。

 

 何はともあれ、今は。

 

「秘密の特訓の成果、拝見するッスよ、相棒」

 

 そんな風に気持ちを切り替えて、後でちょっぴり厭らしくダメ出しでもしてやろう、なんて思うのだった。

 

 

 

 

 猛烈な回転を帯びた豪速球がこちらへと迫りくる。ブレることなく真っ直ぐな軌道を描いたそれは、まるでプロ野球選手のそれにも劣らぬ迫力があるように感じられた。やがて彼我の距離、その半分を越えたと同時、その球の随所にある()()()()()()が展開、内部に封じ込められていたエネルギーが開放され、そのシルエットがグンと一回り近く膨張する。それを確認した私は一気に接近して、"葵"の刀身の峰でソイツを弾き飛ばした。

 

「くっ、忌々しいッ!!」

 

 斜め後方からの爆発音を置き去りにしながら、何度目かも忘れた吶喊を試みる。"黒豹"までの距離は凡そ18m弱。瞬時加速(Ignition Boost)を用いずとも一足程度の踏み込みで詰められる距離、だというのに。

 

「ッ!?」

 

 寸前、顔に落ちる不吉な影。僅か視線だけを上に向け、いつの間に放られていたのか、緩やかに落ちてくる既にパンパンに膨れ上がったそれを視認したと同時に、背後へと大きく跳び退る。眼前で炸裂した爆風に乗るように低く鋭い放物線を描きながら、再び仕切り直す為に距離を置こうとした、が。

 

「――――な」

 

 気付く。その今にも着地しようとしている地面で明滅する幾つもの丸い影。まるで端から見計らっていたかのように、私が近付くにつれて、その明滅する間隔と耳障りな警告音がこちらを急かす様にどんどん早まっていく。私はスラスターを再点火、"打鉄"の軌道を強引に捻じ曲げ、どうにかその()()からギリギリ外れられたか、というくらいの位置に着地点を逸らし、脚部が地に触れた瞬間、大きく真横へと回避して。

 

「いらっしゃいまし~♪」

「き、さま」

 

 そこまで読んでいた、とばかりに"黒豹"はその回避した先で、大きくレンチを振りかぶった姿勢で待ち受けていた。それこそまるでスタジアムのバックスクリーンでも狙うホームランバッターのように、少々お茶らけた感じで。

 

「フンヌラバッ!!」

「ぐ、ぬッ」

 

 揃えた両手で力一杯に振るわれたその一撃(フルスイング)は、今までの比ではない威力を纏って襲いかかってきた。"葵"では無理だ、と咄嗟に"打鉄"自慢の肩部装甲で受け止めるものの、軋んだような耳障りな音が鼓膜を劈き、殺しきれなかった衝撃に逆らわぬよう、再びワザと大きく吹き飛ばされる。

 

 "黒豹(ヤツ)"が『この戦法』に切り替えてからこっち、ずっと()()()()()()()()()。その自覚があり、それに対する若干の苛立ちがあり、それと同時に同じくらい、あるいはそれ以上の歓喜があった。

 

 未だ嘗て、これほど戦場で私を()()()()()()者がいただろうか。確信をもって言える。ただの1人としていなかった、と。有効打突の間合いにまるで入れない。入れる瞬間も皆無ではないのだが、その時は決まって鍔迫り合いに持ち込まれたり、自傷覚悟のような距離に爆弾を差し挟まれて『余裕』や『自由』を失くされている。確かに性能差もあるのだろう。けれど、近接武器1本と爆弾1つで、"戦乙女"と称された私を、これほどまでに翻弄するその機転や手腕は『本物』だ。例え同じ量産機であったとしても、恐らくにしてこの展開は不可避だったことだろう。

 

 この『攻めあぐねている』という現実が、堪らなく腹立たしく、そして堪らなく喜ばしい。それは即ち。

 

「忘れていたぞッ、この感覚をッ!!」

 

 私は、今、この男に『挑んでいる』ということに他ならないのだから。

 

 

 

 

(――――この人、マジもんのチートなんじゃないの?)

 

 織斑千冬がいつ振りかも解らない『挑戦』という境遇に喜び勇んでいる一方で、"黒豹"ことカデンソン(ラチェット)は飄々とした風な言動の裏で、実のところ冷や汗をかいていた。

 

 織斑千冬(かのじょ)の強さはよく知っていた。篠ノ之博士からは唯一の親友として随分とエピソードを聞かされたものだし、学園へ就職するにあたっての要注意人物の1人としても随分と勉強していた。公式に記録が残されている戦闘映像は勿論のこと、学生時代の剣道の試合に至るまで、手に入る限りの資料には全て目を通していた。そして、本気の彼女と戦う為に解り易く煽りもしたが、それが少なからず楽しみであったことも事実だ。なんだかんだいつまで経っても『こういうところ』は少年の時分から成長していないな、と自分でも思う。

 

 もう少し早く、そして上手く勝てる積りだった。けれど、()()は流石に予想外過ぎて、正直どうかと。

 

(明らかに性能(スペック)がおかしい。聞いてはいた。知ってはいたさ。けど、まさか()()()()とは思ってなかった)

 

 末恐ろしいまでの直感と反射神経で初見の攻撃だろうが当たり前の様に回避する。加えて、"打鉄"は決して粗悪な機体などではないが、そのパワーアシスト性能はやはり第2世代なだけあって、現行機と比べてしまうとやはり若干は劣ってしまう。にも関わらず、当たり前のように手に馴染んだこのレンチの一撃を受けとめられているのは、本人の類稀なる膂力と技術によって、だ。

 

 彼女は言わば、スペースシャトル級の馬力を誇る『化け物級』のエンジンだ。それを"打鉄"という『上質な乗用車』に積んで、それで超絶トリックをポンポン決めているようなもの。そんなほんのちょっぴりのミスが()()()になるような真似をしているにも関わらず、当の本人にはそんな自覚がないのだろう、どんどん笑みを深めながら嬉々として襲いかかって来るのである。正直に言おう。めっちゃ怖い。『巴御前』とか冗談めかして言ったけど今は割と本気でそう思っている。

 

(こちとら脳ミソフル回転で爆弾の起爆時間やら設置箇所やらタイミングやら投げる軌道やら綿密に考えながら戦略組み立ててるっつーのに、この人『なんとなく』で察知してその尽くを潰してきやがる。『当たらなければどうということはない』を素でやってのけるとかマジで冗談じゃないぞ?)

 

 一口に『爆弾』と言っても色々な使い方がある。相手の間合い寸前で爆発させて()()()()()にしたり、予め設置しておいて動きを制限・阻害したり、相手の攻撃にぶつけて相殺させたり。球速の緩急で目を慣れさせないようにしたり、武器や身体そのものを遮蔽物として曲射のような不意打ちを織り交ぜることも忘れない。

 

 この時思い出すのは『時間の歪み』で崩壊していく"Great Clock"の中心、"オーバスの部屋"での『彼』との最後の戦い。まさか完全武装の自分たちを相手に、レンチと爆弾だけであぁまで追い詰められるとは全く想像だにしておらず、今でも勝てたことを半ば信じられずにいる。

 

 そして今、自分なりに磨き上げた『彼』の戦法で戦っている訳だが。

 

(ダメだ、楽な方に逃げるな、オイラはここで彼女に()()()()()()()()()()()()んだ。でなきゃ()()()()()()()()()()()()()が大きく損なわれることになる)

 

 思わずバイザーの端に表示された他の武器の残弾数を確かめ、"Dual Vipers"あたりを呼び出そうとする自分を強く戒める。そうだ。気を強く持て。まだだ。まだまだ自分は『"黒豹"』であり続けなければならないのだから。

 

「これで何度目の三振ですかね、織斑先生?」

「ならばッ、そろそろ攻守交替と行こうかッ!!」

(ゲッ、まだギア上がるのォ?)

 

 そろそろこっちも余裕なくなってきちゃってるんですが、なんて焦燥感はおくびにも出さないよう、演技を崩さずに次の手を練りながら思う。『好敵手』に飢えているのだろうなァ、とは予想していた。そりゃあそうだ。竹を割ったような直情径行な性格の顕れであるかのように、彼女の一太刀一太刀はその全てが漏れなく全身全霊の一撃必殺。例え"零落白夜"を除いたとしても、その人並外れた神速の一撃は、純粋に剣士としての完成度が高い。俗に言う『予測可能回避不可能』というヤツだ。この惑星全体を見渡してもまともに打ち合えそうな相手はまず見つからないだろう。それが証拠に、彼女の試合は生身・ISを問わずして、その殆どで初撃がそのまま決定打になっているし、そうでなくともそれで態勢を崩したり防御を無理やりこじ開けての2撃目・3撃目で()()()()()()()()()()。公式に記録が残っている試合で彼女とまともに戦えた相手というと、イタリアの国家代表操縦者、Alisha Josestaf(アリーシャ ジョセスターフ)くらいのものだったか。それでも精々が2分前後という、あまりにも一方的な試合だったのに変わりは無いのだが。

 

 アリーナの外壁に沿う様な疾走から急停止。川面で飛び石をするかのように、下投げの姿勢から低く鋭い軌道で目一杯に回転を加えた爆弾を、足元を狙って投擲する。予測通り、織斑先生は更に加速し地を蹴って大上段に"葵"を振りかぶり、自重を十全に乗せた落下の勢いと裂帛の気合とで唐竹割りを狙いに来た。

 

「喝ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 今までそれはそれは多くの()()()()()と戦り合ってきた訳だが、こと『剣』においては彼女が、それこそ頭の一つや二つどころじゃなく群を抜いて強い、と確信を持って言える。と言っても各々が『やりたい放題』なあの銀河系じゃあ、こんなにも『純粋』且つ『正統派』な剣士なんてまるで見なかった訳だが。『毒が塗られている』だの『刀身が伸びる』だのといった()()()はない、幾つも武器を持っているという訳でもない、ただひたすらに究め抜いた“一”。常に的確に急所を狙い、常人では捉えることすら叶わないであろう剣速と、まず受け止めるなど無謀な剣圧でもって、問答無用で叩き斬る。()()()()――――

 

「っと」

「チィッ!!」

 

――――()()()()()()()()。当初の想定の倍速で動くのなら、そのように想定し直して対処する。3倍なら3倍。4倍なら4倍。()()()()()()()()だ。まさかそのギアチェンジが、段階を踏んで徐々に、ではなく、指数関数的に切り替えてくるのは流石に予想外で、その想定の修正に何度も手間取らされている訳だが。

 

 振り下ろされる刃の側面にレンチの横薙ぎを当て、払いのけるような軌道で真下へ逸らし、その勢いのままにアリーナの地面へと叩きつける。さしもの"戦乙女"も自身の膂力をそのまま衝撃として味わわされれば流石に少しは堪えるようで、ほんの一瞬だが身体を硬直させた。そして、その絶好の機会を見逃すはずもなかった。

 

 両腕でレンチを思い切り振りかぶり、同時に目一杯の力で"葵"の刀身を踏みつけ固定。この時点で織斑先生がこちらの意図に気付いたのだろう、僅かに両目を見開いて反応を見せた。

 

 そのまま全身の筋肉を総動員した本気の振り下ろしを叩き込む。炸裂した渾身の一撃は、現行機種の中でもトップクラスに頑強と名高い"打鉄"の武装を、まるで小枝のように真ん中からぽっきりとものの見事にへし折った。無論、この結果は狙ってのものである。

 

 薄く平たい日本刀の刃は、その形状から側面からの衝撃に酷く弱い。その第2世代らしからぬ驚異的なまでの耐久力から『継戦能力』に長けた機体と謳われる"打鉄"の装備だろうが、その構造が大きく変化していない限り、その事実は変わらない。

 

 近接戦闘に持ち込んでからこっち、そんな刀身の側面中心を執拗に狙って打撃を叩き込んでいたのだ。織斑先生は剣道の経験者だ。竹刀で相手の攻撃を防ぐのは自然なことで、半ば反射的な行動でもあるのだろう。ましてやこちらの武器は『鉄槌』と言い換えてもいい分厚い鈍器である。カーボノクス合金はおろか、ラリタニウム製の鋼板ですら粉砕することも出来る自慢の逸品だ。むしろ今までもたせた織斑先生の腕に素直に感嘆する。

 

 唯一の武器の破壊。これで少しは――――

 

 

「舐めるな」

 

 

 ――――動揺する顔でも見れるかと思ったんだけどなァ、なんてことを、突然腹部に受けた衝撃で吹っ飛ばされながら、思っていた。

 

 

 

 

「先生、剣を奪われた剣士は無力なのですか?」

 

 それは幼心に抱いた素朴な疑問だった。

 

 剣道では竹刀を取り落とすと反則1回とされるルールがある。反則2回で相手の1本となるので、所謂『巻き技』を使い、狙って相手の竹刀を落としに来る者も少なくない。初めて参加した公式大会のルールブックに目を通した私はそんな規則の存在を初めて知り、そこには理由として『武士道において刀は自らの魂と同等であり、それを落とすことは大変失礼にあたるから』などと書いてあったがどうにも納得出来ず、篠ノ之姉妹の父にして『篠ノ之流剣術道場』の師、篠ノ之柳韻先生に尋ねたことがあった。

 

 単純に考えれば、『不利になる』のは間違いない。相手は武装しており、こちらは丸腰。刃渡りの分だけ間合いも違えば、打撃よりも斬撃の方が『相手に傷を負わせる』のが容易になる。傷というのは思いの外厄介だ。その痛みがあるだけで自然と動きは阻害され、多量に失血すればいとも簡単に人は死ぬ。

 

 けれど、当時の私は、竹刀がない程度で同世代の誰かに負けるような気はさらさらしていなかったし、逆に柳韻先生には、先生が素手で私が竹刀を持っていたとしてもまるで勝てる気がしなかったからだ。

 

 そして。

 

「確かに『剣道』においてはそうだろう。しかし『剣術』においては、決してそのようなことはない」

 

 経緯を聞いた後に、先生は私が思い描いていた通りの答えを返してくれた。

 

「実戦において『武器の強奪や破壊』など当然想定しておくべきことの1つ。むしろ狙う瞬間さえ読めてしまえば絶好の機会でしかない」

「取り乱せばそれ即ち『付け入られる隙』でしかない。あらゆる事態を懸念し、常に心を平静に保つよう心掛けなさい」

「熟練の剣士であればあるほど『剣士(じぶん)がされて嫌なこと』も理解している。それを相手にしてやればいい」

 

 これを未だ10代前半の少女に躊躇いなく教えるのだから、先生も()()()()だと思う。まぁ、先祖代々の代物とはいえ、このご時世に『剣術』道場を構える御仁だ。門下生の数は決して多くなく、その殆どは剣道を習いに来ていたが、それでも世間知らずな私の青臭さを受け入れ、同じ1人の剣士として相対してくれた柳韻先生は、私が初めて『このようにありたい』と思った大人だった。

 

 そして、今こそ、その教えを十全に生かす時。

 

 "葵"の耐久力が著しく落ちていることには気付いていた。自分の得物の具合を把握しておくことも剣士としては当然の務めである。嘗ての私の愛刀も愚弟と同じ"零落白夜(とっておき)"だったのだから、これはもう呼吸(いき)をするように出来るよう、身体に染み込ませたことの1つである。

 

 刀身が砕かれたと認識したと同時、私は即座に柄を手放し、重力に任せて倒れ伏すように姿勢を前傾、ガラ空きの"黒豹(ヤツ)"の()()()()()に向かって思い切り地を蹴り肩部装甲での()()()()()を叩き込む。私がこうもあっさりと得物を手放すのは想定外だったのだろう、微かにだがそのマスク越しに驚嘆の声が漏れ聞こえた。

 

 両脚が宙に浮き、大きく体勢を崩す"黒豹(ヤツ)"の懐深くへ潜り込む。あれだけ『剣士(わたし)がされて嫌なこと』を熟知しているのだから、得物は違えど"黒豹(コイツ)"にも少なからず剣士としての心得があるのだろう。殆ど手斧(トマホーク)と言っていいようなそのレンチ、取り回しには優れているだろうが、十分な威力を出すにはやはり遠心力は必須な筈だ。軸が伸長したり衝撃波を発する仕込み(Gimmik)はそれを補う為のものでもあるのだろう。加えて、先刻私の斬撃を防いだ()()()()()()()()()()を含め、爆弾はその性質からして"黒豹(コイツ)"にとっても極めて至近距離で使うのは避けたい筈。即ち、剣の間合いよりも更に近い距離での接近戦であれば、日頃から使い慣れているであろう銃火器を含め、"黒豹(コイツ)"の武装の大部分を封じることが出来る。少なくとも私はそう踏んでいた。

 

「私から唯一の武器を奪い、追い詰めた積りだろうが」

 

 断じて否、である。額がぶつからんばかりの距離まで間合いを詰め、宙ぶらりんの右腕を下から掴み上げ担ぐように肩へかけて反転。そのまま腰を支点として、()()の原理でもって思い切りブン投げる。"打鉄"よりも幾分か小さい"黒豹"の機体は呆気なく持ち上がり、そのまま目の前の地べたへ、背中から思い切り叩きつけた。

 

「その仮面を引っぺがしてやる」

 

 ここからは一切、武器を展開する猶予など与えない。数こそ少ないとはいえ(そもそも複数ある時点で例外中の例外なのだが)"黒豹"の武器には近距離戦闘用の武装も確かにあるのは事前に確認している。それでも、先刻の更識姉と戦り合っていた時の早撃ちを鑑みるに、確かに驚異的な展開速度ではあるが、この距離からなら間に合わない程ではない。SEの残量も心もとない今、このマウントポジションから一息に仕留める。相手の想定を上回れたのだろう、投げ飛ばした時に掴んだ右腕を、まるで放心しているように伸ばしたまま微動だにしない"黒豹"の鳩尾目掛けて叩き込もうとして。

 

 

 

――――ハイ、チェックメイト。

 

 

 

「な」

 

 にを、と続ける前に、背中に炸裂した強烈な衝撃で、とうとう私の思考は白紙になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――あの場に居た全員が、呆気にとられてました。俺自身も、試合終了のブザーが鳴って初めて自分が自然と呼吸も忘れて見入ってたんだって気付いて、全身の力がどっと抜けて、客席にへたり込んでしまって。

 

 あの時の一部始終を正確に把握していたのは、()()()を持ってるラウラだけでした。俺たちはセシリアが撮ってたカメラの映像とラウラの説明を聞いて、師匠と千冬姉の最後の攻防、その内容をようやく理解して、同時に全身が鳥肌になったみたいに震えが奔りました。

 

 "打鉄"渾身の大上段を受け流し、踏みつけての武器破壊。それを歯牙にもかけず即座にタックルからの一本背負い。ここまでは、どうにか俺たちでも目で追えていました。あの時点でももう、我が姉ながら『逸般人』振りに背筋が震え上がったものですが……ハイ、やっぱり師匠はそれ以上だったんですよね。

 

 随分と後になってから聞いたんですけどね、やっぱり相当びっくりしたみたいなんですよ、あの時の千冬姉。そりゃまぁ、そうですよね。外から全部見えてた筈の俺たちでさえ、試合が終わってようやく理解が追い付いたくらいでしたから。

 

 千冬姉が師匠にタックルした瞬間、真上へと勢いよく昇っていく1つの影がありました。完全に意識が2人に向いていた俺たちはそれに気付くのが遅れてしまって、カメラの映像を見て初めてそれが何か気付いた。

 

 レンチ、だったんです。ハイ、師匠は千冬姉が武器破壊の後、至近距離での戦闘に持ち込んでくる、って読んでたんですよ。流石にいきなり投げ技は予想外だったみたいなんですけど……ホラ、あの千冬姉相手に()()()()()()()()出来る人ですから、師匠は。

 

 それも、ただのレンチじゃなかった。アゴの部分に爆弾を掴ませてたんです。で、地面に叩きつけられた姿勢のまま千冬姉を捕まえて、“引き戻す力”と“重力”、仕込み(Gimmik)による“衝撃”と“爆発”、全部乗せの一撃を、ガラ空きの背中へ強引に叩き込んだんです。

 

『相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している』

 

 勿論、千冬姉は相手を前にして勝ち誇ったりするような人じゃあないですけど、それでもあの瞬間は、あの瞬間だけは()()()しか見えていなかった。師匠がそうなるように誘導していたんです。

 

「素晴らしいものを見た」

 

 その一部始終を説明し終えて、ラウラは興奮気味に頬を紅潮させながら、たった一言、そう言いました。あれはラウラだけじゃない、まさしく()()()()()()()()の感想でしたよ。()()()()見せられて興奮しない訳がなかった。じっとしていられなかった。翌日からの超過密スケジュールだとか、()()()()()を全部すっかりと忘れて、皆が()()()にはしゃいでいたんです。意味も無く大声で「すげぇえええええええええええッ!!」なんて叫んだり、収まり切らない感情で腕なんかをしっちゃかめっちゃかに振り回したり、逆に今にも挑みたくてうずうずしているのを必死に堪えてたり。

 

 そう、はしゃいでたんですよ。あの場にいた、全員が――――

 

 

 

 

「いやァ、無手でも十分に戦れるだろうとは思ってましたけど、背負い投げは流石にちょっと想定外でしたよ織斑先生」

「……最後のあれは、狙っていたのか?」

「あぁでもしないとダメだ、と思ってましたから」

 

『Shield Energy : Empty』の表示を視界の端で捉えつつ、未だ地面に仰向けになっているカデンソンを見下ろしつつ、私は尋ねた。既に頭部装甲は解除しており、汗で蒸れて肌に張りついている髪を両手でガッと掻き上げると、大の字に大きく四肢を投げ出して満足げに笑っている。

 

「本当はもっと早い内に、適当にミサイルでもぶっ放して焼き払ってしまおうと思ってたんですよ。でも止めました。織斑先生じゃどれだけ撃とうが叩っ斬られるだけだなぁと解ったので」

「…………」

 

 この男、本当に()()()()()()()()()のだろうか。それともただの天然なのか。『その質問』に対して『どのような答え』を想定し、求めているのか、まるで読めやしない。

 

「じゃあどうしようか、と考えて、全部囮にして()()()()するしかないなァ、と。勿論、織斑先生とインファイトでタイマンしてみたかった、ってのも嘘じゃないですけどねェ」

 

 と、そんな風にしみじみと零しながら、呼吸が整ったのかのっそりと上半身を起き上がらせるカデンソン。その姿はすっかりと我々のよく見知った整備課主任のそれである。これがつい先ほどまで自分と大立ち回りを演じていた相方だと言うのだから、なんとも狐に化かされたような感覚を未だに拭い切れない。

 

 拭い切れない、が。

 

「カデンソン」

「なんです?」

「どういう積りだ?」

「ん? ですから広範囲爆撃程度では織斑先生の俊敏な動きを捉えるには不十ぶ―――「何故、『この勝ち方』を選んだ、と聞いている」―――へぇ。流石に気付きますか」

 

 重ねて惚けようとしたヤツの言葉を断ち切るようにしてみれば、やはり『のらりくらりとした好人物』という仮面の下の素顔を垣間見せるのだから、認めざるを得ない。この男が相当な実力者なのは間違いないし、そもそもあの束と親しい関係であれる者が()()()である筈が無いのだ。

 

「あれほど大量に装備を抱えておいて、更識に対しては態々アイツの得意戦法を真正面から潰すように。私には同じ土俵で戯れるが如く。事と次第によっては、骨の数本は覚悟してもらうが」

「おぉ怖。……まァ、単純な話なんですけどね」

 

 すっくと立ち上がり、埃を落とすように尻の辺りをパンパンと払い、両腕を掲げてグッと伸びをし、そして。

 

 

 

 

「―――――これなら、『機体』を理由に出来るでしょう?」

 

 

 

 

 その肩越しにこちらを見ながらの笑みは、酷く獰猛に思えてならなくて、咄嗟に腰を落として足を引き居合の構えをとって、既に破壊されたことも忘れて"葵"を呼び出そうとしてしまった。

 

「更識は期待通り、土壇場でオイラのメタ戦法を上回る“新しい切り札”を生み出してくれた。あれでアイツが『本来の勝負服』で来ていたら、正直危なかったかもしれない。そして、アナタは()()()()()()、では?」

「……何が目的だ、貴様。いや、貴様()、か?」

「いずれ解りますよ。いずれ、ね」

「お、オイッ!!」

 

 意味深にはぐらかし、カデンソンは大騒ぎしている愚弟たちの客席の方へ跳んでいく。ハイパーセンサーの感度を上げると、何やら「今の試合を見て何を思ったか?」だの「自分だったらどうしたか?」だの、色々と考えてみるように、と言っているらしい。その表情はすっかりいつも通りのそれで。

 

「……ハァ」

 

 ダメだ、判断材料があまりにも足りない。背後にいる(バカ)といい、『天才』と呼ばれるようなヤツらは得てして常人の理解の及ばぬ領域にいる、とはよく言うが、『天災』の領域にまで至ると最早理解など求めもせず、思う儘に振る舞うのだろう。それこそ、束が嘗て『台風』と称されたように。

 

「いずれ解る」とアイツは言った。即ち、明かせぬ事情がある、ということだ。明かすことで不具合が起きるのか、それとも知るだけでアイツか、あるいは我々に『何か』が起こるのか。何にせよ。

 

『例え何があろうと、オイラは一夏くんの味方なんでね』

「…………いい加減に起きろ」

「おごッ!? うぇ、あ、織斑、先生?」

 

 踵を返し、地べたに俯せのまま爆睡している楯無の首根っこを野良猫のように掴み上げる。奇声を発して目を覚ました楯無は目を白黒させながらこちらを見上げてきて――――

 

 

 

 

「揃って出直しだ。必ずリベンジするぞ。今度は、()()()()()で、な」

 

 

 

 

――――後に、更識楯無は語る。あれほど見た者の背筋を震わせるような獰猛な笑顔は、後にも先にもあの1度のみだった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《――――――以上の結果より、更識楯無の"霧纏の淑女(Mysterious Lady)"専用後付装備(Package)"麗しきクリースナヤ"の常時搭載 及び 織斑千冬へ専用機携帯の許可を求めるものとする》

 




 補足説明

・“惑星トレンⅣ(Torren Ⅳ)”(出典『FUTURE2』)
 フォンゴイド族の母星であるポララ銀河・ベラセクターの惑星。砂塵舞う荒廃した大地はどこかラチェットの故郷、惑星ベルディンに似た空気がある。

 どうも、ガンダムSEEDと言えば圧倒的Astray推しな作者のGeorge Gregoryです。日本刀って最高だよね。『青』の可変式大剣も捨てがたいですが。

 所謂『第2部』までの幕間的なエピソードの積りで、本当はもっと早く畳む予定だったんですが、思いの外時間がかかってしまって面目ない。本当はこの時点でもっとフラグばら撒く予定だったんですけど、上手く纏められんでもっと執筆時間かかりそうだったのでここで止めておきました。俺のモチベも維持できなさそうだったし。

 ちょっとリアルの方が色々あったもので、最近少しずつ更新ペースが落ちてしまって申し訳ない。一度波に乗ってしまった時の更新ペースは、当時の読者の皆様なら御存知かと思われますが、えぇ、あの時が異常だったんスよ……学生時代は、クオリティに目を瞑ればあれくらいはほぼ毎日のように書いてたんですけどね。『自分の納得のいく作品』というものはいつも生み出すのに苦労するもんです。プロの皆様って本当に凄い。

 何にせよ、次からいよいよ臨海学校編に向けて準備を進めます。今までばら撒いてきたフラグも少しずつ回収していきますので、拙作ですが読み返して確認などしながら待っていてくれたらなァ、と思います。なるだけ早い内に更新、したいなァ……よろしくどうぞ。

 では、また近い内にお会い出来ることを願って。

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