サミット 前編
長点上機学園
学園都市最高峰の能力開発の技術を持つこの学校の教師たちは入学した事でステータスになる生徒とは違い、その勤続年数がステータスとなる。とにかくやめるものが多いからである。
何故ならその学校の肩書きから何としてでも自分の子供を超能力者にしたいという親達――所謂モンスターペアレントというものが担当の教師たちへ日に100通という抗議の電話やメールを送ってくるからだ。それに耐えきれず後にする教師は数知れない。というより、その類の連絡が来ない教師などいない。
長点上機学園に勤める男は抗議のメールをうんざりしながら廊下を眺めていた。
「ふ~ん、ふ~んふふ~ん」
いや、いる。一人だけこの学校には目に掛けた生徒たちは必ず何らかの方法で大成し、外見もよく、人当たりもいいため一切クレームを受けていない教師が一人だけいる。
その教師は男の同僚ですら目を奪われる美しい金髪を少し短めに切り揃え、その上から白いハット帽、服装はスーツではなくタキシードでその上から白衣を羽織っている。
恰好だけでも目立つのだが同僚の教師はその男の名前を知らない。いや、名前は知っている。生徒たちがよく『幻無先生』と呼んでいる。……しかし、趣味が少し残念なようでいつも彼らに自分の名前をプロデューサー言い直させている。
同僚である自分にも気さくに声をかけてくれ、尚且つ自分の趣味を理解してくれるのでとても話しやすい相手だ。
アドバイスをもらおうと加えていた煙草を捨てその男に駆け寄る。その時少し悪戯をしてみようと年甲斐にもなくふざけてしまった。
「幻無先生少しいいですか?(同僚には訂正できまい)」
しかし、それがまずかった。
その男は鋭い表情でこちらを真っ直ぐに睨む。その瞬間冗談でもなんでもなく心臓が止まった。
そのままゆっくりこっちにちかづいてくる。
そして、
「おやおや、駄目ですよ。こんなところに煙草を捨てては……校舎はみんなの物ですからね」
そう言って自分が捨てた煙草を拾って立ち去って行った。
立ち去るのを確認しても心臓が動くまでには少し時間がかかった。
暗い部屋の中タキシードに白衣の男――木原幻無は自身に向けられたモニターへプロジェクターに映し出された映像を使い熱弁をふるっていた。熱弁と言っても口調は穏やかでまるで語り掛けるような響きだ。
映し出されているのは先日の……
木山が発現させた多才能力もそうだがやはり目玉は説明している木原幻無の自信作である
「このように、今回私の育てた
科学者らしく先に結果だけを言いながらモニターの一つ木山春生のかつての上司であり、本来ならば本当の復讐相手として真っ先に狙われていたであろう人物に話題を振る。
『いや、彼女をここまで育てたのは君だよ。一体いつから目をつけていたんだい?』
モニターの向こう……皺だらけの顔を歪めて笑う老人こと木原幻生はプロジェクターの前に立つ男に向けて質問する。
「いえいえ、簡単な話ですよ。最初からです。私は
木原幻無は学園都市において有名な科学者一族『木原一族』の中でもかなり特殊な部類に属する。色々な意味で頭の螺子が外れており、『実験は対象が壊れるまでが実験』、『邪魔者は、いや邪魔しなくても目に入ったら殺す』、『一族に属すればたとえどれだけの善人であろうと結果的に科学を悪用してしまう』という特性を持つ一族の中で木原幻無だけは違った。
基本的には螺子はしっかり、というより他の者よりも多めに外れているのだが、そのせいか本来木原にとって使い捨てである実験対象にある種の愛情を抱いてしまっており、それらをアイドルとして育てることを喜びにしているのである。更には自らを
彼の木原としての個性は『育成』で自ら育てた
「さて、幻想御手の力により能力開発を受けていないにもかかわらず複数の能力を使用可能になる
そんな彼の開く
具体的には他の木原の中でも部隊を率いたり巨大な実験を担当とするもの(彼らはほぼ全員が他人に恨まれているにもかかわらず顔を隠そうともせず堂々とモニターの前に素顔をさらしている)と、学園都市統括理事会の面々だ。特に統括理事会は統括理事長こそ勿論出席していないが、善人でありこのような非合法な会合には顔を出したがらない親船最中と成金のトマス・プラチナバーグですら代理人を出席させることでほぼ全員が出ている(こちらは学園都市の顔であるにもかかわらず全員が顔を隠しているが)。
『ところで彼女は何故
木原幻生がそう質問してくる。
「ああ、それは……」
『
幻無が律儀に説明しようとしたところでモニターの向こうで車椅子に座った女性――『諦め』を司る木原が遮る。木原病理……彼女自身も他人を諦めさせるスタイル以外の者を沢山諦めてきたと語るだけあって木山が教え子を救う事を諦めて復讐に走ったわけではないと理解したのであろう。
実際幻無はその巧みな心理操作を使って木山を
『……相変わらずお前の
「いえいえ、うれしい話です。貝積様のブレインであるあなたにお褒めにあずかるとは……それと、私としてはその二つ名のルビは
統括理事会の一人である貝積の代理できた少女の皮肉を受け、幻無も笑えないジョーク(ただし、目は割と本気だ)を放つが軽く受け流される。少女の顔はモニターの画面一杯に映し出されたカチューシャのアイコンで見えないがでその声や仕草から相当の美少女だと言う事がわかる。
「まあ、皆様がそうおっしゃるのでしたら本題に入りましょう」
プロジェクターの画面を三分割し、それぞれ『
「こちらが今回復活した彼が見せてくれたものです」
『確か能力障害は一度、一年前の六月に起こった
どこかのモニターから声が聞こえる。
その声の言う通り能力障害はとある実験中にこの街に住む《あらゆる異能の力を打ち消す》という右手を持つ少年と激突し、その纏っていたノイズごと
本当にいるかどうかもわからない学園都市統括理事長のお気に入りと呼ばれるその力には
「ええ、その際彼は形成されていた人格と能力の一部が破壊されました。……前
『衝突の経緯は公開されていないがそれによりしばらくの療養期間が必要だったと言う事だったな。今回こうして発表されたと言う事は……』
「はい、能力障害は復活しました。……いえ、正確には最早その力を押さえつける事は不可能になったという感じですね」
以前の……破壊される前の能力障害という能力は現在秋瀬七実の持っているものとは多少の差異がある。まず第一に以前はあそこまでの応用性も無かったし、制御が困難な能力でも無かった。リミッターをつけ使用できる能力の範囲を狭めなければ日常生活に支障をきたすほどのモノでもなかったし、今回発現させた《自身の
しかも性質が悪いことに新たに得たその個性は発生させるノイズの量が一定値になるまで際限なく出続け、更にその上限は日に日に際限なく増えているので、自分の出せる限界の量を制御しようにもそれをするより早く能力が成長してしまい、結果的にリミッターを掛けて何とか暴走している能力に制限を加える方法しかなくなってしまっていた。しかし、そのリミッターも壊れ今度こそ制御不可能の危機に瀕しているというわけだ。
「現在は以前彼が作った……いえ、前能力障害の手により作成された体晶を使用させることでその能力を押さえていますが……」
『それが効かなくなった場合……と言う事だな?』
そこで初めて統括理事会の正式なメンバーの一人が言葉を発する。
統括理事会の中でも兵器・軍事関連に強い影響力を持ち、その用心深い性格から常に特注の
「ええ、ええ。流石潮岸様です。私の言わんとしていることを寸分違わず理解してくれるとは。一応他にも……」
『そんなものは決まっている。早く処分したまえ』
木原幻無の言葉を遮り別の統括理事会の人間が淡々とした声で幻無に対し命令する。
彼は赤傘と言って統括理事会の中でも学園都市の治安維持関連に影響力を持つ人間で端的に言えば
しかし、それはあくまで赤傘という人間の表の顔に過ぎない。彼の本当の顔はその行き過ぎた正義感が歪んだ形で生み出した学園都市の暗部の支配者というポストである。
赤傘は基本的にこの学園都市を愛している。しかし、愛しているゆえにこの街で起こる犯罪を許す事が出来ない。学生が人口の大半を占めているこの街には死刑制度というものはなく、彼の嫌いな犯罪を起こす者たちの殆どは自分たちの力に溺れた能力者達だ。そして学園都市は何もしていない無能力者達より研究価値のある
守りたい一般人達を守れず、本来なら裁かれて当然なはずの社会のゴミ達がこの街を平気な顔で闊歩する。そんな絶望に行き当たった彼が選んだのは《社会にとって危険な人間たちに首輪をつけて、同じく危険な人物たちと共食いをさせる》という学園都市の暗部の構図だった。少しでも学園都市にとって害を及ぼす存在なら迷わず処分を下す。それが学園都市を愛する赤傘という人間が行き着いた究極の正義だった。
『しかし赤傘さん流石にそれは早計では無いかね?今まで幻無博士はそういった人間たちを制御してきたではないか……大体聞いた話じゃ人格が変わった後の能力障害――秋瀬七実君だったか。彼は以前よりも人間的な考えが出来るようになったみたいじゃないか』
木原幻無の育てた
『それが問題なのだ。私からすれば以前の方が遥かに安心できた。以前のアレは実験と言えば逆らわずただただ自分の仕事を淡々とこなし、それ以外の事には全く興味を持たなかった。だから私も見逃してきたのだ。しかし、先ほどの映像を見るに今のアレは感情で動く。
疑わしきは罰すというような赤傘の言い方だがこの会合に参加している人間の大半は賛成せざる負えない。特にあの《能力障害を感染させる》という力は言葉以上に危険だ。今回は特に学園都市にとってデメリットの無い者たちが被害にあったが、もし高位能力者がそして万が一にも7人しかいない
しかし、
「大変残念な事なのですが、それは不可能です。彼に首輪をつける事は出来ません。彼を抑える事など不可能ですから」
『……着ける首輪が無いと?そんなモノ奴に身近な人間を使えばいいだろ』
「いえいえ、それは無理な話です。彼の
日頃から能力者から嫌悪されるほどのノイズを発する上に学校でも一人だけ特別教室な上に嘗て親しいといえた同じ実験の被験者たちはその殆どが
『……ならば、超能力者でも構わん。超電磁砲や
「彼は普段の行動からはあまり想像出来ませんが恐ろしいほどドライですよ。何せ学園都市最低ですから……恐らく私が彼女達を使った実験をすると言ったら口では嫌がりますが、いざとなれば何一つ言葉を発さずに脳を破壊しますよ。……何なら指示を頂ければすぐにでもやってご覧に入れますよ」
『いや、それは許可出来ん』
最後の一言の際に幻無の瞳に現れた普段は決して見せない木原特有の狂気に若干気圧されながら赤傘はその提案を却下する。こんな事で貴重な超能力者を失うわけにはいかない。
「そうですか残念です。普段は手に出来ない極上の
『…………』
そう、木原幻無は能力障害を抑えるために様々な策を弄してきた。しかし、それでも彼を閉じ込めずに放し飼いにしていたのは彼にストレスを与えないためだ。
「第一、彼が暗部の仕事で万が一命を落とした場合どう責任を取るつもりです?」
言葉だけを取れば大切に育てた生徒を心配しているように聞こえるが、そんな事では無いとこの場にいる全ての者が理解していた。
『あの話は本当なのかね?』
『事実過去に存在した
『確か未だにあの場所の封鎖は解かれていないのだったな』
口々に飛び交う言葉。それはたった一つのとある噂から出ていた。
《
「まあ、正確には常時発現型ですね。
『……………』
木原幻無より語られた能力障害を処分した場合のリスクにその場にいる約半数が息を呑む。それ以外の半数は会合の最初に喋ってから何一つアクションを起こしていない木原達で皆その現象に知的好奇心を刺激されたのかとてもいい笑顔をしている。
「まあ、あの
そして性質が悪いことに幻無が自身の持つ知識の全てを導入したことから学園都市外部で爆発させた場合、完全に学園都市がその範囲を封鎖しなければならない。何故なら、ばら撒かれるのはあくまで
『クソ、何というモノを作り出してくれたんだ……』
「許可を出したのは
『…………』
悪びれる様子も無い幻無の発言にモニターの向こうで何かを決意したような赤傘はその通信を無言出来る。それにつられる様に統括理事会の面々は次々と回線を切っていった。
『木原幻無。……多少は目を瞑るが、くれぐれも
「わかっておりますよ。潮岸様」
潮岸は何かについて忠告するように木原幻無をその堅牢な鎧の中から睨むと他の者たちのように回線を切断するのだった。