とある高校の名物幼女教師の住むボロボロの安アパートの一室で、午前零時の鐘が鳴り日付が変わったその瞬間確かに魔術と科学は交差していた。
その右手にあらゆる異能を、神様の奇跡さえも打ち消す力を秘めた少年上条当麻は銀髪のシスターと対峙していた。
「インデックス!」
彼女の名前を叫ぶ。
しかし目の前の少女がその叫びに応える事は無い。
「侵入者に対し、
バキン!とすさまじい音を立てて少女の瞳に浮かんでいた二つの魔法陣が巨大化した。魔法陣は少女の顔の前に二mほどの大きさになって固定され、そこから空間に亀裂が入るように黒い稲妻のようなものが上条と少女を遮る壁として現れる。
「クソッ!!」
ボロボロのアパートなど部屋の隅から隅まで距離を測っても10mも無い。しかし、上条とインデックスを遮る壁はとても距離では表せないほどの存在感で二人の間に立ちふさがっていた。
(あと一回……後一回でいいんだ!後一回この右手であいつに触れてやれば全部解決するんだ!もう一年ごとに記憶を消すなんて馬鹿げたこともしなくていい。そのせいで死ぬほど苦しむなんてこともしなくていい!ハッピーエンドが見えているんだ!)
上条当麻はその拳をギュッ!と血が滲まんばかりに握りしめる。
ステイル・マグヌスや神裂火織が苦しみながら、諦めながら彼女の記憶を消す必要のない世界が、インデックスがいつも笑って過ごせる世界が目の前にある。
「なら……やるしかねえだろ!」
上条は口元をわずかに緩め、一歩前へと踏み出す。
それを攻撃の意思ありと見たのか少女は二つの魔法陣を重なり合わせ、魔術を発動させる。
黒い稲妻によって生じていた亀裂がベキリッ!と音を立てて開いた。
「うおおおおおおおお!!!!」
そこから白い、直径一メートルほどの白い柱が上条に向けられて放たれるのと上条が反射的に右手を前に殴りつけるようにして出したのは同時だった。
白い柱は……例えるならレーザー攻撃のようなものは上条の異能を全て打ち消す右手によって防がれる……筈だった。
「グッ!!!!!」
ステイルのイノケンティウスと同じいやそれ以上の右手が処理しきれないほどの質量で光の柱は上条の右手を蝕んでいく。
「一体何をしている!?」
そこでようやくバンッ!とボロアパートの扉を壊さんばかりの勢いで二人の魔術師が部屋に入ってくる。
「なっ!?」
ステイル・マグヌスは目の前で行われている光景に一瞬完全に思考が停止した。
「
神裂火織も守ろうとしていた少女が引き起こしている現象に戸惑いを隠せない。
「一体彼女に何をした!?」
ステイルは
「まだわからねえのか!インデックスは!アイツは、魔術を使えた!それにお前たちは知らないかもしれねえけど人間の脳はどれだけ使ったって一年周期で記憶を消さなきゃならねえほど圧迫されることはねえんだよ!」
上条はステイルに負けないほどの怒声を上げて真実を告げる。
「お前らはずっと教会って奴らに騙されてたんだよ!こいつが協会に逆らえねえように二重三重の首輪としてな!」
普通ならばそう簡単には信じられないような内容だ。しかし、現状を見れば……ずっと魔術が使えないと思ってきた少女が魔術を使用して首輪を破壊しようとしている少年を殺そうとしている現場を見れば納得できなくもない。
「今こいつの首輪を破壊すれば助けられるかもしれねえんだ!」
「だが、僕は曖昧な可能性なんていらない。ここであの子の記憶を消せば
ステイルは何万枚というルーンのカードをばら撒き魔術を使おうとする。しかし、それは上条を助けるためではない。ただ目の前の少女を助けるために……
「---Fortis931」
炎の魔術師は巨大な炎の魔人を召還する。
「……
上条はじりじりと自分の右手が焼焦げているのもお構いなしに魔術師に問いかける。
「---テメエはインデックスを助けたくねえのかよ!?」
魔術師の吐息が停止する。
「テメエら、ずっと待ってたんだろ?インデックスの記憶を奪わずに済む、インデックスの敵に回らなくて済む。そんな誰もが笑って暮らせる最高の
上条の手首がグキリ!と嫌な音を立てる。しかし彼は気にせず続ける。
「ずっとずっと主人公になりたかったんだろ!命を懸けて一人の女の子を守る、
光の柱が一層太くなり上条の右手を完全に呑み込もうとする。
「---Salvare000!!」
上条ともステイルとも違う所から響いた声は声と同時に七本の細いワイヤーを上条の先……インデックスに向かって放った。狙いはその足元。ワイヤーはまるでスポンジを斬るようにアパートの地面を切り裂きインデックスの体勢を崩した。少女の瞳の前に固定されていた魔法陣も、そこから出ていた柱も同時にその射線がそれ、アパートの天井を突き破り
「神裂!」
ステイルが叫ぶ。
「ステイル……すみません私はこちらにつきます。この少年の言葉に……この少年を信じて見たくなった」
神裂は一歩上条の前へと踏み出し、柱が逸れた事でバランスを崩した上条へ手を伸ばす。
上条はニヤリと笑いその手をつかむ。
「クソッ!」
ステイルは忌々しいというように神裂の隣へまた一歩踏み出す。
「いいか!絶対にあの子を助けるんだ!失敗したら僕がお前を焼き殺す!チリ一つ残らないと思え!」
「へっ!上等だ!」
三人が一人の少女を救うために一つになる。最高の展開に救われるべき少女は崩れた体勢を立て直し、再び術式を組み立てようとする。
「侵入者の危険レベル上昇。これより対侵入者用に術式を………」
しかし、その声は途中で停止する。
「術式……組……侵入……排除……」
何か言葉を紡ごうとするがそれがどうしても途切れ途切れになる。
「なんだ……?」
ステイルにもこの状況が何を意味するかは分からない。
「自動書記のシステムに重大な欠損を発見……修復開始…………失敗……」
遂にはインデックスが展開する魔法陣も消え失せ、インデックスの首元から赤黒い霧のようなものが出始める。
「エラーが発生したってのか!?」
上条には状況が全く分からない。しかし、これがチャンスだというのはわかる。
「とにかく今のうちに………雨?」
一歩を踏み出そうとした時自分の方に当たるモノに気が付いた。天井が破壊されたことで部屋の中にまで入ってきたのだろうか?水の雫が上条当麻に降り注ぐ。頭に、肩に、そして右手に……バチン!という音がして水が右手に触れた瞬間何かが打ち消された。
「!!!!」
その変化に最初に反応したのは世界に20人といない聖人の一人であり、尋常では無い身体能力を持つ神裂だった。
神裂はステイルと上条を両脇に抱え雨の当たらないところへ移動する。
「これは魔術です……しかも災害級の!」
神裂は全身にびっしょりと汗をかきながら言葉を絞り出す。
雨はいつの間にか赤黒い……丁度今インデックスの首元から出ている霧のような色をしていた。
「
ステイルは先程召喚した炎の魔人の名を叫ぶ。いくらかのルーンのカードは雨によりインクが落ちて使えなくなってしまったがそれでもまだ半分近くは残っているはずだった。それなのに
魔女狩りの王だけではない。雨が、霧が触れた者は全て赤黒い色に変色した後燃やしたかのように灰になって消える。
自身の魔術と周囲の変化に対応しきれずステイルは悪態をつく。
「クソッ!一体何なんだ!」
赤黒い霧は上条たちのいる場所まですぐというところまで来ており、触れたモノ全てを破壊する毒は完全にアパート全体を包んでいた。
魔術師であるステイルたちにもこの魔術の正体が一体何なのか全くわからない。
「触れたモノを腐敗させる雨というのならいくつかありますが、聖人である私に出さえこんなにも効果が有る者など……」
神裂の身体は常人とは違い、その気になれば強大なテレズマで身体機能を文字通り超人級にまで高められる。その力を使えば生身で宇宙へ出ようが強酸の雨にさらされようが問題無い筈だ。
そもそも雨を利用する術式は『広範囲に影響を及ぼす』のが売りでその反面効果が出るのに若干のタイムラグと一人一人に与える影響が比較的少ないというのが弱点である。
だとすればあの霧が気になるのだが、神崎は霧には一切触れてはいない。自分たちの所に到達する前に二人を連れて離れたのだ。いや、正確には
(身体が重い。たった数秒で私にここまで影響を与えるとは……大体私は家主には悪いですが一度この家の壁をやぶって外へ退避しようとした。)
しかし結果はこの有様だ。自慢の七天七刀で壁を一気に切り裂いて外に出ようとしたのだが(当然雨は降っているだろうがあの霧に当たるよりはマシだ)、まるで見えない壁に遮られる様に神裂の刀を握る手が止まり一切この部屋の外壁に傷をつける事が出来なかった。
そうこうしている間にもどんどん霧が近づいてくる。
(とりあえずはこの霧をどうにかしなければ……)
そう思いそう思いあたりを見回した瞬間頭に激痛が走った。
「あ、あぐ!」
ただの頭痛などでは断じてない。まるで自分の脳が強制的に別のモノに塗り替えられているようなそんな感覚と共に大量の知識が入り込んでくる。
隣を見ればステイルもまた同じように頭を抱え蹲っている。
「おい!お前らどうしたんだよ!」
ただ一人ツンツン頭の少年だけが何の影響も受けていないというように自分たちに声をかける。
「あなたは何も……感じないのですか?」
苦しそうに神裂は声を絞り出す。この少年の右手には異能を打ち消す力がある。それがこの毒を防いでいるのだろうか?
頭の中には次々と精神を狂わせるような魔道の知識が入ってくる。ここまでくれば自ずと自身を襲う正体がわかってくる。
「……魔道書だ。見た者を狂わせる毒と圧倒的な知識を伝える力……あの子の中に貯蔵されたうちの一冊が暴走している……んだ」
ステイルが絞り出すように少年に伝える。
「魔道書!?」
「そう……だ!たとえ一冊でも中身を見れば常人なら気が狂ってしまう。魔道書の
無差別的に振り撒かれる毒。中身を見ようと見まいが関係なくその知識を毒と共に他人へ伝える。魔道書の機能としては比較的ありふれた者だった。しかし、
「だが、コレは明らかにおかしい。イギリス清教の最大機密にローマ正教の聖霊十式……ロシアの童謡……果ては誰のモノかもわからない他人の記憶だと?
そこまで……そこまで言ったステイルの口が閉じられる。何故ならちょうど視界に入った彼が守るべき少女と目が合ったからだ。いや、目が合ったという表現はおかしい。少女の瞳は閉じられていて、ステイルの事など視界に入っていない。
では一体何と?
「記憶したものなんかじゃあない……」
ステイルはあまりにも残酷な現実に耐えられないというように目を背けてしまう。
修道服の少女――
「あれは|魔道書の原典そのものだ《””””””””””””””””””””””》!」
首輪がその眼を開く。