”この世のありとあらゆるものを記録する”
それだけの為にその仮初めの魔道書は生み出された。
当時の最高の力を持つ魔術師たちの手で作られた魔道書はその運命に従い、次々と主を変えながらこの世界に存在する知識を、異能を、すべての生き物を記録した。
――――しかしそれは、永遠に終わることの無い使命だった。
いくら記憶しても生き物は増え、知識は変わり、異能は消えない。
魔道書がどれだけ自らの役目を果たしてもその使命は終わらず、また魔道書の主が本来の使命を大きく逸脱した行動に出ても所有物に過ぎない魔道書にはどうする事も出来ない。しかし、所詮魔道書が記録するものは本物を模した贋作でしかなくコピーがオリジナルを超える事は無い。どれだけ主が暴走してもその度に本当の力を持った者が止めていった。
――――一体いつからだっただろうか。モノに過ぎない魔道書に意思が宿ったのは……
最初からだったのかもしれない。作られたころからずっと有ったものだったのかもしれない。
魔道書の意思が覚醒し、その毒が発動した瞬間”
しかし、その力は――その毒はあまりにも有害であらゆる主を蝕む。
誰にも扱えない魔道書。使用したものはすべからず滅びるとまで言われた邪悪の原典。あらゆるものを複写し、オリジナルを超えるコピーを生み出すモノ。そして魔道書でありながら限りなく異端の力を秘めたモノ。
その名を『複写幻本』といった。
突如発動した魔道書によって完全な異空間へと変えられたアパートの一室には先程から空中に浮かんだまま微動だにしない禁書目録とそれと対峙する上条、神裂、ステイルの三人の他に禁書目録への道を閉ざすかのように現れた魔人が存在していた。
「
赤黒い邪悪な雨が降りしきる中ステイルが見たのは、先ほど消滅したはずの自身の切り札だった。
『複写完了―――これより、障害の排除を開始する』
禁書目録についた首輪から発せられた合成音声のような声はこれが当たり前だというように
炎の魔人はその手に持った十字架でステイルたち三人を薙ぎ払うように蹂躙する。
「まずい!避けろ!」
3000度の炎の塊が迫る中、最も早く行動が出来たのはその危険性を一番よく知っているステイル本人だった。この魔人は正面から渡り合ってどうにかなる相手ではない。ステイル・マグヌスの使う魔術の中でも最大級のコレの意味は『必ず殺す』であり、一度この魔人と渡り合った上条もその力をよく知る神裂も一切の迷いなくその攻撃を回避する。
「!ルーンのカードは……」
この魔人は例え攻撃してもその体を構成するルーンのカードがある限り何度でも再生する。しかし、逆に言えばルーンのカードさえどうにかしてしまえば無力化することは可能だと言う事だ。ステイルと同じくその弱点を知る上条も周囲に配置されているはずのカードを探すために周囲を見渡し、発見する。
今自分たちが救おうとしている少女の身体から無尽蔵に吐き出される大量のルーンのカードを……
「まさか、カード自体を複製しているのか!?もしこいつが礼装そのものを生み出せるとしたら――二人ともあいつを止めろ!」
その光景を見た瞬間反射的にステイルは叫び自ら今この場で最も厄介な存在である自身の切り札と対峙する。幸い魔道書が作り出したこの異空間は元の密室よりだいぶ広くなっており、誰か一人が目の前の魔人を足止めすれば後の二人は先に進む事が出来る。本当ならステイル自身が真っ先に駆けつけてあの少女を救ってやりたいが、この中で明らかに運動神経が劣っているのは自分で尚且つ自分の魔術の事は自分がよくわかる。だからこそここは自分が足止めをして彼らを一刻も早くあの少女のもとへと急がせる。
そしてそうまでして彼らを行かせたのにはちゃんとした理由があるのだ。目の前の
だが、まずその時点でおかしいのだ。仮に先程の赤い雨による何らかの効果でコピーされたとしたら目の前の魔人がここまでの力を持つはずはない。何故ならステイルの
ならばこの魔道書の真の能力とは、最悪の考えがよぎる。
(こいつがもし、魔術礼装を”完全な”形で再現できるとしたら、その危険度はさっきの
魔道書の原典というのはそれ一つ一つが常人なら1ページ覗いただけで廃人になるような汚染度があるが勿論それを使って相手を倒すわけではない。それ程有害なのは世界中の魔術師たちが喉から手が出るほど手に入れたいと願う知識が記されているからこそであり、例えその一つでもこんな魔術とは全く関係の無い地で出現すれば耐性の無い者達が次々と倒れてしまう。そうさせない為に禁忌を犯した魔術師を狩る自分たち
炎の魔術師ステイル・マグヌスは覚悟と決意を秘めもう一度自身の魔法名を開放する。
「我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)!!!―――今度こそ必ず救ってみせる!」
ステイルの予想は半分は当たっていた。今禁書目録の首輪となっている魔道書の力はコピーしたものを生み出す力であり、それはある時の記憶の中にあるような今そこに無いモノでも作り出す事が出来る。だからこそ、この魔道書が生み出した
『この魔道書はあらゆる魔術・礼装を再現する事が出来る』
そこまでは合っている。これはステイル・マグヌスが百戦錬磨の魔術師だったからこそ導けた答えであり、当然同じ土台に立つ神裂火織もステイルに一瞬遅れを取りながらも思い至っていた。しかし、彼らはもう半分の真実には決して自分たちの知識だけではたどり着けない。それは片方の答えを導き出せた百戦錬磨の魔術師だからこそ決して導き出すことのできないものだった。
ステイルを背に目下最大の障害であった。
この距離までくれば上条ならば例え迎撃の魔術が来ても多少は防げるし、神裂ならば術式が完成する前に聖人という人間離れした身体機能を使い至近距離まで一気に詰められる。発動するまでに必ず何らかのタイムラグが発生する魔術師にとってこの二人がこの距離まで近づいた時点で詰みの状況であり、それは魔道書を発動した禁書目録でも例外ではない。
上条たちにとってあとはいかに禁書目録本人を傷付けずにこの魔道書引き剥がすかが重要であり、その役目は神裂よりも異能を打ち消し、魔道書さえも破壊する可能性を秘めたこの少年の方が適任だった。
『対象
だからこそ神裂は合成音声のような魔道書の冷酷な言葉を聞いた時点で上条の前に盾になる様に立ち、直立不動だった少女が右手を前に出すよりも早くあらゆる魔術に対する防御策を整える。聖人である神裂にはその驚異的な視力と反射神経と今まで学んできた知識により、ある程度術式を見てから対応するというなかば反則じみた事が可能であり例え完全には対抗できなくても最悪自らの七天七刀で力技で切り伏せる事も出来る。
『複写開始――対象金属の作成完了』
「!?」
しかし、あらゆる術式に対応しようとしていた神裂は少女の突き出された指先に生成されたコイン状の金属を見て、そこに集まる桁違いの電流を見て”魔術師”である神裂は一瞬反応が遅れてしまった。
(礼装無しでこれほどの電撃を一瞬で!?)
修道服の少女の指先から多大な電撃を以て発射されたその一撃は聖人である神裂の反応速度すら超えてオレンジの光となり、一瞬のうちに着弾する。
その一撃に、音速の三倍以上のスピードを誇る砲弾に対抗出来た人物はこの場でただ一人だった。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
一瞬前まで神裂によって守られていた筈の上条当麻は禁書目録の指先に現れたコイン状の金属を見た瞬間反射的に飛び出していた。この学園都市において頂点に位置する7人の超能力者のうち、第三位に君臨する少女の代名詞であるその一撃を上条当麻はその右手で打ち消す。
真っ当的なエネルギーにより
「
『続けて発射する』
上条のその言葉は再び放たれた二射目により掻き消されてしまう。本来なら反応すら不可能な一撃を無意識のうちに右手でガードして防ぐ。
どうやら普段から何かにつけてケンカを売ってくるあのビリビリ中学生との経験が生きているようだ。そのことに感謝しながら上条は三射目を待たずに前へと走り出す。
(あんなのを何十発も撃たれたら流石に持たねえ!でも、今なら……俺が対処できる攻撃をしてくれている今ならアイツに近づける!)
無論その右手で狙うのはその首についている赤黒い輪っかであり、それ以外には目もくれない。もしこれが本物の第三位の超能力者である御坂美琴なら磁力を利用した砂鉄剣や高速移動から10億ボルトもの雷撃の槍まで無数の迎撃手段があるが上条はその事に一切構わずに首輪目掛けて突撃する。ハッキリ言って賭けだった。
「------------」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
そして見事その賭けに勝つ。禁書目録の口元が高速で聞き取れない言葉を詠唱しているのを見て、上条は例えどんな魔術を発動しても自分が吹き飛ばされるよりも早く右手が首輪に触れると、いやたとえ吹き飛ばされようが関係なく必ず掴み取るとその右手を伸ばす。
「届けぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
伸ばし触れようとしたところで右手が空を切る。
「なっ!?」
「後ろです!」
「
神裂を言葉を聞き後ろを振り返りながらたった今目の前で起きた現象の答えを導き出す。
あと少しのところで逃げられたことに若干の落胆は有るものの、それ以上にあの魔道書が逃げるという選択肢を選ぶほど追いつめていたという事実に確かな自信を得る。何せ今の今まで自分達は禁書目録を移動させることすらできなかったのだから。
(それだけ実力差があるのは最初から承知の上だ。それでもあと少し!あと少しで届く筈だ!)
確実に自分たちはコイツを追い詰めているという事実に再び上条は拳を固く握りながら魔道書が操る禁書目録と向き合る。
彼女は
(なんで
その疑問は、いやその疑問が浮かぶ前からずっと不思議だった。もしこの魔道書が禁書目録の頭の中に入っている全ての魔道書や魔術の力を使え、尚且つ複数の魔術を同時に使用できるのならあの自動書記が使用した
(いや、ちょっと待て。コイツはさっき俺たちの事を障害だと言った。でも、コイツが俺達にとっての障害であって。その逆は無い。コイツにとって俺たちを排除することは本当の目的じゃないってことか?)
疑問の答えは忙しなく動いていた禁書目録の口が止まり、その首輪から恐らく初めて発せられたであろう合成音声のような声ではない男の声によって明かされた。
『術式構成完了。参考術式《アドリア海の女王》。これで我らの復讐が終わる。いや、違うな。ここから始まるのだ!』
その人間らしくも恐ろしく怒気と憎悪を孕んだ声色に本当に先ほど淡々とした口調で自分たちを排除しようとしていたモノと同じなのか疑いたくなる。それと同時にこの魔道書がなぜ今まで上条たちを本気で排除しなかったのか理解する。
この魔道書は最初から上条たちなど相手にしていなかったのだ。恐らく、自身が組み上げる術式の完成まで邪魔にさえならなければ手出しすらしなかっただろう。邪魔をしてきたから適当な燃費の良さそうな攻撃であしらっていただけであり、
「一体お前の目的は―――」
『なんだ、まだいたのか。そこでじっとしていればお前などどうもせんよ。
完全に上条に対しては興味など無いというように何の感情も込められていない声が再び浴びせられる。もしも混じっている感情があるとすれば呆れか失望か……
上条に対したそれとは反対に今も
『お前たち二人には呆れさせられた。何の疑いもせず奴らの言う事を聞き、迷った振りをしながら、苦悩していると周りに見せながら何度失敗した?お前達だけではない。今までのあの錬金術師や他の連中も同罪だ。奴らを始末したのちにすぐ殺してやる』
「まさかあなたの復讐の相手とは!?」
ここまで聞けば神裂でなくともわかる。コイツは、この魔道書は自分たちが所属するはずの場所を―――
『術式発動。攻撃目標―――イギリス凄教
禁書目録の頭上に巨大な魔法陣が現れ、そこから大量の炎の雨が異空間を突き破って撃ちだされた。