「なんか外は大変みたいですねぇ」
ロンドンの中心街にある
現在ロンドンは突如降り注いだ炎の雨により大混乱に陥っており、多数の怪我人と様々な被害が出ていた。何でもこの極東方面から降り注いだ雨は当たり前ながら魔術によるもので、術式解析班からの報告によればローマ正教が誇る大魔術《聖霊十式》の一つ《アドリア海の女王》の超簡易版らしく、その効果はまず炎の雨で焼き払い、次に攻撃対象が関わる全ての文明を破壊するという、悪魔的な二段構えの攻撃で流石に簡易版なのでそこまでの効果は無いだろうが被害にあっている者達の共通点を見れば一体何が攻撃対象にされたかおおよその見当は付く。
「えー、大英博物館にある礼装の数々、イギリス全土にある教会、そこに所属する神父やシスター、まあこれは予想ですけど出張中の魔術師の皆さんがやられたと。私も隣を歩いていた老神父さんがやられたときはびっくりしましたよー。一応解呪はしておきましたけど、割と頑丈な礼装や魔術師の皆さんはともかくあの神父さんは腰を打っていましたからねぇ………残念ながらしばらく休職でしょうか?」
と、全く緊張感の欠片も無い口調でシスターは自らの上司に報告する。
それを聞いた18歳くらいの少女もさして心配した様子も無しに簡素なベージュの修道服と身の丈の2.5倍はある宝石店にそのまま売られてもおかしくないほどの美しい金髪を揺らして頷く。
「本来予想していた被害より、大分抑えられたみたいね。関心関心!あちらでも相当に頑張ったのかしらん」
シスターの上司、というよりこの英国における3大派閥の一つ清教派のトップにしてイギリス凄教必要悪の教会の
今回の件も術式の出どころからしてローマ正教からの宣戦布告かと思われかけたが、彼女の鶴の一声もとい勝手に動くなという脅しにより、いまだにローマ正教に対して誰も報復の攻撃を行っていない。そもそもよくよく考えてみれば、《アドリア海の女王》というのはローマ正教がヴェネチアを監視するためだけに作り出したものでその照準を突然別の場所に、どれも必要悪の教会という組織にピンポイントに変えられるわけがないのだ。無理やり照準を変えるにしても莫大な準備がいるし、照準だって英国全土になる筈だ。簡易版を作るにしてもそう易々と作れるほど簡単な魔術じゃない。
「ぶっちゃけそんなこと出来る人が居たらもう人間じゃないですよねぇ」
現在起こっている惨劇を見るにその人間を止めちゃっている何かが関わっているのは確実なのだが、シスターは一切気にした様子はない。というかこのシスターの役割は単なる最大主教への連絡要員という名のパシリであり、役割を果たした以上帰るべきなのだがその現状に胡坐をかいて居座る気満々である。
曰く、「私は戦で言う早馬とか伝令ポジなんですよ。命を掛けて情報を運んできたんだから少しくらい休んでも構わないですよねぇ?……というかあの人たちってあの後どうするんだろう?」らしい。因みに最大主教から他の部署への連絡要因というのは業務外であり、ここに入ってくる時他の神父やシスターたちには「何かあったら来てくださいね」と非常時における「これ以上致命的な事が無い限りは言ってくんな」という意味を含めた言葉を勝手に最大主教の名をお借りして言いふらしてきたのでこの部屋に入ってくるものはいないと。完全にサボる気満々である。
そんなシスターの様子にローラはため息をつくと数枚の束となっている資料を投げ捨てる。
「これが今回の経緯よ」
本来ならば神に身も心も捧げたくせにぐーたらなこのシスターを叱らなければいけないがとある理由で彼女を重宝しているので叱るに叱れない。
(なぜかこの子の前だと上手く喋れるのよね)
策略や奸計を練らせたら全宗教一と名高い(シスター談)ローラにも苦手なものが有る。それはズバリ日本語だ。様々な文献やテレビジョンを見ながら勉強し、イギリス凄教に所属する金髪グラサンの日本人陰陽師にもチェックをしてもらったのだが、なぜか周囲の反応がおバカな、頭の悪い日本語という感じであり非常に困っている。そこでこのシスターである。基本的に回りが堅物だらけなのもあって普段のテンションが周囲から浮いてしまうローラもこのシスターには数段劣る。集団心理と言うヤツなのかこのシスターがいると自分はしっかりしようという気持ちになるらしく、余程のことが無い限り可笑しな日本語にはならないらしい。その為学園都市との重要な会談の時はこのシスターを傍に置くなどして対応するのだが、その誰に対しても物怖じしない性格から飛び出る一言でせっかく取り繕ったローラのもといイギリス凄教の体面が毎度のごとく瓦解するので実は大した意味は無いのではないかとも思えてくる。
この間など上下逆さまで浮かぶ学園都市統括理事長に対して「あれ?今日本って無重力なんですか?」と言い出したので危うく吹き出しそうになったくらいだ。
「ん~なになに?」
シスターは最大主教から貰った資料を高速で流し読みすると最後に「なるほど~」と気の抜ける返事をする。
これによると今回の火の雨は日本の学園都市にいる魔道書図書館《禁書目録》の仕業によるものらしい。確かに10万3000冊もの魔道書の知識を持つ彼女ならこれくらいの術式は組み立てられるかもしれない。
「あれ、でもインちゃんって魔術使えましたっけ?」
「あなたちゃんと呼んだのかしら?」
ローラがキレかかりながら笑顔で問い返すとシスターは「アッ!」と読み飛ばしていた部分を発見する。
「『なお今回の事件は禁書目録に仕込んであった魔道書の原典がイギリス清教に反旗を翻した模様』って書いてありますね。よかったぁ、インちゃんじゃなくて。あの子と私友達だったんですよ?二年くらい前なので完全に記憶消えちゃってますけど」
禁書目録の記憶を一年周期で消さなければいけないというのはイギリス清教にいる者にとって割と周知の事であり、その中でもシスターは以前最大主教から真実――つまりは首輪について知らされていたので他の友人兼現在の記憶消去担当のステイル達よりは記憶消去の期間が迫っていても落ち着いていられた。
首輪について思う事が無い訳では無いが、今回の様にたった一冊でも魔道書の原典が暴走すれば大変なことになるのである程度は仕方ない。今回は最大主教がいつものように女狐のような策略でステイルたちにも極秘で送り込んでいたもう一人の必要悪の教会の魔術師(この資料を送ってきたのもその彼だ)によって被害は最低限に抑えられたが、決して無傷という訳では無くこの隙に他の勢力が戦争を吹っかけてくるかもしれないし、または「責任とれや―!!」と清教派と同じく英国を三分する騎士派の怖いお兄さんたちが今この瞬間にも乗り込んでくるかもしれない。個人的には後者の方が怖かったりする。現在英国は王室派、騎士派、凄教派と三権分立的に三竦みになっておりシスターの所属する清教派は王室派に強く、騎士派に弱いとなっているが、ぶっちゃけ騎士派は王室派に対して逆らえない上にこの両者のつながりが強いのでこっちが王室派にとやかく言うと騎士派に即座に叩き潰されるという絶妙なパワーバランス(笑)となっているのだ。それならば、ある程度外交で潰せる別勢力の方がありがたい。いつの時代も真に怖いのは身内である。今回もまさにそれだし。
そんな事に思いを馳せながらスルーしそうになったが、今の報告書に見逃してはならない部分があったのをシスターは思い出す。
「インちゃんって魔道書の現物とかって持っていましたっけ?」
それこそが今回の最も重大な点でありようやくたどり着いたかと欠伸をしながらローラは次の資料を投げ渡す。
「わわっ!っとナイスキャッチですね」
突然の事に資料を落としそうになりながらもシスターはその新たな資料に目を通していく。
「えーと『魔道書 複写幻本(旧名 事象教典)について』ですか」
先程の資料とは異なりどこかの図書館の本をコピーしたような紙を注意深く読んでいく。
「うわぁ、主持ちの意思ありですかぁ」
資料によるとこの魔道書は主を必要とするタイプで割と珍しいものだ。イギリス清教が所持するものはたいてい変なオーラこそ出ているものの見た目や使い方は至って普通の本だ。偶に魔術師が覚えきれない術式などを書き留めた魔道書を使うというのは耳にするが、それが原典ともなるとほぼ有り得ない。そもそも魔道書の原典というのはそれぞれに『毒』というものを持っており、一般的には「見た者を廃人にしてしまう」とある時点で人間の主を持つ魔道書がどれだけ危険なのかは想像に難しくない。
次に意思有りという部分だが、これはそこまで珍しくない。ザックリ言ってしまえば魔道書の原典の殆どは個々に意思を持っており、「自身の知識を広めよう」とする働きがある。その為なら魔道書だって次々と廃人を増やしながら大陸を渡る事もあるし、小説家などに自身の写本を作らせたりもする。しかし、特別記述されているところを見れば碌な人格でないのは間違いない。そういうのは偶に現れては異界を作り出したり多数の行方不明者を出しているが、大体が早急に教会関係者によって封じられている。
「これは、ちょっと流石に知りたくなかったですねぇ」
この他にもあらゆるものをコピーするなどいろいろ書かれているがシスターが最も目についたのはその魔道書独自の毒である。
『魔道書その毒』という項目には『浸食』と書いてあり、またその毒こそがこの魔道書の最も重要な部分らしかった。
『この魔道書独自の毒である浸食は周囲のモノ全てに干渉し、その情報を採取するという元々写本として作られたこの魔道書が持っていた機能の一つが変異したものである。この魔道書に近づいたものはヒト・モノ・現象問わずその毒によりありとあらゆる情報を読み取られその内部に記録されてしまう。当然この毒の影響をもっとも受ける者はその主であり、主には魔道書を持つ資格としてこの原典に記録されていない情報を持っている必要がある。その情報を複写された時がその主の最後であり、魔道書はその情報を元に本物を超えた存在として主に成り代わってしまう。この毒の耐性には個人差があるが、例えすべて複写されていなくても脳にかかる負担は相当であり、最大で1年―――――』
というところでシスターは資料を読むのを止めた。
「これ、燃やしましょう」
シスターにしては珍しく淡々とした口調で発言し、ローラが許可を出す前に破り捨ててしまう。
そのまましばらく下を向いていたシスターだが少しすると顔を上げ、
「いやーあまり知りたくない事実でしたねぇ。ステイル君たちに見られるとまずいですよ。とりあえずここが火の海地獄になりますねぇ」
といつもと変わらぬ笑顔で軽口を叩き出す。
「私は面倒くさいことが嫌いです。だから争いは嫌いです。どうせなら楽しい方がいいですしね。だから、争いの種になりそうなことは隠してステイル君たちが帰って来た時はみんなで楽しくお祝いでもしましょう!」
シスターはその碧い瞳を輝かせながら同僚たちの帰りを待つことにする。もし禁書目録も一緒に帰ってこられたならばまた友達になろう。ややこしい事情や都合の悪い事には蓋をして、笑顔で楽しく過ごす。それがこのシスターのモットーであり、禁書目録が居ない今「穢れを一手に引き受ける」という都合上どうしてもジメジメとした雰囲気が漂う
「そうね。偶には私が給仕を務めてやりてもいいのだけれど……」
「あはは、またステイル君に炎剣ぶっ刺されますよー――――っとそういえば気になったことがあるんですけど」
「何かしら?」
割と本気だったフリを簡単にスルーされたローラは若干不貞腐れながらもシスターの質問に耳を貸す。
「その魔道書ってやっぱりその役割上インちゃんみたいに記憶消去されていないんですよね?」
「ええ、そうよ」
「うーんじゃあ、なんで今までインちゃんを乗っ取んなかったんですかねえ?貴女の事ですから、インちゃんが仕事を始めたころにはもう首輪と一緒に付けていたんですよねぇ?」
シスターの言い方ではまるで自分が普段からいろいろ悪巧みしているように聞こえてしまうので訂正させたかったローラだが、まあ今回に限って言えばその予想は当たっているので彼女の質問には答えておくことにする。
「正確にはあれを拾いし時にはもう付けていたかしら」
「あはは、エグイですねえ。ま、それぐらいでないとこんな仕事やっていられませんかぁ。勉強になります―――試す気ないですけど。うーん、だとするとやっぱりおかしいですよね?」
今のヒントだけを頼りに恐らくは今回の事件が起こった本当の理由に辿り着いたであろうシスターに対して、ローラは決して顔に出さないように心の中でほくそ笑む。普段の言動からは想像しにくいがこのシスターは実は相当優秀だ。誰に対しても物怖じしない性格と物事の裏に潜む真実を探り出す嗅覚は時と場合を考えれば武器となる。その時と場合を考える能力が圧倒的に足りないのだが、それすら利用して立ち回る事を覚えたならばローラの右腕にもなり得る人材となる。イギリス清教の為とはいえ、今回の様に部下であるステイルや神裂を騙して色々な工作をしていてはいかにトップとはいえ立場が危うくなる時がある。そうならない為色々上手く立ち回っているのだが、最近は学園都市との交渉などで色々忙しいので流石に一人ではカバーしきれない事もある。そうならないためにいざというときの為の人材育成は基本である。
まずはこの件が終わった後の学園都市との会談に彼女を同席させてみようとローラはいまだに自分の仕事に戻ろうとしないぐーたらシスターに狙いを定めるのであった。