気が付けば秋瀬七実はもう何度も見た暗闇の中にいた。
「死後の世界にしちゃ変わり映えがしないな」
率直な感想を言う余裕さえある。
そんな個人の感想とは裏腹に既に暗闇の中にたったひとつ設置されたスクリーンには映像が映し出されていた。
そこには、今さっき経験した光景が映し出されていた。
ゾンビに追われ、魔術師と出会い、暗部の襲撃部隊を迎撃する。今まで起きた出来事が遡るように再生されていく。
「こいつは――俗に言う走馬灯ってやつか」
今までで初めての経験に驚く。
そうしている間にも映像は
自分の全てをかけてでも教え子たちを救おうとした彼女の人生は確実に秋瀬なんかの人生とは重みが違う。……あの子供たちに自分から何かを伝えることはできないが、願わくばハッピーエンドで終わって欲しいものだ。
そして、御坂美琴との遭遇から去年の大覇星祭。おそらくここが”秋瀬七実にとって”最も古い記憶だった。
そこから、記憶は飛び秋瀬とは別の人物の物語が写しだされる。
先代の
彼の名前は
今から8年ほど前、行き倒れだった名無しの少年をまだ”残夏”漂う季節に”骸”のように生気のない子供だったからという理由でとある科学者が付けたのだ。
思えばその時から彼が選ばれるのは決まっていたのかもしれない。名前を与えられるということは未来を期待されているということだ。それは特別で幸せなことなのだろう。
連れてこられた施設には、彼と同じか年下と呼べる子供たちがたくさんいた。子供たちにはそれぞれ番号が割り振られ、その番号によって生活していた。残夏骸なら”696”という具合に。
子供たちには名前がなかった。名をつけられぬまま捨てられた子供、名を無理やり捨てられ奪われた子供、そして自ら名を捨てた子供。それが骸たちが受ける実験には必要な条件だったのだ。
劣能力者開発実験。ズバリそのままの名称のこの実験はいくつかのカリキュラムに分けられていた。基本的に子供たちはグループごとに分けられ、順番に実験が行われた。順番が回ってくる条件は機材の空きが出来た場合――つまりは、適合せずに被験者が”役に立たなくなった”ときだ。機材の数には、座れる席には限りがあった。適合すればその機材は二度と使えず、余りの子供たちは別のグループに回される。そうして全ての席が埋まったとき余りがいれば彼らは実験を受けなくてもいいというルールになっていた。
でも、現実は違う。毎日どこからか追加されてくる子供たちは数日後にはほとんど入れ替わる。実験内容自体がまともではなかったのだ。なにせ、適合条件自体が全く不明。機材と被検体の相性と適正によって決められると言えば聞こえはいいが、実際は壊れやすい鍵穴に頑丈な鍵をプレス機で無理やり押し込むようなものだ。鍵穴と鍵はいくつかあり、組み合わせは無数にあるが一度使った鍵穴はもう二度と使えず、そもそもその中に正解があるかどうかさえわからない。
そんな状況で奇跡的に鍵穴と鍵がぴったりと一致したのが
そもそも一般的な能力者とは作り方からして異なる。そんな狂気の実験を骸は生き延びた。はじめに比べると明らかに数の減った同胞たちとともに
でも、ここからが本当の地獄だった。
それは、同胞の後始末。
『でも、そこがあなたたちの素晴らしいところなのです』
そう、あの科学者は言った。
『私は別にそれでもいいのですがね』
と言いながら科学者は骸が発現したその
簡単に言えば
数年経つ頃には、残夏骸はその能力を完璧なまでにコントロールできていた。暴走の可能性が限りなく低い劣能力者としての最高傑作として彼は完成していた。同胞を、生きたまま脳を狂わすことで殺し、その経験によって進化する。ただ言われるままに処理してきた彼の周りには同じ劣能力者は数人しか残ってはいなかった。いや、同じなどではない。彼らが失敗すれば処理するのは自分なのだ。既に同胞などではない。骸は本当の意味で感情を失った生きたままの死体となっていた。
それでも、骸が生きていたのはいつからか周りに居た少女のせいだった。骸よりずいぶんと年下の5.6歳くらいの少女。”351”と呼ばれていた少女はいつも笑顔だった。なぜか骸の周りから離れず、いつもニコニコとついてまわる。鬱陶しかった。少女も劣能力者である限りいずれ処分される。その時手を下すのは自分だ。仲良くしていても手心を加える感情を骸は持ち合わせていないというのに……
だけど、いつまでも少女は骸のそばを離れなかった。そして、いつしか骸も少女にだけは笑みを浮かべるようになっていった。
希望がないこの世界でも骸は願いを持った。いつかこの少女も処分されるときが来る。
その時手を下すのは――
「それまでは死ぬことは出来ない」
実験の凍結が決まった頃には劣能力者と呼ばれる人間は5人ほどになっていた。骸と少女。どんな時も
そして、最後の実験が始まった。
骸は姉妹の姉を殺し、その実験を終わらせる。誰かを殺す。それが実験を終える条件。膠着状態が続き、疑心暗鬼になるまでもなく速攻で骸は一人を処理ではなく、殺すことによってその実験を終わらせた。
それにより、残ったものたちはそれぞれの道を進む。一人一つの願いを聞かれ、骸は少女といることを望んだ。
たとえ実験が終わったとして劣能力者でなくなるというわけではない。いずれその時は来る。
それまで少女を守り抜き、最後は自らの手で終わらせる。それが骸の生きる意味だった。
結果として、残夏骸はその願いを叶えられなかった。
少女と骸の身体が限界に来たのは同時だった。それを知った骸が実験を切り上げて帰った場所にいつもいるはずの少女はいなかった。
自身のノイズを処理しきれなくなった骸は必死に少女を探した。しかし、どこにも少女はいなかった。
そんな中でも事件は起きる。あの実験を生き残った無能力者の少年が学園都市に……科学者たちに反乱した。最後の仕事として強制的に向かわされた現場で少年と交戦し、暴走寸前の圧倒的な力でねじ伏せる。こんなことをしている暇ではなかった。少女を探さなければいけない。骸の体が崩壊する前に少女を探し、そして……
骸はその場にいた科学者に詰め寄り、少女の居場所を聞き出す。
『ご褒美です。ただし、タイムリミットは午前零時それ過ぎればあなたの体は崩壊する。フフフ、シンデレラは王子様を見つけ出せますかね?』
少年を制圧した見返りとして提示された時間まであと数時間もなかった。それを過ぎれば骸は死に、少女は再び実験に巻き込まれる。
ただし、時間内は科学者があらゆる行動を黙認させる。邪魔は入らないという条件で始まった。かくれんぼは思わぬ形で終わりを迎えた。
少女はひとりの少年と出会っていた。右手に異能を打ち消す力を持った正義の味方。神様の奇跡さえ消してしまう少年は少女の願いを聞き入れていた。
一人は少女を殺すために、一人は少女の願いを叶えるために――相容れないふたりは激突した。
事ここに来て骸がその身に秘めていた感情を抑えることなど不可能だった。暴走寸前の力を振るい、目の前の障害を排除する。今ここで少女を殺してあげなければもう誰も少女を守ってあげられる人間はいなくなる。もうすでに目の前の的に少女を任せるという選択肢など思いつかない。いや、たとえ思いついてもそれを選ぶことはない。少女は骸にとって生きる意味であり、守り抜くと決めた存在だった。それを誰かに委ねるという選択ができるほど物分りが良くはないのだ。
決して譲れない戦い。
しかし、余りにも相性が悪かった。残夏骸はその少年に出会ってはいけなかった。
放ったノイズが右手に触れるだけで骸の命が削られる。絶対に負けてはいけない戦いは絶対に勝てない戦いだった。
限界を超え、
そうして現れたのは白い少女だった。
その白い光に包まれ、死にかけの体で最愛の少女に手を伸ばす。しかし、残夏骸の手は届かずにそのまま地面へと落ちた。
「これが、あいつの最後の記憶」
スクリーンを無言で見ていた秋瀬は残夏骸の最後を何度も思い出していた。秋瀬の能力が見せるノイズとして現れるそれはある意味では前世と言えるものだろう。
「あいつの身体はもうボロボロだった。長年の無茶な実験と最後にあの右手と来たもんだ」
風船を思い浮かべるといい。残夏骸の体はノイズという気体が入った巨大な風船だった。ノイズとは彼の命そのもの。少しずつ抜けていくがそれは消えるのはなく、循環してまた骸の体に入ってくるもの。それに対してあの右手は触れただけでそのノイズを完全に消し去ってしまう。それに加えて一番まずかったのは風船そのものが異能の塊だったということだ。一発殴られただけで大穴が空き、使い物にならなくなる。正に天敵。彼が最後に相手をしたのはそういう相手だった。
「そして、これが俺の最初の記憶」
残夏骸は死んだ。しかし、少女はまだ生きていた。
これは残夏骸の知らない秋瀬七実だけの記憶。
少女は――”351”と呼ばれていた少女は必死に手を伸ばす。こちらに伸ばされていた手を掴み取る。
「むくろちゃん……ありがとう」
その小さい手は弱々しくもしっかりと少年の手を掴む。重なりあった手と手の間から青い光が生まれ出す。
「私ね、あの実験が終わったとき先生たちにご褒美は何がいいって聞かれてね、名前が欲しいって言ったんだ。あはは、むくろちゃんが知ったら馬鹿な願いだって叱ると思ったから言えなかったんだ。…………でもね、これは私にとって大切なことなんだよ?だって、ずっと憧れてたんだあなたに名前を呼ばれて私が呼び返すの。多分むくろちゃんは恥ずかしがって呼んでくれないと思うけどせめて……一度は呼んで欲しかったな……」
青い光は徐々に強くなり少年ー残夏骸と少女を包み出す。その光は命の輝き。少女の最後に残った力。
「私の名前はね。
少女の――――ミコトの能力は命を繋げる光。あらゆるものの命を繋ぎ留める治癒能力。そして、その
例えどんな怪我でも治せる代わりに、一度使えば死に至る絶対的な
「……!?……ごめんね。むくろちゃん。私の能力でも完全に治すことは出来ないみたい」
しかし、骸の命は既に無数のノイズとなって散らばってしまっていた。命を繋ぎ留めるミコトの能力でも完全に元に戻せないほどに……
そんな少女の前に白い少女が現れる。
『クスクス』
「……あ……なたは、―――」
白い少女は笑みを浮かべその手を差し伸ばす。
ミコトはその手を迷わず掴み取る。片手は最愛の少年をしっかりと握り締めたまま、その強大なエネルギーを繋ぐ。
「
たったひとりの少年を救うために
「一度でいいから、むくろちゃんに名前……呼んで……もらいたかっ……たな」