あらゆる魔術を記録し、超能力すらも自らのモノとしてしまうほど圧倒的な性能を持つ魔道書を手に入れた秋瀬七実のとった行動は先程までと同じだった。
例え戦える力を手に入れたとしても今、目の前にいるのはあくまで魔術師に操られた駒だ。見た目通りに「人間やめました」と言っているかの如き力を振り回すこの怪物を倒さない限り操っている本体にたどり着く事は出来ない。
「今俺達が出来る中であいつらに有効なものを調べろ」
迫り来る異形の攻撃を間一髪で躱しながら現在は本としての形をやめ、体内に潜り込むことで秋瀬の身体と一体となっている魔道書へと指示を飛ばす。
圧倒的な力を手に入れたとして直様その力を行使する事など出来ない。
ある日特別な力を与えられたとして、それをすぐに使いこなせるのは限られた人間だけだ。あいにくと秋瀬は自分がそんな人間だと思えるほど楽観的ではないし、自分が恵まれた人間だとも思えない。
第一、そんな頭の中が幸せな人間が
だからこそ、恵まれた人間でないからこそ慎重に劣等者には多過ぎる選択肢を狭めてやらなければならない。
そういった意味では秋瀬が引いた魔道書は良くも悪くも唯一無二の相性だった。
『検索終了。該当なし。ついでに言えば現在、我が新たな主が使える術式もなしだ。才能以前の問題じゃな』
「よし、じゃあ今度は敵の弱点までとはいかない………せめてどんなものかは調べてくれ」
魔道書からの回答はある意味予想通りにものだった。才能以前という直接的すぎる言い回しで少々機嫌が悪くなりはするが日頃蔑まれなれている精神はその程度の事で揺らぎはしない。
魔術とは自分だけの現実によって発言する一人一つの能力と違い、学べば誰でも無数に使用できるものだ。
しかし、要は完全な才能である能力に対して努力あるのみと言われているわけで誰でも気軽に使えるものなどでは断じてない。
魔術を行使するためには知識が必要であり、能力者が日頃なんとなく使用している能力と違いその魔術の仕組みを完全に理解した上でなければ魔術は使用できない。そのためには膨大な時間が必要であり、自分が本来過ごすはずだった余生を全て魔術の研究のために費やす程の努力をして初めて魔術師と名乗れるのだ。
魔術の存在を知っているから使えるなんて甘い考えは彼らに対する最大級の冒涜だ。
「アハハ、逃げ回ってるだけじゃさっきと同じだヨォォォ?」
遠くで無邪気な子供の笑い声が聞こえる。
現在相対している魔術師もそういう意味では人生を魔術に懸けた人間だ。それはその圧倒的な実力が物語っており、魔道書を手に入れたばかりの人間が勝てる相手ではない。
しかし、だからと言ってむざむざ殺されるわけにはいかない。
『九時の方向、来るぞ』
「九時ってどっちだ?」
『お前様の真後ろじゃ』
振り向いた時には異形の怪物が作り出した鋭利な刃物を思わせる触手が眼前に迫っていた。
(ッ、避けられない!)
その攻撃は既に完全に秋瀬を捉えていた。今から動いても防御も回避も出来はしない。精々が拳を突き出すことが限界だろう。
なら、相手に自分で避けてもらう他ない。
「
差し迫っていた触手が不自然な動きで秋瀬の身体を逸れる。
まるで自分から避けるようなその動きは決定的な隙を生む。
「――――流し込めェェェェェェ!!!!!」
既に突き出していた手で怪物に触れる。
物理的な威力は全くといって無い攻撃はその掌を通じて流れ込んだ魔力によって一撃で怪物の身体を抉り取る。
「俺の
余程の事がない限り起こりえない現象だが、高濃度に圧縮されたノイズだったりを脳に直接流し込まれれば避けられない。特に後者は致命的で、例え受けた相手が死亡してもこびり付いてしまったシミのように消えることはない。基本的にそんな状態になった相手は廃人コースなので相手にすることはないが、親機に対する子機のように大元である
『ふむ、術式は使えずとも魔術を行使する際の魔力は扱えるようじゃな』
その状況を作り出しているのは他でもない魔道書だった。
自らに内包した魔術の知識を広める魔道書だが、才能のない人間からしたらただの本となんの変わりもない。原典なので下手な人間が覗くと気が狂うがそれでも狂わない、あるいは最初から狂っている人間ならば扱える代物である。
才能がないのに扱えるという最悪の条件を持つ秋瀬にとっては正しく宝の持ち腐れ。会話の出来るインテリア程度の価値しかない。だから最初からまともに使おうとすらしていない。
よく出来た人工知能付きの検索エンジンだと思えばいいのだ、こんなものは。一般的なものとは違い、自分で知識を収集するこの魔道書は扱う司書がいなくてもある程度自律行動で集めた知識を行使できる。それこそ秋瀬などよりも膨大な知識量を的確に捌くことが出来るだろう。
そう、この魔道書はあくまで魔道書固有の堅牢さを持つ、秋瀬の能力を以てしても”壊れないだけの人工知能”である。
「能力の制御と魔術の行使は任せたぞ」
『お前様は何をする?』
「主ってのはふんぞり返っているものだろう?」
言うなればその能力のせいで高性能なコンピューターを使用できない能力障害専用の代理演算装置。それは能力障害が科学サイドにしか効果がないが故に魔術サイドである魔道書にしか出来ない役目だった。
自分自身でコントロールすることが不可能な為、制御不可能な劣能力は今、魔道書という唯一無二の相方によって全力を行使することができる。
『全く気楽なものだ。それはそうと、あまり時間はないぞ。我の専門はあくまで魔術じゃ。専門外の力などいつまでも抑えていられん』
「わかってるって。あともう少しの辛抱だ。相手の手駒は今倒した一体だけ、後はあの小生意気な金髪ショタを―――って、あれ?」
愚痴を言う魔道書を宥めながら普段有り得ないほどの余裕をかます秋瀬だったが、周囲の様子を見て顔色が一変する。
目の前を見ると今しがた倒した怪物が一体。そして、少し離れたところに一体、二体、三体……計三体の新たな怪物が控えていた。
「………なんか増えてるんですが」
『うむ、我の中に該当する項目があった。あの魔術師―――サウロ・マルティスもまた今のお前様と同じ魔道書持ちのようだ』
「そんなポンポン魔道書持ち歩いていいんですか
折角人が魔道書という新しい力を手にした途端これだ。しかも、明らかに年期が違う。
「ボク達は完全実力主義なんだヨ。一人一人が最強でも何も問題はないヨ?」
サウロの指先から魔術によって不可視となっていた無数の糸が現れる。
それこそが魔術師サウロ・マルティスの持つ魔道書だった。
魔道書
クトゥルフ神話に登場する同名の魔道書を元にした様々な写本から派生したモノの中の一冊。
その秘術は
そういった経緯で多くの持ち手の手を渡り歩いたこの写本は今秋瀬の手に渡った魔道書と同じように自身の魔道書としての拭いきれない『毒』を含めて最大限に利用してくれる持ち主へと巡り合った。
「ボクはね、楽しいんだヨ。だってそうダロ?この魔道書さえあれば死んだ人間をボクの好きなように扱えるンダ。手放すはずがナイ」
サウロにとっては死体も死者もその魂ですら自分を楽しませる為の玩具でしかない。
ある時は敵の魔術師を倒すために関係ない人間を手駒として殺し、ある時は許しを乞う敵を殺した後に再び生き返らせその生命をとことんまで冒涜する。そんな行為があくまで合法的に行える必要悪の教会は正にサウロにとっては都合がいい利用価値のある集団なのだ。
「君は入れ物ダ。魔道書を運ぶための入れ物………本当はあの禁書目録を僕の玩具にしたかったんだケド、どういうわけか勝手にその魔道書が転生しちゃってネ。まあ、そっちは後でいくらでも時間はあるし、まだ教会にも遊び甲斐のある駒は沢山有るから取り敢えず沢山抵抗してネ」
サウロからすれば学園都市最低の劣能力者も他と変わらない玩具の一つに過ぎない。只今は触れただけで精神を侵食してしまう魔道書の中でも最悪に近い『毒』を持ち運ぶための容器になるだけ。そこに秋瀬の持つ学園都市でのレッテルなんてものは関係ない。
強いて言うならサウロの本来の目論見では逃走した禁書目録を必要悪の教会としての大義名分で先行していた二人の魔術師事殺害し、優秀な玩具として暫く遊ぼうと思っていた。それがよくわからない内に標的の魔道書が他に移り、玩具を手に入れる機会が後回しになってしまったので少々欲求不満気味であるくらいだ。
だから、今目の前の標的が抵抗してくれる事を望む。そうすれば、戦力を得るためにより多くの人間を手駒とすることが出来る。
ただ己の欲求を満たすために行動するという魔術師としてはある意味で正しいとも言えるサウロに対し、秋瀬達が抱いた感情は生命の冒涜に対する憤りでもなく身勝手に対する怒りでもない。
「よかったな。早速お前の生き返った意味が見つかったじゃん」
『うむ、今はお前様の所有物ではあるが以前の主に対する最後の務めじゃ。よもや止めはしないだろうな?』
「まさか。俺は降りかかる火の粉ならたまに払うけど基本的には誰が誰を殺そうとどうでもいいし、そもそもこの街で最底辺である俺にそんな権利はない。学園都市最低はこの町に住む全ての人間を見上げながら俺と同じ最低へと堕ちてくる奴らを嘲笑うだけさ」
魔道書は目的が見つかったことへの喜びと新たな一歩を踏み出す切っ掛けが出来たことに震え、劣能力者はこの街に来たばかりの魔術師を自らよりも上位の存在として認めながらその行いを下から徹底的に嘲笑う。
人間にとって最も腹が立つことは自分の存在を認識されないことと下等な存在から馬鹿にされることだ。それを最悪最低の一人と一冊はよく理解していた。
「ようこそ、新・入・り!」
「なかなか面白いことを言うネ…………なら、死んじゃってヨ!」
少年の片言混じりの日本語とともに指先についていた糸が高速で動き、秘術によってこの世に縛り付けていた死霊ごと3体の怪物の肉体を縛り付ける。別々に作り上げた粘土の模型を無理矢理一つにするようにその魔術によって分離していた肉と肉とを組み合わせ一つの巨大なクリーチャーへと作り替える。
「おー、でかい」
『感心している場合ではないが、これはこれで風情があるのう』
劣能力者にも魔道書にも狼狽した様子はない。
サウロ・マルティスが自らの欲望を優先し、魔道書にその魔術の詳細を検索する時間を与えてしまった時点で勝負はついたも同然だった。後はその情報を持ち主がどう活かすか。
これが魔道書の以前も所有者であるあの少女ならサウロの魔術を一目見た瞬間に自力で正体から対処法までを求め出していただろう。それが彼女の強さであり戦い方であり、魔道書は魔術師との戦闘においてあの少女の心配を一切したことがなかった。
そして、現在の主――『学園都市最低』秋瀬七実は答えを出す。魔道書が所蔵する魔術も礼装も全てが使えない才能無き主が出す答えは、
「俺がお前の記録した魔術を使えないのは俺にその知識がないからだ。そうだな?」
『肯定だ』
「お前はあらゆるモノを記録するための魔道書であり魔術以外でも関係なく記録できる。そうだな?」
『肯定だ』
「よし、ならとっておきのを見せてやる!」
秋瀬には魔道書が今まで貯蔵した知識のほとんどが理解できない。しかし、この街は学園都市だ。この街にはこの街の異能が存在する。
思い浮かべるのはもう何度も見た一撃。時に後ろで、時に隣で、そして時に正面から何度も見たそれは秋瀬の脳内に強烈なイメージを植え付けている。
胸ポケットから取り出したのは一枚のコイン。一年前、彼女と初めて会ったときに焼け焦げずに残ったもの。
「マニアからしたら垂涎モノの超レアものだ。たっぷり味わえ!」
『術式認証完了』
コインを握り右手を突き出す。
込めるのはノイズではなく電撃――秋瀬の記憶を下に魔道書から送られてきた魔術に置き換えられたそれが能力で発生したノイズを伝い身体中を駆け巡る。
「何をするつもりか知らないケド………死んじゃエ!」
それを、学園都市では大きな意味を持つその一撃を知らない魔術師は自らの手駒を差し向ける。
糸によって操られた怪力が炸裂する直前――――眩い光を発しながら、それは放たれた。
「『