本日の講師を務めるという小萌と名乗る明らかに小学生サイズの教師から渡された案内書を確認しながら目的の教室を探す。
正面玄関から階段を上がり、学年毎に分けられた教室と定期的に配置された空き教室や音楽室などを一瞥し、その中にいくつか混ぜられている学園都市特有の能力開発施設があるのを発見する。しかし、その数も大きさも”最低限”という言葉が似合うような作りで基本的に外で言う普通の学校を目指して作られたものだということが分かる。
しかし、一般的という言葉がこれほど似合う学校はこの学園都市を探してもそうはない。
ここは天下の学園都市。
その中でも学生の集う学校というのはいうなれば超能力開発の最前線だ。当然一般的な学校らしさよりも研究所的な要素が色濃く出ている学校なども少なくはない。
秋瀬が通う長点上機学園はその最たる例だ。
『一芸特化の長点上機』と言われるように人生の中でもそう長くはない学生でいられる時間を有効活用するため個々人にあったカリキュラムを用意すると言うと聞こえがいいが、逆に言えばこういった一般的な学生生活を完全に手放しているとも言える。
様々な能力を持つ学生がまとめて一つの教室で同じ授業を受けるというのは長点上機の人間からすれば呆れるほど非効率なものであり、学生のみならず教師陣の中にもこういった学校自体を劣等種として見下している節がある。
「………と、ここか」
目標の教室は簡単に見つけることができた。
なにせ本日は休校日。この学校に通う本来の生徒たちは皆夏休みを満喫しており、一部の教師陣以外は秋瀬のように特別講習のために訪れた一部の学生しかいない。
案内所に示された目的地の近くで人の気配がすれば嫌がおうにもそこが件の地であることは理解できるだろう。
「、うわ…………」
開け放たれた教室を後ろの扉から覗き、早くも後悔しそうになる。
そこには学校も年齢も違う多種多様な人間が集まっており、その全てが予想通り不満そうな表情で時が過ぎるのを待っていた。
当然といえば当然だ。ここにいる人間の共通点は先の木山春生が起こした事件で幻想御手を使い、その副作用で何日も意識不明の状態に陥った被害者。つまりは、自らの能力を上げるために知らなかったとは言え複数の人間の脳はを繋ぎ、最終的にAIMバーストを出現させた加担者達。これで全てではないが、ここにいるものたちは少なくとも自分達が周りの人間からどう見られているかは理解できているだろう。
「あ、お前は!」
「?」
秋瀬の呟きが聞こえたのか教室内で席はいくらでもあるはずなのに隅っこでヤンキー座りをしていた”如何にも”なガラの悪い男が近づいてくる。
しかし、こういう時の対処法というのを先に教室内に入っていた他の学生たちは心得ている。
ヤンキーを熱いものは触れずに遠巻きに眺めるに限る。誰一人今まさに絡まれそうになっているかわいそうな同胞に手を指し伸ばすことなどしない。遠巻きに見るにはこの退屈な時間を紛らわすには最適だが、自分に火の粉が回ってくるのはゴメンだと言うように、こちらを横目で確認しながらも我関せずの姿勢を誰ひとり合図せずとも貫けるところを見ると、彼らの処世術は意外に高レベルなのかもしれない。
「おう、おう、おう、どうしてこんなところにテメェが来てるんだ?」
「………そういうあなたはどちらさんでしたっけ?」
「っ!?お、俺を憶えてねえのか?」
肯定だ。
絡んできている以上相手はこちらを知っているのだろうが、絡まれなれているせいで秋瀬としてはいちいち絡んでくる相手のことなど憶えてはいない。何せ、今月に入って常連、ご新規さん含めて既に食事の回数より多い計算となっているくらいだ。
「ここにいる以上、幻想御手事件の前後に会ったって事くらいはわかるんですが、生憎俺も暇人ではないのであなたを憶える脳の容量は他に使いたいんですよ。それでもいいなら一応名前だけは聞きますけど?」
「~~~~っ!そういう、態度がムカつくんだよォォォォ!!!」
胸倉を捕まれ、握られた拳が眼前に迫る。
当然避けられはしない。自慢ではないが秋瀬の体には自分を捕まえている手を振りはらう力も、拳を避けるスピードもない。そもそも、しっかりと胸ぐらを固定されている時点で一撃は既に覚悟している。
(一発で離してくれたら受身さえ取れればなんとか逃げ切る自信はあるけど、そう簡単には行かないよなぁ」
相手は仮にもただひとり孤独に教室でヤンキー座りを敢行するという筋金入りだ。多少は喧嘩慣れしているだろう。折角相手の身動きを封じている以上反撃が来るまでは2発、3発と攻撃を繰り出してくるはずだ。
周囲の助けも期待出来ない以上、最悪今日も病院のお世話になりそうだなぁと現実逃避を始めるが、意外なことに現実は秋瀬を見放してはいなかったようだ。
「そこまでじゃん」
「な、この離しやがれ!」
男の暴行を止めたのは二人、秋瀬を殴ろうとした拳をそれ以上の力で止めたのは「じゃん」という語尾が特徴的な女教師で、夜遊びをする学生間では有名なレベル3程度なら暴走能力者相手であっても武器を使わずに相手が可能という割と人間離れした警備員の一人であり、
「ここは学校だ、神聖なる学び舎でそのような行いは見過ごせんな」
もう一人はこんな一般的な学校に相応しくないほどの名門校の制服を着た秋瀬や男と同じくらいの林檎の花の髪飾りをした黒髪の少女だった。
少女は男を一瞥したあと必死に顔を背ける秋瀬を認識してしまったようで瞬時に男から離れ、目線を合わせるように秋瀬の前に立つ。
「おや、誰かと思えば秋瀬殿だったか。これは私が手を出すまでもなかったかな?」
「有名校の風紀委員様に知り合いはいない。人違いじゃないですかねぇ?」
「いやいや、私が恩師であるアナタを見間違えるはずがなかろう。して、どうしてここへ?」
見た目に反して時代掛った言葉遣いの少女の視線から必死に逃げようとするも、こちらは首を回すだけなのに
「お、そういえば二人共長点上機生じゃん。それじゃあ、今日はふたり仲良く――――」
「俺を無視すんじゃねェーーーー!!」
女教師と少女の二人のマークが緩んだせいか、いつの間にか男は拘束されている手とは逆の手を使って腰に付けられた改造ベルトに不自然に付けられていたペットボトルに手を伸ばす。
このベルト明らかにおかしい。確かに腰に水分補給用の飲み物を付けられれば便利ではあるが、運動する際に腰部に一定以上の重りがあることはあまりいい条件ではないはずだ。彼等のような人種と殴り合いになれば確実に無傷では済まない身として基本的に逃走という手段を取ることにしている秋瀬としてはその違和感の答えは簡単に導き出すことができた。
「能力かっ!」
恐らくは同じ考えに至った少女もすぐさま反応するが、男との間に秋瀬がいるせいですぐに身動きを取ることが出来ず次の一手を許してしまう。
そのペットボトルは元々ミネラルウォーターを入れていたようなある程度の握力があれば簡単に握りつぶせるようなタイプだった。当然そのある程度というラインには目の前の男も当てはまり、握りつぶされた容器からは内包されていた水分が一斉に飛び出す。
「ペットボトル…………思い出した。コイツあの時の!!だとしたらマズイッ!!」
目の前の男がいつの日だったか大量のペットボトルを所持して秋瀬を襲ったスキルアウトだと理解するとこの後の惨劇を予測し、なんとか阻止しようと秋瀬にしては本当に珍しく自ら前へと出る。
「ほう、水流操作系か。面白い!その勝負、正々堂々この
「あ〜、ちょっと待て!」
勝手に自分への挑戦ととってしまった少女はどこから取り出したのか竹刀を構え、秋瀬の忠告を無視して握り潰されたことで重力に従い地面へと落下を始める水を有り得ない事にペットボトル男が何かする前に一閃する。
切り伏せられた無数の水滴は何故か吸い寄せられるようにその殆どが秋瀬へと命中する。
「ギャーー!?」
完全な流れ弾を食らっている間にも自体は進行し、既に少女は次の攻撃に移っていた。
「まずは能力を封じる!」
「はぁ!?」
不意を付いたつもりが何故か先手を取られていた男は突然の事態に対応することも出来ずそのまま2打目の突きを鳩尾に受け、教室内へと吹き飛ぶ。
「よし。……………む?どうした、次は貴様の番だぞ?…………ん、まさかこれで終わりか?」
「あーあ、俺止めようとしたんだけどな」
幸い扉が開け放たれていた上、男が吹き飛んだの直線上には巻き込まれるのを恐れたのか誰もいなかった為、大した被害が出なかったことを確認してから何故かとても不思議そうな顔をしている少女に向き直る。
「あ、秋瀬殿。これはどういうことだ!?」
「いや、説明したくないんで自分で考えてくれ…………」
この姫城という少女は長点上機生でありながら、学園都市の治安を守る風紀委員でもある。
それがどれだけおかしい事かは残念ながらこの場では同じ長点上機という制服を着る秋瀬にしかわからないだろう。
あの学校に通う人間というのは基本的に例外なく集団行動には向いていない。よく似た人間同士や打算でグループを作ることはあるが、優秀であるということと引き換えに何かを置いてきたもの達ばかりなので一般的な感性を求められれば等しく落第点を取ることは疑いようがない。そんな中で人様や学園都市の風紀の為に扱き使われる風紀委員をやるものなど当然マトモであるはずがない。
今、まさに一部始終特等席で現場を目撃した女教師にアイアンクローを決められている少女は恐らく今日は風紀委員の職務の一環としてこの場にやってきただけだろう。
だからこそ、この場に集まった人間がどんなもの達なのかも理解していない可能性もある。それはそれでどうかとは思うが、それだけ幻想御手事件というものは一部の伸し上がり程度では左右されない強者達にとっては何でもない事件だったということだ。
女教師の驚異的な握力に先程の力など一切感じられないほど手足をブラブラと伸ばすほどのダメージを受けながらも姫城は一体自分がどうしてこのような目に遭っているのか理解できていない様子。
きっとこの異常者の中では突如として能力を使おうとした相手を鎮圧しただけなのだろう。
相手が幻想御手で一時的に能力が上がっていただけの下位能力者であり例え能力が使えたとしても大した被害になるとは思えなかったこと。
秋瀬の能力障害によって仮に戦闘になっていたとしても演算の段階に入った時点で姫城の竹刀が切り落とすまでもなくペットボトルの水はただ自然の摂理に倣って地面に落ちて少し廊下が汚れる程度の被害で済んだこと。
という二点には暫く到達できそうにない。
「黄泉川、せん、せい。これは一体どう言う事なのか、説明願い、た………い」
「………秋瀬、私はコイツに話がある。今、吹き飛んだやつと一緒に先に席についているじゃん」
「いや、俺に襲いかかってきた奴を助けるほどの善意はないんですが」
「な、に、か、言ったじゃん?」
この女教師に逆らってはいけない。
学園都市最低云々抜きにしてこの場でのヒエラルキーを本能で理解し、先程よりも警戒の目が強くなった教室内へ流れ弾のせいでビショビショになった秋瀬は駆け込むのだった。