「で、なんでこんな事になってんの?」
「知らねえよ!」
「うむ、私も本来なら手伝いだけの予定だったのだがな。先程、黄泉川先生から特別に講習を受けるように仰せつかった。これも良い機会だと思っている」
右隣からは尚も傷の癒えていない様子のペットボトル男(水木というらしい)の半ギレ半ベソの回答が聞こえ、反対側からはこの状況を罰だとは微塵も考えていないような姫城のハキハキとした受け答えに頭を悩ませざる負えない。
「そこ、うるさいじゃん!」
「すみません。こういった授業は初めてなもので!」
「………俺だって、篠宮さんに言われなきゃ誰がこんな所に来るか!」
どうやら秋瀬と同じ長点上機の生徒である姫城にはこういった普通の授業風景すら新鮮らしくやけにテンションが高い。が、こういった場面で授業の妨げになる筈の不良の方は随分と肩身が狭いようで最早囁くような声で文句を垂れることしか出来ないようだ。
そんな二人に挟まれる秋瀬は秋瀬で微弱とは言え能力者に囲まれるという監獄状態の教室のど真ん中に放り込まれた上、隣の女性とが発する一際強烈なAIM各散力場に晒された事で未だ講義開始から対して経過していないにも関わらず既にグロッキーな状態であった。
(あの体力バカの黄泉川が講師を務めるならこんな密室じゃなく外でやりゃあいいものを………)
講義内容としてはいたってシンプルなもので能力者とは何かというものから
自分の能力の根幹に関わるものとしてそれなりに理解している秋瀬は当然として、物珍しさに目を輝かせる姫城以外は退屈そうに窓から差し込む真夏の暑さに身を焼かれながら聞き流すものばかり。
当然といえば当然だ。
自分達は幻想御手を使った罰則の為にこの場に来ているのに目の前で行われるのはもう耳にタコが出来るほど聞いたような事ばかり。
これでマトモに聞けという方が無理がある。
「先生。この場合は手を挙げて質問するものなのでしょうか!」
そんなこんなで午前中の講義はやけに積極的な姫城とそれにこれまたやけに嬉しそうに受け答える黄泉川の声がただ延々と繰り返される形で過ぎていった。
昼休み。
昼食を探し彷徨うが、当然のように食堂は開いていなかった。
今から外に買いに行く気力も時間もない。かと言って昼食を分けてくれる知り合いもいない。
そんな状況で育ち盛りの学生である秋瀬はある決断を下す。
「ま、一食くらい食わなくても問題ないか」
それは日々勉強に運動にスタミナを使う学生たちからすれば「なん、だと?」と、言うような答えだったが言わせてもらうなら人間空腹で死にそうな時以外は食事なんぞ取らなくても問題ない。
そうすれば食事にまわすはずの時間を怠惰に浪費するという人間最大の贅沢を毎日味わうことが出来るのだ。宗教が熱心な地域も絶食という言葉があるように飯も食わずに昼寝をするというのはそれだけで徳の高い行為だと立証されている。
「ちっ、先約がいたか」
それなりに広い食堂内で誰にも邪魔されず惰眠を貪れる場所を探していると秋瀬を同じ考えに至ったらしい人物を発見する。
制服からしてこの学校の生徒らしいその女生徒は大胆にも食堂にある椅子を三つ四つ縦に並べて、その上でやる気がなさそうに寝転がっていた。
「……………そういや、この学校の生徒だったっけ?」
「うん?ああ、
「いや、充分紳士だろ。指一本触れずに声をかけるなんて公衆の面前でヘソ出して寝るような痴女には勿体無いくらいの気遣いだ」
秋瀬の指摘に女生徒はいかにも眠そうなとろけ眼で一瞥すると羞恥心すら感じる必要性のない相手だというように気だるげに欠伸をすると起き上がる姿勢も見せないままテーブルの上にあった携帯端末に手を掛ける。
「もう繋がってるけど」
「俺はお前の用意周到さと神経の図太さに対しては勝てる気がしないよ。もちろん他のどの分野だって同じことだが、」
何の気に無しに立ち寄った食堂でいつから繋がっているかもわからない電話を渡されるという軽く理解不能な事態に対面しながらも、電話の向こうにいるご老体に対する配慮というものは秋瀬には生まれることはなかった。
「生憎と俺は普通の電話は使えないんだよ。悪いな、そんな金の詰まってそうなもの壊す勇気はない」
「バックアップはとってあるし、電話帳の中身くらいなら暗記はしてるけど。まぁ、そういうことなら仕方ない。…………赤傘瑠王はどうやらお前を標的に決めたようだ」
「そりゃあ、有難いんだか有り難くないんだか。ちょっと前に俺を襲撃した部隊はやっぱりそっち関係だったってことか」
ある程度は予測していたとは言え、この場でこうも簡単に歯車がかち合ってしまうとなんだか知らなかったほうがいいかも知れないという気分にさせられるのはなぜだろう。
「さあ、どうする?相手仮にも学園都市に12人しかいない統括理事会の大御所だ。どこかの不幸少年のように行動そのものが味方を生み出すわけでもないお前がどう動くか」
長い黒髪をカチューシャで止めている知恵深い悪魔は手を差し伸べるでもなく、くすくすと笑うように秋瀬を見据える。
「楽しそうなとこ悪いが、どうもしねぇよ」
「ほう」
「相手はその気になれば俺なんかひと捻りに出来る力を持っているんだ。なら、俺はどうするでもなくいつも通り『学園都市最低』を演じるだけさ」
「…………だからお前は敵を作るんだよ」
女生徒―――雲川芹亜は珍しく不機嫌そうに呟く。
一見無抵抗で全てを受け入れる様に聞こえる答えは『学園都市最低』という秋瀬のステータスの前では別の意味を持つ。
学園都市最低は自らを狙う危機に対していつも通りの対応を選択した。
それはどこかに隠れるわけでも、襲撃に備えるわけでもなく、この街の最底辺としてどこにでも出現し、どこででも行動するという意味を持つ。
それは言うなれば、自らに迫る危機を知りながらその危機に平気で無関係の他人を巻き込む事で劣等者らしく逃れようという選択だった。
「お互い善人じゃないだろうに。学園都市の汚物である俺が他人を巻き込むのに嫌悪感を示すのかい?」
この劣能力者は決して他人に助けを求めない。
協力を持ちかけたり利用はしても、誰かに助けを求め自分とその誰かに迫るであろう危機を知らせることはしない。弱者だからという理由で無知を装うくせに最終的に今まで生き残ってきたのが秋瀬七実という
「一応言っておくか。私はお前が嫌いだけど」
「そりゃあ、どうも。俺もこの世に好きな人間なんてもういないから一緒だな」
午後の授業は午前中とは講師が変わり、恐ろしい黄泉川先生から可愛らしい小萌先生へと奇跡のクラスチェンジを果たしていた。
物理的に逆らうことが出来無い黄泉川に対し、この小学生程度の見た目の教師に直接生徒達を抑えるような力はない。秋瀬が板書をする為に一生懸命背伸びをする小萌に密かに萌えていた時、事件は起こった。
「あ、そこのキミ!寝ちゃ駄目なのですよ!」
「……………関係ねえだろ」
その声はこの状況で最も授業妨害をする要因の多い水木では無く、午前中は比較的真面目に授業を受けていた高校生から発せられた。当の水木はというと恐らくは秋瀬と同じで小萌を見守ることに夢中で自体を未だ理解出来ていない様子だった。
「関係なくないのですよ!この授業は――――っ」
「俺達に対する罰だろ?そんなことここにいる全員わかってんだよ!それなのに叱るわけでもなく、似たようなことばかり言いやがって!
「そ、それじゃ駄目なのですよ!みんなが一人一人
声を荒げる学生はどこにでもいる普通の少年のようだった。
事実そうなのだろう。
彼は毎日授業に出て、超能力者を目指して人と同じように努力した。
しかし、強力な能力に目覚めるのは本当にひと握りでこの街の学生の殆どがそうであるように彼もまた他ならぬ学園都市から無能力者の烙印を押されてしまった。
この場にいる者達もそうだ。
きっと誰もがわかっていたはずだ。
それはいけない事だと。何かを得る以上必ずどこかに対価はあるはずだと。
それでも手を伸ばしたのは彼らの中に存在する高位能力者への渇望からだ。
いつ出来るかどうかもわからない正攻法より、誰でも簡単に出来る裏道を選ぶ。胡散臭さもあっただろう。しかし、それでも能力者への憧れは強かった。
「……………悪くわねぇ」
「秋瀬殿?」
次第に教室内に広まる不満の輪の中、一人笑みを浮かべる。
「あ、秋瀬ちゃんまでどうしたのですか?」
「どんな手段を使ってでものし上がる精神は嫌いじゃねぇ。ワリィな、小萌先生。あんたらの考えはわかってるが俺は今日こいつらと少しお話したくなった」
教壇に立つ小萌を怪我のないように押しのけ、黒板を背にするように立つ。
荒れていたとはいえ、突然自分たちの前に立った不審な男に対し当然のように降り注ぐのは怒りではなく、疑心の眼。
きっと彼らは自分たちを棚に上げてこう思っているだろう。
「気でも狂ったか」、と。
あながち間違いじゃない。
実際この瞬間まで秋瀬自身もこんな行動を取ろうとは思ってすらいなかった。
「あ~、勢いで立っちまったが、皆さんそのままでお願いする。というか、してもらわないと困る。こちらとしても多勢に無勢じゃ能力を使わないといけなくなる」
その一言で疑心は不満に変わり、やがて警戒へと姿を変える。
能力。
その一言は今、この場にいる者達にとって最大限に効力を発揮する言葉だ。
それを発したのが形だけとはいえ、能力開発において学園都市最高峰の実績を誇る長点上機学園の生徒だとすればその効果は倍、いや三倍にはなる。
「理解して頂けたようでなによりだ。俺も自分の”能力”を
ここぞとばかりの煽りを受け、警戒しながらも敵愾心を強めていく生徒達に対して
今回の舞台が上条さんの学校なだけにいろんな人物とエンカウントしますね。
次回は主人公の意外な才能が見られます。