とある科学の劣化魔導   作:fukayu

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暴走から始める簡単な演算講習

「姫城ちゃん。だ、大丈夫なのですか?」

 

 突如として午後の講義を乗っ取り始めた秋瀬七実のあおりを受け、元々秋瀬が座っていた席に移動することになった小萌は、周囲の教壇に立っている人物に対する隠す気のない剥き出しの敵意を間近に感じ、今日だけとは言え自分の生徒となった可愛い学生達との授業がまさかの展開になったことで、涙を目尻にいっぱい溜めながら隣に座る秋瀬と同じ学校の制服を着た少女に問いかける。

 

「うむ、秋瀬殿なら問題ないだろう。まぁ、私と秋瀬殿はそもそもクラスどころが授業を受ける棟自体が違うので基本的に会わないがな!」

 

「うぅ、じゃあその根拠のない自信はどこから来るのですかー」

 

「それは、私も秋瀬殿も長点上機の生徒だからだ。入学するだけならまだしも、あの学校でやっていくにはこの程度の状況でどうにかなる人間では無理だよ」

 

「姫城ちゃん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園都市最高峰の環境を持つ長点上機でやっていくにはいくつか条件がある。

 入学するだけならどこかのお嬢様校と違い金を積めば出来ない事もないのが特徴といえば特徴だが、通い続けるならば話は別だ。

 

 提供される環境に見合った高い授業料を払うためにバイトを掛け持ちし、そっちが本業になってしまう生徒が居るほどあの学校は何もない人間に対しては厳しい。

 

「才能こそが全て。それが俺の通う長点上機学園だ。――――ペットボトル男、ちょっと来い」

 

「水木だっ!」

 

「ああ、名前を覚えてもらいたいなら早く動くことだな。お前の能力じゃどうせ此処まで届かないだろう?」

 

「テ、メェ………っ!!!」

 

 名門長点上機というブランドを身に纏った秋瀬の言動は言葉の端まで他人を馬鹿にしたような物言いで、水木や先程小萌に対して自らの憤りをぶつけた学生を中心に長点上機という驚異に対する怯えよりも反骨心そのものが強くなっていく。

 

 それでいい、と思う。

 詰まるところ秋瀬にはこの大人数に何かを説く学などはない。学校だって現在は自主休学中のようなもので学区内にある自分の部屋にすらここ最近戻ってはいない。

 まさに今の状況は虎の威を借る狐。

 

 マトモにやろうとすればこの連中は先ほどのとおり「努力した」「頑張った」という言葉に「でも駄目だった」「才能がない」などの言い訳を繋げるに決まっている。

 他ならぬ自分自身がそうだ。劣能力者(マイナス)だからと逃げ回る秋瀬はある意味でこの連中よりタチが悪い。

 

 日頃劣能力者(マイナス)等と卑下しているが、能力障害ははっきり言ってしまえば能力の使えない無能力者よりは遥かにマシだろう。

 なにせ自分の意志で異能の力を使えるのだ。何を掛けても変わらないゼロよりはマイナスの方が他人からすればいいに決まっている。

 

「お前の能力は水流操作(ハイドロハンド)だな?レベルは1か2か…………まあ、そこら辺はどうでもいいだろう。―――――今からお前の能力を暴走させる」

 

「っ!?」

 

 水木の手が反射的に震える。

 暴走という言葉というよりは突如として秋瀬から発生した明らかな違和感の影響が身近にいたためにダイレクトに感じてしまったのだろう。

 

 能力障害(AIMノイズ)は制御不可能な能力だ。

 体調が万全な状態で使えば多様すぎるノイズの嵐は秋瀬の手の平には収まりきらず瞬時に辺りへと溢れ出す。

 

『全く、どうなっても知らんぞ?』

 

 今の今までこの教室という逃げ場のない空間で暴走を食い止めていた魔道書の呆れ声は主である秋瀬にすら届かない。

 

「能力の暴走ってのはな。その名の通り恐ろしいものだ。自らの力が制御不可能な限界まで引き出され、その全てが枯れ果てるまで決して止まることはない。その矛先が一番最初に誰に向かうかわかるか?」

 

 最早次の言葉すら予測変換できないほどグチャグチャな思考の中で平静を装い、水木に囁くように呪詛を吐く。

 

「…………やっぱ、あの時のアレはテメェだったんだな、マイナス野郎」

 

「意外に冷静だな」

 

「当たり前、だ。俺はあの後篠宮さんにボコられてそのまま病院に運ばれた。目を覚ましたのは全部終わったあとだったが、あの時の感覚は忘れもしねえ!」

 

 能力の暴走。

 それは能力者にとって最も恐ろしい現象の一つだ。

 炎を操れるからといって火傷しない訳じゃない。他人の頭の中を覗けても自分にダメージがないとは限らない。能力というのは安全に制御できてこそ便利な力となるのであって、制御不能な力など只々自分の身を危険に晒すものでしかない。

 

「なら、わかるだろう?今この状況でお前の能力が何をするか?――――――姫城、誰のでもいい飲み物をこっちに渡せ」

 

「うむ、私のを使うといい」

 

 時代がかった竹筒のような水筒の蓋が開けられ、そのまま投げ渡される。

 蓋の開いた水筒は当然のように空中で内部の水分をばら撒きながら滑空する。しかし、既存の法則が働くのはそこまでで、教壇の上を通過し、黒板に叩きつけられた水筒以外の水分は、微細な水滴を含めて全て空中で静止していた。

 

「水を自由自在に操る水流操作(ハイドロハンド)の演算方式は実に単純だ。簡単に言ってしまえば例えどこであろうと自分が操る水だけを認識してしまえばいい。周りの障害物も人も、自分さえも除外してシンプルに自らの力とするものだけを頭の中に取り込む。心配するな所詮ただの水だ。お前がコントロールする限り誰の迷惑にもならんよ」

 

「――――簡、単に言ってくれるぜっ!」

 

 現在水木の能力で宙を舞う水の塊は暴走とは程遠いレベルで、脂汗を流す水木の必死の制御で誰ひとり傷つけることなく存在している。

 

「キレイ…………」

 

 能力障害という能力の演算にとって最大の異物が発生しているこの状況において誰かが呟く。

 一歩間違えばこの場にいるものを無差別に貫く水の槍にも成り得るこの状況で、しかし水木の能力は暴走の片鱗を一度たりとも見せはしない。それは暴走の危険を乗り越えたわけではなく、驚異的な精神力で無理矢理に能力を支配下に置こうと抵抗しているに過ぎない。

 

「俺だって、誓ったんだよ!もう仲間は傷つけないってな」

 

 それでも、スキルアウトの男水木は嘗ての過ちを悔やみながらも二度と同じことはしないという決意だけは持ち続けていた。

 そして、秋瀬もまたその意志の強さを以前AIMバーストを通じて送り込んだ”種”と魔道書の持つ複写という異能によって認識していた。だからこそ、最初の被験者に水木を選んだのだ。

 

 暴走というのは言い方を変えれば眠っている力などもまとめて解放することになる。

 人々の脳波を繋ぎ、その能力の強化を図っていた幻想御手もまた、言ってしまえば一人では不可能な演算を複数人でやってしまおうというだけなのだ。

 

「お前達はもう心のどこかでもう二度とあの時のような力は使えないと勘違いしているみたいだが、別に幻想御手は存在しない力を何処からか持ってくる魔法のアイテムじゃない。あくまで演算の効率化をさせるためのものでやろうと思えば個人でも再現できるんだよ」

 

「………でも、俺は無能力者(レベル0)だ。そいつみたいに元から能力が使えたわけじゃない」

 

 目の前の明らかに強能力者(レベル3)判定の能力を見て、僅かに希望を抱きながらも元からゼロという少年はその目を濁らせる。

 

「違うな、厳密には無能力者(レベル0)じゃない。そうだろ?小萌先生」

 

「は、はい~。ウチにはどうやっても能力を発現できない子が一人いますけど、そういった本当の意味での無能力者は少ないのですよ。基本的にどんな子も大なり小なり何らかの結果が出て、その上で各強度に分類されています。だから、本当は誰でも強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)になれる可能性はあるのですよ!」

 

「なら!どうして…………今はあの時みたいに出来ないんだ!?能力を使おうとすれば変な雑音が混ざって前よりも悪くなっている時もある!?」

 

「―――――言ったはずなんだけどな。暫くは能力使えないってさ」

 

「、っえ?」

 

「成功者は決まってこういうんだよ。何事も死ぬ気で努力すれば出来るって。俺は嘗て俺が天才だから出来たっていう本当の成功者を見たことがない。だってソイツは天才だから出来るのであって、他人に同じことをやらせろって言われても何も出来無い無能だからだ。結局は才能なんだよ。個人個人の才能があってその上で結果が出てくる。―――――だから、言ってるだろ?それが自分だけの現実だ。それを理解したのが能力者だ」

 

「俺達でも能力者になれる。―――本当に!?」

 

 若者が広げられたレールの上を走らされるのを嫌がるのは本能的にそのレールの先が自分のではなく誰かの描いた成功につながっていることを理解しているからだ。

 それが年を取るにつれ、似たような行き先のレールを全く同じものだと勘違いして乗り合わせ用と楽な方向に進むようになる。それが能力開発のが出来なくなる大人と子供の境界線。

 答えは知らないが、自分の眼でそれを確かめようとする若者だけが強固な自分だけの現実を確立し、強大な異能の力を手に入れる。

 

「俺に出来るのは個人個人に合った演算方式の簡略化くらいだ。幻想御手という経験値の御陰でお前達は残念ながら本当の無能力者じゃない。残念ながらな」

 

「どうでもいいから、これをなんとかしろー!!!」

 

 いい話をしているようだが、状況は全く好転しておらず、現在も水木が暴走しようとしている力を気合で抑え込んでいるだけ。

 見れば既に限界のようで空中の水球は今にも爆発しそうになっている。

 

(困ったな。そう言われても俺自分の能力解除できないんだよな………っていうか、俺もそろそろ限界)

 

 今秋瀬か水木のどちらかがギブアップすれば水球はただ下に落ちるだけでは無く、間違いなく無差別に強力な圧力を持って降り注ぐだろう。

 危ない科学なんてレベルではない。

 

「秋瀬殿どうする!?」

 

「いやー、俺自身勢いでやったからなぁ。…………姫城、よろしく」

 

「全く、世話が焼ける」

 

 直後、神速の突きが再び必死に能力を抑えていた筈の水木に襲いかかり、能力の暴走は抑えられるがその代償として真後ろにあった黒板が修復不可能なレベルで破壊されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の講義は破壊された黒板のせいで先の教室が暫く使用不可能になったことで隣の教室で引き続き行われることになった。

 あれだけの騒動があったにも関わらず「休み中なのに珍しいねぇ」で済まされるこの学校の普段の風紀はどうなっているのか気になることだが、騒ぎの元凶であるあの長点上機の学生が午前中の講義を受けもっていた女教師に引きずられて行ったあとは、午後の講義が始まった頃とは打って変わり、誰もが真面目に小萌の話を聴くようになっていた。

 

「あ、あのどうしてあの人は自分の能力でもないのに演算方式?がわかるんですか?」

 

「うむ、キミは確か柵川中学の――――」

 

「佐天です。佐天涙子」

 

 一人が職員室、一人が保健室に行ったことで多少人口密度が低下した教室で残った方の長点上機の女生徒に佐天はあくまで授業の妨げにならないように声を掛ける。

 

「うむ、秋瀬殿の能力は知っているか?」

 

「えーと、友達からノイズなんちゃらって名前だって聞いてますけど、詳しくは知りません」

 

「よろしい。実は私もよくは知らん!」

 

「へ?」

 

 どうしてそこで自信満々で答えるの?、という佐天の疑問を知ってか知らずか風紀委員の腕章をした少女は尚も我が人生に一点の悔い無しとでも言うようにしたり顔をする。

 

「私が知っているのは彼が長点上機でどうやって生き残ってきたかだけだ」

 

「生き残ってきた?」

 

 学校に通うくらいで随分大げさな、という佐天に少女はそれは違うと否定する。

 

「あの学校で過ごすのは文字通りそういうことなのだ。他者を歯がにも掛けない強者なら露知らず、私のようなずば抜けた才能を持たない者はどうにか学校側に有用性を示さなければならん。生徒同士の競争を推奨してはいないが何もない人間は競争にすら入れず排他される環境だからな」

 

「有用性、競争、排他?」

 

 単語としては聞いたことはあるものの競争以外は日常生活で気にする事などまず無い言葉の数々に佐天の頭は混乱するばかり。

 常盤台中学と並び学園都市の中でも五指に数えられる名門校ならそんなこともあるのだろうか程度の認識しか湧いてこない。

 

「そんな中で彼が提示している有用性は自らの能力を利用した他人の演算方式の簡略化だ。秋瀬殿の能力障害(AIMノイズ)は本人の意思とは無関係に他人の演算パターンを取り込んでいく。当然そんな事をすれば複数の演算パターンが交じり合い、正攻法の能力など発動できない。だが、無数に集めた演算パターンの中にはやはり似通ったものもあるようでな。複数人の演算パターンを比べ、それぞれのいい部分を抜き出して最適化するというのが彼の専攻する分野だ」

 

「それってすごいことなんですか?」

 

「そんなこと私が知るわけないだろう」

 

「えー」

 

「私が知っているのはそれが長点上機においての武器となる事だ。事実、今役に立っているだろう?」

 

 少女の言葉通り少しずつだが、この教室に来ていた者達の能力は幻想御手を使用する以前より成長していた。

 だが、本当にたったそれだけのことで今までどれだけ努力しても開花しなかった能力が使えるようになるのだろうか。

 

「でも、それが本当なら凄いことじゃないですか!?もしかしたら、他の能力が使えなくて困っている人達もそれで使えるようになるかも!」

 

「それは―――――どうだろうな。うむ、強力な能力にはリスクが有る。確かに秋瀬殿のやり方で演算パターンの簡略化をすれば効率は上がるだろう。しかし、それは他人の手を借りたものだ。秋瀬殿は勿論、その演算の参考になった人々のコピーでしかない。それは果たして自分だけの現実と言えるだろうか?あの水流操作(ハイドロハンド)は誰に言われるでもなく、自分なりの信念を持っていたように見えたぞ」

 

「あっ」

 

 少女の言葉の意味に気づく。

 佐天の知り合いの能力者達は果たして他人の言葉で自分の能力の有り様を変えるだろうか。

 答えはノーだ。御坂美琴も白井黒子も、初春飾利でさえ自分だけの信念を持っていた。それが羨ましくて幻想御手なんてものに手を出したのは誰だろう。

 

「――――――ま、斯く言う私も人の事は言えんのだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その日、最後まで途中退場した二人が戻ってくることはなかった。

 

 




 その後、夏休み登校した不幸少年が無残に破壊された教室の補修作業を手伝わされるのはまた別の話。
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