世界一初恋・エメラルド発売記念2017 高律SS 作:bui
[1201号室]
「はあ、お腹空いた・・・。」
隣家で洗濯物を干す音がしたと思ったらそんな声がした。
隣もうち同様一人暮らしだ、それほど多く干すものはないはずだが、あいつに日々家事をこなすというスキルはないだろう。
マンションの規約では外から目立つような形で洗濯物を干すことを禁じられているから干しているのはせいぜい服や小物で、おそらくタオルやシーツなどの大物は乾燥機にかけられているはずだ。
以前はニットもカットソーも全部まとめて乾燥機にかけていたからそれはどうかと指摘したら「別にいいんです!」と赤くなって怒っていたけどそれ以降は一応形を整えて干すようにしているらしい。
目覚めの一服のうまさは何にも代えがたい。本気煙草体質であることは否めない。
しかも今日は晴天で、季節は一番過ごしやすい4月下旬、ついでに言うならば校了も済んで気持ちまでもすっきりしている。
清々と外に向かって煙草を吸おうかと思うのは当然だろう。
日に透ける白いカーテンも、たっぷり睡眠の目には優しく翻り、
コポコポと音を立てて一人には多めのコーヒーを機械が落としている音が聞こえる。
すすりあげたときの爽快な香りが、やがて鼻孔をくすぐるであろうことに期待が高まる。
ベランダへ繋がる床に座ってぼんやりとしていたら、控えめに隣の部屋のドアが曳かれ、カチャカチャとハンガーがかけられる音がした。
こまねずみのように動き回る男の姿を思い浮かべはするけど声もかけずにそのまま煙草を吸っていたら、冒頭の呟きが聞こえてきたのだった。
だから一緒に暮らせばいいのに。
あいつは俺の告白もプロポーズもいつだって真っ赤な顔をして「ハイ」と言うか?と期待をさせておきながらスルリと逃げる。
いや、スルリというかじたばたと暴れて。
本当にずるいヤツ。
だったらあんな顔しないできっぱりと断ればいいのに、いつだってあいつにはきれいな余白が設けられている。
ぎりぎりで見切れてしまわないように、読みにくくないように、多少ずれても困らないように。
俺は見開き大迫力でバーンって行きたいのにな。
本当に思うようにいかない。
さて・・・。
王子様のお腹は何をご所望だろうか?
ちょっとスカスカになっている冷蔵庫の中身から今日できそうなメニューを組み立てると、その向こうに「わー。」っと嬉しそうに笑う顔が浮かんだ。
ったく・・・、わざとらしいんだよ。おまえ。
コーヒーが旨いうちに出来上がるようにしないとな。
[1202号室]
校了が済むととたんに襲うのは日常だ。
部屋も散らかってるし、洗濯物も山のよう。
高野さんの部屋はいつもきれいで、料理もきちんとして、仕事のできる編集長で・・・。
高野さんとの差は2年だけど、高野さんとの差はきっと2年では埋まらない。
同じことを同じようにやる必要はないと思う。
でも同じこともできない俺に違うことができるとも思えない。
できない自分が嫌で、できる高野さんをうらやましく思う自分が嫌で、
好きだと言われる自分を信じられなくて、好きだと言えない自分が嫌で・・・。
拗ねてぐるぐるぐるぐる90度回って、
ひねくれてまたぐるぐる90度回って、
卑屈になって、落ち込んで、回りに回って1080度回れば元の俺?
洗濯物を干さなきゃと思いながらそんな自分が一番うざいと床に突っ伏していたら、隣の部屋の住人が窓をガラガラと開く音が床につけていた耳に響いた。
みんなあんたのせいだ。
あんたがいるから俺があんたを好きになって、絶望して、再開して、また好きになって、いつの間にか先輩よりもっともっと好きになって、好きだと自覚したくないのにどんどん押されて、もうどうにもならないくらい好きが溢れて、
どうしてくれるんだ・・・。
そうだ、いつも引っ張り込まれて好き勝手されるばかりじゃ納得できない。
たまには・・・。
「はあ、お腹空いた・・・。」
あなたはどんな顔して俺にご飯を食べさせてくれるんだろう?
ベーコンかハムと目玉焼きは妥当かな?
校了後だから生野菜は無理かもしれない。
っとなると温野菜サラダ?
細切れのベーコンと玉ねぎの入ったオニオンスープがついていたら花丸。
はちみつがたっぷりかかったトーストかゴロゴロのイチゴのジャム。
いや、チーズがとろけるホットサンドでも良いかも。
エッグベネディクトも捨てがたい。
ほどなくして呼び鈴が鳴る。
たまには俺があなたを振り回しても赦されるよね。
美味しいごはんごちそう様♪