デジモンテイマーズ・サーガ   作:JJ

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2,ギルモンも歩けばテイマーにあたる

 パチパチと火花が散る音がする部屋の中で、牧野留姫は緊張に身を強張らせていた。

 無防備に立ち、ヘラヘラと笑顔を浮かべる松田啓人と名乗った少年と、そのパートナーであるギルモン。初めて出会った自分以外のテイマーの実力を目の当たりにして、冷や汗が止まらない。いや、実力以前に、目の前の少年は淡々と、作業をこなすように、それでいて必ず倒す……殺すと確固たる意志で指示を出していた。自分とて最初は戸惑っていたことを考えれば、はっきり言って異常というしかない。今はしまりのない顔であるが、あんなものは擬態だろう。今彼の中では自分たちを喰らう算段が幾度も組み立てられているはずだ。なにせデジモンは戦うためだけの存在で、テイマーは強くなるための存在だと言ったのは自分自身なのだから。

「(留姫、そのままで聞いてくれ)」

 そう小声で口にしたのは自分を庇うように立つレナモン。その視線は目の前の二人に注がれ、如何なる予兆も見逃さんと最大級の警戒を払っていた。

「(私の感覚がギルモンの出現と同時にクリアになった。あのコンビこそが感知を乱していた原因だったらしい)」

「(ギルモンの出現と同時にクリアになった?どういうこと?)」

「(わからない、しかしついさっきまで私の気配を乱していた謎の感覚……かなり弱くなっているが、啓人から感じる)」

「(人間から!?デジモンじゃなくて?)」

 驚愕に、思わず口元を抑える。ギルモンが特別なデジモンで、リアライズする前に異変を撒き散らしていたというなら理解できる。しかし、人間がレナモンやアークの感知を妨害して、しかもパートナーデジモンのリアライズに伴ってそれが減少した?わけがわからない。そもそもコイツの態度は初めからおかしい。デジモンの実在を今初めて知ったと語る割には驚愕した様子が無く、演技にしては粗が多い。まるで、自分がデジモンの実在を知っていたのに意識していないような……

「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 来る─!!全身が強張る。その口から戦意が漏れる前に、行動を開始しようとして。

「ここの消火を手伝ってくれないかな?」

 力みはそんなのんきな言葉に空回りした。啓人の顔に戦意など欠片もなく、とぼけた顔でふざけたことを告げるその口調が仮に自分の隙を作る演技ならば、彼は間違いなく一流の役者になれるだろう。

「万が一火が燃え広がっちゃ大変だし、僕の後始末につきあわせて悪いけど……なんで呆れた顔してるの?」

「あれこれ警戒していた自分にあきれてんの……」

 ついさっきまでの化物じみた威圧感を放っていた少年とは同一人物とは思えぬ気の抜ける声に呆れながらも、確かにその通り。廃ビルの不審火なんて事件がおきて自分たちに得することはなにもない。

 ……天井が吹き抜け状態になっている時点で手遅れって気がしないでもないが、しかし延焼を防ぐことは必要だろう。少し考え、デジモンカード一枚を取り出して。

「カードスラッシュ、『シェルモン』!!ハイドロスラッシュ!!」

 レナモンにシェルモンのデータを一時的に付与させ、小腕から放つは水流。勢い良く放たれたそれは瞬く間に残り火を鎮火した。

「デジモンカードをスラッシュすれば技を使えるんだ……」

 興味深そうな声を漏らす啓人に、少し手の内を見せすぎたかと若干後悔するが、しかしいずれは自力で使い方は解明していただろう。悔いても仕方がないと気分を切り替えようとしたところで気付く。

 ──頭を撫でられ、目を細めていたギルモンが、目を見開きこちらを捉えていることに。

(やばい!!)

 自らの失敗に舌打ちする。これまで幾度もリアライズしたデジモンを見てきた彼女は知っている。デジモンが現実に出現して、選択する行為は破壊一択。ある時は同じデジモンを、ある時は建造物を、もしくは現実の命を。徹底的に破壊しつくす姿しか知らない。例外はパートナーであるレナモンだけ。そしてギルモンの闘争心もまたさきほど見たとおりに凄まじいものだという事は理解している。どれだけテイマーが呑気でも、パートナーが暴れはじめたら介入せざるを得ないだろう。

 テイマーの雰囲気にあてられて冷静な判断が下せなかった自分を呪う中、ギルモンが、ゆっくりと口を開いて。

「たかと、あれなに?」 

 そもそもギルモンは、自分たちを敵とも意識していなかった……その事実を知り、歯噛みするが動けない。今なにかをすればそのまま開戦の号砲になりかねないという緊張感が全身を支配する一方で、啓人はあきれたように声をかける。

「あれ、はないでしょ、ギルモン。デジモンと人間に面と向かってそういうのは失礼だよ」

 ギルモンは首をかしげる。まるで初めて知った概念に出会ったかのように。

「そう。黄色くて背の高いほうがデジモンのレナモン。後ろにいる茶色い髪の子が人間の牧野留姫。ほら、あいさつして」

「あいさつ?ギルモンが戦うってこと?」

 その言葉に、身が強張るが。

 啓人は軽くギルモンの頭をたたく。

「なんでそうなるのさ?そうじゃなくて、会えてうれしいです、これからもよろしくお願いしますって心を口にすることだよ」

「うん、わかったー。レナモン、るき、ギルモンのこと、よろしくねー」

 のどかさすら感じさせる口調に、敵意や殺気は欠片もない。どこまでも緊張感のないコンビに苛つくが、しかしこの場での戦闘を避けられたことに安堵したのを隠して虚勢を張る。

「言っとくけど、慣れあうつもりはないから。アンタ達もいつか倒してやる……!!」

 啓人はその虚勢を見破ったのか、笑みをくずさない。

「えー、友達でしょ、仲良くしようよ」

  ……訂正、どうやらこの馬鹿は戦うっていう選択肢自体が無いらしい。

「ばっかみたい。テイマー同士だからこそ戦うんじゃない。なんのためにデジモンと組んでんの。さっきだって戦ってたじゃん」

「少なくとも喧嘩のためじゃないことは確かだよ。痛いことも危ないことも嫌だししたくない。それを友達におしつけるのだってまっぴらだ。レナモンだってそうでしょ?」

「……デジモンは強くなることが存在意義。そして私は留姫のパートナー。彼女が望む戦いを拒絶するメリットはない」

「危険なことを止めるのだって友達の役目だと思うけどね」

「さっきも言ったでしょ。デジモンが友達なんてありえない」

 それを聞いた啓人は、苦笑の様に唇を上げて。

「ふうーん、まあ、それでいいなら僕は何も言わないけど」

 そう口にする彼の言葉とは裏腹に、何かを確信しているようで、それが何故か癪に障ったから、口調に険が増すのを止められない。

「で、そっちはどうするわけ?さっき言ってた真っ白いデジモンみたいなのを追いかけまわす?」

「うーん、今日はやめとく。これからのことも考えたいし、家に帰るよ……ああ、そうだ。後片付けがまだだった」

 そういうとギルモンを伴い、階段を下りる。留姫はそれを追ってみれば、彼らは下の階の猫の死体のそばで佇んでいた。

「……たかと、これ、なに?」

 そう聞くギルモンの口調も、これまでとは違い静かだ。

「……猫っていう生き物の死体だよ。ついさっきまでは僕らと同じように生きて……動いていて、ほんの少しめぐりあわせが変わっていれば死なずに済んだのかもしれない」

 そう語る彼の口調には、僅かに悔いるような色があったから、口出しすることができない。

「もう動かないの?」

「うん、もう動かないし、何かを感じることも無い。

 わかる、ギルモン?これが死ぬっていうこと」

 ギルモンは、僅かに首をかしげて。

「ギルモン、知っているかもしれないけど、わからない。だけど、なにかずーんって重くなる」

 啓人がそれを聞いて、一瞬だけ形容しがたい表情を浮かべて。

「わすれないで、ギルモン。ついさっき僕らは同じことを押し付けた。この事実は変わらない」

 啓人が僅かに瞑目したのに遅れて、ギルモンもまた静かに目を閉じる。一瞬の静寂の後。

「カードスラッシュ、『攻撃プラグインC』……セット」

 カードをスラッシュした後、骸を指差して。

「シュート」

 放たれたのは鎮魂の火球。骸を飲み込み、一瞬で灰と化したのを見計らい、留姫もまた再びシェルモンのカードをスラッシュ。放つ水流が焔を鎮火し、後には何も残らない。それを見た少年は、苦笑を浮かべて。

「なんだ、付き合う必要は無かったのに……優しいね」

「別に……こんなことはいつものことだから」

 そう、後片付けなど幾度も繰り返してきた。いい子を気取る気はないが、しかし最低限の始末まで厭うこともないだろう。

「……だから、こんなことわざわざ気に留めてたら身が持たない。アンタもテイマーなら、バトルだけに集中した方がいい」

 そんなテイマーとしての在り方の助言に、彼は笑みを浮かべて。

「うん、やっぱり留姫は優しいや」

 そんな的外れにもほどがある言葉を無視し、外に出る。啓人たちもそれを追ってくるが、振り返らない。霧が晴れた建物の出入り口をくぐり、改めて向かい合う。

「留姫たちはどうするのさ?あの白いデジモンを捜す約束だったけど、僕の都合で中断したわけだし、お礼もしたいから、さっき言っていたクーポン券を渡したいんだけど、家まで来てくれればすぐに渡せるよ。テイマーについても色々と聞きたいし」

 そんな言葉を、鼻で笑って。

「なにそれ、下手なナンパのつもり?大体テイマーにとって必要な知識なんて、この霧みたいなデジタルフィールドでデジモンがリアライズして、その反応をアークが検知、デジモンのデータを検索できること。そしてカードスラッシュはやりすぎるとデジモンに負担がかかることぐらい……ああそれと、デジタルフィールドは眩しいからサングラスとかが必須……それ以外は自分で試してみれば?」

「なんだかんだ言って説明してくれてありがとう。じゃあ、どうするの?また日を改めて会う?」

「冗談。次会うときは決着をつけるとき……帰ろう、レナモン。疲れたから運んで」

「わかった。啓人、悪く思うな。我々はデジモンとテイマーとして、在るべき姿に従っている」

不満そうな顔をする少年に背を向け、差し出された腕に身を預ける。軽い吐息の後にレナモンはビルを駆けあがり、屋根から屋根へと飛び移っていくが、しっかりと留姫を掴む腕からは不安など微塵も感じさせはしない。

風圧に目を細めながら、静かに呟く。

「……あのコンビ、強いね、レナモン」

「ああ」

 もう虚勢を張っても意味はない。静かに現実に対しての認識を共有する。あのコンビがいなければ、自分たちはここにはいなかっただろう。

「……現実のデジモンバトルじゃ、あたしが最強だと思ってたんだけど……結局、まだまだ驕ってただけってことみたい」

「……なら、どうする?諦めるのか」

「まさか」

 言うまでもない問いに即答する。

「だったらあたし達はそれより強くなるだけ。それがテイマーで、あたし達の約束。そうだよね、レナモン」

「ああ。そうだな」

 そう、自分はすでに決めている。テイマーとして強さを極めるのだと。

 ほんの一瞬だけ、何故その理由を問いかけた少年の顔が脳裏に浮かぶが、しかし関係ない。いずれ打ち倒す予定の相手に、共感するのも面倒だから。

「……調子が狂う」

 小さく呟きながら、しかし闘志は絶やさない。強くなるのだという決意が紛れもなく自分が決めたものだと、他人から押し付けられたものではないと言い切ることができるのだから。

 

 

「ただいまー」

 留姫と別れて、ギルモンを伴って家に帰る……姿を見られて注目を浴びたら何もいいことは無いので、人通りのない裏路地を通り、途中で拾ったダンボールを被せて。傍から見れば十分怪しいと思うけど、今は迅速な行動を優先した方がいい。

「お帰り、どうしたの、遅かったわね」

「新しい友達ができたんだ。つい話し込んじゃって」

 嘘と真実を混ぜてごまかし、ダンボールが母親の視線に入らないように隠しながら階段を上がる。

「じゃあ、少ししたら店番してくれる?父さんが買い出しに行ってて、母さんは明日の準備と片づけをしたいから」

「はーい」

 出来る限りギルモンが歩くリズムと自分の足音を同期させ、慎重に階段を上がって自室に入り、ダンボールをはがす。

「ぷはあ、くるしかったあ」

「ごめんね、ギルモン。君の姿をあまり目立たせるわけにはいかなくて」

「ぎる?どうして?」

「こんな恐竜みたいな姿をおおっぴらに披露したら、大騒ぎになっちゃうよ」

 ずっとこの部屋で共に暮らせるのが一番だけど、それはさすがに不可能だろう。両親にばれたらそのまま大騒ぎになる。そうしたら離れ離れに、

『なるわけないじゃん。だってギルモンは……』

 そんなことになるはずがないだろうという確信が何故かわいてくるが、しかしおおっぴらにして良い想像は一つもわいてこない。少なくとも今晩はこの部屋に入れるとして、早くギルモンが定住できる場所を探さなくてはいけない。

 ……そういえばギルモンと同じぐらい目立つレナモンは普段どうしているのだろう?留姫に聞いておけば参考になったかもしれないが、そもそも敵視されている現状自体をどうにかする方が先か。

「うう、僕らは戦う気ないのに……」

「たかと、つらいの?」

 心配そうに身体を摺り寄せるギルモンを軽く撫で、安心させるための笑みを浮かべる。

 留姫のことは今考えても仕方ない。どうにかして穏便にことを収めたいけど、その前に自分たちを万全に整えることが必要だ。

「いい、ギルモン。僕はこれから下に降りるけど、ここから出ちゃダメ。それと、物音を立てたりしないで。出来ればじっとしていて」

「うん、わかったあ」

「……ごめんね。早く君がのびのびできる場所を見つけるから」

「ありがとー」

 ギルモンから離れて、階段を下りて店のカウンターに出る。

「ごめん、母さん。店番変わるよ」

「頼むわね。今の時間はお客さん少ないから、楽だと思うから……どうしたの?やけに楽しそうだけど」

 ……おっとと。どうやら興奮が隠しきれなかったらしい。

「新しい友達が面白くて。店番はしっかりやるから、安心して」

「あまり浮かれすぎないようにね」

 母さんの言葉を背に、カウンターに立つ。耳を澄ましても、ギルモンは静かにしているのか、大きな物音はしない。

 こうして店番をすることは、パンを焼くことの次に好きだ。家を支える手伝いをしているという実感がわくし、色々な人と会話することも楽しい。

「ずいぶんとご機嫌ね、きみ、なにかいいことあったの?」

 たとえば、こんな美人に話しかけられたときなど、役得というほかないだろう。

 今声をかけてきた女の人は、うちの常連だ。夜勤の時の夜食にでもしているのか、夜に時たまパンを買い込んでいる。この商店街でも評判の美人だけど、どこに勤めているのかはよくわからない。都庁の方に男の人と車を走らせているって目撃情報もあるし、その車がけっこうな高級車らしいから、どこかの一流企業にでも勤めているんじゃないかって噂だ。

「わかります?ちょっと新しい友達ができて、気分がいいんです。まあ、色々と問題は山積みですけど」

「友達、ね……大人として忠告してあげるけど、付き合う関係は選んだ方がいいわよ。下手なものとつきあって、人生滅茶苦茶にしちゃあ大変よ?」

「いやあ、捻くれてるけど根はいい子だと思うんですけどね?」

 そう、留姫が根っから自分に害を為す存在とは思えない。彼女自身が意識しているかは別として、落としどころが見つからないわけではないと思う。

「それでも、忠告はありがとうございます。肝に銘じておきます」

「ええ、そうね。親に心配かけたくないでしょう?」

 会計を終えた女性が、店を出るのを見送る。

「ありがとうございました」

 ……少し気分を落ちつけよう。あんまり浮ついたり心配し過ぎたりしても疲れるだけだ。

 

 

 まつだベーカリーを出た女性は、静かに歩く。その美貌と服越しにもわかるスタイルに何人もの男の注目を集めるが、それらに頓着しない。今彼女の思考は歩行しながらも高速で回転し、最大級の警戒と思索を為していた。

 それは若くして才女と謳われ、情報世界の秩序を守る者としてスカウトされた彼女と、彼女が属する組織そのものが先ほどまでいた店舗、否その店番をしていた少年を警戒していた証明だ。

 しばし歩いたのちに路肩に止めてあった黒塗りの高級車の窓を叩き、ロックが解除されたのを確認して助手席に座る。

「買い出し、終わりました」

「ご苦労。それでは戻ろう」

 カチリとジッポライターを鳴らしていた運転席に座る男が静かに車を発進させ、自らの勤める都庁へと向かう。その眼差しは険しく、公の場では忠実な部下であり、私の面でもパートナーである彼女は彼の焦燥と怒りが凄まじいものであると感じとることができた。

 しばしの後、何気ない風を装って男が口を開く。

「そういえば、夜食はいつものパン屋で買ったんだろう?今日も小学生の一人息子が店番していたのか?」

「ええ。何か心配事でもあるのか、二階をしきりに気にしていました」

「……やはり連れ込んでいたか……」

 男が静かに唸る。そう、この忙しいときに、現場を総べる彼が買い出しに付き合うわけがない。未知の反応が既知であるワイルドワンへと変化、安定したのを読み取り、彼らに許される権限をいくつか踏み越えてまで追跡。その過程で要監視対象である一人の少年(・・・・・・・・・・・・・)の関与が認められた。本来ならその時点で何らかの行動に移るはずであったが。

「ちくしょう、上の指示がなければ今すぐにでも対処できたものを……!!」

 男が苦々しげに漏らす。『上』……そう称する存在は様々だが、しかし彼が此処までの怒りをもって称する者は、一人しか存在しえない。そして、その存在は彼らにとって絶対の影響力を持つ。例え監視を含むあらゆる干渉を禁ずるといった理不尽な指示であれ、逆らう選択肢はない。

 組織としての干渉を封じられた彼は、部下である彼女が彼の実家であるパン屋の常連である事を利用し、買い出しに付き合うという形で偵察に向かわせたのである。

「……それで、どうします?監視だけでも続けます?」

「いや、指示には従うさ。あくまで禁じられたのは彼個人への干渉であって、彼の方からこちらの監視に飛び込む場合には問題が無い。

 ……今のところは、な。例の計画を進める。データ上の仮想生命などに、この世界が揺るがされてたまるものか……ああそれと、買い出しの方は続けてくれ」

「了解」

 秩序を守るという決意に揺るぎはない。世界を担う大人として、為すべきことを為すのだと誓っている。

「……全く、自分から危険なことに関わることも無いだろうに」

 男が漏らした少年への憐憫が、静かに消えた。

 

 

 

 明暗上下左右、全てが分からぬ空間に、僕はいた。感じるのは自身の身体を下から阻もうとする風圧、つまり僕は現実感がないこの空間を墜ちつづけている。落下している時間は数か数分か数時間か、はたまた数日か?時間感覚すらあやふやだけど、しかし未だに地面に墜落する気配もない。

 僕がギルモンと一緒にベッドで眠りについた記憶はあるから、つまりこれは夢なのだろう。だけど、僕は夢を見ない体質で……それなのに、夢を見ているという事実ではなく、こんな風に落下している感覚に新鮮さを感じるのはどういう訳か。まるで、こんなパターンは初めてだというように。

『ああ、その感覚で大正解!!ワタシ達のリンクが強くなったから、その影響でこの空間が本来のものへと変化していくんだ。ギルモンが形を得たことも、その影響だよ』

 耳になじみながらも聞き覚えのない声が語る内容が真実なのか、判断がつかない。

「……リンクが強まったからギルモンが姿を現した?逆じゃないの?」

『違うよー。わかっているでしょう?君の物語の主役はあくまで君。ギルモンの存在も重要だけど、何が始まりだったかを自覚してよねー』

 始まり、それは何だと自問して。

『そもそもおかしいでしょ。何で君はギルモンを当たり前に受け入れているの?なんで長年付き合っている友人の様に信頼できるの?いや、そもそも、君はギルモンを初対面だなんて感じてないでしょ』

 その言葉がすべて真実であり、それなら自分は何だと自答して。

『さて、それじゃあ、恒例の質問ターイム!!』

 どこまでも享楽的な声と同時、全てが変容する。

 熱い──世界の全てが燃える。三百六十度全てから炎が迫り、それが身を焦がすたびに未来へ向けて進み続ける意志が僕を押しつぶす。

 冷たい──僕の全てが冷やされる。自身の身体から闇がわき出て、それが身を蝕むたびに過去からの憎悪が身を狂わせる。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 

 悲鳴を上げ続ける僕を見下ろして、少女は静かに問う。

『君は力を得た。その力で何をしたいの?何を望むのかニャー?』

 そ、れ、は。伝わってくる両極端の感情の渦。肉体が朽ちていくことなど些事ともいえるその重圧に苦しみながら、脳裏に浮かぶ選択肢。

 

──光の英雄として世界の救済を

──闇の怪物として憎悪の殺戮を

──只人として全てから目を逸らす

 

 その中から、必死に一つを選んで。

 

──判定、不適格。どれも自分に相応しくない。

 炎も闇も全てが朧になって、現世へと追放されていく中、少女は告げる。

『全ては揃った。あとは君が選ぶだけ!!さあ、ワタシ達の罪はすぐそこだ!!』

 そんなこと、わかっている……いや、知らない。

 矛盾する感情を抱え、現世へと帰還していく。

 

 

「……うん、良く寝た」

 いつも通り、夢一つ見ることなく起床する。前日あれだけ疲労しても、長年の習慣は変えることができないらしい。

「ぎる?おはよう、たかとぉ」

「うん、おはよう、ギルモン。また少しじっとしていて。今日は君の居場所を探すから」

 着替えと身だしなみを整え、朝食を普段よりもペース早めに食べた後に店の売れ残りのパンをスーパー袋に何袋か詰め込んで上に上がる。

「いい、ギルモン。悪いけどまたダンボールかぶって。合図したら屈んで、地面につけて」

「わかったー」

 ランドセルを背負い、ダンボールに手をかけながら歩く。実際にはダンボールから飛び出た脚が歩いているとはいえ、一瞬だけなら僕が運んでいるかのように見せかけることができるかもしれない。

 慎重に足音を同期させ、開店準備をしている母親に挨拶。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

 振り向きもしない……第一関門突破。

 裏口から外を出れば、父が背を向けてケースを並べている。

 ……ここは声をかけない方がいいだろう、振り向かれて姿を認識されるリスクが高い。 忍び足で歩いて、

「おう、もう学校行くのか。ってなんだそのダンボールとパンは……」

 やばい──!!ダンボールを軽くたたいて伏せさせると同時に振り返ってみれば、父さんが怪訝な顔でこちらを……ダンボールとパンを見ている。

 ──どうしよう、強引に隠すか?いや!!

 僕は困った顔を作って両手を合わせ、拝むように頭を下げる。

「ごめん、母さんには内緒にして!!この子別の場所に移すから!!」

 ……嘘は言っていない。ギルモンをずっとこの家に置くことはリスクが高すぎる。ただ、僕はこの箱の中に何がいるかは言っていない。父さんから見れば、僕がダンボールの中に入れた犬やら猫を運んでいるように見えただろう。

 案の定、父さんは苦笑を作って、

「しかたがないなあ、わかった。父さんは何も見なかった!!学校遅れるなよ!!」

 わざとらしく背を向けた姿に軽く頭を下げて、裏道をいつもとは違うルートで辿る。

 ある程度の距離を歩き、目星をつけておいた人通りの少ない路地に散乱しているダンボールを積み立てて一息。

「いい、ギルモン?ここを動いちゃダメ。もし人が来たら、すぐにダンボールに隠れて。なにか危ないと感じて移動するときも、できるだけダンボールをかぶって動いて、人が多い場所は避けて」

「わかった。たかとはどこいくの?」

「学校。人がいっぱいいるからギルモンは連れていけないけど、すぐにギルモンの家を見つけるから、しばらく我慢して。もしお腹がすいたら、パンがあるから」

「ぎる?パンをどうするの?」

「……考えてみれば君って産まれたばかりなのか。パンは食べ物だから、食べちゃえばいいんだよ。見てて」

 目の前で一つパンを齧り、ギルモンの口に押し込む。少しだけ見開いた目が、幸福そうな色に変わり、レナモンと同じくお気に召したらしいと安堵する。

「じゃあ、行くから。もしデジモンが来たら、君の判断で動いて。こっちもアークに反応があったら向かうから」

「わかった。ギルモン、ここにいるー」

 返事をするギルモンを軽く撫でて学校に向かう。これまでの自分の日常と、ギルモンとの日常、それらをどのようにすり合わせるかを考えながら。

 

 

「おう、おはよう啓人。どうした、今日は来なかったじゃん」

「ああ、ちょっと用事があって。これからしばらく、少し付き合いが悪くなるかもしれないから」

「んだよ、彼女でもできたか?」

「似たようなものさ」

 ヒューヒューと茶化す健太と博和を躱して着席し、授業を受けながらも考えるのはこれからのこと。

 とりあえずギルモンの居住地の候補は新宿公園のあの林か。あそこは人通りが少ないうえに、あの噂もあって子供も近寄らないはず。それに、いざというときに街に飛び出しやすい。

 ……そう、いざという時。留姫の口ぶりだと、デジモンが現実に出現するのはしょっちゅうあるらしい。あの白い霧……デジタルフィールドといったか?あれには人払いの効果もあるらしいが、デジモン自体が外に出たら関係ないだろう。

 僕は今でも鮮明に思い出せる。襲いかかってきたゴブリモンに満ちる原始的な暴力と捕食の欲求。もし留姫とレナモンがいなかったら、死体すら残っていたかは怪しい。  そんな凶暴なデジモンがもし人通りの多い場所で暴れたら大惨事になることは間違いない。

 ……正義の味方になる気は無い。彼らだってただ生きようとしているだけで、だけど放置して良い訳が無い。自分の家族やクラスメート、いや、見知らぬ誰かがその暴力にさらされる……その想像だけで、自分の胸の中にある怒りと憎悪の炎が勢いを増すのを感じて。

 ──ほんの一瞬、遠くにいるはずのギルモンの気配を感じて。

 握った鉛筆の芯が折れる音で頭を振って切り替える。想像だけで冷静さを失っても仕方がない。そんな事態を防ぐためにも、まずは現状を整理し、備えなければ。一応家に置いてあるデジモンカードをありったけ持ってきたけど、これを実際にアークに読み込ませて実際に何が起こるかを確認するべきだろう……こんな時に先達のアドバイスがあればいいんだけど、その先達の留姫には敵視されている始末。少なくとも対話は通じて出会いがしらに襲い掛かってくることはないだろうけど、敵視されている以上はいつ戦いになってもおかしくはない。こっちはメリットもない戦闘を仕掛ける気はないけど、相手にその理屈が通じるかどうかは別問題。彼女たちがデジモンを倒して強くなることを求めている以上接触は避けられないから、その時にどうにかして友好的に事を収めることができれば……女子と会話すること自体が気恥ずかしい僕にとって難易度が高い。

「加藤さんに女の子と仲良くなる方法でも聞いてみるかな……」

 給食を食べながら呟くが、しかし事情を隠したまま仲良くなる方法を聞くのにも苦労するだろう。慎重に考えなきゃいけない。

 考えをめぐらせていると時間がたつのが早く感じる。それでいて、事態が全くと言っていいほど改善できる案が浮かばない。

「なかなか上手くいかないなあ……」

 愚痴りながら、息をつくと。

「ぎゃああああああああ!!!!」

 騒がしい給食時間を引き裂くような悲鳴、それも教室の近くから。

 思考を置き去りに身体は行動を選択。椅子を弾くように立ち上がって、教室を飛び出てみれば、近くの角で校長先生が腰を抜かしていた。

「大丈夫ですか?なにかあったんですか?」

「ダ、ダンボールの化物が!!動くダンボールの中に化物が!!」

 動くダンボール?化物?……嫌な予感がする。

「何かと見間違えたんじゃないですか?」

 浅沼先生が訝しげに声をかけるが、校長先生は首を振って。

「ち、違う、私はダンボールをはがして、見たんだ!!赤い馬鹿でかいトカゲの化物を!!そいつはダンボール被りなおして出て行った!!」

 ……はい、決定。こんなところでもたもたしていられない。遅ればせながら集まってきた生徒や先生たちから離れて、ポケットに入れておいたアークでギルモンの反応を捜す。昨日の夜に機能を確認した自分に感謝しながら表示してみれば、反応は近い。

「校舎の裏か」

 ざわめきを背に、校舎の裏に出て静かに呼びかける。

「ギルモーン、いる?」

「たかとぉ……」

 木の裏からヒョコヒョコと出てきたダンボール……いや、それが中から持ち上げられて、ギルモンが中から姿を現した。

「なんでこっちに来たの……まさか、向こうで何かがあった?」

「ちがう。たかとのそばでデジモンの匂いがしたから、たかとのにおいを捜してきたあ」

「……僕の近くでデジモンの匂いがしてきたから、僕の匂いを辿ってきた?それって、僕が君と別れる前にデジモンの匂いがしたってこと?」

「うーん?たかとの近くからデジモンの匂いがしたのは、たかとが行ってから。だからギルモン、たかとの所に来た。約束は守ってダンボールかぶってにんげんから隠れた」

「つまり、僕らが分かれた場所から君はずっと僕の匂いを追いかけてきたの?」

「ちがうー。たかとの近くからデジモンの匂いがしたから、たかとの匂いを捜した」

「……良くわからない」

 ギルモンが産まれたばかりだからか、その説明は不明瞭だけど、今はそれを後回し。他に聞くべきことがあった。

「それで、デジモンの匂いってどこから?」

 そう、ギルモンの言葉が正しければ、この学校にデジモンが潜んでいるという事になる。楽観していい理由は無い。

「ん、あそこにいる」

 ギルモンが爪で示したのは校舎の陰。つけられていた……と理解した僕の身体が強張ると同時、耳に届く二つの声。

「ジェン、ばれてるよー。どうすんの」

「仕方がない、挨拶しよう、テリアモン」

 そうして現れるのは二つの影。

 一人は僕と同年代の少年。青みがかかった黒髪に長身のたたずまいに大人びた顔立ちは、年不相応の落ち着いた印象を与えてくる。

 もう一つの影は三十センチほどの小動物。クリーム色の毛並に緑のラインを持ち、長い耳を地面に引きずるように二足歩行する動物などこの世のどこにもなく、つまりはデジモン。

「君たちは……」

 半ば答えを予想しながらも問いかける声に応えるように、少年はポケットから小さな機械を取り出す。緑色のそれこそ、アーク。テイマーの証を示したコンビは静かに名乗る。

「ボク、テリアモン。よろしくなー」

「僕は五年一組(リー)健良(ジェンリャ)。君と同じテイマー。君の名は?」

「……五年二組、松田啓人。パートナーはギルモン」

「ぎる、よろしくー」

「うん、同じテイマー同士、仲良くしよう」

 そう言って、僕が出会った二人目のテイマーは、朗らかに笑った。

 

 

「さようならー」

「じゃあな」

 授業を終えた放課後。ある程度人気が減ったのを見計らい、校舎裏の倉庫に向かう。

「やあ」

 途中で李君と合流。彼が持つ手提げかばんの中にはテリアモンが隠れているのだろう、もぞもぞと動く。

「ギルモン、いる?」

「いるよー」

 倉庫の裏から出てくるダンボール。それを二人で抱えているように見せかけ、新宿公園の人気のないコンクリートの小屋まで連れて行く。

「ぷはあ、ここにギルモンがいればいいの?」

「うん、ここが君の家、ギルモンホーム。人気が無いここなら、のびのびと暮らせるよ。ただ、人が来たら隠れること、わかった?」

「うん、テリアモン、あそぼー」

「おー」

 じゃれ合うデジモン達を見て、心が癒される……ほんと、これまで出会ってきたデジモンは襲い掛かってきたり、刺々しかったりで少し疲れた。

「李君も付き合ってくれてありがとう。助かったよ」

「言ったろ、テイマー同士仲良くしようって。だけど、この場所か。確か子供の誘拐事件があったんだっけ?見つかった子供は全身傷だらけと聞いたけど……ここなら人気は無い。僕とテリアモンも使わせてもらっていいかな?」

「もちろん。それと、その噂大部分が捏造どころか、そもそもの根幹すら誤解だから。まあ、その恩恵を得ている僕らがあれこれ言える立場じゃないけど」

「?」

 首をかしげる李君に軽く手を振り、コンクリートの床に座る。

「だけど、テイマーが僕と同じ学校にいたなんてびっくりだよ。昨日テイマーになったばっかりで先輩と仲良くなれたのは幸運だけど」

「先輩って、確かに僕は君より先にデジモンの実在を知ったけど、全部を理解しているわけじゃない。知識の面じゃあ変わらないさ。それに、ひょっとしたら二人しかいないテイマーだ、対等だよ」

 ……なるほど、留姫のことは知らないのか。僕は彼に留姫のことは話していないし、ギルモンにも喋らないように言っている。もちろん、彼女がデジモンを狩っている以上いつかは話す必要があるけど、彼の事を良く知らない以上、軽々しく恩人の情報を話すのは不義理だろう……だけど、彼女の口ぶりからすればここらへんもテリトリーのはず。それなのに知らないっていうのはどうしてだろう?

「そうだ、啓人君。僕がテリアモンを運動させている場所をいくつか紹介するよ。その後僕のマンションに来ないかい?さすがに今ギルモンは連れていけないけど、夜の散歩とかに便利だよ」

「うん、ありがとう。お願いするよ。じゃあ、ギルモン。また明日」

「またねー」

「テリアモン。帰るよ」

 ギルモンに手を振り、街を歩く。

「テリアモンは君の所で暮らしているの?家族にデジモンのことを理解してもらっているってこと?」

「まさか。うちじゃあ人形のふりをしてもらっているのさ」

 ……そんな手もあったか。僕もギルモンを大きな人形のふりをさせようかと一瞬だけ考えたけど、よく考えなくても目立ちすぎる。もし僕がいない間に親が近づけばアウトだ。

「それでも、たまには身体をのびのび動かした方がいいからね。今から案内する場所も、目星を付けた隠れ家みたいな場所さ」

「デジモンと共に暮らすのも、結構苦労するんだね……」

「モーマンターイ。すぐになれるさ。人形の振りをするのは大変だけどねー」

「アハハ……それでも、大切な友達……いや、家族かな?なんて表現すればいいのかわからないけど、パートナーだから。全然苦にしないよ」

 そう言って案内されたのはビルの地下室。倉庫として扱われていたのか、箱や機材が埃を被るそこは、作業が放置されているのか生活感という物がほとんど感じられない。

「こういった場所でなら人目を気にせずリラックスできるよ。ただ、いつ人の手が入るかどうかわからないから、いくつかキープしていたほうがいい」

「なるほど……いろいろ教えてくれてありがとう」

 手提げかばんを飛び出して、動き回るテリアモンを見ながら礼を言う。

「気にしないで。さっきも言っただろ、同じテイマー同士助け合おうって。だから僕は、君を信用したい」

「それはもちろん……」

 答えようとして、気づく。李君の視線に宿る不信と、テリアモンが僕の背後に立ち、静かに戦闘態勢を取っていることに。

 誘い込まれた……ギルモンと距離を離され、周囲の被害を抑えることができる場所に誘導されたと理解する。

「勘違いしないでほしいけど、僕は君との戦いを望んでいるわけじゃない。ただ、君の存在を見過ごせない。今日はたまたまテリアモンを連れてきたんだけど、その時に妙な気配を感じたと言うじゃないか。アークにはデジモンの反応は無いのに、よくよく観察してみれば人間からその気配がするらしい。おまけに、僕がテリアモンを学校に連れてきたのは今日が初めてじゃあない。なのに気配を感じたのは今日が初めて、つまり君がこの数日で何かあったという事だ」

「姿を見るまで半信半疑だったけどねー」

 淡々と語り、戦いを望んでないと言いながらも、その手にはアークとカードが握られている。おそらくは攻撃力強化。僕がほんの少しでも失敗すれば背後のテリアモンが襲い掛かるだろう。

「改めて聞こう、君は何だ?……いや、そんなことはどうでもいいか。ただ約束しろ、周囲に被害を及ばさないと。正直君が何であれ、何もしなければ僕らも関与しない」

 ……その問いに、答えることができない。いや、彼らは何を言っている?テリトリーの安全を保障したい彼らの理屈はわかるけど、その理由である僕から感じる気配になんて心当たりはない。僕は昨日テイマーになったけど、あくまで特別なのはデジモン。テイマー自身の身体に何か異変が起こるなら、李君にだって起こっているはずなのに。

『うーん、見事なまでに空回りだニャーっと。ワタシ達のリンクは未だ不安定だから啓人は気付けないし、そもそもこうしている言葉だって聞いてすぐ忘れちゃう』

  つまるところ、李君の心配は全くの誤解なんだけど、それを説明して状況を打破できるか?……難しい。口先八丁で適当に約束したとして、問題の先送りにしかならない。これじゃあストレートに敵意をぶつけてくる留姫の方がまだ付き合いやすかった。

「さあ、答えて」

「ジェンを怒らせたら怖いよー」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!混乱し、支離滅裂になる思考回路。自分をじっと見つめる李君の眼と、背後のテリアモンの重圧が存在感を増して。

 カチリ、と。脳内でなにかが噛みあって。

 ……ああ、簡単だ。こいつらを殺せばいい。戦う気はない?信じたい?テリトリーの安全を確保したい?全て関係ない。こいつらは力を以て僕を害そうとする敵だ。それが全て。

 ……頭が痛い。刻印が疼く。僕を否定する者たちを全て否定しろという絶対命令。それに従い、自らの中に潜むものへと共鳴する。そう、光も闇も、その究極は敵の排除なのだから。呼応するかのように、なにかが胎動して。

「何だ?」

 困惑する李君の声が一瞬の混乱から(・・・・・・・)僕を正気へと引き戻す。

 あらわれるのは白い霧。一瞬でこの部屋に充満したそれは通常の気候ではありえず、しかし自分たちにとっては既知の物。すなわち、

「デジタルフィールド……!!」

 電子の獣を現実に顕現させる力場に他ならず、すなわち次に起こるはデジモンのリアライズ。まばゆい光と共に霧の中からその姿を現すのは白い毛皮を持つ猿人。見上げるほどに背が高く、右腕を機械仕掛けの砲身へと変じているそれこそ成熟期、ゴリモン。

「そんな……!!なんでアイツがここに……!!」

 李君の驚愕はデジモンの出現だけではない。あの脅威が既知であるが故の驚きに反応するように、ゴリモンも僕を、否、傍のテリアモンを見て。

「!!」

「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 咆哮と共に拳を振るう。僕のことなど欠片も興味を見せず、テリアモンだけを目標とする拳。それを認めた瞬間、テリアモンがゴリモンに向けて走り出さなければ、余波の身で吹き飛ばされていただろう。結果として拳は目算を誤り空振りする隙に、懐へと入り込んで。

「プチツイス……」

「駄目だ!!下がれ!!」

  絶好の機であるはずのその瞬間を、しかしテイマーであるはずの李君は活かさない。テイマーの指示に従い、テリアモンは後退するが、その表情には不満を隠さない

「どうしてさ、ジェン!?せっかく決着付けられたのに!!」

「いいから下がるんだ!!君に戦わせるわけには……!!」

「来る!!」

 咆哮しながら砲身がこちらを向いて、そこに光が充填されるのを察知し、散開。ゴリモンは構わずテリアモンにのみ照準を合わせ、放たれる光弾は空気を焼き、ほんの一瞬前まで小さな獣がいた床を穿つ。

「ジェン、カードを!!戦おう!!」

 続いて放たれる光弾を躱し、拳を引き付けながらテリアモンはテイマーに呼びかける。僕らを巻き込まない位置取りで回避を続けるが、限界は目に見えている。

「李君、そうしたほうがいい!!どんな因縁があるかは知らないけど、このままじゃテリアモンがやられちゃう!!下手に外に逃げても、この調子じゃあ巻き添えが出る!!」

「嫌だ!!僕はテリアモンを戦わせたくない!!」

 李君は叫ぶ。今までため込んだものを吐き出すかのように。

「どうして僕らを放っておいてくれないんだよ!!君だってそうだ!!僕はただ平穏に暮らしたいだけなのに!!戦いたくなんてないのに、異変なんていらないのに!!どうして僕の目の前に現れるんだよ!?」

 彼が秘めるはただ平穏を求める人間としての当り前の望み。その為にそれを乱しかねない僕を警戒し、誘い込んだ結果がさらなる窮地。そんな現状への嘆きなどゴリモンは欠片も斟酌せず、さらなる攻撃を加えんと猛り。

「狐葉楔!!」

 鋭い葉の刃が、ゴリモンの身体を襲う。分厚い毛皮にくいとめられるが、一瞬だけ動きを止めたその隙に放たれた鋭い蹴りが巨大な身体をよろめかす。

 そうして現れたのはレナモン。美しい獣人はそのまま飛び退き、侵入してきたテイマー……留姫の傍に立つ。

「アンタに会うのは決着をつける時だったはずなんだけど……で、どんな状況?そっちは……テイマー?いったいどんだけここらにテイマーがいるってわけ?」

「……啓人君、彼女は?」

「うーん、友達?」

「ふざけんな」

 隠していたことの後ろめたさを若干感じながらも端的に告げるが、それは当人に両断される。

「こんな状況でヘラヘラしてないで、ギルモンは?レナモンが言うにはアンタの妙な気配だけで、ギルモンの気配はしないみたいだけど」

「こんな街中でギルモンが歩けると思う?」

「あっきれた、じゃあ今のアンタはただのお荷物じゃない。仕方ない、そこのテイマー。こいつを倒すのに手を貸してあげる。どうやらアンタのパートナーにご執心みたいだし、それなりに強いから、万が一にでも外に出すわけにはいかないっていうのは理解しているでしょ。その後であたしとバトルだよ!!」

「断る!!僕は戦わない!!ゴリモンにも、君にも!!勝手にやっててくれ!!関わるな!!」

「はあ?」

 それを聞いた留姫の眉が、不快そうに上がって。

「バカ?テイマーなら戦うでしょ。アンタのパートナーは何のためにいるの?」

「デジモンは戦いの道具じゃない!!僕らはただ、一緒に暮らしたいだけだ!!」

 お互いに求めるものが異なる二人は睨み合う。留姫は舌打ちしながらこちらを向いて。

「話にならない。アンタも何か言えば?少なくともアンタは戦うこと自体を否定する馬鹿じゃない」

「彼女の口車に乗っちゃだめだ!!君だって、ギルモンが傷付くのは嫌だろう!?」

「そうだね、とりあえず確かなのは」

 轟音と共にレナモンが壁まで吹き飛ばされる。速度によって翻弄していたはずの獣人を捉えたのはゴリモンの背中から生えた二本の腕。元々の腕と変わらぬたくましさのそれの奇襲こそがレナモンを吹き飛ばした。現象だけ見ればフーガモンの異変と酷似しているが、見る限り変貌はそこで止まっている……それはつまり、安定しており自滅に誘うことはできないという事。

「ここでコイツを倒さなきゃ、何が正しいかを論じることすらできないって事かな」

 そう、戦いを求めるのも平穏を求めるのも命あってこそ。この状況を打破しなければ、何が正しいかを論じることなどそもそもできはしない。

「GOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 そして人間の悩みなど、獣は斟酌する理由が無い。ただひたすらに熱に浮かされたように振るわれる腕は縦横無尽。逃げ回るテリアモンの行く手を阻み、それを妨害しようとするレナモンの奇襲を変則的な打撃で阻み、時には砲を放つかと思えば直接殴り……自らに発生した新たな部位を完璧に使いこなしていた。戦場の主導権は間違いなくゴリモンが掌握している。レナモンとテリアモンは嬲られるばかりであるが、しかし決定的なダメージを受けていないことには理由があった。

 まずは攻撃を集中されているテリアモン。拳と砲の連携に晒されるが、しかしその小さい体を巧みに生かし、最小限の動きと時には物陰に隠れた幻惑、さらには大きな耳を翼のように広げた滑空、これらで直撃を避けていた。それは一切の攻撃を行わず、回避にのみ集中しているが故の生存。

 一方のレナモン。速度と正確さに優れるが、しかしゴリモンの反応は肉薄する。四本腕が織りなす連携は複雑怪奇、どこから奇襲しても必ず防がれてカウンターを喰らう。どれだけ早くとも、攻撃に反応されるのでは意味がないがしかし、ゴリモンの目的はあくまでテリアモン。レナモンへの対処は虫を払うかのようなもので、本腰を入れて排除しようとする意志を見せず、その程度なら留姫のカードによる支援で凌ぐことができる。

 ……そして当然、それらは永続しない。もしテリアモンが攻撃を仕掛けようとしても、ゴリモンとの性能差は如何ともしがたく、回避に避ける余力を無駄遣いすれば順当に攻撃が当たる。レナモンの排除に本腰を入れようものなら見せかけの均衡は破綻する。

  つまり、現状の均衡は幻だ。ほんのちょっと誰かがミスしたら、いや、ゴリモンが気まぐれを起こせば僕らに生存の目は無い。

 ……いや、唯一この状況を打破する手はある。テリアモンを差し出せばいい。勿論、交渉がゴリモンに通じるわけがないが、しかし注意を誘導すれば逆転の目はある。当然テリアモンは無事では済まないが、僕の敵同士潰しあえば得しかない。

 だけど、李君が固まり、迷いながらも今にも泣きだしそうな顔でいたから。テリアモンを失えば泣くんだろうなと、心の片隅で思ってしまったから。

 確かに彼らは僕に暴力で脅した。親切にしてくれたのも、僕の隙を作るためのものだと理解しているけど、完全な演技だとは思えなくて。

 ──そしてなにより、彼の日常を維持したいという思いが、嫌になるほどわかるから。

 僕の心が熱く燃える、冷たい決意が冴えわたる。根幹を為すそれは告げる、あの獣を否定しろ、殺して殺して殺し尽くせと。

 しかし僕のパートナーは遠く離れている。この戦いに介入することは不可能、どれだけ決意を固めても、現実的な力が無い以上何もできない……

 

 ──本当にそうか?僕の心が昂るたび、ギルモンの存在がこんなにも身近に感じるというのに?

『そう、距離が離れている?声が届かない?そんな程度、何の問題があるのかニャー?』

 出来るという確信すら必要ない。日常の延長のように静かに告げる。

「来い、ギルモン」

 ──その瞬間、僕の身体を両断するかのように亀裂が走り、そこからギルモンの腕が飛び出した。

 僕の身体の体積を押し広げながらギルモンを吐き出すと同時、亀裂は痕跡すら残さず消え失せた。服を軽くなぞってみても、破れすら見つからない。

「嘘でしょ……テイマーの座標を基にした空間転移?そんな機能アークにはない!!」

留姫の驚愕ももっともで、なんでこんなことができたのかは自分でもわからないけど、そんなことはどうでもいい。

「GURURURURURURURURURU!!」

 異常事態に警戒して動きを止めたゴリモンに向け、静かに唸りを上げるギルモンに声をかける。

「何をすればいいのかわかってる?」

「ギルモン、戦う!!アイツ、殺す!!」

 ギルモンの告げる言葉に躊躇はない。僕の怒りに呼応するかのように昂る龍の闘志もまた燃え上がる。

「やめるんだ啓人君!!デジモンは戦う道具じゃない!!」

李君の声も遠く感じる。自らの存在そのものが戦いに向けて先鋭していき、それに応じるかのように僕の思考もまた鋭くなっていくのを感じることができる。

「李君、テリアモンは回避に専念。攻撃は考えないで、注意を引くことだけを考えて。攻撃は絶対に当てさせない。

 留姫、昨日と同じように連携を取る。正面は僕らが受け持つ、機動力を生かして不意打ちして」

「だから、指示すんな!!」

「しかし、留姫。方針自体は正しい」

「ジェン、やるしかないよ」

「……しかたがない」

 僕、留姫、李君、三人のテイマーは今この時だけ団結する。完全に信じあったわけじゃないけど、それでも、生きる為に。

「行くぞ!!」

 号令と共に、それぞれが行動を開始した。

 

 

「カードスラッシュ、高速プラグインC!!」

 李君がスラッシュしたカードによってテリアモンは疾風と化して部屋の中をピンボールのように跳ね回る。

 速度で劣り、身体の大きさゆえに動作が阻害されるゴリモンでは追いきれない。唯一砲を備えた右腕で狙いを定めるが、

「補足、妨害!!カードスラッシュ、『トレーニングギプス』!!」

 指示とともにギルモンは突撃。増加された膂力で砲を右腕ごと押さえつけ、迎撃する左腕ももう片方の腕で掴み取る。

 それは一瞬の均衡だ。強化されているとはいえ、ギルモンの膂力ではゴリモンを抑え込むことはできない。それ以前に、まだ敵の腕は二本残っているから……

「カードスラッシュ、『バトルトマホーク!!』」

 避けえない角度から振るわれた拳を、その死角から現れたレナモンの手斧が手首から切り裂いた。まずは一つ、続いて一つ。おまけに蹴りを顎に入れて頭蓋を揺らすのに先んじて、僕もギルモンに指示する

「喉元をブレイク!!」

「GUOOOOOOOO!!ロックブレイカー!!」

 ギルモンは咆哮と共に高速に使っていた腕を滑らせ、喉元に向けて爪を突き刺す。力比べをする気も、戦いを長引かせる気もない。ただ急所を貫けば終わるのだから。

「GAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 直撃する寸前、ゴリモンは後方に退避。爪は喉を浅く裂くが、致命傷には至らない。それでも痛手を与えたことは変わらないので、ギルモンは攻撃を続行。距離を詰めてその牙で止めを刺そうと駆ける。迎え撃つゴリモンも後方に退避するが、しかしふらつく身体では逃げ切れない。否、ギルモンから距離を離しても、レナモンの速度からは逃れえない。

 故に勝利は揺るがない……その確信を、ゴリモンの胸元が奇妙に蠢くのを見て失った。

「っカードスラッシュ、『グレイモン』、メガフレイム!!」

 とっさにスラッシュしたカードの効果でギルモンが放ったのは、本来のそれよりも巨大な火の玉。直進したそれが相殺された衝撃によって部屋を爆風が席巻し、至近距離にいたギルモンのみならず、後方で指示していた僕らまでも吹き飛ばす。

 ──そう、相殺。なんとか立ち上がってゴリモンを見てみれば、その胸元からは右腕に装着している物よりも大型の砲が生えている。それだけではない、こうしている今も胸元の砲の両脇に二門の砲が肉を突き破り生えてきている。おそらく次は防ぐことができない。

 おまけに、背中から新たに生えた腕、手首から切り落とされたはずのそれらの断面からも小型の砲が生えている。遠距離攻撃の手段が増え、そして威力を考えれば、室内で発射されるのはやばい。

 躊躇する時間は無い。

「ギルモン、接近!!特に胸の砲の発射の妨害を最優先!!」

「レナモンは腕の砲を抑えて!!」

「テリアモン、動き回って、砲門を妨害しやすい位置に誘導させるんだ!!」

 三人のテイマーの指示に従い、デジモン達も動く。テリアモンが砲の動きを誘い、それをレナモンが攻撃を仕掛ける事で砲の発射を防ぎ、ギルモンは胸の砲が発射の兆候を見せるたびに爪を突き立てる。

 三体の連携は戦闘初めとは比べ物にならないほどに磨き上げられ、しかしゴリモンに決定的なダメージを与えることができない。その原因はゴリモンの戦闘方針の転換。ついさきほどまで執拗にテリアモンを狙っていたはずの白い猿人は、その行動を変えていた。

 ──すなわち、ギルモンの誘導と妨害。

 迫る爪を盾のように構えた砲で阻む。距離を詰めようとしても、腕の砲での牽制の隙に距離を取られる、その繰り返し。

 おそらく、致命傷を与えかけたギルモンに最大の警戒を払っているのだろう、攻撃を積極的に仕掛けず、徹底的に距離を取っている。

 ゴリモンの胸の砲の発射も妨害できているが、しかしこれは敵の狙い通り。あの砲の存在がある以上、攻撃力の高いギルモンが常に妨害を行わねばならず、行動が限定される。結果として最大の脅威の自分の規定した道筋に誘導したゴリモンは、常にその行動を把握している。

 ──それでも、テリアモンに対するこだわりは捨てきれないのか、最低一つの砲は常に狙っている。レナモンの支援もあって逃げ切れているが、しかしそれは長く続くものではない。僕とギルモンが少しでも失敗すれば胸部の砲がこの場を席巻し、戦況は決まってしまう。

 つまり、お互いに決定的なダメージを与えることよりも、互いの動作を妨害することに重きを置いた綱渡り。しかし、こちらにはその状況をひっくり返す手札は無く、敵には状況を決める切り札がある。

 その状況に歯噛みして、それでも、打開するために思考をめぐらせる、その時。

「ねえ、アンタ。あたしたちに賭ける気、ある?」

 そんな呟きを、留姫が漏らした。

 

 

 留姫は静かに言葉を漏らす。つい数日前まで思いもしなかったであろう、他人と力を合わせることを提案している自分に心のどこかで自嘲しながら。

「今のゴリモンは見てのとおり、ギルモンから徹底的に逃げている一方で、あの砲を囮に使って、攻撃を仕掛けざるを得ないように誘っている。あまりにも警戒し過ぎて、直接殴り合うのも、逃がすのも怖がってる……逆に言うなら、ギルモンが決定的に隙を見せれば意気揚々とテリアモンに割いている攻撃のリソースも集中して勝負を決めようとするはず」

「……つまり、僕らが囮になって隙を作る、そういう話?」

「そうしたいのはやまやまだけど、その隙に一撃で決めなきゃいけない。すこしでも失敗すればあの馬鹿げた砲であたしたち全員お陀仏ってわけ。そして、それができるのはギルモンしかいない。レナモンは威力で勝負を決めるのは不得手だし、あのちっこいのはそもそもテイマーが戦う気が無くて決め札として扱うには論外……つまり、勝つためにはギルモンに注意を集中させたうえで、ギルモンがその隙を突かなきゃいけないってこと。

 そのための道筋を用意する」

 我ながら滅茶苦茶なことを言っているという自覚はある。おまけに、自分は彼を倒すと宣言していた。これで信じるのは底抜けのお人好しであり、

「わかった。あわせる」

 躊躇なく言い切った彼は、自分の想像をはるかに超えたお人好しだった。

「……こうもあっさり……」

「君がこの状況で提案するってことは、勝つための必要なんだろ?なら、友達を信じるだけさ」

 そう、こいつは底抜けの馬鹿だ。出会ったばかりであからさまに敵意を向ける自分を友達とのたまい、巻き込まれた命にわざわざ感情移入する。暢気で甘ちゃんだけど、そんな彼を当てにしている自分は何なのか。

 分からないが、それでもいつものように虚勢を張る。

「言っとくけど、今だけだから。馴れ合いが成立するなんて思わないで。テイマーだからって理由は、敵対する理由にしかならない」

「?僕が君を友達だと思っているのは、テイマーだからじゃなくて、留姫だからなんだけど?」

 そんなふうに臆面なく告げる馬鹿の言葉に、どこかくすぐったさを感じて、それを隠すように叫ぶ。

「全員、レナモンに集まって!!」

 その言葉に従い、部屋を跳ね回っていた三体のデジモンが自分たち一カ所に合流する。ゴリモンは一歩踏み込むが、カウンターを警戒したのかそこで止まり、テイマー、パートナー、ゴリモンが頂点の三角形を為す。

 ──狙い通り。この隙に手にするカードこそが逆転の布石と知るがいい──!!

「カードスラッシュ、『ポロモン』、ポロロフリーズ!!」

 選択したのは幼年期。直接的な戦闘力では紛れもなく下位であるが、しかしこの状況を活かす一手はこれしかない。巻き上がる砂埃がパートナーたちの姿を隠す。

ゴリモンが奇襲を警戒してか、その身を強張らせて──その瞬間、砂煙から飛び出した赤い龍。それは天井を蹴り、壁を蹴り、加速しながら背後に回る。

 完全に意表を突き、反応を振り切ったはずのその奇襲。しかしゴリモンはそれに追従し、身体を振り向いて迎撃する。全てを灰燼と化す砲が光を放つ、その直前。

「カードスラッシュ、『アイアンクロウ』、『攻撃プラグインC』!!」

 砂煙を引き裂き、飛び出した二体目の赤い龍の爪が背後からゴリモンを引き裂き、左肩から右腰までのラインで両断した。それを為したものこそ、紛れもなく啓人のパートナー、ギルモン。

 ならば、先に飛び出した赤い龍は?その姿から光がこぼれ、瞬く間に美しい毛並みの獣人──レナモンへと戻る。これぞ秘技、狐変虚(こへんきょ)。自身のテクスチャを張り替える変化の術が、ギルモンに注意を引き付けながらもギルモンで不意を突くという矛盾を実現させる。

 もはや消滅を待つばかりとなったゴリモンの上半身が地面に落ちると同時、砂煙が晴れ、待機していたテリアモンの姿が現れる。

「GOOOOOOO……」

 ゴリモンが未練がましくその姿に右手を伸ばすが、しかし脚がないので届かない。それ以前に間違いなく致命傷を刻まれたその身体は消滅を待つばかりであり……否。死を待つばかりだからこそ、その執念は条理を犯す。

 伸ばした右手が丸ごと砲に変わっていく。その狙いは間違いなくテリアモンであり、これまでのものよりも砲身が長いそれの威力はおそらく自分たちが警戒していた胸部の砲とは比較にならない。

「GURU!!」

「させるか!!」

 レナモンとギルモンが止めを刺さんと動くが、次の瞬間にゴリモンの上半身から飛び出た光が両者の足を止める。

 それは胸部の砲の暴発。自身の身体を犠牲に一瞬の猶予を得た死に体は、しかし悪意に満ちた笑みを浮かべて

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 リーと呼ばれた少年の叫びと共に、部屋を光が席巻した。

 それは砲火……じゃない。その標的となった小型デジモンが発する眩い光……留姫はこれを知っている。それは自分が求め、しかしその脅威を実感したもの、すなわち。

「テリアモン、進化!!ガルゴモン!!」

 デジモンが自らの存在を変革する、進化の光に他ならない。

 小さな体を拡大し、顕れたのは2mほどの伸長を持つ大柄な獣。大きな耳を下げるその体つきは進化前のデジモンから順調に成長したように見えるが、しかしズボンを履き、身体に弾丸を巻きつけ、両腕にガトリングガンを装着したその姿は愛らしさと攻撃性を両立させる。

「アハハハッハハッハッハハハハハッハハハハハハッハ!!」

 狂ったような笑い声を上げ、その獣──ガルゴモンは両腕のガトリングをゴリモンに向けて──

「っ!!」

「よけろ!!」

 指示に先んじてレナモンとギルモンが飛び退くが、ガルゴモンは巻き添えになることも全く考えずに発砲。

 絶え間なく響き渡る銃火はゴリモンの身体を粉砕し、断末魔すら残さず一瞬でデータの塵に変えるが、ガルゴモンは止まらない。もう何もない場所に向けて発砲し続け、不意に止めたと思えばガトリングで床を殴り続ける。

 レナモンが自分を庇うように立ち、ギルモンは距離を取って身体を低くするが、ガルゴモンは欠片も興味を見さない。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 正気を失ったかのような笑い声が響き続け、その度に破壊が続行される。

 こうして、脅威の第二幕が上がる──

 

 

 やばい……状況は悪化している。

 高笑いしながらゴリモンがいた床を執拗に殴り続けるガルゴモンに、テリアモンの時に見せた知性の高さは感じられない。これが李君の狙い通りならいいけど、彼の表情を見ればそうではないのは一目瞭然。

 ガルゴモンが不意に動きを止めて、その両手を広げて……まさか。

「っレナモンの背後に!!カードスラッシュ、『防御プラグインC』、『カラツキヌメモン』、シェルズアタック!!」

 その瞬間、部屋全体を銃弾が席巻した。それは特定の対象を狙った攻撃じゃない、どこまでも気ままに適当に銃撃をばらまく。もはや一つの轟音とも聞こえる銃火は部屋そのものを揺らし続ける。

 その前に僕らは行動、ギルモンは伏せ、僕と李君は留姫の傍……レナモンの背後に回る。それと同時にレナモンの周囲に半透明の甲殻が出現、防御プラグインによって高まった硬度は狙いが集中していないこともあり、攻撃を通さない。

 僅かに得た安全地帯、そこでテイマーは集合する。

「で、これはどーいうわけ!?アンタの狙い通りってんなら正気を疑うけど」

 そう毒づく留姫の顔色は悪い。敵意を向けるデジモンには慣れているかもしれないけど、あんなふうに理性が吹っ飛んでいるデジモンは見たことが無いのか。

「そんなわけないだろう、ちくしょう、だから戦いたくなかったんだ!!また、あんな姿、見たくなかった!!」

「……その言い方だと初めてじゃないんだ。だったら、この状況を切り抜ける方法も知っている?」

「そんなものはない!!ただ正気を取り戻すのを待つしかないんだよ!!」

「それってずっとこのまま?……全員纏めて蜂の巣か、それと生き埋めか、どっちがましかって運試しは御免。いや、あんな理性がぶっ飛んだヤツを外に出すわけにはいかない」

「だったら、やることは一つだね」

 息を吸い、覚悟を決める。李君が顔を歪めるが、それを無視して、告げる。

「ガルゴモンを正気に戻す。それしか僕らが生き残る道はない」

 その言葉に、二人のテイマーが呆気にとられたような顔で僕を見る……そんなにおかしなことを言ったかな?全員で生き残ることが勝利条件だから、自然なことだと思うんだけど。

 留姫が呆れたように口を開く。

「正気?あたしとしては、あいつをロードしようって言うつもりだったんだけど」

「この状況で冗談言うほど神経太くないさ。これが自分に都合の良すぎる判断だってこともわかっている」

 そう、今のガルゴモンは、ついさっき戦ったゴリモンと変わらない。ほんのちょっと知り合っただけでゴリモンを殺そうとして、ガルゴモンはそうしないというのは不平等にもほどがあるけど。それでも、これがやりたいことだから。

「僕はやりたいようにやる。テイマーはそういうものだろ?」

「……ありがとう」

「気にしないで。大切なパートナーなんでしょ?」

「あっそ。付き合ってられない。あたしたちはアイツを倒す。精々後ろに気を付けて」

 留姫の言う事も最もだけど、狂った獣と冷静さが武器のコンビの二つを相手にするのはさすがに無謀が過ぎるので、

「残念。思ったより大したことないね、デジモンクイーンって」

「……今、なんて言った?」

 触れるだけで凍りつきそうな留姫の声色に手ごたえを感じ、彼女をこちらの戦力に組み込むための言葉の槍を放つ。

「ただ敵を倒すだけなら簡単だ。ちょっとした暴力があればいい。理性が無い獣なら簡単だ。逆に最小限のダメージで鎮圧するのは力と知恵の両立が必要だけど、それができることこそ強者の証。いやあ、残念。噂に名高いデジモンクイーンが、鎮圧を選べる状況で、倒す選択しかできないなんて……そんなのに倒すとか、決着をつけるとかカッコイイ言葉を囀られたって、正直リアクションに困っちゃう」

「……言ってくれる、やってやろうじゃない!!アンタがやろうとすること、あたしたちにできないはずはない!!」

 煮えたぎる咆哮に、自分の狙い通りに誘導できたと安堵する。

「……この状況で言えた義理じゃないのは百も承知だけど、君って案外性格捻くれているね……」

 何故か声に呆れのニュアンスを滲ませる李君を無視して、留姫が気炎を上げる。

「言っとくけど、このあたしがやる以上、失敗は許さない!!邪魔はしないで!!」

「それは頼もしい……じゃあ、始めよう。

 ギルモン、接近して牽制、その後退避して、銃撃を避け続けろ!!」

「GUAAAAAAAA!!」

 伏せていたギルモンがその体勢のままに地面を駆け、その爪を振るう。

 鈍い音とともに防がれ、飛び退いたギルモンを銃撃が追うが、しかしそれは望み通り。攻撃がギルモンに集中したことで防御の必要が無くなったレナモンが一気に接近。蹴りを喰らわせてガルゴモンの身体を揺らし、そのまま跳躍。天井の配管に乗る姿を銃口が追うが、再度ギルモンが接近。その爪を振るわんと構え、僕もまた『アイアンクロウ』のカードをスラッシュ。

 迎え撃つガルゴモンも、ガトリングの腕を構えて。

「ロックブレイカー!!」

「ダムダムアッパー!!」

 爪の振り下ろしと、鉄腕の打ち上げ。二つがぶつかり、力負けするのは当然ながら爪。されど鉄腕もまた逸らされて、ギルモンを捉えられない。

 そうして始まるのは泥臭い殴り合い、当然、性能値で劣るギルモンが不利だけど、それでいい。そもそもギルモンが殴り合いで勝利できたとして、ガルゴモンを倒してしまえば意味がないから、

「『防御プラグインC』!!右上方、左下方、防御した後に後方へ退避!!」

 防御力を高めるとともに、攻撃方向を示すことで適切にしのぎ続ける。此方からも攻撃するが、それはあくまで防御のため、相手の回転率を少しでも下げるため。ただひたすらにその場凌ぎを永続させる。

「ハァッ!!」

「レナモン、カードスラッシュ、『高速プラグインC』!!」

 その間隙を縫うようにレナモンが加速。速度と精密さの両立を為す攻撃は、少しずつ、しかし確実にガルゴモンにダメージを蓄積させ、ただでさえ荒い動きから精彩さを奪っていく。純粋な技量、戦闘経験においてこのコンビは紛れもなくトップ、積み重ねたぶんだけ強いというこの世の真理はどこまでも堅実に結果をはじき出す。

 一撃離脱を繰り返すレナモンに、ガルゴモンの銃口が向けられるが、遅い。

「ギルモン!!」

「GUA!!」 

 馬力に優れたギルモンがそれを押しとどめ、注意を集中させて無理やり殴り合いを続行させる。勿論、銃撃を妨害するため。レナモンが動き回らなければいけない以上、銃撃は僕らを容易くミンチにする。そもそも撃たせないことが生存のための条件であり、ギルモンの行動によるプレッシャーはその役割を発揮する。

 そして、当然。

「ギルモン、後方に退避。出力を絞ったファイアーボールで攻撃」

「レナモン、前進。接近戦でガトリングを押さえて」

 役割を入れ替え、連携に慣れてきたガルゴモンのリズムを崩すことも忘れない。

 小さな火球がガルゴモンの表面で爆発し、迎撃しようとするガトリングにレナモンが手を添え、僅かに力を加えるだけであらぬ方向に逸らし、体勢が崩れたところで流れるように一撃。

「ア、 ハハハハハハハハハ……」

「ああ……」

 笑い声も心なしか弱まる姿を見て、李君が悲痛な声を上げるが、それを意識の底へ追いやってより心を鋭くする。自分たちが判断を誤れば、こんなものでは済まない。

 ガルゴモンが対応しようとしたところで、再度役割を交換。爪で攻撃を阻害し、一撃離脱で堅実にダメージを蓄積させる。

 ──勝てる。楽観ではなく、ただの事実として確信する。あと幾度かの交錯で、ガルゴモンは立つことすら不可能になり、地面へと倒れ伏すだろう。それでいて、勢い余って命を奪ってしまうことも無い。

 見たところ、ガルゴモンのステータスは確かに高い。ギルモンとレナモンの合計値すらも上回るが、しかしそれだけだ。テイマーの支援も受けることができず、理性も失っているこの現状では、宝の持ち腐れという他ない。おまけに、超回復や武装の増殖といったイレギュラーもないなら、嵌め殺しの陣形を整えることは容易だ。

 むしろ、技量が劣るギルモンが勢い余って致命傷を与えるリスクを避けるべきだろう。

 退避を命じようと、口を開き──

 ──今此処で、こいつらを倒すべきだ。

 不意に脳裏に浮かび、これまでの行動を覆す提案をしたのは僕の心に響く僅かなノイズ。最初に彼らから敵意を向けられたときから心のどこかで燻り続けている熾火が、敵を排除しろと囁き続ける。

 ……そんなものはただの気の迷いだ。考えるだけでおぞましい。意識の外に追いやり、命令しようとした、その時。

 起こったことは、散発的だった。

 ガルゴモンの身体が、不意に崩れる。それはダメージの蓄積が自分たちの想定をほんのわずかに上回っていたが故の予測から外れた動き。偶然であるが故、ほんの数瞬だけギルモンとレナモンから逃れたガルゴモンは、銃口を一点に向ける。

 もちろん、偶然で生まれたそれ程度で勝敗は揺るがない。もはや状況は決している。

 されど銃口が狙うは直接的な暴力であるデジモンではなく、留姫。戦闘論理の結果か、そもそも考えなど残っていないかは不明だが、しかしこのままでは彼女の肉体が血煙になるのは間違いなく──

 

 

 ……そんなことを、許すと思うか。

 次の瞬間に響いた轟音は打撃の証。ただギルモンが腕を振るっただけでガルゴモンの巨体が壁へと打ち付けられた。

 結果として留姫はその身に傷一つなく、巻き込まれかけたレナモンが安堵しているが……それは止まる理由にならない。

「貴様は、死ね」

漏れる言葉は自分のそれとは思えぬぐらいに低く、重圧すら伴っていたがどうでもいい。刹那毎に李君への配慮などといった余分なモノが剥がれ落ちていくことを実感できる。

 これは彼らの意思ではない?自分たちは恩がある?理由は共感できる?実際には怪我一つない?……全て些事。

 そんなことにこだわり、命を危険にさらした僕に反吐が出る。

 彼女を傷つけようとした、それだけで殺す理由は十二分。

 そう、僕は守るために守るために守るために……誰を?

 そんなものは些細な疑問。気にする暇があるなら、一刻も早く行動するべきだろう。

 すなわち、

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA……」

 僕の決意に反応するかのように、ギルモンもまた変わっていく。その眼光に鋭さが増し、漏れる吐息すら殺意で満ちている。そこに普段の穏やかさは欠片も見いだせず、僕の怒りと殺意に相応しい存在へと内面から変化、いや純化していく。

胸に刻まれる紋章が、黒く輝き。

「コ、ロ、ス!!GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 咆哮と共に突撃。ガルゴモンも立て直し、銃腕を振りかぶる。傷だらけのガルゴモンであるが、未だパワーでは上回っているはず、その予想は。

 轟音と共に銃椀が砕かれたことによって裏切られた。

 これまで圧倒していたのはあくまでレナモンとのコンビだったから……そんな前提条件を覆すかのような一撃に、なんら特別なことはない。カードも使わず、純粋な力勝負で上回っただけの話。性能差?世代間の差?そんなものひっくり返すことができないで、一体何ができるというのだろう?

 大切なことは止まらないこと……如何なる不条理も不可能も憎み尽くして進み続ければ、不可能なことなんて何もない。

 それを証明するかのように、ギルモンはこうしている今も秒単位、いや、刹那毎に自己を変革していく。

「カードスラッシュ、『アイアンクロウ』、『ブイモン』、ブンブンパンチ!!」

 鉄の爪から放たれる打撃の連打が織りなす轟音は、瀑布の奏でのように止めどなく。ガルゴモンのあらゆる急所を貫き、抉り、蹂躙する。

 轟音が終わり、地面に倒れ伏すガルゴモン。その身体はビクビクと痙攣し、もはや立ち上がる力どころか、意識すらもあるかどうか怪しい。

 そして、今更指示を出す必要もない。ギルモンは僕の意思をくみ取り、その身体を踏みつぶそうと足を掲げて……空振りする。ガルゴモンが躱したのでも、ギルモンが目算を誤ったのでもない。倒れ伏した身体が光に包まれ、進化前の姿、テリアモンに戻り、小さくなったおかげで当たらなかったのだ。

 大した問題ではないので、ギルモンは再度踏みつぶそうとして。

「カードスラッシュ!!『サンゴのお守り』!!

 瞬間、地上に生えた珊瑚がギルモンを阻むが、そんなものは障子も同然。ギルモンが腕を払うだけで砕け散る。 

「啓人君、もうやめてくれ!!このままでは、テリアモンが死んでしまう!!」

 そんなふうに肩を掴み、顔を歪めながら懇願する敵に対して、やるべきことはひとつだった。

「邪魔だ」

 その無防備な顔面を掴み、そのまま壁に叩き付ける。敵はその拘束を外そうと腕を掴み、虫のようにもがくが無駄だ。その動揺を文字通り手に取るように感じながらギリギリと力を込め、告げる。

「先に始めたからには、こうなる結末も覚悟していたんだろう?」

 拘束した敵は必死に逃れようとする。その動きには混乱の中でも洗練さが感じられるが、しかしそんな程度で対抗できると思うのが間違い。

 ……こんなこと、僕にはできなかったはずなのに。

 そう、僕の怒りはギルモンを変革しているだけじゃない。むしろ僕自身をこそ変革することこそ道理という物だろう。怒りが深まり、決意を燃やすたび、許せないと唸るほど、僕自身が存在を組み替えていく。

 それはこの世の道理を無視した不条理、世界法則を踏みにじる理不尽でありつまりは異常であるがどうでもいい。

「貴様たちは、死ね」

 ギルモンが爪を振り下ろして、それでおしまい。テリアモンがいなくなれば片割も戦闘能力をなくす。それでも続けるというのなら、いくらでも処理の方法はある。

 故に脳裏に幾つかの過程をシミュレートしながら、振り下ろされる爪を見遣る。拘束している手から、悲嘆が伝わって……

「やらせん!!」

 その瞬間、勝利を掴もうとするギルモンが投げ飛ばされて宙を舞う。

 それを為したのはレナモン、自己の存在を完璧に隠蔽し、止めを刺そうとした瞬間を見切り介入したそれはまぎれもなく絶技であり、何故──という疑問があるが、しかし意味がない。

 多少の障害程度、ギルモンは難なく突破できる。現に危なげなく着地したギルモンは、そのまま身をかがませて……

「アンタも、いい加減にして!!」

 その瞬間、僕の頭に衝撃が走る。僕の頭蓋を揺らしたのは留姫の放った拳。なんら特別なものではない、ありふれたそれはしかし完全に僕の意識の外から放たれ、無防備に受けてしまった僕の頭蓋の裏で火花が散る。

 グラグラと揺れ、つい数瞬前まで僕の全身を燃やしていた熱が引く。自分が何をしていたか現実感を失った頭蓋を押さえて、問う。

「痛たたたたた……なにすんのさ、留姫?」

「それはこっちの台詞。言ったよね、あたしの邪魔は許さないって。最初にあたしを乗せたアンタが早々にご破算にしてどうするの?返答次第じゃここで決着をつける」

 そう語る彼女の口調はついさっき命の危険に直面したものとは思えぬほどいつも通りの自信に満ちていたけど、どこかその視線が悲しげだった。

「見ての通り、敵を倒そうとしているんだけど。留姫を殺そうとした時点で、アレを生かしておく理由は僕にはない」

 そう、つい数瞬前までの行動に現実感は無いが、しかしその起点となった怒りだけは、はっきりと覚えている。なら、ためらう理由は無い。

「なんで留姫は僕の邪魔をして、レナモンもその行動に従っているのさ?テイマーとして戦うことを望んでいたのはそっちだろう?」

「馬鹿?そんなこと、そっちがあたしの戦いの邪魔をしたからに決まってるじゃない。たかが命が危険にさらされた程度で、あたし達の戦いから降りることはしない」

 僕の疑問を、留姫は一刀両断する。そこに負い目はなく、どこまでも真っ直ぐに、彼女は自分の道を進み続ける。

「そっちが慣れあうのは勝手だし、アンタが甘っちょろいこと言うのも止めはしない。だけど、この戦いはもうあたし達のもの。アンタが始めた、テイマーとしてのプライドをかけた勝負。それを遮るのなら容赦しない。

 大体、命を懸けるのはリアルなバトルである以上当然の前提条件。アンタが甘ちゃんだってことはわかってたけど、そんなことも実感できていなかったの?その程度で行動方針を変えるぐらい、アンタの甘さは軽かったの?あたし達のライバルは、そんな薄っぺらい奴だったの!?」

 留姫の言葉はつい先ほど僕の言葉の意趣返しで、どこまでも傲慢だ。勝手にライバル視されても困るけど、それでも、僕の事を信頼しているのは伝わって。

 命が失うのは悲しくて。その悲しみを誰にも味あわせないための戦いだと、思い出したから。

 ……僕は何をやっているんだ。まるで正気に戻ったような感覚で、ついさっきまで自分が何をしていたのか信じられない。

 震え、思ったように動かない腕を李君から剥がせば、彼はこちらに目もくれず、テリアモンに駆け寄って、その身を慎重に抱え、安堵した。

 僕らに振り返りもしないその背中に、声をかける。

「その、ごめん……」

「なにも言わないでくれ。理が無いのは僕らだ。今の僕の思いも、ただの八つ当たりだってことはわかっている。それでも……」

 振り返り、僕をにらみつけて。

「二度と僕らに関わらないでくれ。それだけだ」

 そう言い捨てて、彼らは去っていく。埋めようがない断絶を残して。

「……いいの?つるんでたんじゃないの?」

「……今更、何も言えないよ。僕は君がライバル視するような、大した奴じゃないんだから」

 そんな風に僕を慮る少女の声に、最低な答えしか返すことができなかった。

 

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