デジモンテイマーズ・サーガ   作:JJ

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3,小さな出会い

ギルモンハウスと名付けたコンクリートの小屋の中央に立つ。

「ふんんぬ……!!」

 目を瞑って精神集中。全身に触れる服の感触や、左手に構えた携帯電話の重さも明敏に感じると同時、それら全てがただの数値のように味気ないものとなる。

「はああああああああああああああああああ!!」

自身への内奥と意識を向け、外界と内界を接続、さらなる深奥へと意識を向ける。

もう少しで悟りの一つでも開けそうだと感じた、その時。

『ちょっと、気持ち悪い声を延々聞かされるこっちの身にもなってほしいんだけど。せっかく実験に付き合ってるんだから、とっととギルモンをワープさせて』

 そんな風に携帯から洩れる留姫の声によって遮られた。

「んぎぎぎぎぎ……もう一回。あと少しでこの世の真理に到達できそうで……」

『カンッペキに本来の目的を忘れてる……レナモン』

 その指示と同時、一瞬前まで影も形もなかったはずの獣人が姿を現した。

 軽く指を弾いて僕の頭を小突き、その衝撃で押し固めていた僕の心が平常値に戻る。

「いたた……レナモン、もちょっと手加減してよ」

「正気を失いかけていた人間への気つけとしては手加減した。

 留姫、そちらは?」

『何も。ギルモンの方も唸ってたけど、ピクリともしない』

『たかとー。ギルモン、いつまでこうしてればいいの?』

 非通知設定の画面を表示する携帯から、温度は違えど留姫とギルモンの不満の声が発せられる。

 僕らが行っているのはついさっきギルモンが起こした空間転移の再現実験。あの現象は留姫も初めて見たらしく、ギルモンも気づいたらできてたと言っており、彼の固有能力かどうかも不明。

 仮にアークの隠し機能、もしくはテイマーとしての特殊能力だとしたら、それについて知ることはメリットになるということで試してみたんだけど、全く手ごたえが無い。

留姫の協力を得ることができた(『情報を独り占めする気!?』と睨まれたとも言う)のは進展と言えなくもないけど、携帯電話の番号を知られるのを嫌った留姫が僕の携帯に非通知でかけてきたのを受け取るという形の連絡で、こちらの番号だけを一方的に知られるという事に不公平さを感じる……このままいけば子分扱いされるんじゃないんだろうか?

「まあ、しかたないか。下の立場からでも飴と鞭の交渉で上手く誘導できるかもだし」

『黒い思惑が漏れてる漏れてる……アンタってイイ性格って言われない?』

「うん、友達にもよく『イイ性格してる』って褒められるよ」

「それ、絶対褒めてないから。あと、今はあくまで情報共有。アンタとの勝負がチャラになったとか、そんなことは考えないで。むしろ個人情報が知られた分、夜道に気を付ければ?」

 その言葉に、思わず苦笑が漏れて。

「留姫はそんなことしないよ。そんなことをするチャンスならいっぱいあったし、君が望むのはあくまで僕に勝つことでしょう?不意打ちじゃあ目的を達したことにはならない、違う?」

『……そのいかにもお見通しですって口調がむかつく……なまじ掠っているのが特に』

「大体、そんなことができるならゴリモンとの戦闘で、テリアモンを生贄にしてたでしょ」

『あ、そっちはホントに思いつかなかった』

 そんな風に会話しながら、公園を出てビル影に隠れる。

「啓人、さっきと同じように運ぼう」

「……速度に気を付けてよ?」

「善処する」

 レナモンは僕を小脇に抱えると同時、ビルの壁面を駆けあがり、屋上から屋上へと飛び跳ねる。その動きは踊るように、それでいて抱える僕が落ちる不安など欠片もない。熟練の身体制御がなせる業だ。

 ギルモンでは不可能だろう、体格や運動能力以前の問題として、繊細な力加減ができない。

 そんなことを身体にあたる風を感じながら考えて、ふと思い出したことを問う。

「そうだ、テリアモンが僕から変な気配がするって言ってたけど、それって本当?」

 レナモンは僅かに言いよどんで、

「ああ、真実だ。お前の身体から、人間でもデジモンでもない別の気配を感じる」

「……その気配を感じ始めたのが僕がテイマーになってからって聞いたけど、心当たりは?テイマーになることがなにかのきっかけなら、留姫だって」

「いや、留姫には感じない。そもそも、その情報はおかしい。今言った気配は、ギルモンが現れてから急激に弱体化した」

 ……テリアモンが嘘をついていた?いや、そんなメリットはない。だとすれば、

「……あの真っ白いデジモン、あの姿を見たのがきっかけなのかな?」

 呟くが、確証がない。そもそも気配を感じているのはレナモンとテリアモンだけで、実際に僕の身体に異常が起こっているという実感もない。

 ……ある意味それは、異常が起こっているより恐ろしい。どれほど事態が進行しているのか実感できず、きづいたら手遅れになっているのではないかという予感に震え……

『いやあ、心配する意味はないよ?だって、もうとっくに手遅れだから!!』

 ……自家生産の妄想に囚われる前に、思考を切り替える。たぶん病院とかに行っても無駄だろうし、それなら心配して動けなくなるよりも、今できる事をやった方がいい。自分のことを考えるのは、何かが起こってからでいいだろう。

 ……まるで誰かから気にしなくてもいいと助言を受けたかのように思考を切り替えると同時、レナモンが地面に降り立つ。

「着いたぞ。降りろ」

「もうちょっと、このもふもふを……」

「……投げ飛ばされたいか?」

 毛皮の感触を楽しむ代わりに怪我したら採算が合わないので素直に降りて、地下室で床に座り込んでいるギルモンと、つまらなそうに壁に寄りかかっている留姫と合流する。

「たかと、ごめん。ギルモンうまくできなかった……」

 気落ちするギルモンを軽く撫でて、慰める。

「気にしないで。良くわからないことだったんだし、仮にできたとしても君をあそこに置くわけにはいかなかった」

「どうして?あそこがギルモンのいるところじゃないの?」

「……あの場所は李君も知っているから。しばらくは戻らないほうがいい」

 ……我ながらどの口で言うのかと自虐するけど、だけど彼との関係はほぼ破綻した。用心は必要だ。

「ま、妥当な判断。その、リーだっけ?あいつは関わりたくないって言ってたけど、少し気が変わって奇襲する気になる可能性もあるし」

「心配してくれるの?ありがとう」

「勘違いしないで。あたしが倒すまでにやられちゃ困るってだけ。それでどうするの、どっか別の場所を探す?」

「いや、彼はこのあたりのデジモンが匿える場所を網羅しているし、それだったら家の近くに匿う方がまだいい……レナモンみたいに隠れることができれば一番なんだけど。

 ……っていうかさすがにあの姿が見えなくなるのは反則過ぎる。家にいようが家族に見つかる心配がないじゃないか」

「そんなところで羨ましがられてもね……」

 レナモンが呆れて、

「留姫、顔がにやけてる」

「っうっさい!!帰るよ!!アンタも、首洗って待ってなさい!!」

 肩をいからせた留姫が去っていき、それを溜息をついたレナモンが姿を消すのを見送り、息を吐く。

 ……せっかくデジモンの実在を知り、パートナーもできたのに、テイマーとの仲はこじれるばかりだ。なかなかアニメの主人公みたいにはいかない。

「ギルモンも御免。せっかくできた友達を、君の手で殺すところだった」

「なんでたかとがあやまるの?」

 ギルモンは不思議そうに首をかしげる。まるで、テリアモンの命を奪いかけたことになんの感情も抱いていないかのように。

「なんでって……」

「たかとが望むことなら、ギルモン、戦う」

 どこまでも純粋なその言葉は、自分の罪を浮き彫りにするかのようで。

「ごめん……」

 謝罪を繰り返すことしか、僕にはできなかった。

 

 

 李健良は思い出す。自分とテリアモンの出会ったばかりの頃を。

 その頃の自分は、テリアモンが現実に存在するという事実に興奮していた。驕っていたともいえる。

 兄にも姉にもない、自分だけの特別。テリアモンがいればなんだってできると思い込み、意気揚々と現れたゴリモンとの闘いに挑み。

 倉庫の一つが、丸焼けになった。

 今でも夢に見る、逃げるゴリモンに笑いながら銃口を向けるガルゴモンの姿。元の姿に戻ったテリアモンを抱えて逃げかえる中で、実感した。

 ……自分が抱えきれるのは、あたりまえの日常で精一杯。そこから踏み出そうとすれば、手痛いしっぺ返しを食らうと。

 そう思い知って、未だ訪れるデジモンからも目を逸らして。ただあたりまえの日常を過ごすことができればよかったのに。

「ジェン兄ちゃん、テリアモン知らなーい?どこ探してもいないの」

 思索を打ち切るように部屋に入り、そう声をかけてきたのは妹の小春。普段人形に擬態しているテリアモンでおままごとをしていることが多く、姿が見当たらないので探していたらしい。

「いや、見てないな。別の部屋を探してみれば?」

「わかった!!おーい、テリアモーン!!」

 健良がとてとてと部屋を出ていく妹に心の中で詫びると同時、足元から這い出る人形──テリアモン。

「ありがとう、ジェン」

「さすがに今日はゆっくり疲れをとってくれ。あんなのに関わってしまったことが運が悪かった、そう思おう」

 今でも覚えている、ギルモンが秘めた恐ろしいまでの暴力性と、自らが直面した啓人が放つ殺意。平穏な日本にそぐわないそれは、しかし現実として自分をからめ捕り、必ず殺すという意思を実現させていた。今でも、彼の殺意に澄んだ眼を思い出すだけで、背筋が寒くなる。

「同じ学校にいる以上、接触は避けられない。しばらくは警戒しないと」

 自分で言って、反吐が出る。先に啓人を追い詰めたのは自分だし、彼が自分たちに敵意を向けたのは、知り合いである少女……留姫といったか、彼女が危険にさらされたため、自分たちの暴走のせい。つまるところ、そもそもの火種は自分たちだ。

 彼に殺されなかったのは幸運であるが故と自覚しているがしかし、その警戒を緩めるわけにはいかない。自分たちの平穏な生活を守るために、新しく出会ったテイマーには最大の警戒が必要だ。

そう、自分が望むのは平穏だけ。戦いを望む留姫も、理解不能な怪物である啓人も、どちらも関わりたくない。

……そこまで考えて、身勝手さに笑う。彼らがいなければ、こうして部屋で震えることも出来なかったのに。

 足元で寝転がるテリアモンに、声をかける。

「テリアモン、僕は」

 正しいのかとも、間違っているのかとも問うことができなかった。自分がどれだけ恥知らずで、しかし平穏を守るためにはこれしかないと自覚しているから。

 そんな迷いを感じたのだろう、テリアモンも顔を上げて、

「もーまんたーい。ジェンが本当にやりたいことに、ぼくは従うよ」

 その言葉に、健良は蹲って頭をなでることしかできなかった。

 

 僕の人生がここ数日でどれだけ変化しようとも、それまで積み重ねてきた日常を蔑にして良い理由はない。いくら空想の存在だと思っていたデジモンの実在に舞い上がっても、それで松田啓人の全てを占めるわけではない。

 ……何が言いたいかというと、学校には行かねばならず、そして同じ学校に在籍している知り合いと遭遇することは十分にあり得る。

 それは例えば、今のように。

 昼休み、トイレから教室への帰り道に、李君と鉢合わせする──そんな事態も、予測するべきだった。

 目があった瞬間、李君の身が強張り、こちらに目を合わせもしない。警戒心を隠さないその姿勢に、初対面時の親しさは感じられない。

「……っ」

 僕は口を開こうとするけど、言葉が出ない。殺そうとした相手に対する謝罪も、騙していたことに対する憤りも、形になる前に霧散した。

「……」

 そうこうしている間に、李君はこちらを通り過ぎる。睨むことも、肩をわざとぶつけることもしないその態度こそ僕と関わり合いになりたくないという意思を何よりも証明していた。

「……はあ、やっぱり無理なのかなあ」

「何が無理なの?」

「うわあ!?」

 不意に声をかけてきたのは加藤さん。思わずのけぞった僕を見て、呆れたように口を開く。

「そこまで驚かなくても……今の彼、噂の李君だよね?なんか気まずかったけど、知り合いだったの?」

「……まあ、昨日ちょっと、ね。あっちは僕と関わりたくないだろうけど、それはまあ自業自得だしね」

 言わなくてもいい事実は隠し、端的に事実だけを告げる。こういう言い方をすれば、加藤さんなら立ち入らないだろう。

 案の定、彼女は淡い笑みを浮かべて、

「そう……なにか困っていることがあるなら、相談に乗るよ?啓人君が誰かから嫌われるって時点で相当だし」

「ありがとう、もし相談することがあれば……」

 そこまで言いかけて、思い出す。僕の身の回りのトラブルの種はもう一つあり、そのことについての相談する相手として、目の前の彼女を考えていたことに。

「ごめん、さっそくだけど、相談していい?李君のことじゃないけど、関係があると言えばあって」

「?よくわからないけど、聞くよ?」

 加藤さんは一瞬だけ身を乗り出し、慌てて姿勢を戻す。

 快く協力してくれる彼女に感謝し、僕は問う。

 質問は端的に、わかりやすく。

「女の子と仲良くする方法を教えて」

「はい?」

 それを聞いた瞬間、加藤さんが静止した。その眼は確かに見開きながらも、こちらを見ていない。

「おーい、聞いてる?おーい」

 軽く掌を顔の前で振っていても、反応が無い。

 仕方がないので、顔の前で軽く手を鳴らして気付けにする。

「はっ!?ごめん、啓人君、寝ぼけてたみたい。もう一度言って?」

「女の子と仲良くする方法を教えてほしい」

「聞き間違いじゃなかった……」

 それを聞いた加藤さんが何故か半目になり、ぶつぶつと小声でつぶやいている。

「どうしたの?体調でも悪いの?」

「むしろそれは私が言いたいんだけど……あの人男だよ?」

「いや、それはわかっているって。彼とは関係が無い……とは言い切れないけど、ある意味もっと差し迫った問題なんだ」

 李君はこちらと関わり合いになりたくないと明言している。それを馬鹿正直に信じるのもどうかと思うけど、少なくともいきなり襲い掛かってくることはないだろう。

 だけど、留姫は僕を倒すと明言している。今はなあなあで協力しているけど、そんな不安定な状態を続けるのは心臓に悪い。

 ……それにしても、李君を女子と間違うほど僕がぼんやりしていると思われているのだろうか?

「だからって、私にそっちの相談するかな……しかたない、聞くと言ったのは私だから、相談に乗るよ。それで、仲良くなりたいって言うのは誰?」

「ごめん、それは言えない」 

 デジモンの存在に関わることをみだりに口に出すわけにはいかないし、それ以前の問題として友人の情報を安易に話すのは心情的に避けたい。

 加藤さんは何故かつまらなそうに息を吐いて、

「それで、仲良くなりたいって言うけど、向こうは啓人君のことをどう思っているの?ただの友達?それとも知り合い?……もしかして、向こうは啓人君の存在すら知らなくて、君が一目ぼれとか」

「いやあ、一応同じ目的の為に協力したり、こっちの調べものを助けてくれたり、僕の携帯番号を知ったりはしている」

「……それって、とっくに仲良しじゃん」

 どこか拗ねたように口をとがらせる加藤さんに苦笑して、

「まあ、その上でいつか決着をつけるとか、僕を倒すとか言われてるんだけどね」

「それってどこのヤンキー漫画?」

 彼女の言うことももっともだけど、その現実に直面している僕には笑えない。

「とにかく、僕としてはそういった敵視を払拭して、健全な友人関係を築きたいんだ」

「友人関係、ね。まあ、そういうことなら……だけど、一緒に行動したりしているんでしょう?だったら、そこから仲良くなるしかないんじゃない?口では色々言うけど、協力している以上取っ掛かりはあるんじゃ?」

「やっぱりそれしかないかな……」

 そもそも、僕に女の子と話すのは難易度が高すぎる。唯一の例外である加藤さんだって、少し気が合ったところから友人関係が続いているのだから、一気に前進しようとせず、徐々に距離を詰める方がいいのか。

「確認するけど、あくまで友達関係になりたいんだよね?恋人じゃなく」

 ……そう何度も念押しされるほど僕が恋人を作るのは無謀なんだろうか?いやまあ、自分がそういうことができるとは思えないけど。

「さすがに新宿公園でいちゃいちゃできるカップルの真似事が僕にできるとは思えないよ」

 それを聞いた加藤さんは、安心したように息をつき。

「まあ、そうだね。とにかく、仲良くするために新宿公園でのデートとか、そういうのはだめ。それはいろんな意味で不幸しか生まないんだワン」

「そんな少女漫画の主人公じみたことが僕にできると思う?」

「むしろやっちゃいそうだから言っているんだけど……それだけじゃなくて、変な生き物の噂もあるんだ」

 ……変な生き物?それはまさか、デジモン?

 だとしたら動く必要がある。

「その噂、教えてくれない?ひょっとしたら今言った女の子も、それを追っているかもしれないんだ」

「UMA探しでもやっているの?」

 加藤さんは意外そうに眼を開き、その奇妙な噂を話し始めた。

 

 

「カップルを驚かせる火の玉?」

 新宿公園に向かう道すがら、留姫の前に姿を見せず、しかし付き従っているレナモンが声を上げた。

「そ。クラスで軽く噂になってた。多分デジモン。動く必要がある」

 留姫の言葉は相変わらず短く、誰かに話すというよりは自分に向けての言葉という方が正しい。レナモンはそのほとんどを留姫の傍に隠れているが、彼女が自分の家族以外に積極的に話しかけるのを見たことが無い……現実世界に来てある程度たち、その仕組みを理解してきた自分からすれば、対人能力に若干の問題があるのではないかと心配になってしまう。おそらく、噂を聞いたというのも雑談などではなく、周囲の会話が耳に入ったのだろう。

「何よ」

 自分の視線に気づいたのか、隠れ身しているはずの自分をパートナーの冷たい視線が射抜いた。今思ったことを口に出したら気分を害すことは間違いないので、口をつぐみ、先を促す。

「何も。具体的には?」

「新宿公園で馬鹿みたいにいちゃついているカップルやらが火の玉に襲われるって話。バリエーションとしては火を吐く悪魔に遭遇するっていうのもあるし、頭のおかしい人間じゃなければデジモンの仕業ってことに間違いない。

ただ……妙なところがある」

「何がだ?」

 留姫は、短く息を吐いて。

「まず第一に、あそこにはアークの反応が無かった。レナモンだって気配を感じていなかったでしょう?」

「ゲートの反応が小規模で、デジモン自体も弱いのだろう?前に幼年期を狩った時も同じようなことがあった」

 アークの探知は万能ではないし、この辺りは電子と現実が入り混じっているせいか、デジモンの気配も探知しづらい。レナモン自身の感知能力も鈍っているという自覚がある。

 だが、パートナーは首を振って。

「前に幼年期を狩った時、あいつらは何していた?」

 その問いに、瞬時に応える。自身が戦ったデジモンのことはすべて鮮明に記憶している。

「現実世界の小動物を何匹も食い殺していた。私たちが見つけた時には、人間の子供を狙っていた」

 デジモンが食事をすることは、娯楽に近い。腹を満たさなくても死ぬことは無く、現実世界の生き物を食い殺しても強くなるわけではないが。

 ──そんな理屈とは関係なく、デジモンは何かと戦わずにはいられない。それは自分たちデジモンの根幹に刻まれた本能だ。知能が発達していない幼年期のデジモンならなおさら、その本能に忠実であり……

 そこまで思考をめぐらせ、気づく。行動の始点となった噂との乖離に。

「その火の玉、もしくは悪魔がデジモンだとしたら、火傷どころか死人が出てもおかしくない。なのに調べてみても、怪我人が出たって情報はない……まるで、脅かすことが目的で、傷つけることは避けているかのように。これじゃあまるで……」

 消えた言葉の続きを、レナモンは容易に想像できた。

 その行動から察せられるのは自己への言い訳。一方的に他人を威圧しながらも、しかし傷つける加害者にはなりたくないというどこまでも都合のいい躊躇……そこにあるのは本能で戦うデジモンではなく、人間らしい矛盾した心性。

「留姫はテイマーがいると考えているのか?」

「五分五分。それに、放置するわけにもいかないし、やれることはやる。

レナモンもわかっているでしょ、今のままじゃ、あたし達はいつか負ける。

 ……いや、ここ最近のバトルを切り抜けたのは運がよかっただけ」

 忌々しげに、されど事実を事実として留姫は認めている。彼女は頭に血が上りやすいが、しかし愚かではない。むしろその熱を頭脳の回転に役立てることができる人間だ。

 そして、その認識は間違っていない。レナモン自身、自分が伸び悩んでいるという自覚はある。

 デジモンは同じデジモンのデータをロードしてその力を増すが、無限に成長できるわけではない。いつかどこかで上限にぶち当たる……最も、大抵のデジモンはそこに至るまでに倒され、他のデジモンの糧になってしまうのだが。

 レナモンが現実世界に訪れ、留姫をパートナーにしてからは戦闘効率も上がり、より多くのデータをロードできるようになったが、ここ最近ではどれだけロードしても自分に変化が無くなった。これでは強くなれない。

 ここで立ち止まるという選択肢はあり得ず、デジモンの生態である進化を実現しようとしたがしかし、レナモンとて進化がどのような条件でなされるのかという知識を持っておらず、方法がわからなかった。

 そして、それでも世界は変化する。

「実際に進化したデジモンを見ることができたのは幸運だったが、あれではとても使えない。むしろ、ああならないための方法を探るべきだ」

 実際に進化する瞬間を二例目撃することができたのは幸運だったが、オーガモンは肉体の変化に振り回され、ガルゴモンは理性が完璧に吹っ飛んでいた。どちらも短期的な勝利はできるかもしれないが、長期的な生存には向いていない。あれらは失敗例として考えるべきだ。

「それは同感だけど、他の例も参考にはならない。ゴリモンは一見安定していたけど、テリアモンに対する執着心が付け入る隙になった。多分精神的に不安定だったと思う。

 ……ギルモンとあのバカのコンビに至っては、全く見当もつかない」

 留姫は、頭を振って。

「そして、それら全てがあたし達より強い。共通する特徴として精神の不安定だから、逆に言えば、その精神を安定させる方法を掴めば、強くなれる。あいつらを超えるか、それとも弱点を見つけるか、どちらにしても必要なのは情報。ある程度のリスクがあっても、無駄骨でも、動かない限りいつかは敗北する……もう二度と、昨日みたいな無様はごめん」

 最後の言葉に、これまでとは違う悔いを感じたから。

 レナモンは少し考え、口を開く。

「悔いているのか、啓人に庇われたこと……いや、それをきっかけに彼があのリーという少年に敵意を向けたことを。

 だったらやめておけ。あの少年が行ったことは自分で責任を持つべきだ。あの場に留姫がいなくとも、いつかガルゴモンの暴走に啓人が直面するのは必然だった。そして、それを彼が許せないのは彼自身の判断だ。

 そんなことの責任が、留姫にあると?」

 そう、啓人にはあの場でガルゴモンを殺す選択肢しかなかったわけではない。あの戦闘の目的はあくまで鎮圧であり、それは目前であった。そもそも留姫に傷一つつかなかった以上、状況に淀みは無く、十分にリカバリーは可能であったのをご破算にしかけたのは彼の責任としかいえない。

 だが。

「……あたしは、強い自分でいたい」

 少女は呟く。それは自分たちが結んだ契約。単純だが何よりも難しいその誓い。

「揺るがない自分でいたい。自分が納得できるように。自分の道を突き進むことができるように。

 ……何も悔いることが無いように」

 だから、無様を晒してしまった昨日の自分を許せない、それによって引き起こしてしまった事態を悔いている。

 それはただ生存という結果を求めて戦うデジモンとは違う、人間ならではの理想。

 その輝きこそ、レナモンが彼女をパートナーとしての契約相手として選んだ理由であり……

「そんなことより、レナモン。行動指針の確認。探してるデジモンがテイマー付きでも、野良でも、これ以上エスカレートする前にやめさせたい。昨日こっちに来たときは気配を感じなかったんだよね?」

「この公園、不安定なデジタルフィールドが多くて私の感覚が狂っている。おそらく目視できるほどの距離でなければ気配を感じることはできない。

 ……匂いで探すことも可能だが、私の感覚に自信はない」

「あっそ。じゃあ、基本に忠実に。この公園を拠点にしているのは間違いないんだから、その痕跡を捜す。本格的に姿を現すのは夜だけど、今抑えることができれば最高。もし駄目でも、夜の狩りに備えて大体の目星は付けておきたい」

「わかった」

 そうして、公園の林に侵入してすぐ。二人の予想を裏切る事態が発生した。

 

 

 ギルモンと出会ってからずっと優先しているのはその姿を隠すこと。人形とするには大きすぎる身体をどこに住まわせるかは大きな悩み。いつかはテイマー以外の誰かに明かす必要もあるかもしれないけど、安易な協力を求めるのもためらってしまう。

 とにかく、これまで僕はギルモンの姿を隠すことに常に心を配っていたんだけど……それでも、例外はある。

「留姫から連絡って……一体何があったんだろう?」

 学校から帰ってすぐ、ギルモンの寝床を捜すか、公園の調査に赴くか悩んでいた矢先、携帯に非通知の着信。もしやと思って通話してみれば、留姫から『例のコンクリート小屋まで来て。来ないと蹴り飛ばす』などという心温まるお誘いを受けた僕は急行したのである

 そんな事態ともなれば、速度を優先して行動するのも仕方がない。

 とは言っても、最低限の配慮はする。毎度のようにギルモンにダンボールを被せ、それを家の倉庫で埃を被っていた台車に載せて、それを押しながら道を歩く。

「たかと、ゆれるー」

「我慢して」

 目立つことは百も承知だけど、しかし速度と隠蔽を兼ねる方法はこれ以外に思いつかなかった。

 駆けこむように公園の林に入り、小屋に向かおうとして。

「遅い」

 苛ただしげに足踏みしている留姫の不機嫌な声が出迎えた。

 待ち合わせ場所からは少し離れているけど、待つのが面倒になって、僕らがどこから来るのか予測して来たらしい。

 台車を止め、留姫の前に立つ。

「ごめん、これでも急いだんだけど」

 よくよく考えれば急に呼び出された僕が責められる謂れはないし、そもそも要請に応える義務はないんだけど、彼女にそんな理屈は通用しない……もうこの時点で精神的な格付けが決まっちゃって、ずっと覆せないような気もするけど、そんな不吉な想像を頭から追い出して問う。

「それで、何があったの?留姫の方から僕に連絡するなんて。ひょっとして、ここに出るっていう火の玉の噂?」

「別件。昨日の分の借りを返して。少し手が欲しい」

 そう言った留姫はポケットからアークを取り出し、中空に画面を表示する。おそらくレナモンの視界を投影しているのだろう、そこに自分たちがいる林の、別の場所が映る。パートナーの許可さえ取れば、その視界をアークを通して視ることができるのだ。

「……その言い方じゃあ断れないね」

 自分の性格が理解されていることに苦笑しながら、画面を覗き……そこに映っている姿に瞠目する。

『レナモンの身体はー、ふかふかでクルー♪』

 映し出させる視線の足元にまとわりつく白い姿と、甲高い声。人語を解し、二本足で歩く哺乳類かも疑わしいその姿に、見覚えがあった。

「これ、僕がギルモンと初めて会った日に見かけた……」

 そう、あの日僕が追いかけ、見失った白いデジモン。ある意味では現状のきっかけとなったその姿に瞠目する。

「やっぱり……アンタを呼んだのは正解だった」

「このデジモンがその、火の玉の犯人だったの?」

「よく解らない。手を借りる以上、順番に話すから」

 留姫は思考の整理をするためなのか、短く息を吐いた後に話しはじめる。

「まず、あの白いデジモン。クルモンって名乗ったあいつが噂の犯人なのかどうかは不明。質問したけど、本人は違うって言っている」

「それを信じたの?留姫だったら問答無用でぶっ飛ばしそうなのに」

「お望み通りアンタを後で蹴り飛ばす。

 あたしだって、言葉だけじゃそれを信じない。だけど、このデジモンはこれまで戦った奴らとは違う……こうやって、レナモンと仲良くしている状況自体がおかしい」

 改めて、中空に映し出されたレナモンの視点を見る。足元にじゃれ付くクルモンの姿に、これまでデジモンが例外なく持っていた殺気や闘志、もしくは邪気は感じない。

「会っていきなり懐いてくるデジモンなんて初めて。これまであたし達が見つけたデジモンは、レナモンを見て逃げるか挑んでくるかのどちらかだったのに」

「そうなの?こんなに小さなデジモンなんだから、戦う力を持たないだけじゃない?」

「どんな小さなデジモンでも、友好的に話しかけてくるなんてことは無かった。

 ……もちろん、何か演技をしている可能性や、テイマーの指示で動いている可能性、疑い出したらきりがないけど、そうじゃない可能性も無視できない。あたし達とは別に、クルモンに気づかれないような監視の手を借りたい」

「なるほど。だけど、もしクルモンが本当に敵意がなかったらどうするの?そんなデジモンまで倒すって言うなら、協力できない」

 その言葉に、留姫は僅かに口ごもって。

「……今のところ、倒す気はない。こっちだって色々と考えている」

 戦わないと断言しないのがちょっと気にかかるけど、留姫らしい。少なくとも嘘はないだろう。

「わかった。手伝うよ。ギルモン、話は聞いていた?僕らは少し距離を取って……」

 振り返って、絶句する。台車に置いてあったダンボールが転がり、中身のギルモンの姿が見えない。

 それと同時、空中に映し出された画面から洩れる聞き覚えのある声。

「クルクルー。きみは誰クルー?」

「ギルモンだよ。よろしくー」

 なじみ深い赤い龍が、クルモンとじゃれあっていた。

「ギルモォォォォォォォォォォォォォォン!?」

 

 

 そして、それらのすぐ傍にて。留姫が探していた噂の主であるデジモンは身をひそめていた。

 それは三十センチほどの小型デジモン。黒い体躯に尖った耳は、この世にない禍々しさを持つが、どこか愛嬌も感じさせ、総じて小悪魔といった印象を見る者に与えるその名はインプモン。

(……ちくしょう!!なんだってこんな所にヤバそうなやつが来るんだよ!?)

 自らの震えを抑えながらも、内心毒づく。

 この場所は自分の気配を隠してくれ、自分が隠れる場所には事欠かない。退屈な時には人間を驚かせて気晴らし出来る。まさに至れり尽くせりな環境であったが、しかし自分とて、感知しにくいのは同じ。至近距離に脅威が迫っていたとて、目視しなければわからない。

 そして一目見ただけでわかる。黄色いやつはどれだけデジモンを倒したのか、凄まじい情報圧をその内に押しこめ、赤いやつは見るからに凶暴そうだ。おまけに、二人いる人間のうち、後から来た方。弱っちい人間のくせに、何故か身体からデータの気配に似た何かを感じる。

 そんな人間に対して、一方的に怒鳴り尽くせる最初にいた人間も恐ろしい。あとから来た人間が幾度も頭を下げ、手に持っていた袋を差し出したのをひったくるように受け取り、中に入っていたパンにかぶりつく。

「もぐもぐ……また売れ残り?」

「商品が欲しいならお金をだして買ってよ」

「留姫、今のは啓人に理がある」

「わかってる」

「クルクル……おいしいでクルー」

「もぐもぐ、おいしいねー」

「君らは悩みなさそうだね……」

 暢気に会話する彼らは総じて、強者にして理解不能。唯一の例外は真っ白い自分よりも小さなデジモンしかないが、少なくとも自分が戦いを選んでも、一太刀すら浴びせることができるか怪しい。

 震える身体を、ゆっくりと後退させようとして。

(逃げるのか、俺が?あんな人間なんかと仲良しごっこしているデジモンなんかに?)

 身体が止まる。熱が湧く。闘志が満ちる──心に風が吹く。思い出すのは過去の情景、今とは異なる形で心が満たされていた……違う、あんなものは嘘だ!!

 自分の存在そのものを揺るがす幻の痛みに歯を食いしばる。その原因である彼らを排除せんと心が猛る。理性も恐怖もはじけ飛んだ、目の前にいる自分のことなど認識していないながらも否定してくる彼らがいることに耐えられない。

「あああああああああああああああああああああああああああ!!喰らえ!!」

 咆哮しながら飛び出し、両手に火球を生成。最大まで出力を高めたそれを、投げつけようとして。

 

ブン!!ドカパキドゴッ!!

 

 戦闘という形すら、成り立たなかった。

 赤いデジモンはこちらに視線すら向けず、ただ無造作に尾を振るう。片手間ですらないそれはしかし的確に身体を捉え、吹き飛ばし、木の枝を圧し折りながら吹き飛ばす。

「……ッ!!」

 身体の芯まで響く痛みと衝撃で声も出ない。僅か一合で吹き飛ばされた現実が、何よりも雄弁にデジモンとして絶対の力の差を物語っていた。

「ギルモン……吹き飛ばし過ぎ。匂いを嗅いでいたんだから、もう少し調節して。下手に吹き飛ばして不利になることもあるんだから」

「わかったー。こんどから気を付ける」

 そんな暢気な声が、この場の勝敗を端的に表していた。歯噛みしながらも意識が薄れていくのを自覚して……

「ちょっと、気を抜かないで。ひょっとしたらこいつのテイマーがすぐ近くにいるかもしれない」

 その声が。よりにもよって自分を人間とつるむデジモンと同一視されたことが、何よりも許せないから。

「なめるなああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 痛みが頭の中から掻き消えた。灼熱化する意識が無理やり体を立たせる。

 もう一瞬たりとも目の前の人間が存在することに耐えられない。

 たとえ一撃で消滅しようが、必ず喰らいついてやると猛り……

「ブレイジングファイア!!」

 背後からの熱気弾が、その意気を踏みにじるかのように自身の身体を再度吹き飛ばした。

 地面に倒れ伏しながらも振り返ってみれば、近づいてくるのは自分よりも小さな緑色のデジモンと、人間の子供。

「李君、テリアモン……」

 先に来ていた人間の子供の男の方が、その名を呼んだ。

 

 

 ギルモンハウスまで歩き、そこで静かに向かい合う。

 それぞれ傍らに立つのはパートナーデジモンだけで、テイマー同士は仲間というには遠く、他人というには近い距離で。

 暫しの無言の後、このままでは進まないと判断した僕が声をかける。

「李君も公園の噂を聞いて?だけど、君は戦う気はないって」

「ああ、ここら辺は妹も来るから、せめて何が起こっているのかの把握はしておきたかったんだ」

「どうせ、調べた後はこのバカを誘導して狩らせるつもりだったんでしょ?いや、あわよくば共倒れになれば万々歳って、そういうわけ」

 唾棄するような留姫の言葉にも、李君は反論しない。まるで痛いところを突かれたかのように一瞬だけ顔を歪める。

 色々と思うことがあるけど、それら全てを押し込んで足元を見る。そこには倒れ伏しながらも、こちらを睨みつける黒いデジモンがいた。

 全員で見下ろし、また数瞬の無言。

 ……李君は僕らが何をしたいか完全には理解していないし、留姫に任せたら余計に事態がこじれかねない。僕が進めるしかないか。

「アンタ、失礼なこと考えていない?」

「まさか」

 内心冷や汗をかきながら、足元に問う。

「最初に質問するけど、きみも誰かのパートナーデジモン?」

 それを聞いた瞬間、そのデジモンはこれまでの怒りがそよ風に思えるほどに表情を変えて、

「ふっざけんな!!このオレが、インプモン様が、人間なんかとつるむわけねえ!!」

 インプモンと名乗ったデジモンは、痛みに顔をしかめながらも、怒鳴り散らす。

「クルー。るきもたかとも、とってもやさしいでクルー。パン、食べるでクルー」

「うっせ、人間なんかと慣れあうなんて、デジモンのプライドがないのか……モガッ、無理やり口に入れんな!!」

「クルモン、ぼくにもパンちょーだい?」

 期せず拷問を受けているような状態となったインプモン。そうされながらも、僕らに対する敵意の視線は揺るがない。

 ここに運ぶ最中も、人間に運ばれるのは拒否したし、レナモンに運ばれている最中も人間への罵詈雑言、パートナーへの悪口は途絶えることが無かった。どうやら人間への敵視……より正確には人間と組むという事実自体が彼のスイッチらしいと心にメモする。

その理由はわからないけど、ここを上手く刺激すればある程度会話が成り立つ。

もちろん、あまり刺激するのは逆効果だ。それを察したのか、レナモンが質問を引き継ぐ。

「それで、この公園で人間を驚かしていたのはお前だな?なぜこんなことをした」

「決まってるだろう、よわっちい人間が慌てふためくのが面白かったからだ!!逃げる姿は笑えたぜ!!」

 その回答に、躊躇は無く。少なくとも偽りなど微塵も感じられない。少なくともインプモン自身は、その理屈を頭から信じ込んでいるのだろう──傍から見れば、継ぎはぎだらけに思えるその理屈を。

 レナモンもそれに気づいているのであろうが、あえて触れずに先に進める。

「とにかく、私達としてはお前のその悪戯は看過できない。ロードされたくなければすぐに止めることだ」

 それを聞いたインプモンは、心底侮蔑した表情を浮かべる。

「ケッ、人間なんかを守るなんてお優しいこって!!気に入らなければ俺様をロードすればいいだろう!!」

「生憎、こちらとしても事情がある。お前をロードするのはまだだ」

「テメェ、デジモンとしての自分を捨てたのか!?人間と組んで頭ゆだってんじゃねえの!!」

「それは短絡的に過ぎる。デジモンの強さと人間の強さは違う。どちらが優れているという話ではなく、ただの視点の違いだ。ならば、必要なのは多様な未知へと対応できる可能性の広がりだ……この考え方自体、多様な価値を持つこちらの世界に来てからのものだが、な」

 その発言に何の気負いもなく、それ故にレナモンの素直な心情がそのまま出ていた。

インプモンがほんの一瞬だけさびしそうな顔をしたように見えたのは、錯覚だっただろうか?

「っうっせえ!!そんなものは幻だ!!パートナーなんて作る時点で、デジモンとしてよわっちいだけだ!!」

 そんな言葉を聞いても、留姫も李君も、それぞれのパートナーも、揺るがない。

 留姫とレナモンはお互いの強さを信頼している。

 李君とテリアモンは、家族として日常を暮している。

 ……じゃあ、僕は?僕はギルモンをどんなふうに思っているのだろう……?

 出会って以来なんの疑いもなく共にいた存在を、自分はどのように考えているのか、その明確な答えを持っていないことに今更気づいて……

「アンタ、呆けてないで外の見回りに付き合って」

 留姫の冷たい声で、思考が中断される。

「あ、ああ、そうだね。御免李君、インプモンの様子を見ててくれない?」

「それぐらいなら」

 軽く頭を下げ、ギルモンを伴って留姫とレナモンを追う。

 少し距離を取ったところで、留姫は立ち止まってこちらに振り向いた。

「どう見る?」

「もう少し様子を見たほうがいいと思う。インプモン自身が人間嫌いって言うには、被害が少なすぎる。インプモンのことをもう少し知った方がいい。見たところ、人間への拒絶っていうより人間とデジモンが組んで居るってこと自体が気に入らないみたいだけど」

そう、インプモンが人間を嫌っており、デジモンが戦うための存在というなら、素直に人間を襲えばいいだけの話。悪戯で悪意を満たすなんて行動は、彼の理屈にそぐわない。そして、重要なのはインプモン自身がその理屈を信じたがっているように見えること。何かを信じたがっているということは、そうしたい理由があることであり……

「そもそも、デジモンが人間に悪意を持つこと自体がおかしい。これまでデジモンが人間を襲おうとしたのは、ただの本能に近い。悪意の理論に従う時点でこれまで現実世界に来たデジモンとも違う」

 レナモンもデジモンとしての視点から意見を述べる。同じデジモンであるからこそ、インプモンの違和感を感じたのか。

「ギルモンはどう思った?」

「ぎる?よくわかんない。だけど、インプモン、嫌な感じはしなかった」

 具体性に欠けるパートナーの意見だが、そういった印象も軽んじない方がいい。

「もちろん、インプモンの悪戯は早急に止めさせる必要があるけど。僕とギルモンじゃあ力加減が上手くできないだろうし、留姫とレナモンが矢面に立ってもらっていい?」

「そのつもり。元々アンタに頼みたかったのはクルモンの観察だけだし、あたしの都合にこれ以上手は借りない。これはあたし達が強くなるための行動。アンタは精々震えて待ってれば?」

「だから、僕らは君たちと戦う気はないんだって……」

 言い合いながら、戻ろうとした、その瞬間。

 ピー!ピー!と、甲高い電子音。

 それは電子の獣がこの世に顕現する報せをアークが感知したことの証明であり、反応を見てみればこの近く。

「……この反応、場所自体は人気が無いけど、少し歩けば公園に飛び出しちゃう」

 留姫の言うとおり、反応がある場所で戦闘すれば、この公園に訪れる人を巻き込みかねない。

 迷う時間は一瞬だった。

「僕らがギルモンハウスの近くまで誘導する。少しでも人から遠ざけて、被害を考えずに済む方がいい。留姫は李君たちを避難させた後で来て」

 李君が戦う気が無い以上、戦力として計上するわけにはいかない。それならクルモンやインプモンにつかせた方がいい。そして、その指示をするのは速度に優れ、彼との因縁が薄い留姫がするべきだ。

「わかった。アンタは精々時間稼ぎしてて」

 留姫も理解しているのだろう、憎まれ口をたたきながらも了承する。

「それじゃあ、またあとで!!」

 僕たちは別方向に走り出す。この瞬間は、自分のやるべきことを行うために。

 

 

 人気のない林を走りながら、留姫は歯噛みする。あのバカと会ってから、調子が狂う事ばかり。誰かと協力するなんて、数日前の自分は思いもしなかっただろう。

「よく考えてみたら、アイツの指示に従う筋合いはないじゃない……!!」

「だが、周囲の被害を抑えるのは留姫も望んでいただろう。こちらの戦力としては申し分ない」

「それはわかってるけど、あのバカにいいように使われてるようで腹立つって言ってるの」

 そう、自分とて彼の強さと行動は認めているが、あのヘラヘラとした笑みが気に喰わない。それでいて、強いことが腹が立つ。自分勝手だが、これが性分だ。

「……まだ、人間の事はよくわからないな。留姫は間違いなく彼に敵意を持っているのに、実際に彼と話しているときはむしろ気安く応対しているように見える」

「馬鹿言わないで」

 言い合いながらコンクリート小屋に入ったその瞬間。

「僕らは戦わない」

 余計な装飾を省き、端的に自分たちの方針のみを告げた李の言葉が出迎えた。足元のテリアモンが不満そうな顔をするが、目も向けない。

「こっちだって、戦わないテイマーをあてにはしない。インプモンとクルモンを安全な場所に運んで……クルモンは?」

 小屋の中にいるのは二組のテイマー以外はインプモンだけ、白いデジモンの影も形も見えない。

「クルモン、どっかいっちゃったー」

「気が付いたらいなかったんだ。たぶん察して逃げたんだと思うけど……」

 同意しようとして、思い出す。クルモンがレナモンを初めて見たとき、何の警戒もなく抱きついていた。それだけじゃない、ギルモンにもテリアモンにもインプモンにも、何の警戒もしていなかった。もしそれが、全てのデジモンに当てはまるのなら。

「やばい!!」

 

 

「カードスラッシュ、『防御プラグインA』!!」

ギルモンの身体を光が覆うと同時、そこに襲い掛かる銀の閃光。

その一閃が赤い体を吹き飛ばし、轟音と共に地面に転がす。

攻撃の主は鎧武者が人と獣の狭間にあるような形をとった異形、その手に握る大太刀の一撃こそがギルモンの身体を宙に浮かせた。

ムシャモンという名を持つデジモンが、感嘆の意を込めて口を開く。

「見事也。我が一刀を防ぎし龍と、その相棒の人間よ。お前たちを強者として認めよう」

「だったら戦うのやめてよ。僕らだって、戦いが好きなわけじゃないんだから」

「否である。お前たち強者の血こそが、我が刀を磨き上げる。この世界の強者全てを喰らう善き始まりとなるであろう」

 この世界で虐殺を始めると宣言したムシャモンに気負いは感じられず、それ故に躊躇いなど存在しない。街に出れば嬉々としてその刀であらゆる命を奪うだろう。

 目の前に立つのは言葉は通じても、会話ができない自分独りの理屈で完結した怪物。これに比べれば、インプモンの方が会話に応じたぶん取っ掛かりがあった。

 今更ながら、奇襲しなかったことが悔やまれる。なまじさっき出会ったクルモンとインプモンの印象に引きずられて、無防備に近づいた結果がこれだ。

「……悔いるのは後か。悪いけど、君を行かせるわけにはいかない」

こいつを進ませることは、誰かの命を失うことだ。それは僕が知る誰かかもしれないし、僕が知らない誰かかもしれないが、どちらでも認められない、その結末を否定しろと心が叫ぶ。

「君は、死ね」

「……なるほど。貴様の目、あの魔龍とは異なるが、同じ強者と認めよう」

「訳が分からないことを……ギルモン、やれる?」

「GUUUUUUUU、ギルモン、戦う!!」

 ギルモンの咆哮が、戦場の推移を告げた。

「ギルモン、接近!!」 

 赤い龍が地面を駆ける。周囲に木が多い場所で火球など放つのは自殺行為、それ故にとれる手段は接近戦。されど、それはムシャモンの得手に自ら飛び込むも同じ、鎧武者の貌に、嘲りの笑みが浮かび、

「カードスラッシュ、『高速プラグインB』!!」

 僕らが選ぶはあくまで勝利のための行動のみ。カードスラッシュしたその瞬間、ギルモンの速度は矢の如く跳ね上がると同時、その意図を察した龍が軌道を変え、側面から強襲する。

 急激な加速と方向転換が為した奇襲は、ムシャモンの反応速度を振り切り、その首を貫く──しかし、ムシャモンはそれに対応した。回避も防御も間に合わないと判断した鎧武者が選択したのは、干渉。刀の柄でギルモンの腕に触れ、力を加えることで受け流す。結果としてムシャモンに刻まれたのは浅い傷のみ、鎧武者はそのまま柄で殴りつけようとして。

 ……それだって、こちらの予測を超えてはいない。

「カードスラッシュ、『アイアンクロウ』、『ブイモン』、ブンブンパンチ!!」

 繰り出される鉄爪の乱舞、その連撃は卓越した体捌きを見せる鎧武者を少しずつ、しかし確実に削り続け、ジリジリとギルモンハウスへと、言い換えれば人気のない場所に押し込んでいくが。

「ぬるい!!」

 ムシャモンが振るうは先ほどの威力を重視した一撃ではなく、手数を重んじた連撃。それが防戦一方だった鎧武者を徐々に立て直し、鉄爪の連撃と拮抗する。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

「ぬううううううううううううううううううううううううう!!!!」

 咆哮と共に奏でられる激突音は金管楽器が奏でる不協和音の如く、互いを否定する意思を込めて周囲に撒き散らされる。

 爪が鎧を穿ち、刀が表皮を切り裂く。情勢はほぼ互角であるが、それすなわち僕らの有利。

 ムシャモンの得物である大太刀は懐に入られたらその間合いを活かせない。武器を捨てて対応しようとすれば、ギルモンの攻撃を防ぎきることができない。それ以前の問題として、レナモンの援護が来れば戦術は無限に広がる。

 そこまで思考した瞬間、力負けしたのか、ムシャモンの動きが一瞬止まる。

 相手が晒した致命的な隙、それを以てこの状況を進めるため、カードを構えて。

 ──その瞬間、僕の背筋に感じたのは悪寒なんて生易しい物じゃなく、確信。

 このままでは、詰む。

「ッギルモン!!」

 具体的な指示など出せず、しかし込めた意志は伝わったのか、瞬時に後退したと同時。

 何の予兆もなく放たれた一刺しが、空気を貫いた。

 それを生じさせたのは腹から生えた今までの得物とは異なる小太刀を握る腕。生物としてあり得ざる位置から生えたそれに対応がほんの一瞬でも遅れたら、致命的な隙を晒していただろう。

「……素晴らしい、これがデジエンテレケイアの力。そして、この力で仕留めきれなかった貴様たちもまた。

 ……実に、斬りがいがある」

 ムシャモンの貌に浮かぶは愉悦。自身の新たなる力が、それを以てしても殺しきれなかった僕たちが、全て喜ばしいと笑みの形に歪む。

「……余裕だね。その隠し腕、奇襲には向いているだろうけど、種さえわかれば怖くない。腹からの奇襲に注意していれば、問題ない」

 ……勿論、言うは易し、行うは難しであるけど、相手に対して精神的な有利を取ることには意味がある。

 だけど、ムシャモンは微塵も揺らぐことなく。

「なるほど、これは厄介だ。確かに、腹からの奇襲が通じるとは思えん。

 なら、別の場所からはどうだ?」

 そう言った途端、腹から生えた腕が消滅すると同時、背中から先ほどよりも長い隠し腕が背中から生えた。

 呆気にとられる僕らの目の前でその腕を誇示するように振るい、それが消滅したかと思えば今度は腰から生え、それもまた消滅する。

「見ての通り、我が第三の腕はあらゆる場所から穿つ。我が剣を防ぎながら、見切れるか?」

 再度の突進。ギルモンもまた迎え撃つために前進し、爪を振るう。

 結果として生じる超至近距離での削り合い。しかし、ギルモンの動きは鈍い。隠し腕の奇襲の可能性への警戒が、龍の動きから精彩を奪っている。

 ……いや、それだけではない。

 横薙ぎに振るわれた一刀をギルモンは爪で受け止めるが、その身体が揺らいだところに蹴り。そしてそこから流れるような斜め一閃を振るう腕を抑えることで防ごうとするが、単純な膂力によって弾かれる。

  ……明らかに、ムシャモンの身体能力が向上している。新たに生えた部位を消したり生やしたりできることといい、オーガモンやゴリモンとは異なるレベルで自分の身体に起きた異変を掌握しているのか。

 そして、状況はさらに悪化する。ギルモンが、体勢を崩したところで。

「これぞ我が秘剣、切り捨て御免!!」

 刀から洩れるは淡い光。それは安らぎを覚える輝きではなく、見るものを冥途に誘う幽玄の光。

 ──あれは、マズイ。

 その確信と同時、振るわれるは影も映らぬ横薙ぎの一閃。ギルモンが後方に飛ぶと同時、

「カードスラッシュ、『サンゴのお守り』!!」

 ギルモンがいた場所から生えた珊瑚は一瞬でデータの塵に変わるが、しかしギルモンに届くのは防いだ。

 僕の近くに転がったギルモンに今の一棟で刻まれた傷が、胸元の小さなものだという事に安堵した瞬間。

「あれ?」

 唐突にギルモンの身体が頽れた。脚に力を込めて立ち上がるが、その脚は震え、力が入っていないことは一目瞭然。

「ギルモン、大丈夫!?」

「たかとぉ、ギルモンの身体、重い」

 状況に混乱する僕らに、ムシャモンは静かに告げる。

「これぞ我が剣、白鳥丸の神髄。命を奪う力を解放すれば、僅かな傷から生気を奪う」

 ……なんてことだ。単純な膂力の増大、隠し腕、掠るだけで体力を消耗させる刀、接近戦で効力を発揮する手札がこれでもかと言わんばかりに相手に揃っている。少なくとも、防御力と攻撃力で押し切るギルモンじゃ分が悪すぎる。

「来ないならば、こちらから参る」

 ムシャモンが前進の為に身体を軽く傾けた、その瞬間。

「やめるでクルー!!」

 林から飛び出してきたクルモンが、ムシャモンの前に立った。

「ケンカはだめでクルー!!ギルモンをいじめちゃダメクル、ギルモンも、誰かを傷つけちゃダメでクル!!」

 愛らしい顔を歪めながらも、クルモンは退かない。誰もが仲良くするのが一番という当たり前の理想を、必死に口にする。

 それは愚かかもしれないが、だけど僕には決してできないことだ。少なくとも、脅威を暴力で排除することを第一とした僕には。

 ムシャモンもその姿に感じることがあったのか、静かに近よって。

「邪魔だ」

 制止する暇もなく、まるで汚らわしい塵であるのように蹴りとばした。

「我らが命のやり取りを、愚弄するか!!しばし待て、この屑を消したのちに仕切り直しだ!!」

 止める間もなく、武者が持つ刀が振り下ろされて。

「くらいやがれ!!」

 不意の火球が、刀の軌道を逸らした。ムシャモンの視線が、その主であるインプモンを向いて。

「弱者が……!!我が闘いの邪魔をするな!!」

 もはや先ほどまでの余裕など欠片もない。取るに足らない塵が、自分の気分に泥を塗ったことが許せんと力任せに刀を振り下ろした。

 

 (……ちくしょう、なんだってこんなことに)

 死を目前に高速化した意識で刀が迫ってくるのを捉えながら、インプモンは何度目かもわからぬ後悔を心の中で漏らした。

 クルモンが倒されても自分には何の問題もないし、あの人間がやられれば万々歳のはずなのに。

 ……それでも、あの白いデジモンのお気楽さが、自分の記憶の片隅に追いやっていた過去、傍にいたぬくもりを思い出させたから。

(……ああ、強く、なりてぇなあ……)

 何よりも中途半端で、貫き通すことも出来ない自分に自嘲して。

「テリアモン、カードスラッシュ!!『攻撃プラグインB』!!」

「ブレイジングファイア!!」

 自分を追ってきたのであろう乱入者の一撃が、鎧武者を吹き飛ばした。

 そうして彼らは、自分の前に立つ。庇うように、いや、真実守るために。

「悪いけど、これ以上は許さない」

 李健良とテリアモン、これまで戦いを避けてきたコンビが、参戦を宣言した。

 

 

 李は震える脚を踏みしめる。

 これから自分たちが戦うという実感、自分たちが死ぬ恐怖、自分たちが殺す恐怖、自分たちがまきこんでしまう恐怖、それら諸々を否定せずに飲み干し、ムシャモンを睨みつける。

「……戦いたくないんじゃなかったの?」

 背後から追いついてきた留姫が問いかける。ここからは表情は見えないけど、おそらく驚いている彼女に、言うべきは一つだった。

「自分が恥ずかしくなったのさ」

 そう、ただそれだけ。なんの力もないのに、戦いを止めようとしたクルモン。憎まれ口をたたきながらも助けようとしたインプモン。それらの姿は、在り様が、とても雄々しくて。それと比較して、自分が惨めに思えたから。

 ……ようやっと、自覚した。自分に誇れる何かをしてみたいから。これ以上後悔するのはまっぴらだから。

 結局のところ、自分の満足のため。平穏を求めたのも、今こうしてこの場に立つのも、自己満足にすぎないとわかっているけど。ここで戦わなければ、本当の意味で日常に変えることなどできないから。それこそが、李健良のやりたいことだから。

 「言っておくけど、今回だけだ。

  ……テリアモン、御免。結局僕は、何をするにも中途半端だ」

「もーまんたい。言ったでしょ。ジェンが本当にやりたいことに、ぼくはつきあうよ」

 パートナーの頼もしい笑みにつられ、自分の唇も吊り上って。

 ドクン、と胎動するはアーク。機械のはずのそれが心臓のように脈打つのを感じて。

「弱者が……生存のためでもなく、群れのためでもなく、庇うか!!デジモンとして破綻した!!見るも汚らわしい塵め!!」

「あいにく、今の僕はジェンのパートナーなんだよ!!いくよ、ジェン!!」

「ああ、カードスラッシュ、『進化プラグインB』!!」

 自らの意思で呼び出すは、相棒に進化の力を与えるカード。それと同時にテリアモンがその姿を変えて。

「テリアモン、進化!!ガルゴモン!!」

 顕われるは両腕にガトリングを備えた獣、ガルゴモン。しかしその顔にはこれまでの狂気的な笑みではなく、確かな知性を感じさせる。これまで恐怖の存在であったそれに並び、告げる。

「頼む、力を貸してくれ!!僕らだけじゃ無理だ!!」

 この場にいるすべての存在に、助けを請う。どれだけ無様で、身勝手でも、今この場でだけは、後悔しないために。

「ま、ここでそっちがやられちゃ困るか。近くで観察させてもらう」

「気を付けて。どこから飛び出してくるのかわからない隠し腕と、光るときに触れればごっそり精気を奪われる刀、どっちも厄介なうえに純粋なスペックも高い。接近戦は注意して」

 どちらも何の気負いもなく、自分との共闘を受けてくれたという事実に、感謝が止まらない。彼ら二人は、どちらも自分に協力する理由よりも、敵対する理由が多いのに。

 礼を言おうとした自分を遮るように、啓人が口を開いて、

「話はまたあとで、今はこいつを止める。行けるね、ギルモン」

「ギルモン、頑張る!!」

 それに応じるように蹲っていたギルモンが立ち上がると同時、後ろに控えていたレナモンも前に出る。それを見たガルゴモンも両腕を構え、

「さあ、ジェン。ぼくらの戦いを始めよう!!」

 絶対の信頼を寄せてくれるパートナーの声が、自分自身の再開の始まりを告げた。

 

 僕は短く息を吐く。インプモンが稼いだ僅かな時間でクルモンは救われ、李君たちの到着まで凌げた。ここから一気に巻き返す。

「いくよ!!」

 まず動いたのはガルゴモン。行動は単純、両腕のガトリングをムシャモンに放つ。相手から距離を取り、強力な攻撃を仕掛けるという基本にして最上解だけど。

「ぬるい!!」

 ムシャモンは倒れない。轟音と共に飛来したいくつもの弾丸を刀で叩き落とし、急所以外に飛来した弾丸は鎧を頼りに受け止め、不規則な動きで距離を詰める。木々を足場に、ガルゴモンへと強襲して。

「ぬるいのはそちらだ!!」

 同じように木々を足場にしたレナモンが、横から蹴り飛ばした。

 高速で移動するムシャモンの動きを予測したうえで死角から急襲するという技の冴え。

 されど敵もさる者、空中で体を捻り、刀を地面に突き立ててブレーキをかけ、最大戦力であるガルゴモンへと接近。手に持つ刀が妖しく輝き──

「させん!!」

 そこに割り込むは速度に優れたレナモン。刀身を避け、その握る腕を抑え込む。

 膂力の差を体捌きで逃がすことでほんの僅かに均衡をつくるが、しかしそれは一瞬。ムシャモンの伏せ札はもう一つ、隠し腕がある。どこから飛び出すのかも予測できないそれは、組み合いの中でも不意打ちとして最大の効果を発揮するから。

「ギルモン!!」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 僕の指示と同時、咆哮と共にギルモンが突進。その爪と牙で鎧武者を割かんと迫る。

 ムシャモンはそれに、隠し腕で迎え撃たざるを得ない。身体の自由は、レナモンが奪っている。

 その背中が不気味に蠢いて。

「ギルモン、抑えて!!」

「GAA!!」

 赤い龍のたくましい腕が、その腕を受け止め、掴み取る。隠し腕がどこから来るのかわからないなら、来る方向、使用する状況をこちらから誘導すればいい。

「その隠し腕、自由に動かせるわけじゃない。使うのにけっこう集中しなきゃいけないんだろ?……少なくとも、刀を振るうのと同時にはできない」

 隠し腕を掴まれたという事実と、僕に弱点を見切られたことに、ムシャモンの貌がこれまでの笑みの形ではなく、忌々しげに歪む。

「その腕を使うとき、君の身体は止まっていた。隙を作るためと思ったけど、わざわざ僕らに出し入れ自由なことを見せる理由は無い。警戒させるための手にしては、次の接近では実際に使わなかった。あれは制限なしで隠し腕を使えると誤認させることで、本来の性能以上の脅威を与えようとしたんだ。実際には、今みたいな力比べしているときはともかく、刀を振るいながら使えるわけじゃない。いや、今だって相当無理をしているはずだ。

 ……とにかく、その隠し腕の奇襲。それ自体は脅威だけど、同時に僕らのチャンスでもあった」

「ぬううううううう!!」

 ムシャモンは必死に振り払おうとするが、前後からレナモンとギルモンに抑えられて、動くことができない。

 それに加えて。

「さっきのお返しだ!!」

 インプモンが放った火球が顔面に命中。さしものムシャモンも、それには怯み。

 その数瞬が、結末を決めた。

 ガルゴモンの巨体が、距離を詰めて、僅かに揺れるほど、地面に足を踏み込ませて。

「攻撃プラグインB!!」

「ダムダムアッパー!!」

 巨体から放たれる突き上げ。李君の支援を受けたそれを喰らった鎧武者が宙に浮いて。

「このまま、ぶっとべ!!」

「がっ!!」

 その勢いのまま、上方へと吹き飛ばされる。周囲の木々よりも高く打ち上げられた、その瞬間。

「カードスラッシュ!!『グレイモン』、メガフレイム!!」

「GAAAAAAAAAA!!」

「カードスラッシュ、『攻撃プラグインB』!!」

「狐葉楔!!」

 周囲への流れ弾を心配する必要が無くなった以上、攻撃の手を緩める理由は無く。

 ギルモンが放った炎と、レナモンが放つ葉。それらを受けたムシャモンは、断末魔も、戦いへの執着も、恨み言も、何も叫ぶことを許されず。ただ敗者は死ぬという彼が押し付けようとしたルールに従い、データの塵になったのだった。

 

 

「カードスラッシュ、『愛のばんそうこう』」

 カードをスラッシュした瞬間、空中に浮かぶばんそうこう。それは白く輝くデータの塵となってギルモンに降り注ぎ、その傷をいやすけど、僕が望んだ結果じゃない。

「近くでやっても、インプモンにカードの効果を与えるのは無理なのか。留姫、アークの設定を変える事ってできないの?」

「わからない。けど、そう簡単にアークの設定を弄れるものでもないんじゃない?」

「よせやい、人間なんぞの手は借りねぇ」

 インプモンは僕らに背を向け、よろめく身体を引きずりながら歩いていく。

「何処に行くクル?」

「ここは俺様の寝床だ、変える気はねぇし、お前らに指図されるいわれもねえ。

 ……助けられた分の借りだ、しばらくは人間を襲わねえでいてやるよ。精々俺様の気まぐれが続くことを祈っているんだな」

 そう吐き捨て、インプモンは去っていく。別れの挨拶も、振り返ることすらなかったけど、その背中は、どこかこれまでとは異なるものに見えた。

 息を吐いた李君が、こちらを向いて。

「ごめん!!」

 勢い良く頭を下げた。その姿勢は揺らぐことなく、誠意をもった謝罪という言葉の見本が目の前に存在していた。

「君たちに行ってしまったことも謝るし、僕は謝るべき時に謝らなかった。それら全部、今この場で謝りたい。本当に、すまなかった」

「ぼくも、ごめんなさい。

 その姿に僕らを偽ろうとする気配は微塵もなく、心の底からの謝意を感じ取ることができたから、言うべきことは一つだった。

「気にしないで。僕だってやりすぎた」

 素直な気持ちには素直な気持ちで返す。それが友達だと思うから、僕もためらう理由が無かった。

「クルー。よく解らないけど、仲良しが一番でクル」

「ばっかみたい。そもそもあたしは慣れあう気はない。敵なら戦うし、目的が一致するなら好きにして。精々あたしたちが強くなるために利用させてもらう」

 そう言い捨てた留姫が去っていくのを見送り、苦笑で向き合う。

「まあ、あんな言い方だけど悪い人じゃないから。できればあんまり嫌わないでいてくれると嬉しい」

「その言い方、彼女の前で言わない方がいいよ。プライド高そうだから」

「高そうじゃなくて、実際に高いんだって。おまけにここ数日で初めて会った時から突っかかってくるし。ある意味君の方が上手くやってるんじゃない?」

「……君も苦労してるね……」

「ある意味じゃあルキの方も苦労しているようなきがするけどねー」

 苦笑する李君だけど、まだ負い目を感じているのか、その表情はどこかよそよそしい。

 ……何かの形でけじめをつけたほうがいいか?

「そうだ、ギルモン。今日からはギルモンハウスで寝られるよ。李君、ギルモンハウスの草むしり手伝ってよ。それでチャラにしよう」

 李君との問題が解決した以上、ギルモンハウスに置くには問題ない。なにかしらの決着をつけることでしこりをなくすことも必要だ。

 李君もその意図を察したのか、軽く頷いて。

「わかった。手伝うよ……そういえば、クルモンはどうするの?君、テイマーがいるわけじゃないんだろう?」

「クルモン、いつもいろんなところに行くクルー」

「うろつくのは危ないんじゃないか?」

 確かに、この数日で毎日のようにデジモンと遭遇した僕から見れば、こんな小さくて戦闘力もないデジモンが何の警戒もなくさまようことは危険すぎる。これまでは生き残ってたけど、その幸運がこれからも続く保証はない。

「だったら、ギルモンハウスに来なよ。ギルモン、クルモンと一緒に暮らしてもいいよね?」

「うん、いいよー」

「うわーい、一緒クルー」

 家に連れ帰るって選択肢もないわけじゃないけど、やっぱり守ってあげる力のそばにいたほうがいい。僕だってクルモンのことを捜していたんだ、目の届く範囲にいたほうが都合がいい。何より、こうしてじゃれあうデジモンがいることは、とてもいいことだろう。

 ……そこで、気付く。クルモンを初めて見た時に感じた感覚、それを今の僕は微塵も感じていない。まるで、もう役目は果たしたと、何かが見切ったように。

「啓人くん、どうしたんだい?」

 歩き出した李君が訝しげに振り返ったのを見て、僕も笑みの形を作る。

「別に、何も。早く終わらせて、いろいろ話をしよう」

 背に走る悪寒から目を逸らし、歩き出す。

 ……無駄だ、もう逃げられないという確信に蓋をして。

 

 ビルの合間の路地に入った留姫は、背後を振り返る。

誰もついてきていないことを確認して息を吐いた瞬間に聞こえてくる声。レナモンはいつも、適切なタイミングで声をかけてくれるのがありがたい。

「彼らの観察はいいのか?」

「少し考えをまとめたい。正直言って頭混乱してるから」

 壁に背中を預け、虚空に向けて話しかける。姿を隠しているレナモンが視線の先にいるかはわからないが、声さえ届くなら問題ない。

「あのテリアモンってデジモンのステータス、どう感じた?」

「平均よりは上という程度。いつからこちらの世界に来たのかはわからないが、少なくともデジモンのロードを頻繁にしていたわけではない。そもそも彼らがデジモンとの戦闘に積極的であったなら、とっくに私達と遭遇しているはずだ……つまるところ、戦闘経験上でも、純粋な能力値でも、私たちが負ける理由は存在しない」

 即答するレナモンの言葉は、自分が抱いた印象と同じ。どれだけあのコンビに才能があろうが、積み上げたデジモンの強さと戦闘経験、その二点で上回っている以上、仮に戦闘になったとしても自分たちが有利である事は間違いない。

 だが。

「だったらなんでテリアモンは進化して、しかもその力を使いこなせたわけ?デジモンが強くなるのにロードが必要で、その延長線上で進化があるのなら、レナモンが同じことをできないのはおかしい」

 レナモンがロードしたデータの総量は間違いなくテリアモンとは比較にならない。それにもかかわらず、レナモンには進化の兆候すらない。

 ……いや、もっと気にしなければいけないことがある。そもそも、進化自体は昨日の時点で、いや、李の口ぶりからすればもっと前に可能だった。しかし、その時点ではテイマーどころか、テリアモン自身も持て余していた。故に自分たちもただの暴走、失敗例と見ていたのだが。

 今日になって急に進化の力を掌握したなどというでたらめが、全ての考察をぶち壊した。

 実際に掌握していたのを隠して自分たちに接していた?──あちらにメリットがない。

 昨日別れてから今日会うまでの合間に大量にロードした?──現実的ではないし、レナモンが気づかない筈がない。

 しかし、それなら、昨日の暴走と、今日の進化を別つモノは何だ?何が自分たちに足りない?

「どうする、留姫?今からでも彼らに戦いを挑むか?ガルゴモンのステータスは私よりも上だが、勝てない相手ではない」

「……それは保留。あの李ってのが戦う気が無い以上、気分が乗らない」

「その理屈でいうなら、啓人にも戦いを挑むことはないはずだが」

「あのバカはあたしをいらだたせる。能天気で頭お花畑なくせして、強くて妙なところで気が合って……とにかくむかつくの。デジモンバトル以上に、ガツンと言わせなきゃ気が済まない」

「……彼も災難だ」

 一瞬微笑ましいものを見たかのような気配が、姿の見えない筈のレナモンから発せられるのを感じて。

「一つだけ言えるのは、これまでのようにデジモンをロードするだけでは更なる強さに到達できないという事だ。しばらくこちらに来るデジモンとの戦闘は避けるか?」

「まさか」

 即答した瞬間、ほんの一瞬だけ、自分の戦いをヒーローのような純粋な目で見た馬鹿の顔を思い出したのを振り払って。

「あたしは戦う。何も行動せずに強くなれるとは思えないし、一度始めたことを投げ出したくはない」

「それでこそ、だ。この世界に来たかいがあった」

 自分たちは進み続ける。強くなるため、自分の意志を貫くために。

 

 

 電子の世界の監視者たちは各々が自分の役割の下で、解析を行っていた。

 その中心で指示を出す男──山木 満雄は、高速で頭を回転させながら思う。

 現象の解析、デジモンを所有する子供たちへの対処、やるべきことは山積みだが、しかしその前に確かめねばならぬことがあった。

 それを見計らったように天井近くのモニターが切り替わり、時計を模したシンボルが映し出され──その瞬間、もし雰囲気を視覚化できる人間がいたとしたら、室内そのものが凍りついたように思えただろう。

『ふむ、忙しいときに邪魔したかね?』

 そこから洩れる声は涼やかな男の物。此方を慮るような言葉に思えながら、そこに込められる意志はどこまでも傲岸に響く。それを聞いた瞬間に、この場にいる者すべての作業効率が上がったのは尊敬からではなく恐怖から。この男から認識されることがおぞましく、認識することが怖いからこそ作業に徹する。

 山木もまた震える脚を叱咤し、平静を装いながら問いかける。

「このタイミングで貴方が連絡してきたという事は、状況を理解していらっしゃるのですね?」

『ふむ、生憎だがどのことを言っているのか私には皆目見当がつかない。自分の不明を恥じるばかりだよ』

「余計な前置きは結構です。貴方の言うとおり、こちらは忙しい」

 山木に満ちるは敵意。自分の立場は、顔も知ることが出来ぬこの男にとってどうにでもできると理解しているが知ったことか。決して折れてはならないと理解している。

「現在察知したワイルドワンの変異現象についてはデータを解析中です。最重要観察対象である『松田啓人』、並びに要観察対象である『李健良』、『牧野留姫』についても、データを送ります……必要かどうかはわかりませんが。

 命令通り松田啓人には干渉しませんが、残り二人は監視した後に何らかの対処を……」

『ああ、それはいけないな。両名の警戒レベルは上げるが、それ以上の干渉は許可しない』

 当たってほしくない予想が的中したことに山木は歯噛みし、

「しかし、子供がワイルドワンを所有していることは看破できない!!あれらがどれほど危険か、理解していない筈は……」

『現状、犯罪行為などには使用していないのだろう?なら、興味深いサンプルになる。余計なストレスなどかけては、正確な数値が観測できない』

 この男は、ワイルドワンの脅威や社会的影響も、ましてや子供たちへの安全になど全く興味が無い。ただ、研究者としてデータのみを求めていると知っているから。

「……だからこそ、貴方は今回の状況をお膳立てしたのですか?

 あの公園を根城にしていたワイルドワンの活動は少なくとも二か月前からなのに、その存在が噂されたのは昨日から。それも自動を中心に急速に広がり、監視対象が各自それを知って集合した、あまりにも都合がよすぎる」

『ふむ、君は私が人為的に噂を統制し、彼らを誘導したと言いたいのかね?それはあまりに突拍子のないことなのでは?』

「可能でしょう?歯車機構の幹部である貴方……クロックには」

 歯車機構、それは人が科学という概念と共に歩くと同時に世界そのものに寄り添う組織の名。あらゆる技術や理論を管理し、発見から普及までの期間と経緯を設定し、供給し続けることで世界という時計を進ませる、それ故に歯車機構。

 その存在は例え一国の支配者ですら知らぬ者は知らず、超大国の指導者でさえその組織の実態を掴めず、与えられる恩恵を受け取ることしかできないという時点で、その強大さがわかる。 

 その巨大さゆえにもはや一つのシステムともいえるその組織は、しかしあまりに巨大すぎて誰も……一説では機構自体も全貌を把握できない。そんな組織の幹部であり、権力を創りだす人間であるクロックにとって、子供たちの行動を誘導することなど児戯にも等しいだろう。

『ふむ、その空想が事実だとしても、君たちのやるべきことは変わらない。

 励みたまえ、若人よ。君たちの信念こそ、科学を、世界を前進させるのだから』

 どこまでも傲岸な言葉を残し、モニターが切り替わる。

 この室内を支配していた気配が消えたことに安堵したことに気づいた山木は、ギチリ、と血が出るほどに拳を握りしめる。

 それは、恐れた自分への怒りから。あんな男を恐れた自分が許せない。

「例の計画を急がせろ。ワイルドパンチのメンバーへも協力を要請するんだ、いくらかかってもかまわん」

 腹心の部下に指示を出しながら、思う。

(……やはり、あのような男が歯車機構の幹部であることは危険だ。ワイルドワンへの対処の功績を手土産に、機構そのものへと食い込む必要がある)

 若き俊英と称された男は、静かに決意を燃やす。自分たちの世界を、そこにいる人々を守るために。

 そのために進み続けると決めているから。

 

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