月が綺麗な夜だった。
僕は重くなった身体を縁側へ腰かけて、月を眺めていた。
冬だというのに、気温はそれほど低くない。だが、そう思わせる感覚は既に鈍り切っていた。
聖杯より流れ出た泥。
日に日に弱っていく身体を考えれば、5年はずいぶんと長く感じることができた。
だが、それも恐らく限界だろう。既に視界はぼやけ始めていた。寒さが気にならないのも、この鈍った感覚のせいかもしれない。
だから、次に目を閉じればそれが最期になるのだろう。だから伝えなければならない。
僕が唯一救えた少年に、僕の最期の願いになるであろうそのことを伝えなければならない。
純粋すぎるこの子には、少し辛いことかもしれないけれど。
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」
少し驚いたように、こちらを見たその少年はこう続けた。今思えばこの子には少し悪いことをした。
「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」
魔術を知ったこの子に多少の手ほどきを加えた。最初は手品や冗談で誤魔化していたが、最後までそれを続けられれば、この子はまた別の道を行くこともできただろうと。だが、それも過ぎた話だ。
正義の味方になれる可能性を見出したこの子は、恐らくどこまでもまっすぐになろうとするのだろう。
だから、できるならばその道には進まないでほしい。法外な希望を持ってなろうとした物が、現実とかけ離れた物だというのは過去に何度も話したことがある。でもその度に憧れを強めていってしまった。
「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」
ほんの少し長く話しただけで息が詰まりそうになる。一旦言葉を切り、確かめるような口調でこう言った。
「そんな事、もっと早くに気が付けば良かった……ごめんね、士郎。もっとちゃんと話してあげればよかった」
申し訳なさそうな表情で、僕はこう言った。いや、その表情は既に悲しみに溢れていたのかもしれない。
だが、その少年はその謝罪に対して何か文句を言うわけでもなく、相手にするわけでもなく、こう言った。
もしかしたら、この子も僕の死期が近付いていると分かったのかもしれない。子供は意外とこういうところは鋭い。士郎はとても優しい表情のままこう言った。
「そっか。……それじゃ、しょうがないな」
「……ああ、そうだね。本当にしょうがない」
僕はただただ、そう返すしかなかった。
「うん。しょうがないから……俺がなってやるよ。爺さんは大人だから無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって……爺さんの夢は俺が……」
止めなければならない。この少年が突き進む道は茨の道なんてものじゃない。血で塗り固められ、悪意で舗装された地獄への道だ。彼が気付き、割り切ることができる子ならばこんなにも悩みはしない。
絶望か、失望かは分からないが、言えることはただ一つだった。
この子は確実に不幸になる。
だが、この子の瞳はこんなにもまっすぐで……
――本当にそうだろうか――
この子の夢が叶うのを信じてみたい……。
――同じように不幸になるだろう――
ただ、この子の笑みが、僕の
「あぁ……安心した」
空を見上げた。こんなにも月が綺麗な夜に、僕は初めて救われたのかもしれない。
この願いが、この子の呪いにならないように。
この願いが、この子の世界を殺さないように。
ただ、それだけ。たった一人、救うことができた少年の未来を願いながら、衛宮切嗣は目を閉じた。
『ケリィはさ、どんな大人になりたいの?』
――僕はね、正義の味方に、なりたかったんだ――
「だったら貴方のその
はい。後先考えずに話を書き始める惣菜さんです。
東方も型月も好きな作者はどうやら相当なバカのようで、「見たいと思った作品がないなら、自分で書けばいいじゃないか!」の精神で書き始めてしまいました。
どのような展開にするかは粗方考えてはありますが、まぁバットエンドもハッピーエンドも両方ともかければいいなぁ、なんて……。
生暖かい目で応援していただければ嬉しいなぁ、と思います。