幻の理想の果て   作:惣菜

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第十二話 集結 前

 

「なんとか撒いたか……」

 

 人里に程近い木陰に身を潜めながら切嗣は辺りを見渡した。視界は悪いが魔法の森ほどではないので即座に敵がいないことを確認することができた。

 加速と停滞を繰り返しながら駆け抜けてきたが、ようやく刺々しい緊張を解くことができた。だが、切嗣の表情は安堵の色を見せず、寧ろ苦痛に歪んでいた。右腕のコートの袖を少し捲れば熱を持った青黒い斑模様が浮き出ていた。

 

「やはり英霊になっても世界からの修正力からは逃げられないか……」

 

 切嗣の使う魔術は文字通り、自分の体内の時間を加速・停滞させる強力なものだ。しかしそれを行使すると切嗣の身体には『修正力』が働き、その身体を傷付ける。本来、父から引き継ぐはずの魔術刻印を僅か二割足らず、それに重要な部分も差し引いてしか引き継ぐことができなかった。

 だが、その二割足らずでこの様に強力な魔術を行使できるのは、魔術師という人間を知り、魔術という現象を知り、そしてその殺し方を知った切嗣であるからだ。

 

「……切嗣、その傷はなに?」

 

 いきなり現れた気配と声に一瞬驚いたが、その主が味方のモノであると分かるとその緊張は霧散する。開かれたスキマから身体を覗かせる八雲紫がそこにいた。いや、そこにいるというのは半分だけ事実だが、半分は違う、といっていいか分からない状態だった。そこから覗くのは上半身のみ、そしてその下半身もスキマから窺うことはできないのだから。

 

 そしてその表情は普段の胡散臭い笑みとはまた違う表情を映していた。主にマイナスな意味を籠めて。

 

「貴方は交戦しなかった。交戦の一歩手前で引いたのを此方でも確認したわ。で、その傷はなにかしら?」

 

 僅かに言い淀む。だが、そのすぐ後に切嗣はただ事実を述べた。

 

「僕の魔術だよ。……僕の魔術はこういうものなんだ、理解してくれ。あの人間と戦ったときだって出来ていた」

 

「あの時、あの怪物の時はそんな傷、なかったような気がするけれど?」

 

「その時はある宝具のおかげで即座に元に戻っていたからね。痛覚はあったが」

 

その発言に紫は表情を僅かに歪めた。この現象によって生まれる痛み。その程度を理解している紫にとって、人間とはどういうものなのか理解している紫にとって切嗣のその魔術とそれを行い続ける目の前の人間の異常の片鱗を垣間見た。

 

「……貴方、本当に人間? 見る限りその傷、筋肉が断裂したりとか、そういう怪我なら気絶するほど痛いはずよ?」

 

「……痛くないわけがないだろう。僕だって人間だよ。今すぐにでも気絶したいくらいだ」

 

そういうと切嗣の身体がグラリと揺れ、その場に座り込んだ。満身創痍。見るからにそんな様子の切嗣に紫はすぐにこう言った。

 

「永遠亭に行くわ。それに今回の貴方の仲間を紹介しようと思ってるわ。それはまた別の場所だけどね」

 

 仲間、と聞いて切嗣は顔を顰めた。生前、共に戦った英霊、相棒、そして妻。全て失い、すべて苦しい思いで別れを遂げた。英雄とは理解し合えず、相棒といえるそれは無残に殺され、妻とは悲劇と言う言葉だけでは言い表せないような別れをした。自分を信頼し、自分を信じようとし、そして死んでいった。そんな記憶が頭を過る。

 漠然とした不安を覚えるのは、無理のない話なのだ。彼の人生が、彼の思考をそうさせたのだ。

 

「安心なさい。皆、人間なんて目じゃないくらい強いわ。……今回は、誰も死なない。私も、貴方も、誰も死なないわ」

 

 

 

 

 

――同時刻 魔法の森――

 

「私が戦う? 弾幕ごっこじゃなくて? ……面倒くさそうだけど、困ってるみたいだし、助けてあげるわ」

 

 一人しかいないはずの小屋で、虹色の魔法使いは呟いた。足元や空中を飛び回る人形はそんな主人の独り言を平然と聞き流している。一人、という表現はそんな人形たちのフラフラと踊るような動きを見ているとこれから始まるであろう聖杯戦争(いへん)すら、嘘のように思えてしまう。そんな様子の人形たちを尻目に、更に言葉を紡いでいく。

 

「どうせ陸でもないこと考えてるんでしょ? 分かってるわ」

 

 不可思議そうに見上げてくる人形たちに大丈夫よ、と手を振るとまた人形たちは楽しそうに動き出した。そんな様子に僅かに笑みを浮かべながら、再び続ける。

 

「……死ぬかもしれない? 魔法使いやってるなら、死ぬ覚悟だってできてるわ、居心地のいいこの世界、守りたいからね」

 

お気に入りの人形である上海と蓬莱を呼び付ける。その二体の人形の手には彼女がいつも持ち歩く魔道書があった。ありがとう、と声を掛けながら彼女は立ち上がった。

 

「やってやろうじゃない、その聖杯戦争とやら」

 

その宣言は満面の笑顔と自信に溢れていた。

 

 

 

 

 

――同時刻 人里・妙蓮寺――

 

「この幻想郷を守る戦いですか。……了解しました。争いは望みませんが、この世界とあらば武を以てしてでも守って見せましょう」

 

 ただ一人、仏前にて呟く。それと同時に今まで彼女が纏っていた緊張感が嘘のように晴れた。そんな雰囲気は外まで伝わっていたのか、その時を待っていたかのように障子が開けられた。締め切られた空間に陽の光が差し込む。

 

「……お出かけになるようで」

 

「えぇ、留守をお願いできますか、星」

 

「御意に」

 

「……畏まらないで下さい。お互いに奇妙な関係ですけど、貴方は毘沙門天の代理でしょう? 頭を下げるのは私のほうです」

 

「それはお互い様です。元は妖怪だった私がこうしていられるのも聖のおかげです」

 

「それでは改めて……行ってまいります」

 

その顔は優しさと決意に光っていた。

 

 

 

 

――同時刻 紅魔館――

 

「私に動けと? ……随分な用件なようだけれど、それだけじゃ私は動かないわよ。メリットがないもの」

 

「でもでも、これってかなり非常事態ですよね? 主に幻想郷全体が……」

 

 紅魔館の地下に存在する大図書館。日々幻想入りした書物が此処へ流れ着き、その書物を収納するために自律式の魔術により空中を無音で飛び交うその様は近未来的であり、幻想的であり、そして不気味でもあった。

 そんな図書館の中央に位置する十数個の机を一人で陣取る人物がいた。黙々と羊皮紙と向かい合い、時々思い付いたようにその筆を進めていく。そしてその羊皮紙をクシャクシャに丸めて放り投げた。その様にして作られたであろう羊皮紙の山が彼女の後方に鎮座していた。

 

「第一、私がそんな激しい運動できるわけないじゃない。こあもそう思うでしょう?」

 

 そんな呟きに答えるのはこの広い図書館を右に左に飛び回る、使い魔の小悪魔である。

 

「(それは環境のせいだと思うんですけどね……)」

 

 地下にあり自然換気能力に乏しく、また換気設備も全くと言っていいほど存在しない。あるのは空間の酸素と二酸化炭素のバランスをひたすらコントロールし続ける魔術のみであるが、彼女の持病である喘息の原因であるホコリやカビを取り除く用途のものもここには存在しない。

 

「……その聖杯で喘息って治るのかしら?」

 

「恐らく二度と病に罹らなくなるくらいは余裕だと思いますよ? それだけすごい神秘を内包してるなら、身体の構造の欠陥であれなんであれ治せないわけないじゃないですか?」

 

そういう使い方はどうかと思いますけどね、という一言を残して小悪魔は本の森ともいえる図書館をまた忙しそうに飛び回り始めた。

 

「まぁいいわ。この難儀な体質を治せるというなら参加してあげてもいいかしら。そのついでに、幻想郷の危機も救ってあげる」

 

「そんなこと言って、結局救ってくれるなんて優しいですね?」

 

その決意は自信と希望に満ちていた。




お久しぶりです。暇を見つけてなんとか投稿できました。ですが肝心の文字数が少ないというのは作者の努力不足であります。細かい時間でも執筆する量を増やしていけたらと思っております。ご意見、ご感想よろしくおねがいします。
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