幻の理想の果て   作:惣菜

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第十三話 集結 後

――永遠亭 診察室――

 

side 永琳

 

「で? この男の治療をしろと?」

 

「そういうことよ」

 

 ここに来た人が受けるであろう印象は恐らく清潔感のある白、という表現が一番妥当だろう。この幻想郷にある唯一の医療機関に当たる永遠亭は外装を日本の古屋敷という形を取っているが、その内装の一部は外の世界の病院に相当する部分がある。製作者である私が月の病院を基にしたのだ必然的にそうなる。

 医療機関と述べたのは永遠亭を仕切る人物である私こと八意永琳の職業――といっても、この幻想郷において職業とは自称の部分が大きいのだが――が薬師であるということと、本来の病院と呼ばれるほどの設備を有していないというだけである。

 

「でも彼の身体を少し診てみたんだけど、あの人……いいえ、あれは人と呼んでいいのかすら怪しい存在だわ。人間ではある、だけどその本質は霊にも等しい……」

 

「それは気にしないで。そういうモノだと割り切ってほしいのだけど。説明するにも時間が掛かるし、彼はあくまで人間よ」

 

 彼、とは先ほど運び込まれた男のことである。名を衛宮切嗣というらしい。八雲紫が重傷の彼をこの永遠亭のベッドへと勝手にスキマで運んできたのを偶然、いやこの妖怪の前で偶然という言葉はあまりにも似つかわしくない。私が患者を放っておけないことを知っているからだろう。そしてどんな患者であろうと何も変わらないただの患者として見てしまう私も私だ。本職の医者ではないがそれと同等、いやそれ以上の実力を持ち合わせていると自負している。だが、彼を一目見ようとしたときに違和感が生まれ、そしてその違和感は一つの現象を理解することで消えた。

 

 目の前の彼は人間ではなく、それでいて人の形をした『何か』でもない。『人間とは異なるものでありながらその在り方は人間』という二律背反をそのまま抱えたような、そんな人間(モノ)だった。

 ともあれ患者であることに変わりはない。彼の全身にある痣、筋断裂などを見ると重傷ではあるが今すぐ命を落とすということはなさそうだ。とりあえず回復力を高める薬を用意しておく。男性なので強い効果のものでも構わないだろう。

 

「月の賢者、この男になら多少効果の強いものでも大丈夫よ。彼は丈夫だし、急いでるから」

 

「貴方がそういうなら、大丈夫なのかしらね。まぁ元より強いものを使うつもりだったけど」

 

 注射を手に持ち、彼の腕の血管を探し出す。幸い、すぐに太い血管が見つかった。薬を打つとすぐに彼の身体に痣が引いていくのが分かった。状態から見て、運動への支障や痛みが完全に回復するのは三十分ほどだろうか。

 

「彼の存在、一体どうなってるのか気になるけど……調べさせてはくれないわよね?」

 

「そうね。でもこれから見ることは多くなるんじゃないかしら。安全に見れるかどうかは知らないけど」

 

「随分な物言いね」

 

 含みのある言い方をするのはこのスキマ妖怪の性格だ。好ましく感じたことは一度もないし、それが良いものになるとも思わない。そして純粋にこの男に興味が沸いた。これほどになるまでの運動量、そしてそれを可能にする異能。今私が知り得る知識の中にそれは存在しない。

 

そして、そんなものを知ったからには解き明かしたいと思うのもまたおかしな話ではないだろう。

 

目の前の異端に、私は純粋に興味を持った。

 

 

 

side out

 

 

――紅魔館 ロビー――

 

「で、これはどういうことですか? お嬢様」

 

「私は知らんぞ、こんな来客……」

 

紅魔館の主であり、また吸血鬼でもあるレミリア・スカーレットとその従者である十六夜咲夜は困惑していた。否、困惑していたのは一部を除く全員である。門番も、妖精メイドも、その訪問者たちに面食らっていた。

 

三人の魔法使いが、そこにはいた。

 

一人は、七色の人形使い。

 

一人は、封印された大魔法使い。

 

そして最後の一人は、何故かこの紅魔館の住民。

 

このメンバーの共通点に思い当りがあるのは妖精メイドを除く全員であり、それが正しければまだ欠けていると気付くのもまた同じメンバーである。

 

「魔理沙はまだ来ないのかしら?」

 

「呼ばれてないんじゃないかしら? こういう本当に危ない問題を解決するには、足りないものが多すぎるわ、主に落ち着きが」

 

「それを差し引いても、彼女は強力な魔法使いなのですが……」

 

 三者とも、霧雨魔理沙がここにいない理由に思い当たる節はあるようだ。しかし実際のところは別の理由なのだが、今の彼女たちに知る由はない。

 そんな彼女たちの様子を窺うレミリア・スカーレットと十六夜咲夜もその現場にいるわけではない。レミリア・スカーレットの自室から千里眼の水晶玉を使い、映像としてそれを見ている。この紅魔館内部の様子はこの水晶玉を介して見渡すことができる。このような礼装を使用しなければいけない理由はない。本人が魔術を行使することができないわけではないのだ。だが、レミリアとしては、魔術を専門に扱わない者としては魔術という代物は七面倒くさいものでしかないのだ。普通の人間が不可思議といってもいいほど長い数式の羅列に美しさを覚えないように、レミリアも魔術に対して何の尊厳も持ち合わせてはいなかった。

 

「吸血鬼とメイド、ごきげんよう」

 

 空間が割れた。唐突に訪れたそれに、咲夜は手にナイフを忍ばせ、レミリアはその変化する空間をチラリと見つめると深々と椅子に腰かけた。

 

「放っておけ、咲夜。あれは自然災害みたいなものだ」

 

「しかし……」

 

「第一、時を止められても、どんなアドバンテージがあってもアイツの相手は無理だろう?」

 

 そういうとレミリアは紅茶を一口飲んだ。異常なほどの赤色のそれは正に鮮血といってもいいものだった。それもそのはず、この紅茶には正真正銘人間の血が入っているのだから。味覚がそうさせるのか吸血鬼の本能なのか、その紅茶を何の違和感もなしに飲み続ける。

 

「……で、何の用だ? スキマ妖怪」

 

「この紅魔館の一室、ほんの小さなものでもいいから貸してもらいたいの」

 

「見返りは?」

 

「幻想郷の平和」

 

 溜息。それだけの行動で八雲紫は確信できた。これではこの小さな夜の王は動かないと。

 

「……はぁ、とうとうボケたかスキマ妖怪。ここは私の館で、私の所有物で、私が一番偉い立場にいる場所だ。寝言は寝てから言え。得意だろう?」

 

 部屋で世界は救えないだろう、と付け足しつつまた紅茶を一口。あまりにも現実味のない話である。

 

「そんなことを言っている暇はないのよ。本当に危険な異変が起きようとしている」

 

 この状況を動かすためには、この危険な状態から幻想郷を救うには話し合いによって理解してもらわねば困るのだ。弾幕ごっこがどうこうなどとはこの際言ってはいられない。先ほど戦ったあの男の腕に現れていた赤い刻印がその証拠である。

 

「どれくらい拙い状況なのか簡単に説明してくれ。簡単にだぞ」

 

「幻想郷に聖杯という願望器が流れ着いているわ。それが魔力を持つと実体を現し、ある条件を達成すれば、その願望器に己の願いを願望器で叶えることができる。で、その条件が問題なのよ……」

 

 願いが叶えられると聞いて咲夜は表情を強張らせ、一方のレミリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「……最近、面白いことがなくて困っていてな。ついでにあの目障りな太陽を克服してやるか。咲夜、部屋の準備をしてやれ」

 

「分かりました。すぐに用意します」

 

そういうと彼女の姿は部屋から掻き消えた。そして体感時間にして五秒後、レミリアと紫の前に咲夜が再び出現した。

 

「お部屋のご用意ができました。お嬢様、八雲紫様、応接間の方への移動をお願いいたします。私はお客様一同をお連れいたしますので」

 

 そういうと咲夜は二人に背を向け、つかつかと扉に向かって歩き出した。歩数にして三歩、その足が赤い絨毯の敷かれた床に付くのとほぼ同時、また彼女の姿は消えた。

 

「そういえば、問題は条件だったな。どういう条件かは教えてもらえないのか?」

 

「……あなた達の得意なことよ。問答無用の殺し合い」

 

夜の王の表情が歪む。とても愉快そうに、理性と本能を混ぜ合わせたような、無邪気な子供の笑みのようなそれは、その幼い容姿を相まって本物の子供のようだった。その圧倒的な威圧感を除いて。

 

「……それにしてもメイドのあの能力、本当に羨ましいわ。うちの藍にも少しくらい見習わせたいわね……」

 

「寄越せと言われてもやる気はないぞ? あれほどよくできた人間も珍しいからな。精々寿命か忠誠心が尽きるまで、心補く働いてもらうさ」

 

 二人が浮かべた表情は、嗜虐的とも言える笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

side Magus

 

 

「御客人の皆様、お部屋の用意ができました。こちらの方へどうぞ」

 

 唐突に表れた銀色に一瞬驚きはしたものの、それが見慣れたメイド長だと確認すると、アリスは黙ってその後ろを付いていく。その場にいた二人もそれに倣い、歩き出した。妖精メイドが忙しそうに廊下を行ったり来たりしている。三人、正式に言えば二人の来客はそれが大方自分たちが原因であると理解していた。

 妖精の本質は自然現象の具現であり、また自然そのものである。その身が死のうと消え去ろうと自然が生きているなら、己を示す自然現象が生きているならばまた生まれてくる。だが、そんな便利な体質を持っていながら彼らの知能は残念ながら子供のそれと大差ないのだ。自分の任された仕事すら目の前の好奇心の前では覚えていることすら危ういこともある。だからこの館で働く妖精メイドは雇用された、というよりも遊びに来たという感覚の方が強いのだろう。子供の遊びの延長である。だから今焦っているように見えるのもそういうごっこ遊びなのだ。純粋な驚きもあるだろうが。

 

「で、部屋はどこなのかしら。いつも思うけど、いらない部屋を消したりはしないの?」

 

「それはお嬢様の決めることよ」

 

「……あの吸血鬼、まるで大人のような口調だけど、中身は子供っぽいのよね。あと見た目も」

 

「本人の前では言わないようにしてくださいね? 面倒なことになりますから」

 

「分かってるわよ」

 

 しばらくすると、目的の部屋の前に辿り着いた。咲夜が「少々お待ちください」と言い部屋の中へ入り、そして十秒も立たずに出てきた。

 

「それでは、お入りください」

 

 その声を聞くや否や三人は足早に部屋に入り、椅子に座った。

 

「ようやく来たか」

 

 その一言と共に部屋の中央、更に言うならば円卓の中央に黒い旋風が起こった。その正体は無数の蝙蝠たちである。やがてそれは徐々に人型を為していく。そうして現れた人間、と称していいか分からないモノが現れた。その背中に生える一対の蝙蝠の羽は正にその証明である。そしてそれがこの紅魔館の主であることを魔術師たちは知っている。

 

 レミリア・スカーレット。妖怪の中でも強力な吸血鬼という種族と、運命を操る程度の能力という恐ろしい能力を持った正に夜の王ともいえる存在。唯一の欠点、といっていいのかは不明だがその容姿は幼い子供と変わらないものである。

 

「お嬢様、お行儀が悪いです」

 

「いいじゃないか、一度試してみたかったんだ……あぁ、客は好きなように座っていろ。お前らを集めた張本人もすぐ来る」

 

「もう来てるわよ」

 

 その声が聞こえた時にはその本人は何食わぬ顔で紅茶を飲んでいた。妖怪の賢者、八雲紫。この幻想郷最強の妖怪の一角を担い、この幻想郷の実質的な支配者でもある彼女がここにいるというのはこの話の重要さとスケールの大きさが正にこの幻想郷の存続を左右する異変だということの何よりの証明でもあった。

 

「で、私たちに何の用なの? 具体的には幻想郷存続の危機とは聞いてるけれど……」

 

「……ここに、異変の発生を宣言するわ。『大聖杯事変』の始まりを!」

 

 これがこの幻想郷の存続だけではなく、恐怖と絶望をもたらす異変になることとは誰も想像していなかった。




なんとか合間を見つけて更新できました。次は十二月の上旬から中旬を予定しております。

更に十二月二十四日、二十五日には両日ともに番外編を描ければと思っております。具体的には、この幻想郷の中での聖杯戦争の間、外の世界はどうなっていたのか、というお話にする予定です。

最期に、いつもご覧になっている読者の皆様からの感想が、この作者の原動力です。批判でも意見でも要望でも評価でもなんでも構いません。皆様の感想がいただければ作者はとても嬉しく思っております。
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