「それでは映姫様。お勤めを果たしてきますよ」
「彼のこと、どうかよろしくお願いします」
三途の川の畔で小町を見送る私は彼女に今までないほどの期待をしているのかもしれない。
何故ここまで彼女に期待するか……いや、今回のこれは彼への心配なのだろう。その心配がなぜ生まれたのか。それを説明するには時を少し遡って説明する必要がある。
~~一日前 地獄の法廷~~
地獄の法廷、とは言うもののその風貌は地獄という名に則り恐ろしい外見をしているわけではなく外の世界にあるような何の捻りもなく意匠を凝らしたわけでもない無骨であり厳格である。
最も、その厳格な風貌ゆえに地獄の法廷と呼ばれるのだが。
そんな法廷の中に私たちはいた。
私は四季映姫・ヤマザナドゥ。この地獄の法廷にて判決を下すただ一人の裁判官であり、ただ一人の最高裁判長である。もう一人は小野塚小町。この幻想郷にある三途の川にて死人を渡す船頭であり、私の部下である。
「衛宮切嗣、ですか。あたいは嫌いですよ。ああいう悲劇のヒーローっていうのを分かってて、叶わない夢だって分かっててやっちまう奴っていうんですかね? ……そういうのが気に食わない」
「……なぜ逃げなかったのか。そう言いたいのですね?」
私たち二人は昨日出会った英霊--その在り方は反英雄であるが--衛宮切嗣について話し合っていた。具体的に言うならば、彼はどういう人間で尚且つ信用できるのか、という内容のものである。
「だってそうでしょう!? あんな地獄のような所業を、ただの一介の人間が耐えられるものじゃない!」
「彼はたぶん、最後まで縋っていたのでしょうね。あの、呪われた聖杯に」
私たちは浄玻璃の鏡を使って彼の記憶を見た。そして彼の生き様を、後悔を知ってしまった。あんなもの、できることならば二度と見たくない。見ているこちらの気分まで悪くなるような、彼の人生はそういうものだった。
小町は俯いたまま、まるで独り言の様に呟きました。
「……あたいなら、最初のあの場面で人生って奴に絶望してますよ」
「いいえ、しているはずです。彼は絶望した上でまだ生きていたんですから」
自分の父の薬の所為で仲の良かった少女が、緑と海が綺麗だった島が穢れていくのを見てしまった。それを止める術もあった。
だけど彼は優しすぎて、臆病だったのだ。誰かの命を自分の手で奪うことなど、少年にはできなかった。その後の人生は悲惨だった。ただひたすら殺しの技術を学び、母親代わりの人を殺し、偶像とはいえ最愛の妻と娘を殺して、そして最後には唯一の希望に裏切られた。
「あんなもの、人生じゃない! 人間が機械になりたがるなんて、そんなことあっちゃいけないでしょう!? あれは人間じゃない! 悪魔です!」
声を荒げる小町の気持ちも分かる。私も思う。普段であれば即刻地獄行を宣告することができたはずなのに、彼の人生を目の当たりにして、彼の絶望に中てられて、私はぶれてしまった。公平公正、それだけが私に求められたものだったのに、それすらも見失うほど、辛く痛々しい人生だった。
「周りの誰かが少しだけ彼の行いに優しければ、彼はあんな悪魔になることはなかった……」
純粋な感想だ。誰かが、彼に対して少しでも優しければ、彼の絶望を癒すことができれば、あんな結末は迎えなかったはずだ。
「誰かが、最初に彼に優しくしていれば、ただの普通な一般人として生きていくこともできたはずなのに……」
彼が泣いているところに誰かが少し手を差し伸べていれれば。彼が苦しんでいるところに誰かが手を差し伸べていれば、あんな結末は迎えなかったはずだ! どうして、ああなってしまった!
そんな私の心の叫びに呼応するように小町の瞳がいつも以上に輝いていた。その原因は、俯いた彼女がこちらに振り返ろうとしたときに頬を伝って零れた。
「でも、そうはならなかったんです、映姫様! 彼の生きざまに納得することも、理解することも、誰にもできなかったんですよ! ですから、もしかしたらなんて有り得ないんです。なるべくしてなってしまったんです!」
叫んでいた。彼が現れたあの時に吐き出さなかった分を、今この場で吐き出している。そしてそれは他ならぬ彼の分も吐き出しているのだと、直感的に、一方的にだがそう思った。
「だけど、あの人の近くには助けることのできる人がいたはずです! ……どうして、少し手を差し伸べて上げられなかったんですか?」
だけどそうならなかった理由はなんとなく分かっている。
「あの人の理想の終着点に、彼は恐らくいないんです。それで平和になると知っているから。それで最後にしようって決めていたから。そんな悲しいことってないでしょう? 一番夢を見て、頑張った人の望んだ世界にその人はいることができないなんて」
「彼の第二の人生くらいは……せめて何も失わず、心安らかなものにしてあげたい。小町、手伝ってくれますか?」
「……せめて、酒が旨いと感じられる第二の人生にしてやれるように頑張らせていただきますよ」
「その前に貴方は彼に与えた悪印象を払拭しなければなりません。しばらく死神の仕事はいいですから、聖杯戦争の方に集中してください」
そういうと小町は「分かりました」と言いながらどこかへと消えていった。その後の私と言えば、一時的な業務の停止に伴う報告と書類の作成に身を窶していた。この程度の仕事なら忙しいお盆の時期に比べればどうと言う事はない。地獄であれ幻想郷であれ、お盆というものは存在するのだ。どうでもいいことだが。
そして現在。八雲紫からの合図により目標の追跡に入る小町を見送っている。あくまで公平公正の立場にいる閻魔が動くべきではない、との八雲紫の言葉通り行動するのは死神である小町だ。彼女の能力は応用が利くので大抵の仕事はこなせるだろう。だが、彼の不安を取り除くには、第二の生でもある今の不安を取り除くには、恐らく足りないのだろう。
「衛宮切嗣が交戦した敵の確認、及び人形の追跡。簡単ではないですけど、できます」
「期待していますよ、小町」
「それでは」
そういうと彼女はふっと目の前から消えた。彼女に任せておけばあちらの仕事は大丈夫だろう。問題は私の方の仕事である。
「聖杯戦争の監督役を務めろ。協力を求めても構わない、と……。信用がある人間といえばあの巫女でしょうが、今回は弾幕ごっことは訳が違う……」
聖杯戦争の重要な役割である監督役を探し出せ、という八雲紫からの命令であり、今の私の仕事だ。協力者というのが自分に不可欠だというのは他の誰よりも分かっている。だからこそ、私はこのように悩んでいるのだ。
協力者の候補として頭に浮かんだのはこの幻想郷最強と名高い博麗の巫女である。が、その最強は弾幕ごっこという
「そんな簡単に事が済むなら、第四次聖杯戦争はもっと平和に終わっていたはず」
師弟・協力者の裏切りがあり、中立であるはずの監督役との裏での繋がりもあり、神秘の秘匿を為さない参加者も現れた。これだけの
「となると、一人だけじゃなくてもっと声をかけた方が良いか……人里の守護者なら信用も置ける。巫女と守護者ならまず問題はない」
そう決めた私の行動は速かった。地上へ赴きその二者に「異変が起こるのでその対策を取るための話し合いをしたい」と紅魔館に呼び出すことができた。巫女の方は嫌な感じがするだのなんだの言っていたところを突然現れたスキマに引き摺り込まれていたが。集まり自体は後日にあるとのことで人里の守護者も巫女に了解が取れた後、私はこうして小町を見送ることができた。睡眠を取る暇もなく、ひたすら働き詰めだったが、別段珍しいことではない。最後の仕事である紅魔館での会談を思い、溜め息を吐かずにはいられなかった。唯でさえ一癖も二癖もあるあの魔法使いたちを説得し、この聖杯戦争をこちらの勝利、ひいては私たち幻想郷の管理者の勝利で終わらせなければならない。騙しているようで正直気が引けるが、後ろめたいが、そんなことは今回に限り関係ないと割り切ろう。
そうでなければ、戦えない。
そうしなければ、戦えない。
ただ単純なことだけど、後ろ髪を引かれるような思いで私は地獄を後にした。
こんな拙作を見てくださっている皆様にとりあえず謝罪を。更新が遅れてしまって申し訳ありません。ここから本格的に聖杯戦争が動き出す、ということを皆様に伝えておこうと思います。完結というものがわりかしリアルに見えてきました。でもまだまだ書きたいこともあります。もしもこの作品が完結したら、その次にはオリ主なり原作キャラの日常ものなり、色々と書いてみたいものです。
最後に、いつもながらの作者のお願いを。ご意見ご感想、批判に誤字の指摘などどんなものでも感想をお待ちしております。