この聖杯戦争という戦いを左右するもの。
この戦いの中で圧倒的なアドバンテージを得るもの。
聖杯戦争の知識を有するならば、いや、大多数の魔術師がそれは何かと問われればこう答えるだろう。
『サーヴァント』だと。信仰を得て、また世界と契約した
「改めて考えると、本当にイレギュラーもいいところじゃないか。僕みたいな存在がサーヴァントになるなんて」
そんなことを考えながら衛宮切嗣が目を覚ましたのは赤い、紅い屋敷だった。壁一面、天井も、家具に施された装飾に至るまで。太陽を直視したような眩暈を覚えた。
「ようやく目覚めた。御寝坊さんね?」
ベッドの脇の椅子に腰かけている女性、八雲紫は口元を扇で隠しながら言った。
「ここは紅魔館。あなたの協力者は既に集めてあるわ。もう少ししたら私が呼ぶから、それまでに準備しておきなさい」
それだけ言うと足元に開けたスキマの中へ椅子ごと落ちていった。それを見送ると切嗣は即座にベッドから出た。上半身には包帯が巻かれている。慣れた手つきで包帯を外し、傍らに畳んで置いてある自らの衣類を手早く身に着ける。
「(八雲紫、僕の装備はどこにまとめてあるんだ?)」
「(いまそっちに落とすわ)」
「(……僕はそれで戦うんだ。手荒に扱うのは遠慮してもらいたい)」
そう念話を飛ばすと床にそっと現れたスキマから丁寧に武器が出てきた。一応こちらの発言に対する理解はあることも確認できた。代行者からの逃走の際、余計な装備は全て置いてきたが八雲紫はそれを全て綺麗に回収してくれたようだ。だが、このような状況ではどちらがサーヴァントでどちらがマスターなのかと分からない、などという下らない思考を即座に投げ捨てた。
床に置かれた拳銃をテーブルに乗せて、一度すべての銃を分解する。壊れた部品はないか、汚れは付着していないか、可動部にガタがきていないか。全てを確認するだけでかなりの時間が掛かる。最初の一丁として取り上げた拳銃の分解と点検が終わり、その銃を元の状態へと組み立てていく。しかし、切嗣の起源である切断と結合がその動作の邪魔をする。複雑な作業になると何か靄がかかったように集中が途切れてしまうのだ。それでも部品を見失わないように、正しい部品であるかを何度も確認しながら組み立てる。分解するときの倍近い時間が掛かってしまった。
「……やはり、誰かに協力してもらわなければ近代兵器は使えそうにない」
八雲紫の物資調達能力を鑑みて、ある程度無茶な作戦も行えるかと考えていたが、当の本人が機械を扱えないのでは話にならない。万全を期すための点検に普通よりも時間が掛かるというのは無視できない問題だろう。生前ならば久宇舞弥がその問題を解決してくれたが、都合よくそんな協力者が出てくれるか。それとも別の手段で戦えるだろうか。
「それを考えるのは英霊の能力を見てからだ」
その呟きと共に部屋に気配が一つ増えた。即座に袖に仕込んでいたナイフを抜き、点検が終わった拳銃を即座に抜く。
「妖怪の賢者様よりお話は伺っております。衛宮切嗣様」
流れるような銀色に一瞬目を疑ったが、それが自分の思い浮かべた物とは違うことを確認するとするりと拳銃とナイフを下ろした。だが、思い浮かべたそのものが現れていたら自分は引き金を引けたかと考えてしまった。ここに来てからは自分の弱さを再確認させられてばかりいる、と切嗣は考えを振り切るように頭を振った
「では、こちらへ」
長い廊下をひたすら歩いていく。すれ違うモノは皆無。窓の存在しない長い廊下。全てが自分の常識と食い違う。そんな時間にも終わりが来た。
「ここです。どうぞお入りください」
「ありがとう」
ノックもせずにそのままドアに手を掛ける。傍らの銀色の髪のメイドもそれを咎めることはしない。
そのままドアを開ける。最初に目に飛び込んできたのは桃色のナイトキャップを被った女……少女が椅子に座っている様子だった。ということはその傍らに座る少女たちが今回の協力者と言う事になる。
「……で、そいつが今回の異変の協力者、専門家ってわけ?」
「一応、魔力は感じるけれど普通の魔法使いよりほんの少し多いくらいよ?」
「でも、なんというか、違うのよね。私たちと何かが……」
「でも、この状況で経験者がいるというのは大きいのでは?」
切嗣を見た協力者達が話し始めようとしたその時、凛とした声がその会話を鎮めた。
「静かにしていただけませんか?」
丁寧に尋ねるようで、その中に他人の意思を尊重する気が全く感じられない。威圧感、とでもいえばいいのだろうか。そんなものがこの一室を満たしていた。
「……それでは、自己紹介をさせてもらおう。この大聖杯異変の監督役である衛宮切嗣だ。今回は皆初体験だと思うので、詳しいルールなどはこちらから後ほど説明させてもらう」
全くの嘘である。しかし、直前に飛ばされた念話ではこのように通すという旨を伝えられていた。言い訳をするならばこういう嘘で通そうとした八雲紫が悪い、とでもいえば良いのだろうかと考えたが、その八雲紫も考えあっての行動なのだろうと思うことにしていた。
「それでは皆さんのお名前をお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
「ではこの館の主から名乗るのが筋というものだろう。レミリア・スカーレット。吸血鬼だ」
吸血鬼。血を喰らい、恐怖を喰らい、夜の王とも称される。生きていた頃ならば魔術的に見ても脅威であるそれが目の前に鎮座している。だが、目の前の脅威に対して表情を崩す訳にはいかない。自己紹介を続けるように次へと促す。
「……この紅魔館でメイドをしています、十六夜咲夜といいます」
「パチュリー・ノーレッジ。この紅魔館に、というよりこの地下の図書館に住んでいるわ。魔法は……まぁ、七曜の魔法を使うわ」
「アリス・マーガトロイド。人形使いよ。魔法の森に棲んでいるわ」
「聖白蓮です。人里の妙蓮寺で暮らしています。一応、自分を強くする魔法を使います」
自己紹介も終わり、いよいよ本題に入る。ここから、如何に本質を隠しながらこの幻想郷らしい異変に仕立て上げていくかが切嗣の手腕にかかっている。全員を見渡すと、切嗣はすぐに語りだした。
「まず、この聖杯戦争では貴女達が戦うことはまずないと思ってもらっていい。この聖杯戦争を戦うのはサーヴァントと呼ばれる精霊を呼んで、それを使役して戦ってもらう」
皆の表情は正に「何だそれは」といわんばかりのそれであった。当然と言えば当然だが、切嗣からしてみれば魔術に関われば一度くらい耳にしたことはあるだろう、と思わずにはいられない。
「サーヴァントというのは、簡単に言えば過去の偉人のコピーと言えば分りやすいかな。それを召喚してこの聖杯戦争で戦ってもらいます」
「一つ、質問いいかしら?」
「何ですか?」
アリスが話を遮る形で質問をしてきた。特にこのあと大事なことを言う訳でもなかったのでごく普通の受け答えをしようと切嗣はその質問を許可した。ちなみに大事な流れの場面で聞かれていたら無視してそのまま語り続ける気であった。
「そのサーヴァント、どれくらいの強さを持ってるの?」
「……外の世界の戦闘機、といってもそもそも知らないか。大体、平均的なサーヴァントだとすれば音速で斬り合う程度ならやってのけるだろう。僕たち魔術師の攻撃も通用しない。そもそも存在のレベルが違うからね。そしてそのサーヴァントをサーヴァント足らしめる宝具の効果もある」
場の空気が変わった。飄々とした空気すら感じられていたその空間が、今は緊迫したものへと変わっている。呼吸すら、今の空間では鮮明に見えるほどお互いの緊張は張り詰めていた。
「参考までに聞いておくわ。その宝具、どんなものがあるの?」
「……僕の知っている限りでは、宝具の原典を自由自在に飛ばす宝具だったり、付けた傷が絶対に治らなくなる槍だったり……次元レベルでの攻撃の無力化と治癒能力を持った鞘だったり、色々あるよ」
「規格外すぎて話にならないわ……」
重くなった空気に止めを刺したと切嗣は実感していた。緊迫した空気は砂でできた城のように崩れ去り、残ったのは溜め息のみである。
「とりあえず、説明を先に進めるよ。そのサーヴァントを七騎召喚し、最後まで勝ち残った者たちの勝利になる。僕は今回の聖杯戦争では博麗の巫女たちと共に監督役をする。戦い方は各々が決めて良いし、倫理に反しなければ基本的にはなんでもOKだ」
「もしも、そのルールを破ったら?」
「こちらからの指令と言う形でその人を、最悪殺すことになる。まぁ、そんな参加者は珍しいだろうけどね。それと君たちの右手か左手の甲に出ている赤い紋章、令呪というんだけど、それを使えば三回だけサーヴァントを絶対服従させることができる。使いどころは君たちに任せるけど、上手く使えば危機的状況も乗り切れる。大事に使うことをお勧めするよ」
「……説明は以上? それならば早くサーヴァントの召喚をしたいのだけれど。というより、どうやってサーヴァントを召喚するの?」
パチュリーが手元にメモ帳と羽ペンを用意してそれを聞こうと質問してきた。
「丁度良い。君たち全員に教えておこう。これから言う詠唱は覚えてほしい。これがないと召喚は不可能だからね。それに必要な魔法陣も……」
後は各々が召喚するだけである。しばらくの説明の後、彼女たちは解散し、各々の家へと戻っていった。今宵、七騎すべてのサーヴァントと、それとは似て非なる一騎が楽園へと産み落とされる。
時は満ちた。
草木も、人も、空も、暗く意識を落とす夜。
そんな夜を魔術師は往々にして好むのだろうか、全ての魔術師の召喚の儀式が始まったのは、日を跨ぎつつある深夜の頃であった。
「……降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
祈るように、手繰り寄せるように、一言ずつ紡いでいく。
「
消去の中に退去、退去の陣を四つ刻み、召喚の陣で囲む。簡素でありながら神秘的でもあるそれが徐々に光を帯びていく。
「――告げる。 汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に」
鼓動は速くなる。沸々と血液が煮え滾るのを感じていながらも、ただ続ける。
「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ――」
魔力が暴風となり、木々を揺らし、景色を歪ませる。
「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――」
消えていきそうな意識と視界を繋ぎ止めながら、初めて味わう悪寒と激痛を押さえつけながら、尚も言葉を紡いでいく。
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」
人の身でありながら、人を超越した者たち。
人ならざる力を精霊の域に格上げされた者たち。
願われ、祈られ、その全てを一身に受け光り輝く霊長の超越者たち。
ただ、願いは受け入れられ、幾重にも重なった光の殻を破り、その者たちは幻想の地に産声を上げた。
『問おう。貴方が私のマスターか?』
クリスマスに間に合わなかった……などと嘆いている暇もなく冬期講習に勤しむ惣菜であります。ようやくサーヴァント召喚。長すぎますね……しかし、ここから物語はもっと動いていくはずなので皆様の期待に添えるようにこの駄目作者も全力で頑張ってまいります。
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