『だったらその幻想、貴方自身の手で叶えてみない?』
その声が頭の中に響いた瞬間、切嗣の意識は深い闇の中で目覚めた。己の身体というものが感じられない。だが、確かに意識は覚醒し、どこから聞こえてくるのか分からない声に頭を痛めている。
『僕の理想だと? 誰だか知らないけれど、僕の命はもう終わったんだ。理想は託した。もう思い残すことはない』
声になったか、意思が伝わったかすら分からないが、確かに切嗣の意識はそう考え、意思を示そうとした。すると、それが伝わったようでまた謎の声が響いてくる。
『えぇ。貴方の一生はもう終わった。だけれど、貴方の理想への想いはまだ消えていないはずよ。正義の味方になるという夢が……』
正義の味方。その言葉を聞いて切嗣は謎の声に対して抑えようのない怒りを感じた。
『僕の行ってきたあれが正義の味方の行動だとでもいうのか?』
切嗣の発言に違和感を覚えたようだが、謎の声は止まらずに語りかけた。
『……私は貴方のことをよく知らない、いいえ、「分からない」のだけれど、正義の味方を目指していたことだけは分かったわ』
切嗣はその言葉に対し、違和感を持った。自分の
もし知らないのが本当であるにせよ、今は自分の状況を把握することが先決だと判断した切嗣は謎の声に対してこう問いかけた。
『実を言うと、僕は今自分がどういう状況なのか分からない。ここがどこであるかも、ね。少し説明してほしいんだが』
すると、謎の声はそれが意外だと言わんばかりにクスクスと笑いだした。
『何がおかしい』
『あなた、本当にここが分からないの?』
『見当もつかないよ。こんな場所、僕の記憶の中には存在しない』
『あら、貴方は既にここに来ているはずなのだけれどね? ……五年前に』
「五年前」 それだけの言葉で分かった。
ここはかつて僕が壊した場所。虚像とはいえ、その中身が醜悪なものだったとはいえ、最愛の家族をこの手で屠った場所。
『聖杯の中、なのか……? 有り得ない。破壊のための細工はしたはずだ! あと五十年は!』
『えぇ、ここは聖杯の中。だけどこれは貴方の知っている聖杯とは似て非なるもの。だけど、あの聖杯と繋がっているのは確かよ』
切嗣はこの場が聖杯の中なのだということを理解するしかなかった。先ほど気付いたことだが、この真っ暗な空間には魔力が溢れすぎている。そう、それこそ人を殺すこともできるほどに満ち足りていた。
だが、気にかかる点もある。自分があの時破壊させた聖杯と違うのは分かったが、その聖杯になぜ自分が呼ばれたのか。切嗣はそれが理解できない。そもそも、自分は英霊として呼ばれるには相応しくないだろう。
十を救うために一を切り捨て、百を守るために十を見殺しにし、千を生かすために百を死なせた自分に、英霊としての資格を与えられるわけがない。
結果的に見れば正しいかもしれないが、その行為は正義とはかけ離れている。
良くも悪くも中途半端なのだ。反英霊としても格が足りないだろう。
『いいえ。貴方は英霊としての格を十分に備えているわ』
『なんなんだい? 僕を英雄たらしめるものは?』
そういうと謎の声は一呼吸間を置いてこう言った。
『残されたものの悲しみ。殺されたものの怨嗟』
その言葉を聞いた瞬間、切嗣の中の記憶が燃え上がるように彼を責め立てた。
あそこで自分がやらなければ、悲劇は拡大していた。心は拒絶していた。だが、指は心の悲鳴を無視して引かれていた。
あの場所で助けなければ、僕は救われていなかったかもしれない。だが、彼の人生を狂わせるような理想を背負わせてしまったかもしれない。
その言葉と思い出は救われた彼の心を容赦なく傷つけた。
『……ふざけるな! そんなものが英雄だなんて呼べるはずがない! そんなもの、正義の味方でもなんでもない!』
『えぇ、そうね。でもこれはある意味オマケ。原因は私よ。貴方は聖杯戦争のルールに乗っ取り、英霊として召喚される。これを触媒にして』
そう言って目の前に浮かんできたのは……
『トンプソン・コンテンダーと起源弾だと!?』
『えぇ、確かに貴方のものよね? まぁ聞かずとも分かるのだけれど。これは間違いなく貴方のもの。そして世界からも忘れ去られて私の元へとやってきた』
切嗣はそれに向かって手を伸ばそうとした。いや、自分の身体があるのかすら分からないため、手を伸ばすというよりは強く意識を向けたという方が正解だろう。
『まぁ、要するに私が限りなく少ない英霊としての格を無視して無理矢理召喚しようとしている、ということよ』
彼女の声を聞きつつも、その意識はコンテンダーへと向かっていく。身体があったならば、触れているであろう距離。そして次の瞬間、視界が黒から白へと変わった。
「ここは……」
「貴方の記憶で形成された世界よ。そしてこんにちは、かしらね?」
白を基調とした、清潔感溢れる一室。石造りが目立ち、大きな窓があり、乳児用のベッドが部屋の隅の方に置いてある。ここは……
アインツベルン城だ。と認識したその時、切嗣は自分の身体があることに気が付いた。部屋の隅にある鏡を覗きこんだ。ボサッとした髪、草臥れた黒いコート。死んだ魚のような瞳。そしてコートの下に潜んでいるコンテンダー
カタン、と椅子をずらす音が聞こえた。自分の記憶から椅子があったであろう方向を向くと、そこには金色の髪をした女性が座っていた。肩より少し長めに伸びた髪。全てを見通すような瞳。そして、掴めそうにない人柄が窺えた。
「初めましてね。衛宮切嗣。わたしは八雲紫。妖怪の賢者よ」
妖怪。空想の中でしか語られない存在。だが魔術を学んでいれば、それらから身を守る式神や使い魔などの使い方を嫌でも学ぶ。だが、それにしても人の形をしているとは切嗣は考えられなかった。
「妖怪、ね。もっとおっかないものだとばかり思っていたよ。あぁ、僕の自己紹介はいるかい?」
だが、それが本当のものなのだろうか? ただそう名乗るだけなら子供であろうと名乗ることができる。だが、人の形をしていながら、明らかに人間離れした雰囲気がその発言が真実であると物語っていた。
「いいえ、必要ないわ。さて……もう一度問うわ。……正義の味方として、貴方が生前できなかったことを為すために幻想郷へ来る気はない?」
「……二つ聞かせてくれ。君は僕のどこまで知っている?」
諦めていた夢。それを穢れていない聖杯を使えば叶えることができるかもしれない。その可能性のために、切嗣はその道へ進もうとしている。
「率直に言うわ。私は貴方の名前と夢しか知らない。嘘は吐いていないわ」
「どうやって信用しろと?」
「賢者の名に懸けてこれだけは本当よ。もし違えば……」
そういうと目の前の虚空に手をかざし、その手で何かを開くような動作をした。すると、目の前の空間がパクリと割れ、醜悪な瞳がこちらを覗きこんでくる穴ができた。そしてその中から出てきたのは、小さなナイフだった。そのナイフを自身の手首へと押し付ける。
しかし、切嗣の目にはそれが呪殺系の魔術が掛けられていることが分かった。対象につけた傷を延々と広げていくタイプのものだ。それもかなり強力なもの。前回の聖杯戦争で見たあの宝具と似たようなものだろうが、これぐらいのレベルであるならば、時間を懸ければ切嗣にも解呪できる。もっとも八雲紫はこれをとてつもない曰くつきのものとしか認識していないようだが。
「私は自分の名に掛けて、自害することも厭わない。それほど、私の抱えている問題を解決するために必要な人材なのよ」
紫の目を見るが、恐らく本気なのだろう。彼女が抱えている問題、というものがなければわざわざこんな回りくどいことをせずとも、別の英霊を呼び出しているはずだ。このことについては、信用していいと考えていた。
問題はもう一つの問いだ。
「幻想郷、とはどこのことだ? 僕の記憶が正しければ、日本にそんな愉快な地名はないんだけどね」
英霊のステータスを決定するのはその地における英霊の知名度である。英霊に所縁ある地で、その英霊が召喚されれば、ステータスは飛躍的に向上する。逆を言えば、どんなに素晴らしい力があっても、その力が知られていなければ全くもって意味を為さないのである。
「……幻想郷は忘れられたものが集う場所。失われたものが流れ着く場所。そして全てを受け入れる場所よ。きっと貴方も気に入ると思うわ」
要するに存在が希薄になったものが集まる世界なのだろう、と切嗣は解釈した。それは英霊として召喚されるには不向きな場所であることを意味していた。廃れることがないならば、そのような世界に行くこともない。消えることもない。だが、同時に幻想郷は消えていく物にとっては楽園のようなところなんだろう、という予想もついた。
「分かった。君のその意思、確かに受け取った。なってやろうじゃないか、正義の味方に……」
「なら、今から召喚の儀式を行うわ。貴方も知っている通り、かなり難しく厳しい術式だから……」
この時、切嗣は違和感を覚えた。英霊召喚の魔術は、確かに難しい。だがそれは実力がなければの話だ。目の前にいる妖怪、見ただけでもかなりの強者であることが分かる。それも恐らく切嗣が戦っても歯が立たないくらいには。だが、その彼女がかなり難しく厳しい術式だと言ったのだ。
切嗣は過去に自分の妻であったアイリスフィールに説明したことを思い出した。
英霊の召喚に大がかりな準備は必要ない、と。実際にサーヴァントを呼び寄せるのは聖杯でマスターはサーヴァントを世界に繋ぎ止め実体化する魔力を供給するだけだ、と。
つまりこれは英霊の召喚とは別のものではないか、と疑ったが、足元に水銀によって描かれていく魔法陣は確かに聖杯戦争で切嗣が使ったものと全く同じだった。
「(幻想郷では魔術という存在が希薄だということか)」
「準備はいい? 始めるわよ……」
八雲紫はそう呟くと、目の前の魔法陣の前に仁王立ちした。そして彼女を中心に魔力が渦巻いていく。同じような経験をした切嗣からすれば、懐かしさすら感じるものだった。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。」
身体中を魔力が駆け巡る。身体中に走る魔術回路を、魔力は痛みとして流れていた。魔術師であるならば切っても切れないこの痛みは、妖怪の彼女も味わったことがないのだろう。その痛みは彼女の表情を歪ませるには十分だった。目の前の彼女は今、神秘を引き起こすための部品となりつつあった。額には脂汗が滲み、表情に苦痛の色を浮かべながらも、紫が詠唱をやめることはない。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
最後まで紡がれた詠唱を聞いた切嗣の意識はアインツベルン城の一室から消え去ろうとしていた。
呼ばれている。何かが、何か大きな力が自分を読んでいる。その大きな力へと一歩踏み出そうとした切嗣の耳に紫はこんな一言を残していった。
「呼び出されてすぐで悪いけれど、面倒な人が貴方を出迎えてくれるはずよ。まぁ、閻魔さまと世間話でもして待っててちょうだい。すぐに迎えに行くわ」
閻魔とはなんだ? 面倒な人とは誰だ? 彼女の一言に後ろ髪引かれながらも、切嗣の意識と身体は光となって消えていった。
無事に第二話書き終わりました。違和感がありまくりですが、自分の書いている切嗣はこんな感じなんです。どういう状態なのかを詳しくあげておきました。まぁ、独自解釈ですが……。
①士郎との話のあと、夢を託したが切嗣は自分の夢を諦めることができなかった。
②自分の夢を達成するチャンス(人類が抱える闘争の終了)を聖杯で今度こそ叶えられるからこその行動。
③戦闘能力は最盛期(アインツベルンと契約前)にまで戻っている。しかし記憶はそのまま残っているため、精神面では相違がある。
まぁ、こんな感じなんです……。突っ込みどころ満載ですね……。
意見感想、こうした方がいいだろうというようなアドバイスがあれば感想の方にどしどし書いて下さい。出来る限り実践していきたいと思います。