「……どういう要件でしょうか?」
「まぁ、少しだけ一方的に話させていただくけれど、構わないかしら?」
あの魔術師を集めた談合の裏で、八雲紫の行動は迅速そのものだった。この幻想郷を総べる巫女、博麗霊夢の元へと足を運んだわけだ。といっても、彼女の能力を以てすればその程度は造作もないことだった。この聖杯戦争の舵を取る監督役を彼女らは探していた。実際、それらを確定させるのは非常に容易だ。幻想郷の危機、という言葉は思いの外便利である。この先彼女達を何度奮い立たせることになるか見当もも付かないが。
しかし、今関心を集めているのは他でもない、閻魔、四季映姫の行動の速さである。
既に博麗霊夢との会談を終えているというのだ。尤も、それは本人からではなく霊夢からの証言に過ぎないが。
あちらがどうなっているか、などと考えるまでもない。十中八九上手く回っている。そんな中、八雲紫が対峙しているのは、人里の守護者である上白沢慧音である。
「えぇ、それは構いませんが……」
「なら、今幻想郷が陥っている危機について、話させてもらうわ」
◇
大よその話を聞いて、私の返答は肯定だった。若き者、弱き者、それでも、生きている者がいるこの幻想郷を脅かすとなれば、動かざるを得ない。そして、この要請に従わない理由は何もない。
「しかし、一体それをどうやって行うというのだ?」
「博麗の巫女の下に集い、この戦いを見守り、必要があれば介入する……まぁ、言ってしまえば行き当たりばったり、周りの動き方次第としか今は言えないわ。詳しい話は、また神社で」
「能動的には動けんか……。確かに、何がどう動くのかすらわからないのだから当然か」
私がそこまで言うと、紫はこの場を離れようとしていた。扇子で虚空を一文字に切ると、その後を追うように空間が裂けていく。……これが俗に云うスキマなのか、などと考えている間に、紫はそのスキマの中へと体を投げ入れるように倒れこんだ。開いていたその空間は主を覆い隠すようにそっと閉じた。
「博麗神社か……。村長に言っておかないとな」
そうして簡単な身支度を済ませると直ぐに家を出た。寺子屋の授業も、幸いにも今日は午前中で終えることができていた。
「(今回の異変……決して容易くは終わらない……)」
往々にして悪い予感というのは当たりやすいものだ。
だが、今はその予感めいたその悪い想像を、外れてほしいと祈らずにはいられなかった。
◇
「……紫、なんかすごく嫌な予感がするんだけど」
「流石ね霊夢。大当たりよ……この幻想郷の存亡を掛けた異変が、始まろうとしているわ」
早速本題を放り込んできやがった、などと口が裂けても言うつもりはないけれど、そう思わずにはいられなかった。ここ数日、油断すれば頭の中を『嫌な予感』が埋め尽くしかねない状況だった。
脳裏に浮かぶ、数々の惨劇。
人では決して踏み入れられぬ領域との邂逅。
そして……数々の死。
いつもの異変は、なんだかんだ最終的に大きな問題になっているものから、可愛いレベルのものから様々だったが、今回のそれはもはや今までのものの範疇に収まっていない。重い腰を動かさなければ、それこそ全て、根こそぎ台無しになる。
「――これも、アンタのいう『やばいもの』が入ってきたから?」
「えぇ。――だから、ここから私たちは退けないわ」
なんとも気分が悪くなるような未来を押し付けられて、黙っていられるほど大人しい人間ではないのだ。
「だったら、なおのことあいつら放っておいたら不味いんじゃない?」
「逆に聞くけれど、あの癖の塊みたいな魔法使いの連中を掌握できるとでも?」
私でなくても、きっと無理だ。いや、目の前のスキマ妖怪なら、次元の彼方にでも幽閉してしまえばいいのだろう。問題を一つ上げるとすれば、それで問題が解決するというわけではないということだ。
「今、幻想郷に流れ着いたあるモノのせいで、ちょっとした諍いが始まっているのよ」
「……きっと、碌でもないものなんでしょうね。アンタ原因が分かってるならそいつらちゃちゃっとやっつけてきてよ」
「できれば、そうしたいのだけれどね。それをすれば最悪の場合、人間がいなくなるまで続けなければならなくなるかもしれない」
「……そういう、性質の悪い冗談はよしなさ……、冗談じゃないのね」
「だから、私たちは、どうあっても退けないのよ。戦いからも、使命からも」
――上等よ。そのための、巫女なんでしょう?
顔も見えぬ、分かり得ぬ敵を想い、その双眸はただ、燃えていた。