「問おう、貴様が僕のマスターか?」
その問いに、映姫と小町は答えることができなかった。目の前の存在が、今までに見てきたどんな存在よりも強い存在。腕力や魔力ではなく、一つとして成り立つ存在の強さに驚いたこと。そしてもう一つは……
「貴方、一体何者ですか!? 死者や幽霊でなければこちら側には来れないはずです!」
「あんた、一体どうやってここまで入ってきた!? ここは地獄だぞ!?」
もう一つは、目の前にいる男性が、幽霊としても人間としても反応しているのだ。白玉楼の従者のように生まれるべくして生まれた種族ではないのか、とも疑ったが、綺麗に半分ずつ分かれているのではない。人間が大体を占めていて、霊的な部分は少な目だ。だが、その境目がないのを見て少し顔を映姫は少し顔を顰めた。
「(あぁいうはっきりしないものは苦手です……)」
「いや、済まないね。本物のマスターはどうやらまだ来ていないみたいだ」
「だったら貴方はここにいるべきではないのでは?」
少し棘のある発言に男のほうは少し参ったように頭を掻きながら呟いた。
「これは八雲紫の言う通り、面倒くさそうな……厄介な相手だ。こいつが閻魔か」
その小さな呟きは映姫と小町には聞こえなかったようだ。映姫はこちらを見つめたまま動かない。小町は普通にその男に声をかけた。
「あんた、何者だよ? あんたみたいなやつ、幻想郷では見たことがないよ」
「それはそうだろうね。僕はたった今ここに来たのだから。八雲紫に召喚されて」
「……そうですか。貴方が八雲紫がいう切り札ですか」
「こいつが? 見たところ個としての存在が強いだけで特別腕っぷしが強いわけでも魔法が使えるわけでもなさそうだけど」
「……おい、君は今『魔法』といったのか?」
今までこちらを見つめていた目が、急に力を持った。その目が持つ力に少し気圧されながらも小町は頷いた。
「というより、幻想郷に魔法使いは三人いるよ?」
「……だったら何故だ? 僕よりも優秀な奴がすでにいるのに、なぜ僕をこんなにも回りくどい方法で……」
「で、本当に何なんだあんた? 幽霊でもなければ死人でもない。かといって生きているかと言われれば微妙で、幽霊としての部分も混ざってる。説明してもらおうか?」
切嗣に向けられた視線。その貫くような視線とともに鋭い殺意が伝わってきた。下手な返答をすれば恐らく……殺される。だが、目の前の二人を相手にするという選択肢はない。
「(下手にこちらの身の上を晒すのは拙い。それにもし戦闘になったとして、こちらにある武装は……)」
チラリとコートの内側に仕舞われたコンテンダーに意識が向いた。弾丸は一発のみ。一撃で二人同時に仕留めるのは不可能に近いだろう。いつもなら仕込んであるナイフも、今召喚されたばかりで、肉体を持ったのが今さっきだ。持っている方がおかしい。
「(ここは時間稼ぎをして八雲紫を待つのが最善策、というよりそれしか選択肢がない)」
大人しく目の前の二人の女の機嫌を取っておこう、と切嗣は当たり障りのないように会話を切り出した。
「それよりも、ここはどこだい? ここが幻想郷だとは言われたが、どういう場所なんだい?」
「その前に名前を名乗ってもらおうか?」
ここで下手に名前を隠せば、後々の印象も悪くなる。無理に隠してどうこうなるような状況じゃないため、切嗣はおとなしく名乗っておくことにした。
「……衛宮切嗣だ。それ以外は済まないが答えられない」
「では切嗣。貴方、本当に知らないのですか? この幻想郷がどういう場所かということも知らないのですか?」
「あぁ、何も知らな「ダウトです」……何を根拠に? まさか超能力だ、とか言い出すわけではないだろう?」
切嗣からすればほんの一言。たった一言。嘘を吐くのが得意だという自負もあった。だが、その一言を彼女の、いや、彼女の能力は見逃さなかった。
「ところが残念。映姫様の能力はそういうのを相手にするには丁度良い能力なんだ」
「そう、貴方の発言の嘘は私の『白黒はっきり付ける程度の能力』で見抜かせてもらいました。貴方、なぜ今嘘を吐いたのですか?」
そんなものがあるのか、と声を荒げたくなった。だが、実際に嘘を言ったのは事実。目の前の二人からの印象はかなり悪くなっただろう。その証拠に、切嗣へと向けられる視線が更に鋭く、重いものになっている。
もう誤魔化してどうにかなる相手ではない、というのは頭の中で理解していた。それ故、この発言がある意味切嗣の実のところの本音であることは映姫と小町の二人も理解していただろう。
「……目の前の何も知らない
だが、その発言は拙い、としか言い様がなかった。
その一言で、元々辛辣だった場の空気が一層冷たくなったことは想像に難くない。
「今、なんと仰いましたか? すみません、よく聞こえなかったのですが」
「……え、映姫さま? 抑えて抑えて……」
「聞こえなかったならそれでいいさ。もう一度言ってやる。貴様に話す必要はないと「残念、ここまでよ」……ずいぶん遅かったじゃないか。妖怪の賢者様?」
正に一触即発。その凍りついた空気に差し込まれたのは、大人びた麗しくも妖しくもある女性の声。
天井の中心にスキマを開き、上半身のみ現れている。その様子を切嗣は不気味そうに、映姫と小町は面倒くさそうに見ていた。
「切嗣、貴方には言ったでしょう? 世間話でもして待っていなさいと」
「だからこの世間知らずに当たり前のことを教えていただけさ。子供が大人の仕事に首を突っ込むなと」
「……貴様、少し口が過ぎるようだな? 本来なら生前の行いを見たり、本人からの話を聞いて判決を下すのだが……。もはや貴様が生者であろうと関係ない。地獄に直行させてやる。私自身の手で、な」
映姫は裁判官席から立ち上がり、切嗣の方を見ると、懐から一枚のお札を取り出した。そしてその札に描かれた紋様を指でいじくり始めた。
「え、映姫さま!? いくらなんでも武器も持っていない相手にスペルカードなんて使うわけ……映姫様、地味に非殺傷設定外そうとしないで下さいよ!」
小町はその様子を見てギョッとした。映姫は本当に切嗣を殺すつもりなのだ。その証拠に……
「離しなさい! 小町! あそこまで言われて引き下がれるものですか! オンナまでなら我慢のしようがありましたが、子供と言ったんですよ!? 胸が小さいのも、身長が小さいのも気にしてるのに!!」
「映姫さま、容姿のことを気にしてるのは分かります! それを言われて傷つくのも分かります! けど殺すのは流石に拙いですって!」
「……閻魔様。すこし落ち着いて下さい。これは幻想郷、いいえ、外の世界の平和もかかっている問題なのです」
その言葉を聞いて、映姫の握りしめていた拳から力が抜けたのが分かった。公私混同をしない、という映姫の人間性に切嗣は少し感心していた。公私混同、いや意思が弱くなるという所に少なからず覚えがあるためか、その態度には好感が持てた。
「今回きりですよ。八雲紫」
「寛大な処置、感謝いたします。閻魔様。……それでは本題に入りましょうか
そこまでいうと紫は言葉を切った。そして数秒もしないうちに、部屋中に魔力が溢れだした。恐らく、この部屋の中に結界のようなものを張ったのだろう、と切嗣は推測した。
「この話は、他言無用で……もっとも、隠すのは最初の内だけですのでご安心を。この幻想郷が直面している危機をどうするか。それは今、ここにいる衛宮切嗣が希望といってもいいでしょう」
「ちょっと待った。ここには魔法使いがいるそうじゃないか。僕の世界には五人しかいない。この世界にいるのであれば、そちらを頼ればいいだろう。第一、そんな人がいるなら、僕の召喚はその人が行えばよかったはずだ」
「ちょっと、何か勘違いしてない? 貴方の言う魔法使いと、こちらにいる魔法使いは、おそらく違うものよ?」
「まさか……僕の世界では「外の常識はこちらでの非常識だということよ」……じゃあ確認しようか」
一瞬間を置き、切嗣が話し出した。
「僕の世界の魔法の定義は『現代の如何なる技術、資金、時間をかけても実現不能な正真正銘の奇跡』、そして魔術は『時間、資金に制約がなければ再現可能なモノ』のことだ」
「……なるほど。確かに貴方が言う魔法使いがこの世界にいるなら、その人に頼むのがよさそうね。だけど、この世界の魔法使いは皆あなたの言う魔術師の括りに入るわ。それに一人は未熟もいいところよ」
「そうか。ところでだ、僕はそこの二人の名前は分かったんだけど、どういう人間か、どういうことができるのか。それが知りた「その前に切嗣」……なんだい?」
言葉を遮られた切嗣は面倒くさそうに紫の方を向いた。
「私は貴方の名前と夢しか知らない。経歴も、技量も、その志も分からない……話せる範囲でいい。話してはくれないかしら?」
「……語れるほど、綺麗なものじゃないよ。僕の生涯は」
今の顔を鏡で見たならば、切嗣はどんなに情けない顔だろう、と自嘲を零すであろう。そして、そんな表情をする切嗣を見て、紫たちが少し驚いたのもまた変わらない事実であった。その表情を見て紫たちが分かったのは、ただ彼の過去が程度がどのようなものであるかはさておき、暗いものであるということだけだ。
「……そんな表情するのね、貴方。でも、これは貴方を知るために必要なこと。貴方との連携がなければ恐らく幻想郷は壊れてしまう。だから語ってちょうだい」
その言葉に更に悲しそうな表情を浮かべた切嗣はふと思い出したように映姫の方を見た。
「な、なんです?」
「君は閻魔なんだよね? だったら丁度いい。君も持っているはずだ。浄玻璃の鏡を。それで僕の過去を見てもらった方がいい」
「分かりました……。衛宮さん、こちらに」
懐から取り出した浄玻璃の鏡に何かを唱えると、浄玻璃の鏡は独りでに宙に浮いた。その目の前に切嗣は立った。
「貴方の記憶全てが映し出されます。良いですか?」
「…………あぁ、構わない」
「貴方のトラウマであるものも映し出されます。良いですか?」
「それは問題ない。もう慣れている」
詭弁だった。何度も夢に見て、魘され、胸を締め付けられるような後悔に悩まされてきた。だが、知らなければならない事実のために、彼は首を縦に振った。
「……では、貴方の生前の記憶の再生を開始します」
また映姫が鏡に向かって何言か呟くと、何も映っていなかった鏡に、徐々に光が差し込んできた。
切嗣の重く暗い心も知らずに……。
はい。なんとか幻想入りしましたね切嗣さん。ここまで長すぎましたね。もう少し端折れてもいいはずなのに、この駄目作者は……。まぁ、そんなこんなでも、投稿できたのはよかったです。生暖かい目で応援していただければ嬉しいです。
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※作者が馬鹿すぎるせいでテスト勉強にかなり集中しなければいけなくなりました。更新は来週の月曜日以降になりそうです。本当に申し訳ありません。