幻の理想の果て   作:惣菜

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第六話 代償と契約

小野塚小町はその職業故に、周りの皆より人の辛いものを見ているという自負があった。

 

三途の川の船頭をしていると、様々な魂と話すことがある。ひたすら前世の行いを後悔するもの、嬉々として己の罪を語るもの。そういうものと話しているからか、周りの死神と比べても、そういうものには耐性があるつもりだった。

 

そんなものは、一瞬にして崩れ去った。

 

誰よりも純粋で、誰よりも必死だった彼の生涯は、それこそ正に地獄であった。

 

自分が今まで見てきたどの魂よりも、純粋な意思を持った彼の人生にあった救いがたった一つ。ただ一言、嗚咽しながら一言。

 

「あんまりじゃないか……っ……!」

 

 

 

 

四季映姫はその立場故に、辛い判断をしなければならないことがある。

 

救ってあげたい魂にも、己の能力と規律の下、厳正に裁いてきた。そこには一種の自信があった。どんな魂であろうと、自分は正しく裁くことができる、と。

 

しかし、彼の生き様を見てその自信が、感情の前に揺らがないと言いきれる自信はどこにも残っていなかった。己の能力は十中八九、彼の人生に対して『黒』という結果を弾き出すだろう。

 

規律という基準の前では、己の能力も意思も抗い様のないものだ。

 

だが、そこには説明し難い理由が存在していた。その死で確かに多数の人が生き残っているのだ。

 

「(規則で割り切れない、というのがここまで辛いことだとは思いませんでした……)」

 

 

 

 

八雲紫はその理想故に、彼の一生と夢に絶望していた。

 

長い時間を生きてきた彼女にとって、悲劇は幾度となく訪れるものであった。理不尽なものも、必然としか思えないものももあった。

 

それら一つ一つに絶望していたのでは己の理想へは届かない。

 

それらを一つ一つ拾い上げていてはいつか溢れてしまう。

 

だから、彼女はそれらを無視したといってもいい。

 

だが、悲劇に全く心が揺れないといえば嘘になる。目を向けていないといえば間違いになる。妖怪である前に、感情がある生物なのだ。過去に見てきた同じような人間たちのことを思い出した。チクリと脳内を刺激する記憶。その中で見た表情を思い出した。そして呟いた。

 

「これが、正義の味方だというの? ……たったこれだけが、救いだというの?」

 

「……そうだ。これが君たちの求めた正義の味方だよ」

 

ただ、それだけが救いだったか。それに切嗣は答えることができなかった。その表情を見て小町は声を荒げた。

 

「貴方は人を殺して何とも思わなかったの? 何でああも簡単に引き金を引けた!?」

 

「……それが僕の持っていた素質だからだ」

 

「何とも思わなかったのかと聞いているんだ! 父親を、母親同然の人を……奥さんと娘さんを「何も思わないわけないだろう!!!」……」

 

「父があんな実験をしないと分かっていれば、喜んで逃げたさ。あの飛行機が着陸しても何も問題がなければ、全力でサポートした。僕があの聖杯に願って、本当に世界が平和になるのなら僕はあそこで願っていた」

 

「……でも、そうじゃなかった」

 

映姫の呟きに切嗣は首を縦に振った。

 

「そう。あそこで父を逃がせば第二第三の被害者が出ていたかもしれない。あの飛行機が着陸したら、都市を一つ、屍食鬼の巣窟にすることになるかもしれない。……あの聖杯に願っていたなら、人類の滅亡という形で実行されてしまう。これは絶対だと言い切れるよ」

 

「そんな酷いことって……」

 

小町は小さく呟いた。その呟きを切嗣は聞き逃さなかった。問い詰めるように、切嗣は言った。

 

「外の世界が平和だとでも思っていたのかい? 外の世界はどこでも争いに満ちている。僕の経験した悲劇だって、言ってしまえば世の中の数ある悲劇の中のほんの一つでしかない」

 

切嗣の表情は憤怒と悲嘆に満ちていた。切嗣はかつて契約した剣の英霊を思い出し、更に表情を歪めた。

 

「そして、戦いは地獄だよ。何時の時代もだ。歴代の英雄は、戦争の中に正邪があると説いて、さも戦場には尊いものがあるように演出してきた。その戦争で流れた血を省みずにだ。その台詞に惑わされて、どれだけの人が血を流して死んでいったと思う? ……あそこは、掛け値なしの地獄だよ」

 

「この幻想郷には戦いにルールがある! それは人と妖怪が平等に戦えるようにするためだ!」

 

小町は涙を流しつつも、激しく声を上げた。今までの自分たちが行ってきた勝負が、いや争いそのものが悪だという彼の言葉に対して激しく憤った。だが、感情ばかりが先行してしまう。感情のみが乗った言葉では、切嗣の心には掠りもしない。

 

「なら君は、この聖杯戦争でもそのルールが守られるとでも思っているのか?」

 

「あぁ、守られるはずだ! ここは幻想郷で、幻想郷には弾幕ごっこがある!」

 

「僕の過去を見てもまだそんなことが言えるなんてね……。それは考えなしの、ただの理想論だよ。理想論がその通りに叶うなら、人類の歴史に一度の流血もなかったはずだ」

 

その言葉を発した切嗣の目に輝くものは、やはり悲しみだった。

 

小町はその言葉と切嗣の目を見て、確信してしまった。

 

彼と自分の意思は恐らく二度と交わることがないのだろう、と。そして無性に悲しくなった。彼女の普段の様子を知る者ならば、今の彼女の表情を見て驚愕するだろう。ただ、悲痛な声を上げながらその場に蹲る。

 

映姫は蹲って泣いている小町に歩み寄り、その震える肩に手を掛けながら切嗣に話しかけた。

 

「衛宮切嗣。貴方はこの幻想郷でどのように過ごすつもりですか?」

 

「僕はあくまで使い魔(サーヴァント)だからね。この幻想郷で起きる聖杯戦争に参加するマスターの意思に従って戦うことになる。それより、こちらからも質問させてくれ」

 

「……どうぞ」

 

「八雲紫。君はこの聖杯戦争で使われる聖杯が、あの第四次聖杯戦争で使われた聖杯と繋がっている(・・・・・・)と言ったな」

 

「えぇ、言ったわ。具体的に説明するならば、聖杯戦争で壊された聖杯の欠片がこの幻想郷に流れ着いて、ある霊脈の中で別の聖杯として形を持ってしまったの」

 

少しの間を置いて切嗣は続けた。

 

「八雲紫、君はその聖杯に何を願うつもりだい?」

 

「幻想郷の平穏を」

 

その言葉を聞いて確信めいたように切嗣は言った。その言葉は紫も予想できていたものであり、また最も聞きたくなかった言葉だった。

 

「……それをその聖杯が聞いたら、恐らくこう言うだろうね。 『幻想郷を脅かす可能性のある外の人類をすべて滅ぼそう』 と。僕はそんなことを許すことができない」

 

「あれは確かに存在してはいけないものだけれど、欠片が基盤になっているのならその呪いも少ないのではなくて?」

 

「この狭く区切られた世界ではその少量の呪いが拙いんだ。それに、僕は外の世界の聖杯に少し細工をしてきている。その聖杯から、無理矢理に押し留められた呪いが流れ込んでいてもおかしくはない」

 

「……なら、どうすればいい? 他に方法があるというの?」

 

「あるさ。その聖杯にサーヴァントの魔力が注がれる前に封印するか、サーヴァントがその呪いを飲み込むか、だ。まぁ、できればの話さ」

 

「サーヴァントの魔力が注がれる前に封印、とは?」

 

「サーヴァントを一騎も死滅させないということだ。無理だ、とは言わないが難しいだろう? バーサーカーのクラスに召喚されたサーヴァントが、あのランスロットのようにマスターの命令を無視しないと言い切れるか? もしそうなれば、君たちは全力でマスターもサーヴァントも始末しようとするだろう? だが、君たちで勝てるか?」

 

沈黙。浄玻璃の鏡に映っていた英雄たちは強い。剣の一振りで大気を抉り、槍の一突きで鉄塊を穿ち、弓の一射で地形を変えてしまう。

 

そして彼らは感情を持っている。一癖も二癖もある人物ばかりだ。それを御するにしても、立ち向かうにしてもかなりの力がいるだろう。

 

そして何よりも強力無比な宝具の数々。英霊を英霊たらしめるそれは正に圧倒的な力で敵を捩じ伏せるであろう。

 

その英雄たち相手に幻想郷の住民はあまりにも無力だ。

 

強大な力を持つ鬼も、バーサーカーが相手ではその圧倒的な暴力の前に屈するだろう。

 

いくら弾幕ごっこが強い人間がいても、アーチャーの前ではただの動く的でしかない。

 

圧倒的な速さを持つ天狗も、ランサーとは端から勝負にならないだろう。

 

膨大な知識を持つ魔法使い達でも、セイバーには傷をつけることもできないだろう。

 

全員が協力し、全力で立ち向かおうというのならばまた話は変わってくるが、それはまずない。

 

そして、良くも悪くも幻想郷の住人は人間よりも遥かに――サーヴァントと比べるのは別として――強いのだ。高望みをしなければ、周囲との関わりを絶っても生活していくことは十分に可能である。

 

そして同じように強い誇りを持っている。己が一個人として成り立っているというのは他ならぬ誇りがそうさせるのだ。誰にも負けない、劣ることはない。一人の人間、妖怪として確立されたそれは正にその個人らの原動力そのものと言っても過言ではない。

 

今回に限ってはその強さと誇りはただの枷でしかなかった。全員が同じ目標に向かって行動する、というのは彼らの性質上、ほぼ不可能なのだ。

 

仮にできたとしても、それで倒せるのはアサシンである切嗣とキャスター、よほど弱く召喚されたライダー程度のものだろう。下手をすれば、マスターによる攻撃で訳も分からず全滅――死ぬ訳ではないにしても――ということにもなりかねない。

 

張りつめた沈黙の中に声を落としたのは、妖怪の賢者だった。

 

「……不可能、ね。ならもう一つの封印しか選択肢はないんじゃないの?」

 

その言葉を待っていたかのように、切嗣は答えた。

 

「あぁ、そうだ。そしてそれは僕の目標でもある」

 

「だけどそれは、ほかの英霊にとっては許容できない目標でしょう?」

 

その通りである。生前叶えられなかった願い。それを叶えることができるのは、この聖杯戦争のみなのだ。英霊の座から呼ばれるチャンスも、次はいつ来るか分からない。血眼になって己が願望を叶えようとするのは当然の道理だろう。

 

「あぁ。だからこれは僕が一人で目指さなければならない目標、いや目的だ」

 

「無理よ。提案しておいてこういうことを言うのは間違ってるとは思うけど、それはあなた一人への負担を考えても不可能よ」

 

「それをどうにかするのが僕の仕事だ。今までだってそうだった」

 

その言葉を聞いて、それを容易く看過できるわけがない。

 

だが、切嗣の行動を止めるほどの説得力を持つ言葉も、計画も、持ち合わせてはいない。

 

彼の行動に対して口を挟むことができるほど、彼のことを理解したわけでも、その決意を揺らがせる意見を持っているわけでもない。

 

何も知らなかったのだから。

 

そして、理解しようとしないのだから。

 

「……分かったわ。貴方の言う通り、私たち(・・・)は貴方に協力する」

 

「……八雲紫、私は貴方に協力する、と申し出た覚えはありませんよ?」

 

小町は映姫の言葉に同調するように、鋭い目線を切嗣と紫へと向ける。

 

「構わないよ。君たちがいなくても、僕は僕のやるべきことをこなすだけだ。恨みを持ったまま一緒に来られても、後ろが怖くて仕事ができないからね」

 

「……切嗣、少し黙っていなさい」

 

「……じゃあ僕は、法廷の外で待っているよ」

 

そう言って重厚な木の扉を押し開けて、切嗣は出て行った。

 

「さて……閻魔様、そして死神の。これは幻想郷の危機なのです。彼の信念に納得できなくても、彼の行動が気に入らなくても、現時点では彼だけが、我々の希望と言ってもいい」

 

全てを見通してしまうような紫の視線に対し、映姫は困惑の色をその目に映していた。

 

「私は構わないのです。寧ろ解決策があるというのは望ましい。ですが、小町がこの様子では……」

 

「いえ、大丈夫です。映姫様が心配することじゃありません」

 

苛つきの籠った声を聞いて映姫は少し表情を暗くし、紫はその表情を柔らかいものに変えた。

 

「そう。なら良かったわ。……本当に危険な戦いになるだろうけれど、この戦いに勝利すれば全てが解決するはずよ」

 

「具体的にはどれくらいの期間になりますかね?」

 

「私の予想では、比較的短い期間で終わるはずよ……長く見積もっても一月ほど」

 

その言葉を聞くと、小町は傍らに置いていた鎌を肩に担いだ。やはり、死神と名乗るだけあって、鎌を担ぐその姿は表情が暗くともその体を為していた。だが、映姫から見ればその雰囲気や表情は普段の彼女とは比べようのないものであり、不安を感じずにはいられなかった。

 

一方の紫は、小町の発する空気を肌で感じ、それを好ましく感じていた。辛辣で不愉快な空気。行き過ぎればそれは判断を鈍らせ、己を殺す毒になるが、今の小町にはそれが必要であると再確認した。

 

「(いつもの腑抜けた彼女では、この戦いで命を落とすことも考えられたけど……あの様子なら安心して任せられる)」

 

「それでは映姫様、妖怪の賢者様、私はこれで失礼します」

 

荒々しく扉を開け放つと、小町はそのまま能力を使い法廷から飛び出していった。

 

「……八雲紫よ、一つだけ聞いておきたいことがあります」

 

「何かしら、閻魔様?」

 

「この聖杯戦争、本当に勝てるのでしょうか?」

 

浄玻璃の鏡で見た英霊たちの凄まじい力。あれを目の当たりにすると自分たちがこの戦争に勝てるかどうか……否、生き残ることも難しいのでは、と不安に感じてしまう。

 

「……正直に言えば、私たちはこの聖杯戦争に勝つ必要はない。聖杯を封印し、幻想郷に平和を取り戻す。……これが私たちの聖杯戦争」

 

「そうですか。……分かりました。この聖杯戦争の終結、幻想郷の平和のためにお手伝いしましょう」

 

その一言を聞くと、紫は満足したように頷きスキマを開きその中へ歩いていった。

 

「この聖杯戦争……いいえ、私たちの戦争。必ず、勝ってみせる」

 

その呟きは誰の耳にも届くことはなかった。

 

しかし、その意思は何よりも固く紫を突き動かしていた。




はい。夏休み一回目の更新です。学生である自分には時間が余りあるこの状況、夏休み中に最低でも四回は更新したいです。

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