幻の理想の果て   作:惣菜

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今回はオリキャラ登場回となります。苦手な方はご了承ください。また、オリキャラに関する感想をもらえるととても嬉しいです。それでは第七話、お楽しみください。


第七話 侵入者と追跡者

――日本 とある山村――

 

日に数本と、多くない回数で運用されている路線バスはその本数が示す通り、少ない乗客と恰幅の良い運転手を乗せるのみであった。都市中心部から出たバスは高速道路を降り、廃れた農村へ向けて走っている。道は舗装されたコンクリートから徐々に荒れた道へと変わっていた。そこだけを切り取って見ていると、まるで時間を遡っていると錯覚してしまいそうになる。

 

左隣の空席に大きなバッグを置き、その男は窓の外を眺めていた。ここ一時間、外の景色は常緑樹による緑と落葉樹の茶色の二色が移り変わるのみであった。変わってると言えるのは色の配置と足元の道路の様子のみであり、非常に寂しい移動風景である。

 

「あぁ、そこのお兄さん」

 

長い旅路による疲れと変わり映えしない風景による退屈に負け、俯きながら眠ろうとしていた男に別の乗客が話しかけた。顔を上げて見てみるとかなり老け込んだ男であったが、その表情は珍しいものを見つけた少年のようなものだった。

 

「……あ、俺ですか?」

 

「そうそう、君だよ君。そんなに若いのにどうしてこんな何もない田舎行のバスに乗ってるのさ? 社会人なら仕事だってあるはずだろう?」

 

手首に巻いてある最近流行のデジタルの腕時計を見れば、「Mon」という文字が点滅している。平日、更に言えば誰もが来てほしくないであろう日。月曜日であることを示していた。

 

「えぇ、まぁそうなんですが……何というか、仕事を続けていく自信もなくなっちゃって、本当に今のままでいいのかなって。それで、落ち着いた場所で考えたくなったんです。自分の答えを」

 

その青年の申し訳なさそうな表情を見て、年寄りの男はからからと笑った。

 

「若いねぇ。悩むっていうのは……。今の世の中大変だよなぁ、そりゃ。でも、君みたいに悩めるっていうのは素晴らしいことだよ。そうやって悩めるのは、見当違いな迷い方をしてる奴か、本当に自分のことが分かろうとしてる奴だけだよ。それ以外の奴は、他ならない自分の声に気付かないのさ」

 

「そう……ですかね」

 

「そうだよ。まぁ、悩める奴はそれだけ考えてるってことさ。悩め悩め! あそこは静かだし、確かに考え事するには良いところだよ。で、その荷物の量を見ると泊まりで来たのかい?」

 

「えぇ。会社には体調不良で休む、と伝えてきたので。久しぶりの休みですよ」

 

若い方の男は自分の脇に置いてある荷物を軽く叩き、にこやかに表情を変えながら言った。

 

「そうかい。それじゃあゆっくりしていきな」

 

「はい、そうさせてもらいます」

 

そういうと壮年の男は窓の外を眺めながら鼻歌を歌っていた。その様子を見て、話しかけられた若い男は今までの話を聞いて純粋に感心していた。

 

過去の自分に照らし合わせ / 今の自分と照らし合わせ

 

それが己に欠けていたものだったと理解し / それが己に必要なものだと理解し

 

機械的な思考と、人間的な思考が組み合わさっても、やはりこの壮年の男の言う事は大事なことであり、人生で大事にすべき教訓と若い男は理解した。

 

そして男は同時に罪悪感を感じていた。壮年の男が心配するように、自分は職業を持っているわけではないのだ。その男が言ったような悩みを持ち合わせている訳でもない。彼は迷いもなければ未練もなく、これから先のことに対する不安も不満も持ち合わせてはいない。

 

言葉にするならば、目的への道筋とその過程を完全に理解している、と言えよう。

 

そんな男の見た目はその意思とは対照的であった。少し暗い表情にボサボサとした黒い髪。厚手の黒いカーディガンに、黒いワークパンツ。全身を黒で統一した地味の代名詞のような状態であった。

 

そんな彼がこのような行先の分かり切っている、行く先など一つしかないバスに揺られているのには理由があった。もちろん、それはこの優しい壮年の男は知り得ないことではあるが。

 

更に三十分、悪路に車体を揺らされながら――その振動に睡眠を邪魔されながら――彼は目的地である農村へ着いた。

 

「それじゃあ、私はこれで。もし宿がなければ家に来なさい。町役場のすぐ隣にある農家だから」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 

 

この地に降り立つその若い男――空蔵創也は――魔術師であった。

 

 

 

   ◇     ◇     ◇

 

 

「……もうそろそろだろうな」

 

陽は既に周りの山の陰に隠れ、わずかに漏れ出る光のみが辺りを照らしているのみであった。

 

そんな辺境の地に、空蔵創也はいた。

 

バスを降りた創也は農村へ留まることなく、山奥へとその足を進めていた。

 

肩には大きな、それこそ人を入れられるような大きさのショルダーバッグを背負い、右手には地図を、左手には方位磁石を持ちながら道なき道を進んでいく。その表情は決して明るいものではなく、ただ目標へと邁進する兵士のようであった。

 

その足はひたすら山の奥へと進んでいく。地元の人間でもここまで入ることは滅多になく、そこに何があるかも分からない。それほどに木々は生い茂り、道は雑草の中に埋もれ人の行く手を阻んでいた。

 

蛇足かもしれないが、この空蔵創也がどういう人間なのかを説明しておこう。

 

魔術師の家系である空蔵家の次男としてこの世に生を受け、兄とともに魔術師としての修業に明け暮れる少年時代を送っていた。人形使いの家系に生まれた者として、魔術師に必要な技能を着実に身に着けていった。兄は優秀な魔術師であった。とりわけ、兄は家族の中でも珍しい才能を持って生まれ、その才能に興味を持った魔術教会は兄を魔術を学ぶ者の総本山、倫敦の時計塔へ直々に招いたほどだ。

 

一方で弟である創也は兄の代わりに当主としての教育を受けた。優秀ではあったが、兄と比較すればその技量も才能も取るに足らないものであった。そんな彼が役に立つのは、兄に掛かる負担を減らすことくらいだった。家族曰く「お前は兄の代用品なのだ」「兄が安心して勉強できるように」とのことだったが、そのことに別に不満はなかった。魔術師の家系はそういうものだということも理解していたし、むしろ優秀な兄の代わりをさせてもらえる、ということにある種の達成感を得ていた。

 

自分は周りに必要とされている、という達成感は彼を当主としても魔術師としても意欲ある素晴らしい人間へと成長させていった。

 

しかし、他者から与えられる達成感による成長はすぐに頭打ちとなる。当然といえば当然だが。

 

結局、兄と比べても不出来であるということは仕方がないにしても、その成長のストップにはそれなりの危機感は抱いていた。兄のように大成することはなくとも、せめて一族の魔術を修めて己の研究へと繋げていきたい。

 

己の存在意義は兄の代用品であることだけなのだろうか。

 

己の意思や感情などは無意味でしかないのだろうか。

 

しかし、そこで己の価値観を変えるとてつもない解答を見出した。否、その解答に至る機会があったというのが適当だろう。

 

人形使いの魔術師ならば、というより魔術師を目指すものならば一度はその名を聞いたことがあるだろう。

 

蒼崎の名を。蒼崎という魔法使いの家系の名を。

 

そしてその蒼崎の名を持ちながら、『青』を継承できなかった蒼崎の片割れの名を。

 

蒼崎橙子。それが彼の価値観を変える、いや彼の豹変ぶりを見れば、彼女は正に爆弾であったといえよう。

 

『魔術師当人が最強である必要はなく、最強のものを作り出せばよい』

 

かつて時計塔で学んでいた兄が一度だけ倫敦へ招待してくれた時に、彼女と出会い、この持論を聞くこととなった。彼女の卓越した技術にも驚いたが、己ではなく他の物で補うという考え方は兄の代用品であるとしか考えていなかった当時の彼には強く響いた。

 

己という弱者を補うための強い人形。

 

空蔵創也という代用品(レプリカ)実物(オリジナル)へと昇華させるもの。

 

その一方で、自分が最強でありたいという思いもあった。思ったより、彼は傲慢だったのかもしれない。男の性、というものかもしれないが、それを捨てることはできなかった。

 

だが、結果的にその傲慢さによって生まれた技術は彼を封印指定の魔術師にまで成長させた。

 

己という弱者に強者の部分を組み込めば。

 

己という弱者を強者へと成長させることができるのではないか。

 

だとすればこの身体を道具として組み替えてしまえば、人形使いが人形を作るように、道具を作るようにこの身体を組み替えてしまえば最強になれるのではないか。

 

そして、あくまで己が最強でありたい、という希望を満たすことができるのではないか。

 

これらの思考から生まれた信条。それは彼の今まで隠れていた才能を目覚めさせた。

 

『あくまで最強は己。周りの道具はすべて己を最強に導くもの。その道具は己自身も含まれる』

 

そうして作られた第二の身体は正に強者というに相応しい能力を持っていた。だが、彼はそれで満足することはなかった。

 

己に必要なものを限界まで取り入れ、不必要のものを限界まで除外し、極限まで効率を求め改良し、それらが調和するような人形を追い求め、作り続けた。己の身体の代用品となるものを考え、その役割を最大限生かせるような機構なども研究した。そして生まれたものは、本人の能力を遥かに凌ぐものだった。

 

そしてそれは決して人の範疇から外れることのない外見をしていた。

 

己の身体を代用品に置き換える。部品として考え、代用品を選び出し、最適の形に組み替える。その一点においては兄よりも優れていたといえるだろう。事実、兄は封印指定の魔術師になることはなく、弟である空蔵創也はこのような形で封印指定の魔術師になれたのだから。

 

ところで、大多数の魔術師の目標は『根源への到達』である。アカシックレコードなどと呼ばれることもあるそれは古今東西全ての魔術師の夢であり、魔術師の家系によってそれぞれ到達の方法が異なっていると考えられている。考えられている、というのは根源に到達した魔術師が他の人にそれを伝えることができないからである。具体的に説明するならば、根源に到達するとこの世界に存在することができなくなるのである。

 

閑話休題。空蔵創也も魔術師の一人として活動するからには、根源への到達を目標として活動している。

 

「やはり、忘れられた地(・・・・・・)を目指す、というのは一筋縄ではいかないようだな」

 

創也がその方法として選んだのは、『別世界への移動』だ。

 

ただ別世界へ移動するのではない。元々この世界に存在した、かつて存在したであろう(・・・・・・・・・・・)世界への移動。それが根源へ至る方法だと考えていた。

 

しばらく歩き続けると、手元の方位磁石に変化が表れた。今まで東をまっすぐ指していた針が突然力を失ったのだ。歩行による小さな振動にもその針は軽々と振り回されている。

 

心なしか呼吸が落ち着かない。脈拍も早くなっている。目の前の目標に対して興味と興奮を抑えられない。

 

目の前にある、少し手を伸ばせば届く魔術師の神秘。それを前にして、魔術師である空蔵創也は興奮を抑え切ることはできない。

 

「落ち着け……今の俺に必要なものは、冷静な判断力……」

 

だが、その興奮によって目標を逃そうものなら、一生悔やみ続けるだろう。そう呟くと乱れた呼吸も、早くなった脈拍も段々と元の形へと戻っていった。否、ピタリと止まったと言ってもいいだろう。己の心拍と呼吸を確認すると、創也は機械じみた口調で呟いた。

 

確認(チェック) / 接続(リンク) / 感知(センシング)

 

その呟きとともに、彼の目は淡い光を纏っていた。自分の身体を機械として扱うことに長けた創也だからできるこの魔術。実際には結界に対する認識力を上げる魔術を膨大な量に増幅して行っているだけなのだが、普通の人間の目では発動した瞬間に魔力に耐え切れずに目が破裂しているだろう。

 

そうして作り変えられた目で空蔵創也は見つけることができた。常識と現実に守られた、非常識と幻想の境界。膨大な大きさの神秘を目の当たりにして、またしても心拍はその歩調を早めていく。

 

「まだだ……。まだ認識しただけだ。喜ぶのは、後でもできる……」

 

ここで焦れば、全てが無駄になる。発見できたのは結界が存在する、ということだけだ。結界の規模の全容を把握し、そこに自分を組み込む。そうすることで、初めて「向こう側」へいける。

 

認識(チェック) / 操作(アクション) / 解明(リザーブ)

 

燃えるような鈍痛が身体を走っている。だが、今の彼にとってそれはただの電気信号でしかない。苦痛を感じる器官も今の彼の身体には存在しないのだ。

 

そんな彼の目は更に一層強い光を放っていた。本来ならこんな詠唱は必要ないのだが、今回は目標が目標なのだ。万全を期すために必要なものと割り切って、ただひたすら唱える。確実に近付いていく。

 

忘却(オブリビオン) / 部分(セクション) / 侵入(レイド)

 

単調な言葉による単調な作業が最も効率良く、目標へ進んでいく方法である。それを知っている創也はただ紡ぐ。ただ貪欲に、己の望みを掴むために。

 

……先ほどの詠唱が最後である。後は勝手に結界の方が呼びつけてくる。その呼び掛けに逆らうことなく自然に受け入れれば、次に見るのは自分が追い求めた景色になるはずだ。

 

……周りの木々が、風景が淡く光り、山の影へ消えたはずの夕日が脳裏をチリチリと焼く。懐かしさすら感じるその風景に、吸い込まれるように意識を落とした。

 

 

暗い闇が支配する森の中。そこには誰もいなかった。

 

 




自分でも文が纏まらず、最後は急ぎ足になってしまった感じがあります。後に修正するかもしれません。また、こんな駄文ですが最後まで読んでいただいてとても嬉しく思っています。

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