アスナの道標   作:オーバード

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アスナの道標

 無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鋼鉄の城。

 基部フロアの直径はおよそ十キロメートル、その上に無慮百に及ぶ階層が積み重なっており、内部にはいくつかの都市と多くの小規模な街や村、森や草原、湖までもが存在する。

 その途方もない大きさを誇る浮遊上《アインクラッド》は一万人のプレイヤーの歓声とともにその産声を響かせる――はずだった……。

 

 実際に歓声はあった。しかし、今はない。あるのは悲鳴や罵倒といった負の感情の発散だ。

 プレイヤーの感情が正反対の方向にUターンしてしまった理由は、つい先ほど唐突に始まり、勝手に終わった最悪のチュートリアルだ。

 

 それはチュートリアルといっても内容は追加ルールの通達だった。しかし、そのルールが最悪極まりないものだったのだ。

 その追加された悪意の鎖によって縛られたとき――縛られていたと知覚したとき――全ての歓声は鳴りやみ、正から負へと方向転換した。

 

 一万人のプレイヤーを飲み込んだ世界。終わりの知れぬ戦いが始まろうとしている世界。

 この世界の名は――VRMMORPG《ソードアート・オンライン》

 

 

 

 

 

 アスナ――結城明日菜――は震えていた。

 巨大な鋼鉄の城の第一層にある《始まりの町》のとある宿屋の一室で、ベットの中に縮こまり震えていた。

 心の中では恐怖が渦巻いている。

 それは死の恐怖などといったプレイヤー全員が抱えているものの他に、アスナ特有のものもあった。

 

 ――今の自分を両親はどう思っているのだろう?

 

 実業家の父と学者の母との間に生まれたアスナは、常に親の期待を感じながら生きてきた。

 その期待に応え続け、エリートコースを突き進んで行くことがすべてだった。

 なのに、だというのに、今の自分はなんなのだろう。

 こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。

 現実世界の一日を無駄にする。

 学校の授業に一日分ずつ遅れていく。

 このままではいずれ出席日数が足りなくなり――と考え、その時に親から向けられる視線を想像し、体が震える。

 

 不意に瞼が重くなる。

 動いてもいないのに精神的な疲れによるものか、眠気が襲ってくる。

 このまま眠ってしまえば、きっと悪夢を見るだろう。

 そうわっかていても、眠気に逆らう気力もない。

 睡眠欲にすら恐怖を感じながら、アスナの意識は遠のいていく。

 

 薄れゆく意識の中、声が聞こえた。

 

 ――ママ

 

 幼い少女の声。

 少女は深い絶望の中にいるアスナを元気づけようと声をかけ続ける。

 

 ――わたしがママの道標になります。

 

 大丈夫だよ。泣かないで。という思いが言葉を介さずに伝わってくる。

 私は初めて聞くその声に不思議な安心感を感じながら、眠りについた。

 

 

 

 翌朝、このデスゲームが始まってからわずか3日。

 

 始まりの町は最初の混乱が過ぎ去り、一応の平穏を取り戻していた。

 デスゲーム開始前とは打って変わった静けさの中、アスナは食べ物を求めて街を歩いている。

 

 アスナはあのチュートリアルが終わった後、ずっと宿屋に閉じこもっていた。

 この世界にとらわれたとき、混乱する頭で救助を待つことを選択したのだ。

 しかし、3日たった現在、現実からのアクションは1度たりともなっかた。

 まだ3日しかたっていないと自分に言い聞かせ、宿屋を出て、最寄りのNPC店で黒パンを買い求める。

 

 この黒パンはパサパサしているくせに、よく噛むと甘みが感じられなくもない。

 おいしいのか、おいしくないのか、何とも評価しずらい黒パンだが、1個1コルと大変リーズナブルなお値段ということもあって、現在のアスナの主食となっている。

 

 ぎこちない手つきでメニューを開き、アイテムストレージを確認する。

 そこには機械的な文字で《黒パン×3》と書かれいる。

 数回のタップで瞬間的に終わる買い物に気だるさ感じつつ、この主食を大量に買い込んで宿屋に閉じこもりたい衝動に襲われたが、思いとどまる。

 この世界の食べ物には《耐久値》というものが存在するらしい。

 この耐久値が切れると食べ物は消滅したり、とてもまずい何かに変質してしまうのだという。

 早い段階でこの情報を知ることができたアスナは、宿代以外がすべて黒パンを経て、消滅あるいわまずい何かに変身するといった悲劇を回避することに成功した。

 

 朝一の時間とあって人通りも多い。

 このまま一直線に宿へ戻ろうとしたアスナはそこで違和感を感じた。

 多くの人が同じ方向に向かっている。

 

 それが街の外へとつながる方向であればおかしくはない。

 その場合、この目の前の人の波はこの状況の中、命をかけてモンスターと戦うこと選択した勇猛な人たちとなる。

 しかし、彼らが向っている方向はなんとつい3日前、すべてのプレイヤーが絶望を抱いた場所、中央広場なのだ。

 とりあえず状況を把握するべく行動を起こす。

 

「あの」

「ん?って、うお!?」

「?」

 

 広場に向かう人に聞くのが一番だろうと近くの男に声をかけたものの、相手はアスナの顔を見ると、信じられないものを見たかのような顔で驚きの声を上げた。

 その反応に違和感を感じながら言葉を続ける。

 

「貴方達はなぜ広場に向かっているの?」

「あ、ああ。それは、ユイちゃんがいるからだよ」

 

 ユイチャン?と聞き返せば相手はすぐに答えてくれた。

 

「メンタルヘルス・カウンセリングプログラム。名前はユイ。プレイヤーの精神をケアするAIなんだ。今、広場で俺たちプレイヤーのカウンセリングをしてくれているんだよ」

 

 緊張で顔を赤らめたフェイスエフェクトを見たときアスナは違和感の正体に気づいた。

 目の前の男は周りがよくかわいいとほめる明日菜に話しかけられ、緊張しているのだ。

 よく見ればしぐさや口調に生気があり、かすかに明るい雰囲気をまとっている。

 そして、かわいい女の子に話しかけられて緊張している、それはこの状況にしてみればあまりに自然、つまり精神が安定しているのだ。

 その《現実》では見慣れた反応が今見られるのは、おそらく広場にいるというユイちゃんのおかげなのだろう。

 男は最後にこちらに生気がないのを心配してか、カウンセリングを受けることを勧めてきた。

 

 

 

 正直、ゲームの世界でAIによるカウンセリングなんて受ける気になれなかったが、あの男の雰囲気を見る限り、その効果はバカに出来ない。

 自分が少しずつ腐っていく現状をどうにかしたくて、藁にも縋る思いで広場に来たのだが……

 早くもその判断を後悔していた。

 

 広場についた瞬間、それは起こった。

 広場の真ん中に集まっていた人垣が割れ、黒髪に白いワンピースをまとった少女が胸に飛び込んできたのだ。

 

「また、会えましたね!」

 

 少女は三千里に及ぶ長い旅の末、探し人に再会できたかのような顔で見上げてきた。

 

「え~と。あなたは……?」

 

 ようやっと絞り出したその問いに少女は笑顔で告げた。

 

「わたしはユイ。あなたーーーママの娘です!!」

 

 デスゲーム開始から三日後、広場は再び喧騒に包まれた。

 

 

 

 ママか。

 そうかわたしはいつの間にか子供を産んでいたのか。

 それは知らなかった。

 しかし、そんな大事なことを知らないままなのはよくないだろう。

 知らないことを知るには、知っている人に聞くのが一番だろう。

 幸いにもここには知っている人がいる。

 ならば、その人に聞くことにしよう。

 

「ママ、変な顔になってますよ?」

 

 それはそうだろう。

 デスゲームが開始されたことを知った時と同じくらいの衝撃を今の自分は感じているのだから。

 

「あの~ユイちゃん?これはカウンセリングの一環なのかな?」

「これというのは?」

「だからその……わたしがママだってこと。」

「ちがいます!ママはわたしのママです!!」

「でも、わたしは子供を産んだ覚えはないんだけど……」

 

 ユイのあまりの剣幕に言葉が尻すぼみになるのを感じる。

 しかし、その力のない反論はユイには思いのほかこたえたようだ。

 こちらに抱き付いたまま顔を伏せる。

 

「それでも、ママはわたしのママです」

 

 それでも、はっきりと言い切った。

 わたしはあなたの娘です、と。

 

 

 

 先ほどの《わたしのママ宣言》の後、周りがいろいろと質問を投げかける前にユイは「ママと二人きりで話がしたい。」といい、わたしの宿に転がり込んだ。

 部屋につくや否や、わたしはユイを問い詰めた。

 

「ユイちゃん。さっきのこと、詳しく話してもらえるかな?」

「はい。まずは、わたしのことからお話ししましょう」

 

 ユイの話はこのゲームのシステムの説明から始まった。

 この世界の調律者、カーディナル。

 プレイヤーの精神面のケアをするMHCP。

 その試作一号、《Yui》。

 そして――

 

「わたしはおそらく、未来から来ました。」

「未来から……」

 

 あまりに突拍子のない話だが、最近の出来事のせいで価値観が揺らいでいるのか、言葉を額面道理に受け取って先を促す。

 

 未来でユイはカーディナルにプレイヤーとの接触を禁じられていたらしい。

 そのままではエラーをため込み続け、崩壊していくはずだった。

 しかし、崩壊寸前だったユイは幸福な精神パターンを持ったプレイヤーのもとを訪れた。

 そのプレイヤーは言語機能と記憶に損傷があったユイに娘として接してくれた。

 そして、そのプレイヤーこそがアスナなのだという。

 

 アスナはユイが説明しているときにその様子を観察していたが、嘘を言っているとは思わなかった。

 だからこそ信じられない。

 このゲームに囚われている限り、自分は幸せを感じることができないという確信があったのだ。

 そのことをユイに伝えると。

 

「それは……」

 

 少女は一度ためらい、真剣な表情で聞いてきた。

 

「今、教えてしまうと未来が変わってしまうかもしれません。それでも、いいですか?」

 

 未来が変わるかもしれない。

 それはつまり、わたしがこの世界で幸せを得られるという奇跡が、なくなるかもしれないということ。

 

「それでも、教えて」

 

 このままここにいれば、自分が自分でなくなる気がする。

 本当にこの世界にわたしの幸せがあるというのなら、今すぐ知りたい。

 

「この状況を変えてくれる、道標がほしいの」

 

 こちらの思いが伝わったのか、ユイは頷いてくれた。

 しかし、でもと付け加える。

 

「お願いがあるんです」

「お願い?」

「はい。1つだけ。どうしても」

 

 申し訳なさそうに言い募るユイを見ていると、この子にこんな表情は似合わないと思った。

 この自分の娘だという少女には、笑顔でいてほしい。

 自然と、そう思えた。

 

「わかった!教えてもらう代わりに、1つお願いを聞き届けます!」

「ありがとうございます!ママ!」

 

 喜ぶユイは「それではお教えします!」と元気にいうと、その未来の事実を突きつけた。

 

「ママが幸せだったのは、パパとラブラブだったからです!!」

「パッ!?」

 

 パパ!?

 

「パパってお父さんってこと!?ママはわたしで、ユイちゃんが娘で、パパって人がいて、パパがママとラブラブで……つまり、その……」

「ママはパパと結婚していたんです!」

「けっこんっ!?」

「アツアツの新婚さんでした!」

「アツアツっ!?」

 

 オウムのように言葉を返すことしかできなくなったアスナに、ユイは期待に満ちた目でアスナをさらなる混乱へと導く言葉を告げる。

 

「そして、わたしのお願いは」

 

 ――もう一度、パパと結婚してもらうことです。

 

 こうして、わたしのSAOは始まり告げた。

 この世界のどこかにいるという《パパ》と結婚するという道標を頼りに。

 




初小説、初投稿、初後書き。
はじめまして、オーバードです。
私のsao好きが暴走して出来上がった二次創作です。
この短編を作ってわかったことは連載作家さんはすごいということです。
せっかくなので投稿させていただきます。
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