アスナの道標   作:オーバード

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旦那さんとエンカウント

 ユイがこの世界で『目覚めた』のは、ソードアート・オンラインの正式サービス開始前だった。

 自分の置かれた状況を素早く、正しく認識したユイはカーディナルシステムにプレイヤーとの接触を禁止される前に、自らのシステム的な扱いをNPCへと変更した。

 ついでに自分のNPCとしての機能を色々と弄った。

 その内容の一つは行動制限を無くすことで、これにより、ユイはNPCとしての行動制限に縛られない自由なNPCとなっている。

 しかし、NPCとなったユイができることは少ない。

 以前のような大きな権限はなく、HPも存在するので攻撃を受ければ死んでしまう普通のNPCなのだ。

 

 デスゲームが開始されたとき、幸運なことにユイはシンカーとユリエールを発見した。

 本当はキリトとアスナを探しに行きたかったが、このまま精神が不安定な状態のプレイヤー達を放置することは自分の良心が許さなっかたので、いずれ最大規模のギルドの主要人物となる彼らに協力を要請した。

 

 彼らはユイの話を全て信じたわけではないだろうが、今すべきことを正しく理解してくれた。

 デスゲーム開始早々から同志を募り、《MTD》を結成、情報と資源をなるべく多くのプレイヤーにで均等に分かち合うことを目的として活動し始めた。

 そして、当然MHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)であるユイのカウンセリングも、分かち合うものの中に含まれる。

 彼らはユイのカウンセリングを行いようにしてくれた。

 デスゲームに囚われたことの鬱憤がシステム側のユイにぶつけられず、普通にカウンセリングが行えるのは、彼らの様々な配慮故だろう。

 

 今のところ、カーディナルはユイをエラーとして認識していない。

 これからも、あまりにぶっ飛んだことをしなければ消されることはないだろうと思われる。

 

「あまりにぶっ飛んだことって、例えば?」

「空中死神焼却切りとかですね。」

 

 最愛の母の頭の上に?マークが見えました。

 

 

 

 

 

 

 デスゲームが開始されてから一ヶ月近くが経過した。

 既に1500人ものプレイヤーが退場している。

 第一層はまだ攻略されていない。

 

 

 

 次元が違う。

 その人の戦いを見たとき、バトル漫画で敵に無双されたときにに入るモノローグを思わず呟いてしまった。

 あらゆる動作から無駄が排除され、それゆえに技は速く、剣は重い。

 第一層迷宮区の十九階で偶然目にしたソロプレイヤーの戦いに、アスナは深く見入っていた。

 これがこの世界の《戦い》だとするのなら、自分がしているのは似て非なるなにかだ。

 きっと、まだまだ《先》がある。あの剣士はずっとずっとその先を行っている。

 彼の見ているものをわたしも見たい、と強く思った。

 

 剣士は楽々とレベル6亜人型モンスター《ルインコボルド・トルーパー》を屠ると、迷宮攻略に戻り始めた。

 彼の剣に魅せられ、ほけーっと呆けていたアスナは慌てて後を追った。

 先ほど芽生えた強い願いを叶えるには、もっと彼の戦いを観察する必要がある。

 彼の足運び、アタックのタイミング、ソードスキルの使いどころ、全てを研究し、自分のレベルアップの糧とするべくこっそりと付いて行こうとしたのだが、

 

「何か用か?」

 

 見事な索敵スキルをお持ちようで……

 

 後ろをつけてくる不審者をあっさり看破し、油断なく見据えてくる剣士は思ったよりずっと若かった。

 一見少女と見紛うほど線の細い少年で、どこか透明な雰囲気があり年上のように思えるが、顔は童顔で年下のようにも見える。

 剣士の不思議な存在感を目の前にして、アスナは怯んだ。

 自分は今フーデットケープを装備しており、フードを深く被って顔を隠している。

 漫画で出てくる、いかにもな不審者そのものだ。

 ストーカーの現行犯ということもあり、パニックになった。

 

「怪しいのもではありません」

 

 怪しすぎるわっ!

 

 あんまりな返答に自分で突っ込みを入れてしまった。

 あっいやっ本当に怪しいものでは……と言い訳のように口にしてから、それが更に怪しさを上乗せする行為だと思い至り途方に暮れた。

 《はじまりの街》を出て以来、人を避けるように行動していたので日本語を喋るのも久しぶりだ。

 

「何で俺の後を付けて来るんだ?」

 

 剣士は助け舟を出すかのように話を元に戻してくれた。

 ありがとう、と心の中でお礼を言う。

 アスナはそこで、ようやく冷静になってきた頭で出した返答を口にした。

 

「わたしとパーティー組みませんか?」

 

 ようやく取り戻せてきた日本語能力と女子高で培った対人能力をフルに使い、弁護士も書くやという舌のさえを発揮したアスナは「あなたの剣を勉強したい」ということを誠心誠意伝えに伝えた。

 その結果、剣士は警戒を強めた。なぜ?

 

「何が目的だ? アスナさん」

 

 驚いたことに剣士はわたしの名前を知っていた。

 

「……どうしてわたしの名前を知ってるの?」

 

 この世界に来てから、わたしが自分の名前を人に教えたことは本当に少ない。

 というか自分の名前を知っているのは、未来で知ったというユイ以外では、この前知り合った情報屋を自称する少女のみではないだろうか。

 

 疑問が積み重なり、再び途方に暮れたアスナに、二つ目の助け舟が出された。

 

「アンタが鼠から俺の情報を買った、という情報を俺が鼠から買ったんだ。」

 

 今、なんて?

 今、わたしが目の前の剣士の情報を買ったって言った?

 

 鼠とは情報屋のアルゴさんのことだろう。

 確かにわたしはアルゴさんから、とあるプレイヤーの情報を買ったことがある。

 《はじまりの街》で出会った自分の娘だという少女、ユイから聞いた未来でわたしとラブラブ夫婦となるのだというプレイヤーの情報だ。

 

 《その人》は主にソロで活動していてレベルはトップクラスの実力者なのだという。

 これから未来を共に歩むかもしれない人がすごい人なんだと知って、わたしは訳もなく喜んだ。

 まだまだあるというアルゴさんの持つ《その人》の情報には大変興味を引かれたが、わたしはそれ以上聞くことはしなかった。

 情報屋にお金を払って個人情報をもらうということに後ろめたさもあったが、《その人》に関することは人伝に聞くのではなく、直接会って知っていきたいと思ったのだ。

 

 それでも、わたしは《その人》のことを考えない日はなっかた。

 この一ヶ月、いまだ輪郭の定まらないその姿を想像するのが日課となっていたのだ。

 最前線にいるということはやはり、周りと同じようにわたしよりも年上なのだろうか?

 わたしがたくさん甘えても嫌がらない人がいいなーと逞しい妄想力を発揮していた。

 青髪のナイト風の青年を見ては「もしかして……」と目で追ってしまい、巨躯の黒人を見たとき「彼ではありませんように!」と割と本気で神様に祈った。

 多くの人を観察し、しかし確かめる勇気もないわたしは結局、《その人》の足取りを掴むことができずにいた。

 

 この一ヶ月、ずっとアスナの心の支えになっている人、アスナに幸せな未来を約束してくれる人。

 その人の名前は――

 

 突如、剣士とアスナの間の空間が歪んだ。

 

「「―――っ」」

 

 この揺らぎは見覚えがある。

 モンスターが湧出(ポップ)する前兆だ。

 二人は同時に飛び退き、剣を抜いた。

 

 空間の歪みが収まったところにいたのはレベル8亜人型モンスター《ルインコボルド・トラッパー》――剣を装備したコボルトで、この迷宮区の平均より高いレベルと、少々厄介な攻撃を仕掛けてくる手強い相手だ。

 

 モンスターは姿を現すや否や、剣士の方に斬りかかった。

 彼は剣を構え、モンスターの動きを読み、冷静に対処した。

 左斜め上からの斬り降ろしを少ない動作で――しかし余裕をもって回避し、続く切り上げと、やや大ぶりな斬り降ろしも同様にかわして見せた。

 三連撃の直後、隙を似せたトラッパーに一歩踏み込む。

 彼がトラッパーの間合いに入ったところで、アスナからは見えないはずのトラッパーの顔が、にやりと嗤った気がした。

 隙だらけに見えたトラッパーの腕が跳ね上がり、強烈な切り上げが剣士を襲う。

 

 このモンスター時折このように、わざと隙を見せるという厄介な行動をとって来る。

 並のプレイヤーなら見事に引っかかり、HPバーを減らしてしまう攻撃だが、あの剣士に通用するとは思えない。

 

 アスナの予想道理、彼は一度のバックステップで楽々と躱して見せ、片手剣基本技《スラント》を放った。

 システムアシストを意図的にブーストした右斜め斬り降ろしは、気持ちの良い位綺麗に決まり、トラッパーのHPを大幅に削った。

 

 今度はトラッパーの剣がライトエフェクトに包まれる。

 突進とともに放たれた斬り降ろしは、剣士の斬り降ろしと交差した。

 派手な金属音と共に、彼は剣を取り落した。

 

 武器落とし(ディスアーム)属性の攻撃。

 武器をとっさに拾おうとすれば敵の追撃を喰らってしまう厄介な攻撃だ。

 

 それを理解している彼は剣を一旦置いといて、敵に注意を向ける。

 自慢の技を成功させ、得意げな顔をしているような気がするトラッパーは追撃を仕掛けようとし、後ろから飛んできた流れ星に吹っ飛ばされた。

 アスナが放った細剣突進技《スタースプラッシュ》だ。

 

「あなたは剣を!」

 

 述語を省き、短く言うとアスナはトラッパーに躍りかかった。

 先ほど目に焼き付けた剣士の動きを思い出しながら敵の連撃を回避し、細剣基本技《リニアー》を恐ろしいスピードで放つ。

 アスナが剣を握って以来、何度も何度も使ってきたこの技は彼女の持つ輝かしいまでの才能の片鱗を感じさせる。

 高速の突きは敵のHPをさらに削り、あと一度の剣技(ソードスキル)で削り切れる程にまで落とし込めた。

 

「すごい……」

 

 後ろから聞こえた呟きに、思わず笑みをこぼした。

 

 トラッパーがまたもやディスアームを繰り出し、アスナが剣を落としたとき、今度は剣士が間に入り、トラッパーの追撃を防いだ。

 

「ありがと」

 

 早口で言って、剣を拾う。

 見れば彼も顔に笑みを浮かべていた。

 彼と目が合った。

 

「スイッチいくぞ!」

「スイッチ?」

「スイッチ!!」

 

 気合の入った掛け声と共に、彼はトラッパーの剣を大きく跳ね上げ、ふわりと飛び退く。

 激しくのけ反ったトラッパーは大きな隙を見せてから、頭の上にまで上がった剣を体の前に戻し、再び構えた。

 

 ……………………………………

 

 戦闘中にできるはずが無い類の静寂が辺りを包んだ。

 

 振り返る彼の顔に?マークが見えた気がした。

 心なしかトラッパーも顔に?マークを浮かべているような気がする。

 

 わたしのせいか。

 おそらく、というか間違いなくこの世界では常識であろう《スイッチ》を知らないわたしが原因だ。

 焦る。《スイッチ》をしなければ。

 先ほどの剣士の真似をすればいいのだろうか?

 最近知ったことなのだが、わたしは焦ると変な行動を取ってしまうことが多い。

 今回も例によって、少し天然の入った行動を取ってしまった。

 

「ス、スイッチ!!」

 

 苦し紛れの掛け声と共に、一人剣を旗のように掲げる。

 ついでに、ふわりと後ろへ飛んでみる。

 

 これでどうだ!と剣士の反応を伺うと、

 

「プッ」

 

 わたしの心のHPバーが大幅に削れた。

 

 

 

 結局彼は回避→剣技の流れをもう一度決め、トラッパーのHPを削り切った。

 

 わたしはその間、回復姿勢をとって、心のHPバーの回復に努めた。

 しばらくはこのまま地面に「のの字」を書いて落ち込んでいたかったが、どう声をかけたらいいのかわからず、わたしと距離を取ってうろたえている剣士を放置したままなのは良くないだろう。

 

 それに――番聞きたいことをまだ聞いていないのだ。

 

 警戒と説いた剣士は先ほどとは違い、優しい印象を受けた。

 目が合う。髪の毛と同じ黒い瞳。

 その眼を見つめながら、問いかける。

 

「あなたが……キリト……?」

 

「あっああ。俺はキリトだ」

 

 ついに見つけた。わたしの幸せ。

 

 ――巨躯の黒人じゃなくて本当に良かった。

 




SAO好きか沈下しきらなかった結果、二話目が出来ました。
どうやら私は自分で思っていたよりも、SOAが好きだったようです。
せっかくなので投稿します。
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