目を閉じて深呼吸すると僅かに磯の香りがした。遥、足元の下の方から潮風が香りを運んできて髪を撫でていく。
意識を体の外から内へと変えると、胸の奥の方から熱き鼓動さえ聞こえてきた。
理性が結論を出すまでもなく、本能が気づいてしまったのだ。これは今までのゲームなんかとは違うと。自分が知っているものとは比べ物にもならないほどの、素晴らしい物だと。
『すみません。少し席を外しますので、しばらく自由に動いて見てください』
「ああ、分かった。……て、え?」
思わずシュテルの声に生返事を返してしまったことで、もう一度聞こうと思ったが、すでに応答はない。一人取り残されてしまったらしい。
『はじめまして、ソラ。ブレイブデュエルの世界へようこそ』
途方にくれかけた俺に話しかけてきたのは右手に持った両刃の剣だった。驚いて両手で胸の前に掲げるてマジマジと観察する。
『私はアナタ様の武器となります。デバイス、KN-01でございます。操作説明をお受けになりますか?』
かなり堅苦しい口調の女声のデバイスがそう言った。どうやら鍔の部分の青緑の宝石みたいな部分がコアになっているらしく、その部分が喋るのに合わせて点滅している。
「頼む」
機械相手に丁寧な言葉でお願いするのもなんか違う気がしたので、簡素にそう答えた。と言うか他にどう言えばいいのか分からなかった。なんとなく距離感が測りづらい。
操作説明といってもこのゲームにコントローラーは無い。移動したければその方向に意識を集中させ、文字通り空を飛ぶし、スキルの発動も意識によって行える。スキルに関して言えばスキルの名前をコールすることでも発動できるらしいが。
この手の空想想像的なことに関して男子は……、いや女子にだって得意なのはいる。反対に苦手な人もいるかもしれないが、少なくとも常識で凝り固まった固い頭をした大人よりも子供の方が俄然有利に働く様だ。
最初はおっかなびっくりだった飛行も、五分程度で楽しめる程度には遊び回れるようになった。
『お上手ですよ、ソラ』
「サンキュー、お世辞でも嬉しいよ」
こうやって空を自由に飛んでいるだけでも、かなり楽しかった。一向に戻ってこないシュテルの事が気になって寂しいやら悲しいやら複雑な心境ではあったが、それでも楽しかった。
しかし、突如としてそんな夢のような時間を遮るものが現れる。
『!CAUTION! HERE COME NEW DUELIST』
鳴り響くアラームが警告を促す。表示された文字は格闘ゲームでもお馴染みのシグナル。つまり――
『気をつけてください。乱入者です』
デバイスに言われるまでもなく、身を固めて不慣れな剣を構え光とともに舞い降りた敵と相対する。
「見慣れねーやつだな。新顔か」
赤を基調としたドレスのような服……、と言うか実際それを着ている少女の身長の低さも相まってまるで人形の様な、物語の世界から現れたかの様だ。
だがその口調は荒っぽい敵意、手には分かりやすく武器の様相をした鉄槌、そして目は交戦の意思を如実に表していた。
「素人だかなんだか知んねーけど、乱入OKにしてたんだし、大人しくアタシのランキングの礎になれ!」
叫びながらこちらに対して猛烈なチャージをかけてくる赤い少女。それに対して俺は全力で逃げにかかった。
「な、逃げんなオラ!」
更に速度を上げる少女を尻目に真っ直ぐに飛翔し、デバイスに問う。
「どうすればいい!」
『彼女はベルカ所属の鉄槌の騎士、ヴィータ。Rクラスのカードで通り名まで持っているとなると、今のマスターでは……』
「違う! そんな事は聞いてない、今の俺には何ができる!」
『……剣を相手の方へ向けながら、このスキルを発動してください』
返事をするのももどかしく俺は反転、飛行に意識がいかなくなったため足が止まってしまったが、そんなことも構わず剣を相手に向けて叫ぶ。
「バレットシュート!」
直径十センチ程の青緑色の魔法弾が一直線、敵に向かって射出される。が、しかし――
「しゃらくせぇ!」
気合一線、少女が鉄槌を振り抜くと、魔法弾は倍する勢いで跳ね返された。
『手を前に出してこっちのスキルを!』
言われて咄嗟に左手を前に突き出す。そのまま考える時間もなく、提示されたスキルを発動させる。
「ラウンドプロテクション!」
直後、発生した魔法の盾が魔法弾を受け止める。炸裂した衝撃が俺を襲うが直撃ではない、ダメージもゼロだ。立ち上がった爆煙もたちまち風に流されて消えた。
「ははっ、一方的だな。他に出来ることは?」
衝撃でしびれた左腕を振りながら聞く。多少とはいえ、一緒に戦った相棒をデバイスと呼ぶのは少しながら抵抗を感じる。後で名前をつけてやろう。
『最後のスキルは索敵スキルです。現状お役にたてません』
「万事休す、か」
そう言いながらも俺は剣を握り直した。普段なら諦めると言う現実的な選択肢を選ぶ所なんだけど、とそんなことが頭をよぎる。
「どうやら他に遠距離スキルは持ってねーみてーだな。だったら」
お互い足を止めて睨み合いながら、少女が手を振った。すると手品のように空中に五個の鉄球が浮かび上がる。いや、手品じゃなくて魔法か。
「これで終いだ」
鉄槌を振りかぶる。あれで鉄球をぶっ叩くらしい、つまりさっきの魔法弾の時の様な擬似射撃攻撃。咄嗟にシールドを構えようとする。
『駄目です! あの物理射撃にはあまり有効なシールドではありません。それに先ほどよりも高い威力が予想されます!』
思わぬ静止にスキルの発動はキャンセルされ、しかしそのタイムロスで逃げる時間も失われた。打ち出された鉄球が迫るのをただ見ていることしかできずに立ち竦む。
「ルシフェリオン」
『ブラストファイア』
その時、星光が視界を切り裂いた。
最初は何が起こったのか分からなかった。
俺と少女の間。鉄球の通るそのコースが視界の斜め下より来た朱色の閃光が、一瞬にして俺を襲おうとしていた鉄球をなぎ払ったのだ。
理解が追いつかず、呆然とする俺とは対照的に、少女の方は怒りの形相で下方の、妨害の主を睨みつけていた。
「邪魔なんかしやがって……、どういうつもりだ、シュテル!」
「やれやれ。いつもいつも感情的になりすぎですよ、ヴィータ」
そこには事を起こした張本人。黒を基調とした服装のシュテルが、杖を携えていた。
「初めて五分の初心者を全力で狩りに行くなんて、あまりマナーが宜しくはありませんよ」
「そ、それはそいつが『対戦相手求む、腕に覚えあり、全力勝負希望』にしてたからだ! あたしは悪くねーだろ」
どうやら二人は知り合いらしく、俺のことを蚊帳の外にして言い争っていた。
「それは……、私が直接手ほどきするために乱入OKに設定しましたが、少し遅れただけでこんな事になっているとは思わないでしょう。それに、今はロケテストでプレイヤーも限られていますが、後々正式稼動した場合も同じようなことをしてみなさい。私たちロケテスター全員が迷惑を被る可能性もあるんですよ」
「だーーー! うっせー、分かってんだよ!」
改めて見ると、ヴィータと呼ばれた少女は本当に小さい。小学三年生ぐらいだろうか。こんな子に一方的にやられたというのはかなり心苦しいものがある。
「おいお前!」
「は、はいっ。なんでしょう!?」
とはいえ、ことブレイブデュエルに関して言えば先輩に当たる、迂闊なことを言えば今度こそ俺をあの鉄槌が打ちのめすだろう。その事を考えると思わず敬語になってしまった。と言うかシュテルも見てる前でこれは恥ずかしい。
「初めて五分にしちゃ上出来な動きだ。今度はもうちょっと練習してからやろーぜ。今度こそ、正々堂々打ちのめしてやる」
「あ……」
ああ、その時は頼む。そう言って普通に返そうかと思ったが、俺の中の男の子な部分が少しだけ主張してきた。
「い、何時までも余裕をかましてられると思うなよ。直ぐに追いついてやる」
「へ、言うじゃねーか。せいぜい期待してるぜ」
俺の煽り文句など歯牙にもかけず、ヴィータは光となって消えた。そう言えば俺はあの子の名前を知ってるが、こっちの事は名乗りそこねた。
まあ、情けない所とセットで名前を覚えられてもな、とポジティブに考えているとこちらを見つめるシュテルと目があった。何とも小っ恥ずかしい。
「女の子にボコボコにされるわ、助けられるわ、情けないな」
「いえ、ダメージなんて貰ってないじゃないですか。あの子はああ見えて全国ランキング六位です。胸を張っても良いと思いますよ」
いやいや、あそこでシュテルが助けに来てくれなければ今頃ボコボコだっただろう。だが、態々その事を口にしたりはしない。
「全国六位か。敵は強大だな」
「ふふっ、貴方ならきっとたどり着きますよ。その先にもきっと」
シュテルの過剰な期待に応えられるかどうかはわからなかったが、その笑顔にはなるだけ答えたいと思う。
それに、シュテルのことがどうとかは置いておいて、この時既に、俺はブレイブデュエルの虜になっていし、ヴィータへのリベンジ心が胸の奥深くに燃えていることに気づいていた。
熱き戦いの日々は、まだ始まったばかりだ。
※最終回ではありません。
本編に入っても原作にすぐ追いついてしまうので、しばらくはロケテスト編です。
次はそろそろあのキャラ達を出します。隆? 知らんよそんなやつ(棒