ポンコツ雪ノ下さんのモラルハザード   作:金木桂

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暇はあるのにやることが多くて暇じゃない…、本当の自由って何だろうか。


どうやら雪ノ下雪乃はアルバイトに反感を持っているようだ

 

木漏れ日が窓を照らし、ほんわかとした空気が流れる四月下旬。

 

本日の気温はどうやら一日中暖かいらしく、その証拠に開かれた窓からは春のふわりとした空気が流れ、タンポポの綿は空へと舞い上がっていく。まるで空がそれを欲するかのように。

 

だが青い空にはそんな意思は無く、必然的に無差別に全てを受け入れるだろう。

いつの世もこの青い空の下で人の歴史は紡がれてきた。世界で最初の文明が復興した時も、人々が農耕をしたり牧畜を始めた時も、数々の愚かな戦争が行われた時も、この世で空だけはいつもそれを俯瞰し観測し続けた。

しかし果たして、空に理性があるならば何を思うのだろうか。人の愚かしさを嘲笑するのだろうか。それとも何度も過ちを繰り返す低能さに呆れるのか。はたまた無感情にそういう生態だという思惟を持ち興味も示さないのか。

 

理性があれば空は地球最古にして極限の賢者だ。究極の知見を持ち全てに通ずる思想を保持しているのだろう。そして空の対義語に人間が置かれることはもはや語るべくもない。他の生物に比べ脳が発達しているが故に利己と利他に挟まれた中間的行為の求められる存在である人は、空にとっては愚を顕現させたような存在であり見下す対象ですらあるかも知れない。人々にとって神は空である。空は偉大な形而上的賢者なのだから。

 

……まあ当然、こんな恣意的な思考に意味は無い。意味は無いのだが―――

 

「ねえ比企谷君、バイトをする学生って意味不明だわ。だって勉学が唯一無二の義務であるのにそれを放棄してまで金銭を得る価値はあるのかしら。正直私には愚の骨頂にしか思えないのだけれど」

 

―――突然、訳の分からない議論を始める雪ノ下を見てそんな現実逃避な思考が走ってしまうのは仕方のないことなのではないのだろうか。

 

昼下がりの放課後、いつものように奉仕部でダラダラとしていると急に雪ノ下がホワイトボードに黒ペンで【何故学校側はバイトを認可するのか?】と書き殴り始めたかと思えばそんな事を言い始めたのである。

 

「比企谷君聞いてるかしら?まさか……突発性難聴?」

 

「違えよ、あまりにアホすぎて呆れてるんだよ分かれ馬鹿」

 

「学年主席の私を馬鹿呼ばわりとは呆れた頭脳ね。バナナでも詰まってるんじゃないかしら」

 

そう偉そうに告げながら薄い胸を張るが、少し制服が大きい上にやはり決定的に胸が無いので全く威張ることに成功していない。こういうのは遺伝なのだろうか。それとも雪ノ下雪乃独自のDNAなのだろうか。後者ならば本当に御愁傷様だ。

 

俺のそんな少々同情のこもった視線に気付いたのだろうか。雪ノ下は元の姿勢に戻ると。

 

「どうしたの?もしかして私の顔に見惚れてた?私、美少女だし」

 

惜しい、俺の視線はその約30cm下にある断崖絶壁である。

 

―――ここでそれを指摘して嘲笑うのには一考の価値はあるだろう、がしかし俺ももうそんな子供ではない。何しろ高校二年生だ、子供と大人の狭間に住む年齢と言っても良い。

従ってここはアダルティーな対応で返すのがマストで求められている。

 

そう思い至った俺は口を開いた。

 

「いや違うぞ、俺が見てたのはお前の胸だ(別に見惚れてねえし……!)」

 

しまった、思考と発言が逆になってしまった……!完全に変態案件だぞこれどうすんだ俺。

恐る恐ると戦慄しながら雪ノ下の方を見ると。

 

「ばば、馬鹿じゃないにょ、の……!胸に見惚れてるって……それ面と向かい合って言う必要性あるかしりゃ……!?」

 

―――何で顔をサクランボみたいに赤らめながら下に視線逸らしてもじもじしてるんだよお前。それに所々噛んでるし。

ぶっちゃければ小町の一つ下並みには可愛いぞ、だがしかしその壁の厚さは英検準一級と一級くらいには離れてるまである。修行を積んで出直して来い。

 

「それよりバイトが禁止やらどうとかってのはどういうことなんだ?」

 

「しょ、そうね。その話をしましょう」

 

未だ先程の余韻が残った薄紅色の面持ちでか細く呟く雪ノ下。

失言を有耶無耶にするためとは言えかなり露骨に話題を逸らしたんだが……まさかそれに乗ってくるとは。もうこいつチョロノ下に改名した方がいいんじゃねえの。

 

雪ノ下はコホンと、一息つくと胸に手を当てながら喋り始める。

 

「私が思うにアルバイトは高校生でやってはいけないと思うわ。高校生にそんな無駄な時間の使い方は贅沢すぎると思うの」

 

「いやいや、それはアルバイト禁止の口実にはならんだろ。ただのお前の独善的な思想そのものじゃねえか」

 

贅沢は確かにそうかもしれないが、アルバイトをしなきゃ生活が苦しくなる家庭の生徒だっているだろうに。

そもそも高校生自体、その大多数は普段の休日は何もせずにスマホやらゲームをしている時点でまだアルバイトをしていた方が建設的な気がするまである。

 

「考えてもみなさい、学生時代と言うのは非常に貴重よ?大人になったら今ゆとりがあるが故に出来る事の多くは出来なくなるわ。そうして泣いて後悔する間抜けな比企谷青年35歳になりたいのなら止めないけど」

 

何で俺が基準みたいになってるんだよ。

 

「まあ良くテレビやネットでは学生であるうちの時間は大人になった後の時間よりも相対的価値が高いとはしばしば聞くけどな。それでもアルバイトは学校が禁止してない時点でこの議論はもう個々の自由って結論で終わりだろ。ハイ終了、お疲れさまでした~」

 

「ちょっと。勝手に終わらせないでくれるかしら、まだフリップもあるのよ?」

 

言いながら脇に置かれた鞄の中にガサゴソと手を突っ込み、大体バッグと同じくらいの大きさの厚紙を取り出すと太腿に置いた。―――なにこいつ、少し本気過ぎない?

 

雪ノ下はフリップを太腿に立てかけると、そこには高校生のバイト率について書かれているようだ。恐らくこのソースの出典はグーグルのどこかのサイトだろう、これだけは自信を持って言える。1万賭けても良いまである。

俺がその文字を読もうとすると同時に雪ノ下は告げる。

 

「高校生のバイト率は時期にもよるのだけれど、概は30%、長期休暇などの高い時は50%もあるわ。つまりこれだけ多くの人間が時間をただ浪費しているの。それはとてもとても日本にとって不利益なことじゃないかしら」

 

「いやいやちょい待て、その前にお前はどの視点で物申してるんだよ」

 

「第三者視点よ」

 

単調に答える雪ノ下。いやそうじゃねえよ!

 

「お前は結局何を目的に高校生バイトは禁止なんて言ってるんだ?」

 

そう俺が問うと、雪ノ下は冷淡な表情で口を開く。……気のせいか馬鹿にしているようにも見える。

 

「今までの話を聞いていなかったのかしら?決まってるでしょう、今現在の日本国はこれだけの潜在的な時間的損失があるのよ―――ならそれを革命、もとい変革させるのが私の役目じゃない」

 

お前は当選しない政治家か。しかも変革も革命もそんな意味合い変わらないだろうが。

 

「よおし、お前の主張は分かった。つまりはお前は学生の本分は勉学に勤しむことってことだな?だがそんな瀟洒な学生は今時いないし学生どころか社会人だろうと居ないだろうよ、これにて終わり。解散!」

 

俺はパタンと手元の本を閉じると、バッグの中に仕舞い込む。今日の夕飯何だっけな、個人的にはハンバーグ辺りが本日のマイブーム何だが……。

 

しかし雪ノ下は俺の帰り支度を遮るように目に前に立ちはだかる。

 

「おい雪ノ下。近いぞ」

 

「待ちなさい比企谷君。まだ議論は終わってないわよ」

 

って言われてもなぁ。

 

「だからリベラルな現代の学生にそんな事を強いることは誰も出来ないだろ?もう議論は終わってるんだし帰ろうぜ」

 

「いいえ、結論を出すのは早急だわ。これを見なさい」

 

雪ノ下はスカートからスマートフォンを出して幾らか操作した後、ディスプレイをこちらに見せつけてくる。

 

「何々……誰でもできる簡単アルバイト、週一からok、人気ファミリーレストランのキッチン&ホール……はあ!?」

 

「私たちにはまだこの結論を出すための最後のピースが足りてない……そう。実地での経験よ!」

 

ふっざけんな……!誰がやるかよそんな事!

 

「俺は嫌だからな。やるなら一人で勝手にやってろ!」

 

「さっきのセクハラ発言。……忘れたとは言わないわよね?もし断ったら……そういや妹の小町さんと仲が良いそうね?」

 

覚えていやがったのかこの尼……!ヤクザみたいな手口使いやがって……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺がどのような処遇になったのかは言わずもがなだろう。

すぐさまその場から電話を掛け、俺と雪ノ下は部活メンバー兼バイト仲間になった。

 

その数日後に店長と面接を行ったのだがとても気さくかつ大雑把な人柄で、高校生のバイトである俺たちは心から向かい入れられた。何でも最近バイトが一人速攻で辞めてしまい困ってたとのことらしい。

 

そして現在。

部活動をばっくれてバイトをしているのである。

 

「煮込みハンバーグと海老サラダ、あと黒豆パフェのオーダー入りました!」

 

「うっす」

 

―――俺は例のごとく、厨房で料理を作る裏方となっていた。当然入って間もないのでサラダとデザート、後軽食程度しか任せて貰えてはいないが。

……なんで俺こんなことやってるんだろうか。あの時セクハラ発言をした俺を殺してえ……!

 

猛烈な後悔の念に襲われつつも、サラダとパフェを作り終えるとカウンターに置く。今は四時台なのでこういう軽めの注文が主だが、あと三時間くらいしたらドカンドカンと大きめのオーダーが来ることだろう。嗚呼、やってらんねえ。

 

少し手暇になったからか同じバイトの大学生がこちらに近寄ってくる。

おいやめろ、俺は学校でもバイトでもビジネスライクな人間関係を気付いて行きたいんだ……!

 

そんな思いは通じず、その大学生はフレンドリーっぽい装いで話しかけてきた。

 

「それにしてもヒキタニ君だっけ?」

 

「比企谷です」

 

「あ、ゴメン。それよりさ、一緒に入ってきたホールのあの子可愛いよね」

 

人の名前をそれより扱いかよこの野郎。

因みに新しく入ったホールが雪ノ下なのは言うまでもない。

 

……まあ、同じバイトの好みで一応忠告だけはしてやろう。渋々だが。

 

「……あいつにはあんま関わらない方がいいっすよ」

 

「あれ、もしかして知り合いなの?」

 

「まあそんなもんです、あいつと関わるとかなり面倒なんで」

 

「でも面倒な女の子って可愛いよね。ワンチャンあったらいいな……」

 

駄目だ。この脳内お花畑塗れな大学生には通じない。でもどうせこいつとは長い付き合いになることもないだろうしどうでも良いか、うん。

 

 

そのまま何事もなく今日のシフトを午後八時までこなすと、俺と雪ノ下は同時に上がる準備をするために店内奥の休憩室に入る。

 

「おい雪ノ下」

 

「何比企谷君」

 

「結局どうだったんだ?高校生バイトがどうたらってアレは」

 

「そうねぇ……」

 

雪ノ下は思案顔で悩まし気に顔を伏せる。

―――今回は俺も、何より雪ノ下にとっても初めてのバイトだったためにかなりの刺激があったことだろう。特に雪ノ下はホールと言う、全く見知らぬのお客様に向かい合って丁寧に、瀟洒に、臨機応変に振るわなくてはならない立場であったからしてその大きさもかなりのもだろう。何せ雪ノ下雪乃は令嬢であり、そのような振る舞いを求められることは恐らく無かったと思われる。

果たして雪ノ下が初めてそのような未知のものと対面して、先程まで考えていた高校生でバイトはやってはいけないという謎の極左思想に変革は訪れたのだろうか。それとも依然樹齢千年を超す長寿の樹のように根幹は座っているのか。

 

固唾を飲んで見守ること数瞬。どうやら結論が出たようで、雪ノ下は口を開いた。

 

 

「―――何かバイトしてたら人生の損益とか、日本の為とか、どうでも良くなったわ。それよりも早く帰りましょう比企谷君」

 

 

―――この天然アホ乃下が!

 

 

 

 





続いたら続きます(適当)
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