「センゴクさん……大丈夫ですかィ?」
「……大丈夫じゃない……無理……死んでしまう……」
九蛇の船にある一室
そこには九蛇海賊団の人質となっている海軍本部の中将ボルサリーノと大将センゴクが居た。
二人とも能力者であるため海楼石の手錠を嵌められており、更に九蛇の戦士が二人見張りについていた。
センゴクが五老星から命令された『仕事』をしている最中に今まで気絶していたボルサリーノが目を覚まし、最初に見た光景がとんでもない物だったため少しの間呆然とし、正気に戻ったボルサリーノが九蛇達を止めようとしたところにボルサリーノに気づいたセンゴクが説明し、自分が人質にされた事や自分の失態でセンゴクがとんでもない目にあっている事についてボルサリーノは深い、とても深い自責の念に駆られていた。
そして今センゴクの『仕事』が一段落し、九蛇達が見張りを残して去って行った頃にボルサリーノは疲労困憊のセンゴクを労わっていた。
「……本当に申し訳ないですよセンゴクさん……わっしが捕まったばっかりに……」
「……気にするな……とは絶対に言わんぞ……!! お前のせいだからな……!」
さすがのセンゴクもこれには参っているようで恨みがましい視線をボルサリーノに向ける。
しかし、センゴクはふと気になることを思い出したのでボルサリーノから聞き出すことにした。
「ボルサリーノ……お前が戦った九蛇の少女──ベルゼリスをどう見る?」
「……とんでもないですねェ~……本人が言うには今八歳半ばくらいなんですってねェ~……大人になったらどれくらい強くなるのやら。……それと……技術もそうだけど……身体能力はちょっと洒落にならないレベルですよォ~。その上よく分からない能力者みたいですしねェ~」
「よく分からない能力者? いったいベルゼリスは何をしたんだ?」
ボルサリーノにした質問の答えが気になりセンゴクは追及する。
「一から説明しますとねェ~……最初はわっしとベルゼリスは接近戦で切り結んでいたんですよォ~……けどねェ~……力じゃ完全にわっしが負けてたんでねェ~……接近戦じゃあ分が悪いと思ったんで空に跳んで広範囲を狙い撃ちにしたんですよォ~……避けられないようにかなりの範囲を巻き込んでしばらく連射して……気配が消えたんで死体を確認しようと下に降りた後に両足に不意打ちを食らったんですよォ~……」
「……気配は見聞色の覇気で探ったのか?」
「ええ。……どうやらベルゼリスは完全に気配を消せるようですねェ~……そして両足に傷を負ったわっしにゆっくり近づいて来たんですけど……その時にベルゼリスの持っていた武器が消えたんですよォ~」
「消えた? ……武器を出したり消したりする収納系の能力者なのか?」
「それがよく分からないんですよねェ~……わっしの目に見えなくなったんでわっしも武器を消した収納系の能力者と思ったんですがァ~……武器は見えなくなっていただけみたいでして……そのまま見えないベルゼリスの武器でズバッっと斬られちゃったんですよォ~」
……奴はなんの能力なんだ?
「他にも気になる点があるんですよねェ~……わっしの
「……ああ。レイリーとグロリオーサと共に私と戦った時も異常な耐久力だったな……パワーも私のガードの上から私を吹き飛ばすほどだ。……私の腕が軋むほどだ……はっきり言ってグレイスよりも一回り強いぞ」
「あ~やっぱりィ~? ……わっしもそう思いますよォ~……何なんでしょうねェ~あれ……」
「ただでさえ厄介な九蛇の突然変異か何かじゃないのか? ……強くなる前に仕留めたほうがいいと思うんだが……?」
「もう無理ですよォ~……七武海に入るんでしょォ~? ……天竜人殺しも自分たちの恨みのある人攫いに押し付けるなんてよく思いつくねェ~……」
そうやって二人が話していると遠くの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
九蛇海賊団船長グレイスの声だ。どうやらグレイスが起きたようで今はおそらく状況説明と七武海への加盟を進めてそれにグレイスが反発したのだろうと思われる。
「……グレイスは元々七武海に入る気はなかったようだが……さて……ベルゼリスとグロリオーサはグレイスをちゃんと説得できるのやら……」
「……グレイスが拒否したらベルゼリスが九蛇の皇帝になって七武海に入るんでしたよねェ~……わっしとしては話が通じる分ベルゼリスの方がマシだと思うんですがねェ~……」
「……ベルゼリスの見た目は幼い少女なんだぞ……七武海に入るのならば写真を世間に公表せねばならん……そのままベルゼリスの写真を載せれば七武海が軽んじられていると他の七武海から余計な文句が来る。……それならあの二人が上手くグレイスを説得して大人しくグレイスに入ってもらえたほうがいい」
センゴクはそう言うが正直九蛇を七武海に入れるのはやめてほしかった。
人質に取られた自分が言えることではないがグレイスはともかくベルゼリスは自分たちの手に負えないと判断したのでもっと扱いやすい人物を七武海にしてほしかったのだ。
まだ子供のベルゼリスはこれからが成長期なのだ。今のベルゼリスはセンゴクが一対一で戦えばおそらく勝てるだろうが苦戦するのは免れないだろう。あの歳で海軍大将の自分を手古摺らせる実力者とは恐れ入る。
「……溜まった書類……どうしようか……」
「おォ~……どうしましょうかねェ~……」
一ヵ月人質生活を送らなければならないため二人は溜まった本部にある書類の事を心配していたが今はそんな事を心配してる場合ではない。センゴクの体が一ヵ月持つかのほうが心配だ。
「……書類もだけど……センゴクさんは体がもつんですかィ?……」
「……変わってくれ……ボルサリーノ……」
「あいつらわっしには見向きもしませんでしたよォ~……わっし弱いと思われてるみたいですねェ~……」
「……はぁ……しばらくは天井のシミを数える生活か……気が滅入るな……」
「納得いかん!」
そう口にするのは九蛇海賊団船長にしてアマゾンリリーの皇帝であるグレイス。
目を覚ましたグレイスは自分の船の自室で寝ていたことに気づき驚いていた。
グレイスは自分がセンゴクに負けたことを覚えていたので海兵に捕まったと思ったが目を覚ませば自分の部屋で寝ていて周りには看病していたと思われる船医が居た。
船医はグレイスが目を覚ました事に気づき慌ててベルゼリス達を呼んで来た。
部屋に入ってきたのは船医とベルゼリス、ハンコックとソニア、マリー。そして先々代皇帝グロリオーサに何者か分からない『男』。
男が入ってきたのを確認したグレイスは即座に怒鳴り、男───レイリーを殺せと周りにいる部下に命じるが何故か自分の言うことを聞かない。
困惑しているグレイスを余所にグロリオーサがグレイスが負けた後何があったか説明を始める。
ベルゼリスがセンゴクの次に強いボルサリーノを生け捕りにしたと聞いたときは喜んでいたがその後の交渉や自分の七武海加盟について話し終わると怒り心頭に達したようだ。
主に怒りの矛先はベルゼリスに向いておりその視線には殺意さえ乗っている。
ベルゼリスはグレイスの様子に無表情で視線を返しておりその態度もグレイスの怒りを助長しているのだろう。
「ベルゼリス……! 妾を切り捨てるとは……いったいどういう了見じゃ!? 皇帝である妾を蔑ろにしておるのか!? 貴様いったい何様のつもりじゃ!?」
「……あの状況ではもうグレイス様は使い物にならなくなりましたので……九蛇海賊団を生かすために最期に役に立ってもらおうとしたのですよ」
その余りにも冷酷な物言いに一瞬グレイスは呆然としたもののすぐに怒りがぶり返した。
「船長を守らん海賊団がどこにおるというのじゃ!? 命を懸けてでも妾を助けるのが九蛇の戦士じゃろうが!! それとも妾を亡き者にし皇帝の座を狙っておったのか!?」
「船長を切り捨てる海賊団はそこそこいると思いますよ。グレイス様は絶対にアマゾンリリーに必要と言うわけではありません……替えが効く存在です。それと皇帝の座は面倒なのでいりません」
「き、貴様!! 殺してやる!! ベルゼリス!!」
路傍の小石を見るような目をグレイスに向け淡々と言い放つベルゼリスにグレイスの怒りが頂点に達した。
しかし……
「ぐぅっ!?」
ベルゼリスの覇気と増幅したオーラに当てられてグレイスの顔色は蒼くなっていく。
「いい加減にしてもらえませんか? ……私は船に忍び込んだ人攫いから情報を聞き出し天竜人に手をかけた場合どんな事態になるか説明したはずですよ。……しかしあなたは自分が負けるはずがないと慢心し私の忠告も聞かず好き勝手に暴れまわり最後には一騎打ちで無様に負ける始末。……なんで私が海軍や世界政府と面倒な交渉をしたと思うんですか? ……全部あなたが引き起こした面倒事を片付けるため、九蛇海賊団の全滅を避けるためなんですよ。……ここまで無様を晒したあなたには以前までの求心力はありません。おとなしく私の言うことを聞いてください。いいですね?」
その言葉に反論しようとするグレイスだが覇気とオーラの影響で口を上手く開けない。
少しずつ弱っていくグレイスだったが……
「ベルゼリス……覇気を収めなさい……彼女が弱っている」
「……わかった」
レイリーにそう言われたベルゼリスは覇気とオーラを抑える。
「ハァ……ハァ……ま、まさか、は、覇王色の……覇気なのか……?」
「……今はそんなことはどうでもいいでしょう。あなたが負けた後、私はあの方法しか九蛇海賊団を救えないと思ったためセンゴクと交渉した。その後予想外の援軍が来たため交渉は破棄しセンゴクを捕え、政府と交渉した。そうしなければ際限なく海軍が追ってくるからですよ。海軍大将が率いる一部隊にあの様なんですから海軍の全兵力と戦争したら間違いなく九蛇は滅びます。だから政府と交渉して九蛇海賊団の船長が七武海に加盟すると決めて手打ちにしてもらったんですよ……何か文句でもあるんですか?」
実際にベルゼリスが動かなかったら九蛇海賊団は世界政府を敵に回し、近いうちに必ず滅んでいただろう。
そして女ヶ島も何れ後を追う形になるのは目に見えていた。
そう考えて七武海への加盟をコング元帥や五老星に示したベルゼリスだったがここまでグレイスに文句を言われると腹も立つのだ。グレイスの顔は青ざめた表情から怒りの表情に変わり口々にベルゼリスの文句をつける。
やれ九蛇の誇りが、やれ九蛇の臆病者が、
ベルゼリスにそう言い続けるグレイスに、遂にベルゼリスがキレた。
メキィ
「ハガッ!?」
『ベルゼリス!?』
キレたベルゼリスはグレイスの鼻に強烈な蹴りを叩き込みグレイスの鼻をへし折った。
横になっている重症人に対するあんまりな行為に部屋に居たすべての人から非難を浴びるベルゼリス。
「調子に乗るな馬鹿が……嫌なら別に七武海にならなくてもいいぞ。政府にはお前か私のどちらかが入ると伝えてあるんだ。お前が嫌なら私が七武海になるだけだ……その場合お前は用済みだがな……。もう一度だけ聞くぞ……七武海になるのか?……それとも断るのか? ……どっちだ?」
──これで断るのなら本当に殺してやろう。
そう考えたベルゼリスはオーラに殺意を乗せてグレイスにぶつけるとグレイスはすぐに七武海に入ると言った。
一瞬嘘かと思い『円』でグレイスの感情や気配を読み取ると本気で自分に怯えているようだ。
説得と言うよりはほとんど脅しになってしまったが、とにかくこれでグレイスが七武海入りを決めてくれたのでひとまず良しとしよう。
……部屋に居るレイリーとニョン婆以外の者たちからも怯えた目で見られてしまったがベルゼリスは別に気にしていない。
とにかくこれで面倒な事はコング元帥と五老星への報告を残すのみとなったのでそれが終わったら漸く一休みできるのだ。
「ではニョン婆、私はコング元帥と五老星に連絡してくるよ。後は頼むぞ」
そう言ってベルゼリスは船の甲板に出て行った。
ベルゼリスが去った船室ではグレイスが未だに震えていて船医やハンコック達に慰められている。
そしてレイリーとニョン婆は互いに顔を合わせベルゼリスについて話し出す。
「凶暴だな……グレイスが七武海になるのを断っていたら本気でグレイスを殺していただろう」
「うむ、グレイスが大人しく七武海になったからよかったが……」
「この件が終わった後彼女はどうするのだ?……もう女ヶ島には居づらくなりそうだが……」
「安心せい。わしもアマゾンリリーに戻ろう。しばらくはわしがベルゼリスとグレイスの教育をするつもりじゃ。……もうわしは追放されとるがその辺りはこれからグレイスを説得してみようかニョ」
そう言ってニョン婆はグレイスから自分がアマゾンリリーに戻る許可を年の功の口八丁で取るのだった。