暫くセンゴク達と話していると部屋のドアがノックされた。
「ベル、ここにいるんでしょう?開けるわよ」
ドアの向こう側から声が聞こえてきた。
姉のハンコックの声だ。
その言葉の後ドアが少し開き、隙間からハンコックが顔を出し、部屋の中を覗く。
「ちょっと話があるんだけど……入ってもいい?」
「ああ。……かまわないよ」
ベルゼリスの返事を聞きドアを開けるハンコック。後ろにはソニアとマリーも居て神妙な顔をしている。
そして三人は座って話していたベルゼリス達と同じように部屋の床に座り、こちらをジッと見てくる。
………………
「……何か用があるんじゃないのか?」
「う、うん、話があるの」
そう言うとハンコックは数回深呼吸をしてキリッとした目でベルゼリスを見つめる。
「ベル……私達が気絶した後の事なんだけど、グレイス様とベルだけ残って他の仲間にはアマゾンリリーに戻れって言ったんでしょ?」
「言ったよ。……それがあの場では最善な方法だったからな。まあ……ニョン婆とレイリーが助けてくれたから、残る必要はなくなったけどな」
もし二人が来なかったら、ベルゼリスはセンゴクに捕まってた可能性があるのだ。
捕まるつもりは毛頭なかったが、相手は海軍大将だ。確実に逃げられるとは言えない。
「……ごめんね、ベル」
「?……何の話だ?」
「足手纏いになったことよ」
『足手纏い』そう口にしたハンコックは目が潤んでいた。
「ベルが一番の新入りなのに……私達の妹なのに……ベルにばっかり負担をかけちゃって……!」
「私達よりもベルが強いことは知っていたわ。……でもね、足手纏いになるなんて思ってなかった!」
「私達、ベルのお姉ちゃんなのに……!ニョン婆様たちが来なかったら……ベルを犠牲にして……生き延びることになってなんて……!」
三人共泣きじゃくりながら己の無力さを嘆いている。
一歩間違えば最愛の妹が死ぬところだった。自分達は妹と一緒に戦うこともできないほど弱い。
お前達は優秀だ、天才だ、と九蛇の教官達から賛美され、十歳半ばで九蛇の船に乗る資格を得ることができた。
調子に乗っていたのだろう。
ベルゼリスこそ八歳で九蛇の船に乗ると言う異常な結果を出したが、それは一部の例外だと思っていた。
九蛇海賊団で自分達に勝てるのはグレイスか、妹のベルゼリスしか居ない。
他の戦士達には勝てる。
ならば、九蛇の戦士より圧倒的に弱い外界の男なんかに負けるはずがない。
そう思い、慢心していたのだ。
その結果が……無様な敗北だったのは当然だろう。
センゴク率いる精鋭部隊の強さが自分達と互角以上だったため、倒しきれなかったのだ。
そしてセンゴクの放った衝撃波の余波であっさりと気絶したハンコック達。
目覚めたときには全てが終わっていた。
……幼い妹が終わらせていたのだ。
「自分の弱さが……悔しいのよ……!」
その一言にはハンコック達の無念が込められていた。
「……」
ベルゼリスはなんと言えばいいのか分からない。
自分は前世の記憶を引き継いでいるため、この年のどんな子供よりも理解力があるだろう。
理解力があると言うことは、どうすれば効率よく強くなれるのかも他の子供よりよくわかっている。
その上ベルゼリスは前世の死因が原因で貪欲なまでに強さを求めているのだ。
普通の子供同様に自分の娯楽のために遊ぶことがないため、ベルゼリスの鍛錬に費やした総時間はハンコックよりも長いのだ。
己だけの特殊能力『念能力』を使わなくてもベルゼリスの力はハンコックよりも上なのだ。
そのハンコック達の様子をセンゴクとボルサリーノの人質組は難しそうな表情で見ていた。
単純に比べる対象が悪すぎるのだ。
ベルゼリスの姉達も見た目の年齢にしては破格の戦闘力だ。
だが、ベルゼリスとは格が違う。
ボルサリーノを一対一で倒し、全力を出したセンゴクでも苦戦はさせるだろう実力者。
こんな奴と戦闘力を比べたら、ネガティブになってもおかしくない。
「……だったら六式を覚えろ」
「……六式?何それ?」
何のことかわからずハンコックはベルゼリスに聞き返す。
その質問に答えたのはセンゴクだった。
「世界政府と海軍が編み出した六つの技の事だ。習得は容易ではないが……お前達九蛇の戦士ならば、習得すれば必ず己の力となるだろう。今回、ベルゼリスが我々の上司である世界政府のトップと交渉し、その六式を使える者を女ヶ島に派遣することとなった」
「……つまり、もうすぐ教えてくれる人が来るからその人に教えてもらえってこと?」
「ああ」
「……そっか」
ハンコックは目を閉じて少し考え込むと、ベルゼリスに宣言する。
「私達、暫く九蛇の船から降りるわ」
「身体能力も覇気も一から鍛えなおすことに決めたの」
「その六式って技にも興味あるから、自分が納得するまで強くなってから九蛇の船に乗ることにするわ」
ソニアとマリーもハンコック同様、鍛えなおすようだ。
ベルゼリスとしても姉達が強くなるのは都合がいいので修業を推奨する。
勿論自分も六式を覚えるために派遣された六式使いに師事をする予定なのだが。
「ベル!いつかベルよりも強くなってアマゾンリリーの王になるの!そして王になって、今度は私がベルを守るんだからね!」
そう決意してハンコック達は部屋から出て行った。
ハンコックは本気でベルゼリスより強くなるつもりのようだが、『強さ』と言う一点においてベルゼリスは譲るつもりはない。
今回の事件でベルゼリスの強さは、未だセンゴクやレイリーはおろか、ニョン婆にも劣ることが分かった。
まだ八歳だから体が出来上がっていないという理由だが、それでも悔しいものは悔しいのだ。
誰かに強さで劣ることがベルゼリスは気に食わないため、今まで以上に自分を鍛えるだろう。
一般的にそれを負けず嫌いと呼ぶ。
「……いい姉妹を持ったな」
「……」
センゴクの生暖かい視線とその一言にベルゼリスは少し恥ずかしくなり、自分も部屋を出る。
「……知ってるよ、そんな事」
その後の九蛇海賊団と人質となったセンゴク大将、ボルサリーノ中将がどうなったかを記そう。
ハンコックの王になる宣言の数日後。
人質を乗せた九蛇海賊団は、女ヶ島に到着した。
その際、出迎えに来た九蛇の民達は驚愕していた。
担架で皇帝のグレイスが運ばれていたこと、九蛇海賊団にそれなりの死傷者が出たこと、国を飛び出したきり戻ってこなかった先々代皇帝グロリオーサが帰ってきたこと、そして……九蛇海賊団が男を三人女ヶ島に連れてきたこと。
前者二つの事はともかく、後者二つが大問題だ。
完全な私情で国を治める立場の皇帝がその職務を放棄したのだ。当時の部下達からしたらとてもではないがいい感情を抱くことはできないだろう。
そして、女人国のアマゾンリリーに男を招くのは前代未聞の大罪である。
九蛇には様々な掟があり、その内の一つに男子禁制の掟がある。
それは、この女ヶ島に男が足を踏み入れた場合必ず殺さなければならないと言う掟だ。
如何に自分達の王が命を助けられたとしても、頭の固い頑固者はどこにでも存在するのだ。
さて、そんな者達をどうしたかと言うと……物理的に黙らせたのである。
最早世界政府と九蛇の取引が成立間近で暴れるつもりがない人質二人から海楼石の手錠を外し、うるさく騒ぐ馬鹿共と戦わせたのだ。
ずっと狭い部屋に閉じ込められてストレスが溜まっていたため(特にセンゴクは)びっくりするほどの速さで九蛇達を瞬殺したセンゴクとボルサリーノ。
その圧倒的な力を見せたセンゴクは九蛇海賊団の船員のみならず島にいた国民達にも人気になり、大勢の女がセンゴクの元へ押しかける羽目になった。
これにはセンゴクも泣きが入った模様である。
そして、今回の戦闘で生き残った九蛇海賊団の船員は、ニョン婆監修の元、一から鍛えなおすことになった。
怪我が治ったグレイスなどのプライドの高い者は、ニョン婆に鼻っ柱をへし折られハートマン軍曹並みの言葉攻めをされ苛烈な修業を受けることになった。
そして、約束の一ヵ月が過ぎた。
凪の帯付近にて
センゴク、ボルサリーノの二人を乗せた九蛇海賊団の船は、引き渡し場所に居た軍艦の横に船を停めていた。
人質の二人は漸く帰れると喜んでいたが、軍艦に乗っている海兵達を見て冷や汗を流しだす。
海軍の英雄ガープとその弟子のクザンが怒りの形相で自分達を睨みつけているのだ。
二人が怒っている理由は、センゴクとボルサリーノが一ヵ月仕事ができない状態だったのでその分の仕事が他の将校たちに回ってきたことである。特にガープとクザン、ここには居ないがサカズキとつるの四人は海軍の中でも有数の実力者なのでその分多くの仕事を任されることになったのだ。
しかも、ガープは有給を取って生まれたばかりの孫と遊んでいたと言うのにコング元帥から元帥命令で有給取り消しの上海軍本部に呼び戻され、ブラック企業も真っ青な仕事が叩きつけられたのだ。
これだけでもガープには我慢ならないと言うのにさらにガープの怒りを助長するものがあった。
それは九蛇の船に乗っているセンゴクに九蛇の女達が目をハートにして群がっているのである。
予めコング元帥からセンゴクの『お仕事』を聞かされてはいたが実際に見てみるとかなりムカつく光景である。
自分達が睡眠時間も削って仕事させられていたと言うのにこいつ女とイチャついてやがったのか……。
センゴクからしたら全力で否定したい事であり、完全に被害者なのだがそんなこと知ったことではない。
殺る気全開のガープとクザンが指をバキバキと鳴らしている光景を見てセンゴク達は帰りたくなくなってしまった。
しかし、元々人質を引き渡すつもりでここに来たので帰ってもらわねば困るのだ。
青ざめた表情の二人を無理やり軍艦に乗せ、それと入れ替えに一人の女海兵が九蛇の船に飛び乗った。
どうやらこの女が六式の教官のようだ。
人質の引き渡しが終わった後グレイスの命令でアマゾンリリーに帰還する九蛇海賊団。
こうして九蛇は七武海に加盟したがこれからは更に鍛錬を積むことになるだろう。
グレイスもだが一人一人の九蛇の戦士の質を上げなければ、いずれこの世界の怪物たちに蹴散らされてしまう。
それはベルゼリスも同じで、一対一でセンゴクやレイリーに勝てるように強くなる決意をしていた。
(まずは六式の習得だな……)
なお、背後からのセンゴクの「ぬわーーっっ!!」と言う断末魔は聞こえなかったことにする。