「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、煉」
……、おや? パチュリーさんのいつもの言葉とは違うぞ?普段ならば、おかえり、なのに今日は、おかえりなさい。
もしかするとまた私がやらかしてしまったのか?
それに、今日は一段と不機嫌な声音でもあるご様子。
「ねえ、煉」
「はい、何か御用があれば何なりとお申し付けくださいませ」
「やっぱり変わらないわね、その変な口調は」
癖付いてしまっているものであるがゆえに、直そうとはしているのだ。しかし、この癖が全く手を放してくれないのだ。
「今日のパチュリーさんの髪型はポニーテールですか。本当に綺麗です。初めて出会った頃から変わらない美しさです」
「そう。魔法使いなのだから、姿や形が何も変わらないのは当然のことよ。私が聞きたいのは、そういう褒め言葉じゃないのよ」
話を逸らそうとするのは逆効果のようだ。ほんの少しだけ、パチュリーさんの眉間にシワを寄せさせてしまった。
このような失態をもう二度と犯さないように気をつけなければ。
そのような考えは今は脳の端の方に寄せておこう。ここからのパチュリーさんの話を、一言一句を、声を脳内に焼き付けなければならない。その上で、思考しなければならないのだ。余計なものを考える余裕なんてものはない。
「最近、煉の帰りが遅くなっているような気がするのだけれど、私の勘違いかしら?」
「いえ、そのようなことはあるはずがありません。確実に、私の帰りが遅くなっているのです」
「そうなのね、菫子のところにでも通っているのかしら?」
「私は菫子さんのいる場所には、ここ2週間は行っていません。私は確かに菫子さんのことは美人だと思ったことはあります。それは男の性だということは理解していただきたいところです」
「それで?」
「しかし、私の思いは全てパチュリーさんの方向へと向いています。なので、菫子さんのもとにプライベートな理由で行くことはありません」
要約すると、推しはパチュリーさんだから他のキャラクターに行くはずがないということ。
実際、俺の推しはパチュリーさん一択だ。もし、ここで改宗しろと言われると死を選ぶ覚悟もある。
パチュリーさんは俺の放った言葉に思わず戸惑いが隠せていなかった。やはり、純粋な好意にはパチュリーさんはまだ耐性がないようだ。しかし、それにつけ込んだやり口はしないことをここに誓おう。
「理由を素直に申し上げますと、非常に私がこっぱずかしくなるのですが、それでも良いでしょうか?」
「ええ、いいわ。私にはこっぱずかしくなる要素がないもの」
全くもって、パチュリーさんのおっしゃる通りでございます。
「えっとですね、体育祭の練習に励んでいます」
「あら、それならば良いことでしょう。こっぱずかしくなるものも何もないじゃない」
「普段ならば、決して練習なんてものはしません。しかし、今回に限っては違います。今回に限っては、パチュリーさんがわざわざ見に来てくれる。それが今回の私の原動力となっているのです」
「ちょっと待って、それは初耳なんだけれど」
そう言って、パチュリーさんは顔を真っ赤にして頭を抱えこむ。初耳もなにも、俺が言ったことは、ちょうど今、この瞬間に初めて言ったことなので初耳に決まっているのだ。それなのに、どうしてそんな反応を見せているのだろうか。
「それって、私のためにはってことなのよね?!」
「ものすごく簡略化して言えば、そういうことになります」
「だからそういうのを平然というのはーっ!」
パチュリーさんは現在、俺の何に対して怒っているのだろうか。
パチュリーさんの今の姿勢に合わせてしゃがみこみ、顔を上げると視線が自然と合うような位置をセットする。
「パチュリーさん、どうしました? 私、また何かやらかしてしまいましたか?」
「いや、だから……!?」
顔を上げたパチュリーさんと目が合う。次の瞬間には左頬からパチィンという乾いた平手の音と鋭い痛みが襲いかかってきた。
パチュリーさんは、苛立ったような様相で、それ以降、その日は1つも口を利いてくださらなかった。
何か俺がやらかしてしまったというのは火を見るよりも明らかだが、何が原因だったのだろうか……。今の俺では全く分かりそうにない。