とことん真面目に知波単学園   作:玉ねぎ島

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30.混戦(サンダース戦開戦)

12月11日午前10時。

おそらくここにいる誰もが経験していないであろう大観衆の中、試合は始まろうとしている。

 

しかし両チームの隊長が試合の挨拶をし、これから皆が戦車に乗り込もうとする段においても、アリサの顔からは強張りが消えない。

もちろん隊長がアリサになってからも練習試合は何度か行っている。しかしアリサの選手生活においてもこれだけの大観衆の中での試合は異次元であり、そして相手は弱小戦車のチハが大半とはいえ、失うものは何もない捨て身の知波単。正直どんな戦法を取ってくるかも分からない。ホームの大声援がそのままプレッシャーとなってアリサにのしかかっていた。

 

「アリサ!」

 

「・・・」

 

ケイに声をかけられても、アリサはすっと反応することが出来ない。

 

「アリサ、あなたは誰かに見てもらうために戦車に乗っているのかしら?」

 

「いえ・・・試合に勝ちたいからです」

 

「それだけ?」

 

「あとは・・・戦車が好きだから・・・」

 

「他は?」

 

「サンダースのみんなが好きだからです」

 

「OK! それで大丈夫。今日こんな会場にしたのは私よ。そして隊長にあなたを指名したのも私。何かあっても私の責任だから気にせずガンガンいっちゃいなさい!」

 

ケイのいつもと変わらぬ明るい声は、本当にどんなことがあってもケイが責任を取ってくれるような安心感をアリサに与えた。

 

「イエス、マム!」

アリサの強張りも少しずつ取れてきたようである。

 

「アリサ、確かに今日の試合にはみほも、ダージリンも、カチューシャもみんな来ている。でもね。シャーマンに乗ったサンダースの子たちを指揮するのに私とアリサ以上の人はいないわ。試合の勝敗も大事だけど、あなたが忘れちゃいけないのは隊長としてサンダースの子たちをきちんと導いてあげること。それを忘れないでね」

 

そうだ。私はサンダース大付属の戦車道の隊長なのだ。隊長として見せないといけないものがある。返事はいらない。うなずくだけで十分だった。それを見たケイもいつもの笑顔を見せて戦車に乗り込む。

 

「いくよみんな! Go Ahead!」

 

花火が上がり、いよいよ試合が始まった。

 

~~~~~~~~

 

「(チハならあの高地を登るのは相当時間がかかるはず。おそらく先に頂上は取れる。先に高地をこちらがとれば断然有利。あとは隠れているのを引きずり出して上から叩けばよい)」

 

相手がチハ、そして味方にはファイアフライがいるサンダースとしては当然の作戦だろう。ナオミが9輌を率いて高地へ、アリサがケイ他の9輌を率いて知波単が拠点とするであろう、進行方向から見て高地右の林の方向へ、大学選抜との試合でサンダースと知波単が苦汁を味わされたその林を模した地点へ向かう。

 

「さすがにサンダースの隊長も、ドーザー3輌、そして林の色に合わせた迷彩の意味は分かっているようね」

 

「そのようね!」

 

ダージリンに先に予想を言われて、その通りに事が進んでいることにむくれるようにカチューシャが言った。

大学選抜との試合会場を模した今回の試合会場。林の多くは広葉樹であり、季節柄、そして海を航行する学園艦というのもあるだろう。そのほとんどが葉を落としている。車体をいくらか隠すであろう緑の葉はないものの、逆に木と地面が同じ色になっており、同じような色に1色で塗られたチハがダックインしてしまうとなかなか見つけ出すのは骨が折れそうである。しかも知波単が地面すれすれで砲撃してくることは先の大洗との練習試合で明らかになっており、さらに今回は車体が高いゆえどれだけ隠れられるかは分からないが、75mm砲を備えた四式中戦車もいる。不用意に近づくのは危険であるのは間違いない。

 

そうした敵を打ち負かすのに最適な方法は、上から強力な砲で叩くこと。アリサはまさにそれをやろうとしている。

 

「でも1つ気になるのは・・・知波単の戦車、規定一杯の10輌が煙幕装置積んでるわよ。ただ単に隠れるだけで済みそうにないわ」

 

「本当ね。良くそこまで見えたわね、カチューシャ」

 

「カチューシャの視力は5.0ですから」

 

「それじゃドカベンの岩鬼じゃない! 適当なこと言わないでよ、ノンナ!」

 

「失礼致しました。本当は2.0です」

 

「私と同じか」

 

「あら、起きてたの? マコーシャ」

 

「この試合は・・・見ないといけない。さっきダージリンさんも言ってたろ。何かが生まれるかもしれないと。私達はこのサンダースや知波単と戦わないといけないのだから」

 

~~~~~~~~

 

迷彩を塗り替え、煙幕装置を10輌に搭載した知波単の戦車。20輌は全速で進んでいる。

 

「いい風だ。これは天も味方している」

 

知波単側が風上であり、煙幕を使えばそのまま進行方向のサンダースの方に煙は流れる。反対側から進軍してくるサンダースからこちら側が見えるようになるには10分ほどか。煙幕を張るとはいえ、作戦を考えれば万全を期して相手に見られるまでにこちらの姿を隠したい。

 

「よし、いくぞ! 伏兵的前進! 煙幕装置作動。各車は周囲の発光信号に注意しろ」

 

「煙幕装置作動!」

 

「煙幕開始!」

 

煙幕が広範囲に広がるよう、平地機動に優れた一式中戦車2輌が煙幕を張りながら蛇行、残りの8輌も一斉に煙幕装置を作動させたため、辺りは一気に真っ白になり戦車が見えなくなった。

 

「西隊長! ご武運を!」

 

「そっちもな!」

 

林に隠れる組とそのまま進軍する組が分かれたが、その様子は観客からも、もちろんサンダースからも分からない。

サンダースの偵察車両が煙に包まれた知波単の戦車を確認したのはその1分後だった。

 

「こちら先遣隊。敵戦車は・・・相手は煙幕を使っています。詳細は不明です」

 

「使うかもしれないとは思ったけどね・・・どうする? アリサ」

 

「相手もそれほど多くの戦車を割くことは出来ないでしょう。煙幕を張る時間にも限度があります。各車へ。あせることはない。配置はこのまま! ナオミ、相手は高地左のふもとを抜ける可能性が高いわ。偵察車両をそっちに回してちょうだい」

 

「了解!」

 

~~~~~~~~

 

「おお! やはり今回は煙幕を使ってきましたね! これはどうなるかますます分からなくなってきました!」

実況を務める秋山優花里のテンションもMAXに近づいている。

 

「うん。ただ、煙幕がさっきから一段と濃くなった。これは・・・単に姿を隠すという以上の何かを意図しているのかもしれない」

 

「おお! 西住殿ならではの目のつけどころ、直感ですね! いったい何なんでしょう!?」

 

「それが何かは分からないけど・・・でも気になるのは四式中戦車がどこにいるのかってこと。それが大きく戦況に関わってくると思う」

 

その実況と解説を聞いた観衆から大きなどよめきが起こる。

決して思わせぶりに話すのでもなければ、煽るつもりもない。ただ西住みほは、相手の心を動かす天性の言葉の感覚を持っている。いかにも天才を思わせる状況判断と分析は、多くの観衆の心をつかむには十分だった。戦車でドンパチ撃ち合うのが戦車道の戦いと思っていた向きには、今の戦車が煙幕に包まれた状況は不可解かもしれないが、ほとんどの観衆は今から何が起こるのかという期待感と興奮に包まれている。もちろん実況を務める優花里のテンションがそのまま伝わったというのもあるだろう。

 

だからというわけではないのだろうが、いつも気だるそうな冷泉麻子にもその雰囲気は全くない。

 

「正直、戦車道の作戦というのはよく分からんのだが・・・ダージリンさんやカチューシャさんなら、四式はやはり隠すか?」

 

「もちろん。唯一敵を一撃で倒せる戦車を、最初から晒す必要はないんじゃなくて?」

 

「マコーシャが言いたいのは、逆に囮に使ってくるんじゃないか?・・・ってこと?」

 

「ああ」

 

「相手の出方によるわね。サンダースも偵察車両を1輌回しただけで布陣は変えてない。サンダースはシャーマンだし、戦車も均等に分けてるから今の段階でジタバタする必要はないわ。あのサンダースのそばかす隊長・・・それなりの場数も踏んでいるようね」

 

サンダースは優勢火力ドクトリン。ましてや相手は大半がチハである。相手の出方も分からないうちにバラバラになるリスクを冒すのは愚策ということだろう。導入部分をしっかり説明した上でいよいよ結論・・・というところで、いつもの人がカットインする。

 

「つまり四式の価値が生きるのは・・・相手が乱れて混戦になった時ということね」

 

「・・・もう! いつもいつも私が言おうとしてる先を言わないでよ!」

 

他校の来賓席は、前にカチューシャ、ノンナ、ダージリン、オレンジペコが並び、その後ろに麻子、沙織、華が並んでいる。ダージリンがいつもこの調子でやっているなら、カチューシャじゃなくても大変だろうなと沙織と華は顔を見合わせた。そして ”いつもこんな感じなので・・・すいません” と言いたげにオレンジペコが振り向いて2人に会釈する。またノンナも・・・ ”聡明なカチューシャも素晴らしいのですが、こうして不機嫌になるカチューシャもまた可愛いのですよ” と言いたげに振り向いて微笑みを浮かべながら2人に頷いた。

 

「(なんなのよ・・・この空気を読む達人たちは・・・)」

気を取り直したい一心で沙織は、戦いが始まってから初めて声をあげた。

 

「み、みぽりんは、ただ姿を隠すだけじゃないかもと言ってたけど、そしたら西さんはすごく隠そうとしてるのかもしれないね」

 

「すごく隠す・・・フフフ。その発想はなかったわね」

微笑みを浮かべながらであったが、言い終わった後、すぐにダージリンは隊長としての鋭い表情に変わった。

 

~~~~~~~~

 

当の知波単においても、四式中戦車をこの戦いでどのように活かすかは最大の懸案であった。

 

一撃必中を狙うべき場面で活用する。それは分かっている。しかし、それがどういう場面なのか? そして果たしてその場面に持ち込むことが出来るのか?

一先ず今回は、1年生だが、知波単の砲手の中でも一番の技量と大舞台での経験を踏んでいるであろう五十嵐を谷口車から抜いて、四式の砲手に置いた。

 

結果、どのように活用するに至ったかの記述は先に譲るとして、いずれにせよ、知波単の戦車は未だ煙幕の中に身を隠している。見た感じの煙の濃さだけでなく、発光信号の光の具合も見ながら煙幕の濃さを調整してきたが、後の作戦を考えてもこのままずっと煙幕を使うわけにはいかない。

 

「(風向きのおかげで、なんとかふもと近くまでは来れた。ここから先は仕方あるまい)」

 

「各車煙幕止め! 伏兵的前進は第二段階とする!」

 

先行していたチハ3輌が、車輌に搭載している発煙筒を車体に置いて蛇行や加速減速を繰り返す。ただ当然その煙は全ての戦車を覆えるわけではない。発煙筒の煙、そして各車蛇行と加速減速を繰り返してなんとか捕捉されないようにしようと苦心はしているが、サンダースの偵察車輌からもようやく知波単の戦車を確認出来るようになった。

 

「こちら偵察車。知波単の車輌は・・・10輌以上はいます」

 

「了解! 四式はいる?」

 

「おそらくチハだけです」

 

「(想定よりも多いな・・・)」

 

アリサとしても、知波単が戦車を分け高地にいるサンダースの戦車を牽制しようとすることは想定していた。しかし数としては多くて6、7輌を考えていた。これでは林に伏兵しているであろう戦車よりも多いではないか。おそらく勾配の緩い側へ回り込むつもりなのだろうが、これは先に高地にいる隊から攻撃しようということで間違いなかろう。

 

「(ならば・・・こちらも先にそちらを片付けるまで!)」

 

「ナオミ! 報告の通りよ。知波単はさきにそっちからやろうとしている。望み通り迎撃してやりなさい!」

 

「とっくに照準はつけている・・・」

 

轟音と共にファイアフライの砲弾が放たれ、発煙筒の煙が消えかけた旧チハを一撃で撃破した。

それを合図に高地から砲弾が降り注ぐ。当たれば一撃で白旗が上がるチハである。知波単の戦車隊に一気に緊張が走った。

 

「みんな! 回り込むまでの辛抱だ! そうしたらまた煙幕を張れる。単調になるな! なんとかここを凌げ!」

 

西の叱咤激励も及ばず、新たに2輌が白旗を上げた。これ以上はなんとか・・・願うような西の気持ちが届いたか、林の方で動きがあった。

 

「こちらドッグ! 知波単の戦車が突撃してきます!」

一番前線に近い小隊から報告が上がる。

 

「何輌? 戦車は?」

 

「おそらくチハですが、動きがおそろしく速いです! うわ! もう来た!」

 

「(タカ子の突撃隊か・・・こしゃくな)」

 

「履帯破損! あ・・・」

 

シャーマンから白旗が上がる。林の色と一体化した新チハが木々を縫うように、そして互いが交差しながら縦横無尽に走り回る。しかも無駄弾を発射している思えるように砲撃・・・これは数を多く見せつつ、エンジン音をかき消す狙いもあったのだが・・・とにかく、実際には谷口車と山口車の2輌しかいなかったのだが、サンダースにはそれ以上の戦車が突撃しているようにしか思えなかった。

 

「ケイ!」

 

「もう向かってるよ、アリサ。・・・と思ったら撤退したよ敵さん」

 

「ケイ、敵の突撃隊は何輌ぐらいですか?」

 

「たぶん5輌もいないよ。2、3輌ってとこじゃないかな?」

 

「(2、3輌だけ来て深追いはしてこない?・・・となれば、四式はその奥に隠れているか・・・ならやるべきことは)」

 

「ナオミ、林の方は捨てていいわ。そっちのふもとの方が主力だから全力でそれを叩いて!」

 

「4つは仕留めたが、もうすぐ回り込まれるぞ。そしたらまた煙幕を使ってくるかもしれんぞ」

 

「4輌やってくれたなら十分。知波単も煙幕の中で戦えるわけじゃない。向こうも混戦に持ち込みたいのだろうけど、数も質もこちらが上。このまま捻り潰してやる! 全軍、このままふもとにいる知波単を叩くわよ! Go Ahead!」

 

偵察の1輌を残して、アリサが率いる隊も高地のふもとへ向かう。このままだと高地ふもとの西の隊は上からと正面からと挟み撃ちされる形になる。

 

「西隊長、アリサの隊がそちらに向かったようです」

 

「了解した」

 

「(16対19で、高地に上がる前に来られたか・・・想定していた中で最悪だな。まあ敢えて混戦に潜り込んでくれるのならこちらも望むところ・・・)」

 

「敵の主力がこちらに来ている。目標を変更してこのまま正面の敵主力を突っ切るぞ。煙幕も使うがいつまでもつかも分からん。各自攻撃よりも回避に専念せよ! 車長は防煙眼鏡を装着。煙幕装置作動!」

 

各車長は再度防煙ゴーグルを装着、2輌ずつ煙幕を作動させていく。

 

「(混戦で何輌か潰せば、四式が何輌か叩いてくれれば勝機はある。煙幕を張れるのは3分ほどか。その後こちらがどれだけ持ち堪えられるか・・・)」

 

「玉田、いよいよ四式の出番だ。ぜいたくは言わん。ファイアフライだけを確実に仕留めろ!」

 

「了解であります!」

 

戦いは新たな局面を向かえつつある。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車
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