とことん真面目に知波単学園   作:玉ねぎ島

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小説内における時系列を。

7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合(36~37話)
2月初旬:サンダースとの合宿(40話)


41.ボコ(戦うココロ)

2月某日。来たる大洗戦の試合会場の通知が戦車道連盟から西の元に届いた。

 

会場は通称玉ねぎ島。瀬戸内に浮かぶそこそこ大きな島で、近年戦車道の誘致に熱心らしい。西自身は実際に行ったことはないが、その島にまつわる国生み神話の話から、島の存在自体は知っていた。

 

程なくして隊長室の電話が鳴った。サンダース大付属のアリサからである。

 

「ハロー! ごきげんはいかが!?」

 

この言葉から始まる電話に西もだいぶ馴染んできたようである。

 

「会場、玉ねぎ島だってね! ちょっと厄介・・・というか、未知の部分が多いわね」

 

どういうことかとアリサに聞いたところ、近年玉ねぎ島が戦車道の誘致に熱心なのは理由があるらしい。

 

大阪や神戸にもほど近い立地ではあるものの、ご多分にもれず過疎化の波にのまれている状況。観光に力を入れ、それなりに活況は示しているものの人口の流出が進み地盤沈下は否めない。加えてバブル時の無計画な開発が今は重石となり、それが遺構のように負の遺産として存する状況でもある。

さらにはこの島にはもう一つ特別な事情がある。そう、前世紀末に阪神を襲った大地震。その震源となったこの島も大きな被害に見舞われ、その後の過疎化を決定づけることにもなった。

 

そんな状況において、島の市長が目を付けたのが戦車道。

古くは瓦の有数の生産地であったらしいが、今はそれが発展してカーボン材の生産が盛んになってきたらしい。

 

戦車道には必須である特殊カーボン。島をあげてその製造に着手し、それを使用して建材なども開発、かつて住宅の倒壊に見舞われた震災からの復興の一つの象徴として注目されるようになった。また戦車道の試合においては、バブル時に開発されたものの頓挫したまま放置されている遺構の有効活用もできる。一方、戦車道連盟にとっても、国から莫大な補償が得られるものの、試合の度に街が破壊されるというのは費用対効果の面で問題になりつつある。

 

「つまり戦車に使われるカーボンを使用して、建物とかの障害物を作って、そこで試合をするというわけ。これがうまくいくなら、実際の街で試合をする時も予め外壁としてそのカーボンを設置するというのも出来る。そしたらこれまでみたいに壊れることは少ないから補償の支出も抑えられる。逆にカーボンを売る側としては ”これだけ安全なんだ” というのを証明して建築や土木に活用していきたい。いろんな面で国としても注目してるわけよ」

 

「ただ、その会場を使用しての試合が今回が初めて。つまり実際に試合をする側としては、その障害物にどれだけの耐久性があるか分からない。それをどう判断するかで戦略も大きく変わってくる」

 

確かに見ようによっては最強の盾に守られることになる。もちろんそれは相手側も同じであるが。

 

「ただ、先の大洗での親善試合では、KV2の榴弾砲はホテルを粉砕していました。それでも破壊できないということがあるのでしょうか?」

 

「でも、大学選抜との試合ではカールの大型砲を食らっても戦車は壊れなかったからね。まあ一説にはランダムに壊れる仕様になってるという話もあるけど・・・」

 

なんにせよ、実際に会場を視察してみないと作戦の立案は出来そうにない。

 

「貴重な情報を有難うございました! 戦車道連盟からの通知では ”戦車に使用される特殊カーボンを実験的に使用した会場での試合となります” の一文しかなかったですから。もちろん安全性には問題ないとのことでしたが・・・」

 

「まあセレナさんがそういう話をあなたにしたとも聞いてるけど・・・うちのOGはそういうところにも巣食っているからね。でも、私はそうした情報網を使用することは悪いこととは思わない。大人だけじゃなく学生や子供においても、完全に平等な競争なんて有り得ないからね。それならば利用できる環境にあるのなら、利用しないとかえって不誠実だと思う。利用したことが勝ち負けの値打ちを下げるとも思わないしね」

 

「はい! 仰る通りです。我が知波単もこの試合は何をしてでも勝つとの気概でおります」

 

「ふーん・・・ 変われば変わるものね」

 

「試合においては生き残って勝利を目指して、最後まで戦うことこそが正義だと知ったからです。我々の先人はそれを知りながらも、絶望的な戦況に対し死と引き換えに戦うことしか出来なかった。しかし圧倒的な戦力差は、そんな死を賭した思いですらも、いわば戦いの舞台に立つことすら許さずにズタズタに引き裂いたわけです。現代に残された私達が同じことをしていては先人への手向けになりません。そう思うのです」

 

「あなたも背負っているものがあるというわけね・・・」

 

「そんな大げさなものではないですが、使命だと思っています」

 

「使命だとかいう方がよっぽど大げさだと思うけど・・・まあ、いい話が聞けたわ。大洗戦、私達の全てを出し尽くすわよ!」

 

「はい! 宜しくお願い致します!」

 

西とアリサは決意を新たにして電話を終えた。

 

一方の大洗女子学園においても・・・今回の試合会場をめぐる特別な事情は既に知り得ていた。もちろんそれは、OGの人脈を駆使したサンダース大付属とは別の方法によるが。

 

先の大学選抜との試合後、戦車道の運営を管轄する文科省への風当たりは非常に強いものとなった。そのため、その最前線の当事者ともいえる辻は責任を取る形で左遷することになったのだが・・・ノーサイドの精神に則り全て水に流そうとする角谷の嘆願によって回避されることになった。当然角谷としては単に嘆願して回避させて終わりではない。不正にならない範囲で、情報の供与等の便宜を図るよう見返りとして辻に要求したのである。

 

そして、大洗女子学園においても、実際に会場を視察してみないと作戦の立てようがないとの判断がなされることになった。

 

~~~~~~~~

 

試合の通知があった1週間後。試合を3日後に控えた知波単と大洗は、それぞれ試合会場で視察を行っていた。両校の申し合わせにより、それぞれの連合軍を組む他校の視察は試合前日から行うことになっており、この日は両校の主要メンバーだけが顔を揃えている。

 

「西さん、久しぶりです」

 

「西住さん、こちらこそお世話になります」

 

前回に西住みほを見たのは12月のサンダースとの練習試合。それから2ヶ月ほどしか経っていないが、久しぶりに見たみほの姿は以前とは違い、かなり大人びた印象を西は持った。

もっともみほの立場は、前年度優勝校、そして島田流の後継者が率いる大学選抜をも倒したスーパースター集団を束ねる高校の隊長である。一般の女子高生とは違う濃密な時間が彼女の中を過ぎていても何ら不思議ではない。

 

「前回お会いしたのは年末でしたが・・・それほど経っていないのに、西住さんにはさらに風格のようなものが出てきたように思います」

 

「そうですか・・・自分ではよく分からないですけどね。ただ私は以前と同じ西さんを見てホッとしたような感覚です」

 

「まあ、相変わらずの調子でやっていますが・・・」

 

「いえ、そうではありません」

 

自嘲の台詞を言おうとした西の言葉を、即座にみほが遮る。

 

「前回会ったのが12月の知波単とサンダースの試合の時。私達はあの試合の帰りに、試合に負けた知波単のことを考えました。負けて悔し泣きをする西さん達を見て、負けるとはこういうことなのかと・・・生意気に聞こえるかもしれませんが、私達は戦車道の試合ではほとんど負けたことがありません。だから、負けるということがこれほど怖いことなのか・・・ここからどうやって立ち上がればいいんだろう・・・そういうことを考えてしまったんです。西さんはじめ、知波単のみんなはあれだけ頑張ったのに・・・この先大丈夫なんだろうかと心配した人もいました」

 

「でも、知波単の人達はこんなに早く立ち上がった。年末年始の千葉でのイベントや、年明け早々のアンツィオとの試合についても記事を読みました。試合に負けて1ヶ月も経たない間にホント凄いなと思ったんです。そして今回の試合。知波単だけじゃなくて、サンダースやアンツィオやプラウダ、黒森峰や聖グロまで巻き込んでの試合になった。それだけ知波単の勢いが凄いということだと思うんです」

 

ものすごく褒められているのだろうが、西はいまいちピンと来ていない。

 

「西さん、ボコられグマのボコって知ってますか?」

 

「はい。あの大学選抜の試合の後に、大洗のボコの博物館が新しくなったとは聞いています」

 

「ボコがどんなかは知らないんですね・・・まあそれはいいんですけど、知波単の人を見てると、ボコみたいだと思えるんです。決して逃げたりしないところが。”戦わない知波単は知波単じゃねえだろ!?” って」

 

”ボコを知らないんですね” と言った後のみほが少し沈んだように思えたが、ピンと来ていない上によく知らないボコまで出てきて、西はますますわけが分からないようである。しかし、そんな西の様子を置き去りにするように、みほの話は熱を帯びてきた。

 

「負けても卑屈にならない。堂々としている。戦うココロをなくさない! 絶対逃げない!」

 

さらにみほは続ける。

 

「私は負けたらどうしよう・・・逃げ出したい・・・戦うのが怖いと思ってしまう弱い人間です」

 

西住流を受け継ぐ者に生まれたが故の苦悩はあるのだろうが、軍神と称される高校生が ”私は弱い” と言われても西には納得ができない。

 

「いや、西住さんは無茶苦茶強いですし、西住さんが弱いなら私なん・・・」

 

「だからそういう話じゃないんです!!」

 

みほが強い口調で西の言葉を遮る。

 

「私はずっと西住の名前で戦車道をしてきました。負けることは許されない。勝って当然という世界です」

 

「でも、大洗に来てそれは変わった。勝ち負けだけじゃない。戦車に乗ることは、戦車道は楽しいんだと改めて感じたんです。そして大洗に来て思ったのはそれだけじゃない。黒森峰で、西住の名前で戦車道をすることが、どれだけ恵まれていたことかってことを痛感したんです。よその高校はこれだけ厳しい環境で、制約がある中で戦車道をしてきたんだなって・・・」

 

「それでも決して戦うココロをなくさない・・・もうホント、ボコなんです」

 

相変わらずボコのことは分からないが、みほの言いたいことが西にも理解出来てきた。戦うココロをなくさないということでは、突撃一辺倒だった時も含めて知波単には一片の陰りもなかったとの自負はある。

 

「意志あるところに道は開ける」

 

「リンカーンの言葉・・・ですか?」

 

西の言葉にみほが答える。

 

「はい。何が正しいかなんてのは私には分かりません。だから今やっていることが正しいかなんて分からないですし、もしかしたら今どこに向かっているのかすら分かっていないのかもしれません。でも、それでも等しく今日が来て、明日が来る。だから私達に出来るのはその日その日を精一杯生きること。これまで知波単をなじる、侮蔑する声は私達にも聞こえていました。しかし、それで心を乱されることはなかった。なぜならその日その日を知波単の人間は精一杯生きてきたからです」

 

「なじる人間が私達の代わりに戦ってくれるわけではない。そんな人間のいう言葉に耳を貸す必要はない。以前も今も、私はそう思っています。ただ、今は決して私達だけの力で戦っているわけではない。そう思うようになりました。知波単の中にも外にも、私達のことを応援してくれる人はいる。それを知ったのです」

 

「チハで戦車道の試合を戦う。これがどれほど困難なことかは承知しているつもりです。今でもこれは自信を持って言えますが、以前の私達もその困難に立ち向かうということでは決して逃げていたつもりはありません。ただ、敢闘精神や伝統ということに寄り掛かりすぎていたように思います。この先知波単が続く限り、我々は如何様な過去も、困難な現実も受け入れなければなりません。どこかの政治家も言っていましたが、損だから、困難だからとか言って、冷や飯を食う覚悟もない人間が知波単の舵取りをする、未来を語ってはいけないんです。どんなに無様であろうと、どんなに希望がない状況であったとしても、我々はそこから逃げることは出来ないんです。それをしてしまうと、応援してくれる人も、自分自身も否定することになってしまう・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「やっぱり・・・ボコじゃないですか~!!」

 

西の言葉を聞いたみほは、実際に家でそうしているかは分からないが・・・ まるでボコのぬいぐるみを抱きしめるように、西を抱き締めた。パニックになっている西は何も出来ずに固まってしまっている。

 

「試合、頑張りましょうね!」

 

抱擁を解いたみほは、そう言いつつ一方的に西の両手を握り締め、先ほどの風格のある姿とは別人のようになって大洗の人の輪に戻っていった。戻ってきたみほの様子を見た秋山優花里が ”西住殿! 西殿はいかがでしたか?” と問いかけたところ、”うん!ボコだった!” と即答で満面の笑顔で答えたことに、みなは???ともなったが。

 

一方で固まりが解けた西も ”少しカッコイイことを言い過ぎたかな・・・” と自嘲しつつも、 ”いや、その思いに嘘、偽りはない” と思い直し、来たるべき試合に向けて闘志を新たにした。

 

なお、ボコがどんなものかが気になり、DVDをTATSUYAで借りて観たのはいいものの、”西さんはボコなんです” というみほの言葉が、褒められているのか馬鹿にされているのか分からなくなったのはその夜のことである。


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