「しかし・・・一応は女子高生である自分らがする話でもないんだろうが・・・誰もが戦争なんかしたくないと思っているのにそれは起きてしまう・・・
で、一旦事が起きればどちらかが敗戦国となり奪われる。もちろん戦勝国も無傷で勝てるわけじゃない・・・難しいものだな・・・」
自らが言うように女子高生らしからぬセリフをエルヴィンは口にした。
「カエサルが ”賽は投げられた” とルビコン川を渡ったのが紀元前49年だ。死者数などの記録が残る歴史上最古の戦いであるメギドの戦いが紀元前15世紀。
直接的には関係ないが、哲学の祖であるソクラテスが ”無知の知” を説いたのが紀元前400年代、釈迦が仏教を開いたのも紀元前5世紀頃と言われている。イエスが教えを説いたのが約2000年前、ムハンマドがアッラーフの啓示を受けたというのが西暦610年頃の話だ。
有史は正に戦争の歴史と言えるかもしれない」
カエサルがこれまた女子高生らしからぬ知識を披露する。
おりょうも続く。
「江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に奏上したのが1867年。それから30年を待たず1894年に日清戦争が勃発、そして日露戦争が1904年。列強の野心が蠢く中よく耐えたもんぜよ」
そして西も続けた。
「21世紀になっても軍事的野心を隠そうともしないアメリカ、ロシア、中国の3ヶ国に挟まれた日本が、おりょう殿の言うように、列強の時代に戦争に巻き込まれたとしてもやむを得なかったのかもしれません」
「西隊長が仰るように先の戦争に突入した日本は非常に難しい立場にあったと思います。日本への最後通牒とされるハル・ノートを仮に当時の大日本帝国が受け入れたとしても、列強はさらに日本の力を削ぐべく、というより日本を戦争に巻き込むべく挑発を続けたのではないでしょうか。列強の意のままに従っていたとしても噛み殺されていたと思います」
「そして日本自身も非常に難しい状況でした。列強に挟まれて軍事費が突出、高橋財政の頃には既にロンドン市場で日本国債はジャンク債扱いでした。1944年度末において国の債務残高は国内所得の260%を超えており、敗戦を待つまでもなく日本経済は破綻していたとも言えるでしょう」
「1945年に無条件降伏するに至ったわけですが、いつ降伏するかも非常に難しかったと思います。戦局が絶望的となった1944年に仮に降伏していたとしても、先の玉田の話の通り、連合国は日本の国力を削ぐべく多大な賠償金を要求し、さらには国体も護持出来ていなかったやもしれません。かといってあれ以上戦争を継続していたら米露にさらに蝕まれていたでしょう。」
「「「「凄いな・・・この子ら・・・」」」」
「「「「ただの突撃脳じゃなかったんだ・・・」」」」
玉田、細見、池田の見識に4人は驚くばかりだった。
「本当に・・・無念だったと思うんです・・・国民の一縷の望みを背負いながら・・・普通に考えたらとても勝てそうにない相手と戦うというのは」
西がしみじみと言った。
「1938年に国家総動員法が成立、1944年には女子挺身勤労令発令が施行、既に戦車道は行われていない状況でしたが、これで完全に道は途絶えました。それまで自らの戦車道を進むため戦車を整備していた女性の手は、国家のために敵兵を駆逐・撃退するための兵器を造る、整備するための手となりました」
「しかし1944年には戦局は絶望的な状況となりつつありました。6月にマリアナ沖海戦に敗れ、7月にはサイパン島陥落、10月には神風特別攻撃隊が編成されます。11月にはマリアナ諸島からのB29によって東京が空襲を受けています」
「また太平洋戦争において日本商船隊は文字通り壊滅しました。損耗率は43%にのぼり、これは軍人の倍以上の割合です。6万余人の戦没船員のうち6割が30歳未満でした。これは船員の犠牲をカバーするため、短期で大量の船員養成が行われたことなどによります。」
さらに西は続ける。
「そして1944年以降は軍人の損失も膨大であったため、若年で、訓練もそれほど受けていない兵ばかりが投入されていきます。訓練もさほど受けられず未熟なまま、兵力・物量とも圧倒的な差のある敵と対峙しなければならない・・・」
「それでも彼らは国の命運を背負った兵達です。国を、家族を守るために何が出来るか・・・相手との戦力差を考えれば、まともに戦ったところでとても倒せる相手じゃない。軍の命令はあったにせよ、突撃・特攻という手段に至ったのは仕方がないことかもしれません」
「・・・というより戦局が悪化した後は、どこの戦場も ”一人十殺” が合言葉となりますが・・・まともな武器もないのにこんなの作戦でもなんでもないですよね・・・でもそれを掲げざるを得なかった・・・」
「国民の希望を背負っている以上、降伏することも、逃げ出すことも出来ないわけですし、それをしてしまっては国や故郷、家族を守れる者はどこにもない・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
西自身は比較的淡々と話をしていたが、それを聞いている玉田、細見、池田、福田の目は涙が溢れんばかりだった。
歴女チームの4人も、いつもの感じで口を挟める状況ではない。
「そして1945年になると、日本全国の都市が大規模な空襲に見舞われます。昨日工場で働いていたあの娘は、今日にはもうこの世からいなくなっていたかもしれない・・・」
「我々のチハも、お国のために戦車道を諦めたあの娘が・・・あの娘が工場で造った砲弾や部品が戦場に・・・ということがあったのかも・・・そしてそんなあの娘もチハの砲弾を造った日の翌日には・・・」
「・・・」
「・・・いなく・・・なって??・・・」
「・・・!!!」
西の動きが止まった。
そしてワナワナと震え始める・・・
「に、西殿・・・?」
「隊長・・・」
「西隊長・・・」
福田は以前にも似たような西の姿を見た記憶があった。
そう、副隊長として隊長の辻を支えられなかった悔恨で嗚咽した、隊長交代式の夜のこと。
しかし、その時の記憶と今の西の姿は、似ているようで全く違うように思えた。
西以外の8人も動きが止まってしまっている。
「わ、私は・・・」
「・・・」
「・・・踏みにじっていたのだ・・・」
西が声を絞り出す。
「踏みにじっていたのだ!! 突撃をした兵のことも!! 勝利を信じて我慢を重ねた人のことも!! 戦車道を諦めたあの娘のことも!!」
「しかもそれが私達と同じ年、いや私達より年下の子も多かったんだぞ!! これがどういうことか分かるか!?」
「その子らは ”美しく散ってくれ” と兵を送り、武器を作っていたのか!? 兵達は ”美しく散ろう” と突撃したのか!? 違うだろ!!」
「無事と武運を祈り、国の勝利を信じ、一縷の望みを託していたはずだ!! そして国や家族をなんとか守ろう、最後の最後まで戦おうとしていたはずだ!!」
「それなのに!・・・それなのに!・・・私のやっていたことといえば・・・」
「・・・こんなことが・・・許されて・・・」
「・・・」
「うおおぉぉぉぉーーーーー!!!」
西は耐えきれずに慟哭した。
「・・・」
「西隊長・・・」
西に声を掛けようとした福田をカエサルが手で制した。
幸いにも知波単の多くの隊員がテントに入り思い思いに話をしていたせいか、様子をうかがいにテントから出てきた者もほとんどいなかった。
「・・・クッ・・・クッ・・・」
西はまだ嗚咽を止められないでいる。
「・・・」
「西殿・・・」
頃合いを見てカエサルが声を掛ける。
「申し訳ございません。取り乱してしまいまして・・・」
ようやく西も落ち着きを取り戻しつつある。
「隊長を務める以上、苦悩からは逃れられない」
「はい」
「西殿が優秀な戦車乗りなのは我々が保証する。そして西殿には信頼できる仲間・部下がいる」
「はい」
「迷いはあるだろうが、自分や仲間を信じれなくなったら終わりだ」
「はい」
「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もあるぜよ」
おりょうが龍馬の言葉を持ち出した。
「人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず」
「それは戦車道にとって必要なことだ」
「「「それだ!」」」
知波単の面々も皆立ち上がっていた。
「西隊長!不肖細見も精一杯支援いたします!」
「玉田も同じであります!」
「池田もです!」
「微力ながら福田も精一杯お支え申し上げます!」
「みんな!有難う!正直私に何が出来るか分からない・・・ただこれだけは言える! 私達は託されたものを投げ出しちゃいけない!! 最後の最後まで胸に刻んで前進しないといけないのだ!!」
「「「「はい!」」」」
「カエサルさん、エルヴィンさん、左衛門佐さん、おりょうさん、今日は本当に有難うございました!」
「礼には及ばないよ」
「ぜよ」
「何人か出てきちゃったな。少し歩こうか・・・」
エルヴィンが声を掛ける。
「かしこまりました」
「私らはここを片付けておきます」
玉田が西に先に行くように促した。
「福田、お前は西隊長と一緒に行ってこい」
「え?でも・・・」
「私らは3人で話したいのだ。だから行ってこい」
玉田が福田にも行くよう命じた。
「承知しました。ではお願い致します」
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「左衛門佐殿、幸村は夏の陣をどのような思いで戦ったのでしょうか?」
西が歩きながら尋ねた。
「そうだな。状況が状況だから ”勝てる” とは思っていなかっただろうけど、最後の最後まで ”勝とう” とはしていたはずだ」
「やはりそういうことですよね・・・少し見えてきた気がします」
「変えることには批判もあるかもしれない。また周りの人からしたら ”ほとんど変わっていない” とか ”最初からやっとけよ” というのもあるかもしれない。でも周りから見えているものと、西殿がつかんだものとはまるで違うはずだ」
「有難うございます、エルヴィン殿」
「福ちゃん、バレー部の子らが心配してたから、明日にでも磯辺さんに連絡しておいてあげて」
「かしこまりました、カエサル殿」
バレー部から託っていたもののなかなかタイミングがなかったが、カエサルもようやくそれを伝えることが出来た。
「しかし、玉田殿や細見殿や池田殿もあれだけ高い見識を持っているとは正直思わなかった。かみ合えばもの凄い力になりそうだね」
カエサルが素直に感嘆したことを西に伝える。
「はい。福田もそうですが彼女らは情報を収集することに長けています。逆にそこは私の特に弱いところです。もっとも私は弱いとこだらけですが・・・」
「タイプは全く違うが、劉邦のように周りが何かしてあげたくなる人なのかもしれないな、西殿は。私も真っ直ぐな西殿を見てたらそう思うし、その真っ直ぐさが羨ましいぜよ」
「真っ直ぐかは分かりませんが、突撃を売りでやってます!」
「「「「www」」」」
「西殿、ありがとう。今日は我々にとっても非常に意義のある日だった。またゆっくり話をしよう」
カエサルが足を止めて別れの言葉を言った。
「はい! こちらこそお礼を言わせて頂きたいです! 皆さん今日は本当に有難うございました」
「有難うございました! 皆様おやすみなさいませ!」
「福ちゃん、お腹冷やして寝るなよ!」
「心配ご無用であります!」
4人が見えなくなるまで西と福田は手を振ってお別れした。
「明日からだな・・・福田」
「はい! 頑張りましょう!」
「福田、寝る時には腹を冷やすなよ」
「・・・」
福田に軽口を叩きながら、西は学園に戻ったら真っ先に話をしないといけないであろう相手のことを思っていた。